蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

三年目の浮気 1

海誕企画★2013

クレフは大人バージョンに置き換えてください。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 その日、私はいつになく上機嫌だった。三か月ぶりに訪れた東京で親子水入らずの時を堪能し、クレフをはじめ、セフィーロの人たちが喜びそうなお土産をたくさん抱えて戻ってくることができて、身も心も充実していた。あれやこれやと、クレフに話したいことが山のようにあった。どこから話そうかと考えるだけで、自然と足取りが軽くなった。
 クレフへのお土産は、彼が前に好きだと言っていた道明寺を選んだ。それだって、両親が「おすすめだ」と太鼓判を押す店まで、わざわざ電車とバスを乗り継いで買いに行ったのだ。ふふふ、と鼻歌までこぼれるほど、私はテンションが高かった。クレフと二人、暮らしている部屋へ戻るまでは。


 迷うことなく回廊を進んでいた私は、一際豪勢な装飾が施された部屋の前で立ち止まった。クレフとそこで一緒に暮らし始めて、もう三年になる。もともとはクレフが一人で使っていたのを、『意志の力』で少し広げて、二人で住めるように広くしたのだ。といっても、広くしたのは寝室と私の洋服などをしまうクローゼットくらいのもので、ほかは大して広げる必要はなかった。それだけ、クレフの部屋はもとから広く作られていた。

 部屋の前に立っただけなのに、扉はひとりでに開かれていく。こういうところが、相変わらず如才ない。私はしのび笑った。
「おかえり」
 扉の向こうから、愛しい人の顔が覗く。たった二日会わなかっただけだというのに、まるで何か月ぶりにその人に会うかのように、心臓が高鳴った。
「ただいま、クレフ」
 はにかんで言う。クレフといると、いつもそうだ。ほんの少し会わないだけなのに長い空白の後の再会のように感じたり、いつもしてくれるキスと同じなはずなのに、するたびにファーストキスであるかのように感じたりする。夜なんてその最たるもので、何度抱かれても、私はいつもクレフに翻弄されてしまうのだった。

 そのクレフが、大きく扉を開けて私を出迎えてくれる。そして杖を持たない方の手を差し出し、私の両手いっぱいにぶら下がった荷物を代わりに持ってくれた。
「楽しかったか、『トウキョウ』は」
「ええ、とっても」と私は満面の笑みで答えた。「あなたの好きな道明寺も買ってきたの。よかったら、お茶にしない?」
「そうだな。私もちょうど、休憩にしようと思っていたところだった」
 言いながら、クレフは荷物を部屋の隅に置き、厨へ向かった。薬湯はもちろんのこと、クレフはお茶を淹れるのもうまい。二日ぶりに飲める彼のお茶の味を思いながら、ソファへと足を向ける。ところが、そのソファへたどり着く前に、こちらに背を向けたクレフのローブからぽろりと何かが落ちたのを見止めて、私ははたと足を止めた。
 クレフはそれを落としたことに気づいていない。一瞬迷ったけれど、そこに近づき、私は彼が落としたものを拾った。遠目に見ても小さな宝石だということはわかった。だからてっきり、クレフのローブを彩っている数ある装飾のうちのひとつが落ちたのだろうと思った。けれど、違った。

 それは紅い宝玉のついた、どこからどう見ても女物のピアスだった。手作りなのだろうか、宝玉の中にはセフィーロの文字が彫られている。勉強はしているけれど、こちらの世界の文字はまだ数えるほどしか判別できない。そんな私には、当然のことながら、それが何を示している文字なのかはわからない。
 ピアスを手に立ち上がる。すると一言では言い表せられない幾多の感情に襲われた。戸惑い、失望、哀しみ、動揺、怒り――行き場を失った無数の感情を与えられて、ピアスを持った手が震えた。

 ピアスを拾ったその直後のことだった。私ははっとわれに返った。というより、返らざるを得なかった。手に持っていたピアスを、突風の如く動いたクレフの手にさらわれたからだ。呆気に取られて顔を上げると、冷や汗を流したクレフが青白い顔で私を横目に見ていた。
「見たのか」
 恐る恐る、というようにクレフが口を開く。その瞬間、私は先ほど自分自身の中で発生した幾多の感情の中からたった一つを選び取った。これほど強い「失望感」を味わったことはかつてないと、断言することができた。
「クレフのばか!」
 あるいはセフィーロ城全体に木霊するのではないかというほどの大声で叫び、たった今入ってきたばかりの扉から飛び出した。道明寺を出し損ねたことに気づいたのは、もう部屋が見えなくなるほど遠くまで走ったころのことだった。

***

「信じられる? ピアスよ、ピアス」
「ええ、まあ……そうですわね」
「そうですわね、じゃないわよ、風。これがどういうことか、あなただってわかるでしょう」
「はあ……」
 煮え切らない答えを返す風に、思わず地団駄を踏んだ。

 部屋を飛び出した私が真っ先に向かったのは、親友の一人であり今はこのセフィーロの王女である風のところだった。「何かあったのか」と、私の剣幕に気圧されている風に対してろくな挨拶もせず、彼女がいた中庭を端から端まで行ったり来たりしながら、事のあらましを説明した。椅子を勧められたけれど、腰掛ける気には到底なれなかった。昂った心が、ひとところに留まることなどできないと告げていた。

 それにしても――と、風に洗いざらい話してようやく落ち着きを取り戻し始めた心の中で思う。風の態度が想像していたものと違ったことが、面白くなかった。
 こんな話をしたら、彼女ならきっと憤慨して「クレフさんがそんな方だったなんて、見損ないましたわ」とでも言ってくれるに違いないと踏んでいた。ところが実際の風は、憤慨するでもがっかりするでもなく、私が何を言っても、曖昧な表情で曖昧な返事をするだけなのだった。なんだか拍子抜けしてしまった。ふう、とため息をつき、ようやく風の斜向かいに腰を下ろした。
「女の留守中に男の部屋にピアスなんて、王道すぎるわよ」
 それはどちらかといえば独り言に近かった。

 ピアスが原因で男の不貞が発覚する、というのは、ドラマや映画では王道の筋書だった。けれどそういう展開を見るたびに、「こんなのあり得ないでしょ」と思っていた。だいたい、ピアスが片方落ちたりしたら、普通気づくものではないか。すぐには気づかなくても、家に帰ってピアスを外そうとしたとき、道中鏡を見たとき、友人に会ったとき――気づくチャンスは五万と転がっている。両方忘れていくならまだしも、片方のピアスが落ちているのを見つけて男の不貞がバレるなんていう展開はナンセンスだ。確かにそう思っていたのに、まさかほかでもない、自分自身がその当事者になるなんて。

「海さん」
 どんどん自分の世界に入り込みかけていた私は、風に呼ばれて慌てて顔を上げた。風は困ったような顔をして私を覗き込んだ。
「その……海さんは、本当に、クレフさんが浮気をなさったと思っていらっしゃるのですか?」
 私は思わず首を傾げた。どうして彼女がそんなわかり切ったことを聞くのか、まったく理解できなかった。
「どういう意味?」
「いえ」と曖昧にかぶりを振った風は、やはりどこか煮え切らない。「落ちていたピアスは、もしかしたら、クレフさんのお弟子さんかどなたかがお忘れになったものかもしれませんでしょう」
「普通ピアスなんて忘れる? それも片方よ。仮に忘れたんだとしたら、それはわざと忘れたと考える方が自然だわ。それに」
 一度言葉を区切り、私は拳を握った。
「それに、クレフったら、言ったのよ。私が拾ったピアスを奪い取った後、血相を変えて『見たのか』って。誰かの忘れ物だったとしたら、そんなこと言う必要ないじゃない」
「それは、そうですけれど……」
 言いよどんだ風に、私はため息を漏らした。

 風の言うように、努めてポジティブに捉えようとは、私だって散々努力した。たまたまクレフが拾ったものなのかもしれないとか、母親か誰かの形見なのかもしれないとか、それこそ風が言うように、弟子の誰かが忘れていったものなのかもしれないとか。けれどどれも「あり得なかった」。そういったもっともらしい理由があるのだとしたら、クレフがあのように顔面蒼白して「見たのか」などと私に聞く必要はない。結局のところ、彼のあの態度を説明するには、「浮気相手が落としていったピアス」だと断定せざるを得なかった。

「海さんの落としたもの、ということはありませんの?」
 聞かれて、私はちらりと風を見上げた。期待に満ちた表情の彼女には申し訳ないと思いつつ、ゆっくりとかぶりを振った。
「ないわ。私、紅いピアスなんて持ってないも……」
 そこまで言って、私は口を噤んだ。何か、舌の上がざらっとした。
「海さん?」
 風が首を傾げて私を覗き込む。けれど私の視線は風のはるか向こう側へと向けられていて、彼女のそれとは交わらなかった。一組の男女が、城からこの中庭の方へ向かって歩いてくるのが見えた。類まれな身長差カップルは、そのシルエットだけで、誰と誰なのかすぐにわかった。
 そのとき、私の頭の中で閃光が轟いた。
「思い出したわ」
「え?」
「私、あのピアスに見覚えがあるのよ」
 どうして今まで気づかなかったんだろう。私はガタンと立ち上がると、こちらに向かってくるカップルのもとへ駆け出した。後ろから風が呼び止める声が聞こえた気がしたけれど、その声は、私の耳を左から右へと抜けていった。

 真っ直ぐに向かっていく私の存在に先に気づいたのは、案の定、男の方だった。怪訝そうに眉を顰めて男が立ち止まる。すると、隣を歩いていた背の低い女性も立ち止まり、こちらを見た。大きく見開かれた目は燃えるように紅い。彼女は今日、いつもは一つに束ねているその長い髪を珍しく下ろし、左肩に掛けていた。大きな髪飾りのせいで、左耳は見えなくなっている。
「う、海ちゃん? いったいどうし――」
「光」
 迷わず女性のもとへ向かうと、私はどぎまぎする彼女の肩をぐっとつかんだ。挨拶もそこそこに、彼女の右耳に視線を向ける。思ったとおり、そこでは紅い宝玉のついたピアスが輝いていた。

 われ知らずごくりと唾を呑み込んだ。もう六年来の親友である光の左耳に、そっと手を掛ける。今は髪飾りで隠れて見えないその耳にピアスがあってほしいのかどうか、自分でもわからなかった。
「あのっ、海ちゃ……」
 私の手から逃れるように、光が身じろぎをする。その動きによって、光の髪飾りの位置がわずかにずれる。その瞬間、私ははっきりと見てしまった。彼女の左耳には、ピアスが光っていないのを。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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