蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

三年目の浮気 2

海誕企画★2013

ピシッと空気が凍ったのが厭でもわかった。その原因となる気配を醸し出しているのがほかでもない私自身だということに、しばらくの間気づくことができなかった。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 拾ったときに気づくべきだったのだ。私は心の中で舌打ちをした。クレフのローブから落ちた「あれ」は確かに、光が最近つけるようになったピアスと同じデザインをしていた。
 もちろん、同じ種類の宝玉を使った他人のピアスということもあり得る。けれど現に今、光はピアスを片方しかつけていない。この状況で、私が見つけたあのピアスが光のものではないと言える根拠があるとしたら、何でもいいから教えてほしかった。それに、あのピアスが光のものだと私が確信する理由は、ほかにもあった。

 ここで、問答無用に光を責め立てることもできる。実際心は少なからずそれを望んでいた。けれどそれではあまりにも大人げない。私は一度深呼吸をした。
「光」
 彼女の肩から手を離し、一歩下がる。
「どういうことか、説明してくれる?」
「な……なんのこと?」と光は引き攣った笑みで言った。「どうしたんだ、海ちゃん。私何か、海ちゃんの気に障るようなこと――」
「とぼけないで!」
 そんなに大きな声を出したのは、ひょっとしたら、高校生のときに出場した最後のフェンシングの全国大会以来のことかもしれなかった。私の迫力に圧倒されたのか、光はびくっと肩を震わせた。

 落ち着きなさい。落ち着くのよ、私。光を責めてどうするの。ほかの人ならまだしも、光がクレフの浮気相手だなんて、あり得ないにもほどがあるじゃない。頭の中ではそう考えているのに、心は、そして体はまったく違う反応を示していた。なんだか、「私」を形成するすべてのものがばらばらになってしまったかのようだった。
「見たのよ、私。あなたが今しているのと同じピアスが、片方だけ私たちの部屋に落ちているのを」と私は言った。「光。あれがあなたのものじゃないって、証明できる?」
「海さん、少し落ち着きになって」
 慌てて寄ってきて腕にそっと触れた風の手を、私は勢いよく振り払った。
「落ち着いてなんていられるもんですか! どうなのよ、光。何とか言ってよ!」
「ウミ」
 野太い声で名前を呼ばれて、覚えずはっと息を呑んだ。声の主は、もとから光と一緒にいたランティスだった。普段寡黙なぶん、そうしてたまに発言すると、彼は異様なまでの威圧感を放つ。今もそうだ。たった一言名前を呼ばれただけだったのに、そのことによって、私は自分の中の闘志のようなものが急速に萎んでいくのを感じた。

 上目遣いにランティスを見上げる。彼は片方の腕でそっと光を抱き寄せると、眉間に皺を寄せて私を真っすぐに見た。私は少し意外に思った。向けられる空色の瞳が、思ったほど強い「怒り」をたたえてはいなかったからだ。
 怒られて当然だと覚悟していた。光とランティスがもうずっと恋仲であることは、誰よりも私たちがよく知っている。それを疑うようなことを、それも、よりによって光をクレフの浮気相手ではないかと疑うようなことを言われたら、ランティスはいい気持ちはしないに決まっている。けれど彼の浮かべている表情は、どちらかというと「困惑」に近かった。
「ヒカルを疑わないでやってくれ」とランティスは静かに言った。「おまえが見つけたピアスは、確かに導師クレフからヒカルへの贈り物だ。だが、そこに他意はない」
 ピシッと空気が凍ったのが厭でもわかった。その原因となる気配を醸し出しているのがほかでもない私自身だということに、しばらくの間気づくことができなかった。
 ランティスとしては、助け舟を出したつもりだったのだろう。けれどそれは、私にとっては誤解を解く助けには微塵もならなかった。それどころか、さらに疑念を深めるだけのものとなった。

 私はこれまで、クレフにピアスを贈ってもらったことなどない。それなのに、どうして光がクレフからピアスを贈られたりするのか。そもそもその点が腑に落ちない。それに、落ちていたピアスが光のものだとするならば、あのときクレフが恐る恐る言った「見たのか」という台詞も不自然だ。そして――私にとってもっとも大きな疑念だったのは、最近そのピアスをつけはじめた光が、そのことを指摘した私に向かってはにかみながら言った一言だった。
「ある人にもらったんだ。これが、今の私の宝物なんだ」
 確かに光はそう言った。

 そのときの光は本当に嬉しそうだった。けれど光は、そのピアスの贈り主については頑として教えてくれなかった。ランティスにもらったんじゃないの、と訊いた私に対して、光はきっぱりと首を横に振った。そして今日このときまで、その相手が誰なのか知ることはなかった。それなのに、まさかその答えをランティスの口から聞くことになるなんて。
 ピアスの贈り主はクレフだけれど、二人の間には何もない? それなら、あのときの光の嬉しそうな表情と言葉は、いったいどう説明する?
 私は真っすぐに光を見た。その光が、ランティスに庇われたまま、子犬のように潤んだ目で私を見返す。
「海ちゃんを傷つけたなら、謝るよ。本当にごめん」と光は頭を下げた。「だけど、疑われるようなことは何もないよ」
「じゃあ、あのピアスはなんだって言うの?」
「それは」と光は一度は身を乗り出したが、すぐに俯いた。「今はまだ、言えないんだ」
「なんですって?」
「ごめん、海ちゃん」と光はさらに深く頭を下げた。「もう少ししたらちゃんと話すから、それまで待っててくれないか?」
 私は返すべき言葉を失って、下げられた光の頭をただ見つめるしかなかった。
 誰も何も言わなかった。重苦しい沈黙が、その場に集った四人の間を流れていく。

 速いのか遅いのかわからない瞬きを繰り返すしかなかった。それからしばらくしてそよ風が静かに頬を撫でていったとき、突然いろいろなことがどうでもよくなった。
「ふざけないでよ」
 静かに言うと、光がぴくりと肩を震わせた。
「そんなこと言われて、どうして私が『わかった』って言えると思うの?」
 大人げないとはわかっている。それでも私は、昂る気持ちを抑えることができなかった。
 そんな虫のいい話があるだろうか。疑わしい事象があって、それを証明するだけの事実もあって、なのに本人は「断じて違う」と言う。ではどういうことなのかと問えば、「今はまだ言えない」という答え。「もう少ししたらちゃんと話す」? 本当にやましいことが一切ないなら、はっきり理由を言えばいいだけの話じゃない。それを口にできないということは、やましいことがあるからじゃないの。「もう少し」という時間をいったい何に使うのよ。必要なのは、やましいことをもみ消す時間なんじゃないの。

 光はゆっくりと頭を上げた。けれどその視線は、私には向かなかった。
「虫がいいこと言ってるって、わかってる。でも、本当に私、海ちゃんに疑われるようなことは何も――」
「もういいわ」
 光の言葉を遮り、私はかぶりを振った。
「少し、頭冷やしてくる」
「海さん――」
 伸ばされた風の手にわざとぶつかりながら踵を返し、さっさとその場を後にした。
 目的地など当然ない。ただ、一刻も早く世間の喧騒から隔離されたかった。後ろから聞こえる複数の呼び声を振り切るように、私は駆け出した。もうこれ以上走れないというところまで走り続けよう。そう自分自身に誓いを立てた。

***

 どれくらい走っただろう。本当に息が切れるくらいまで走ると、両膝に手を置いて荒く息をついた。ここ最近は運動不足気味だったので、体力面で不安があったのだけれど、意外とまだ温存できているらしい。そのことに気づかされたのは、ようやく整った息で後ろを振り返ったときだった。先ほどまでいた城が、もうずいぶんと遠くに見えていた。
 体を起こし、改めて辺りを見回す。がむしゃらだったので、自分がどこまでやってきたのかよくわからない。見渡す限り、周囲には太い木々が乱立している。どうやら森のようだった。鳥や獣の鳴き声が、憎たらしいほど平和に響いている。見たことのない森だった。でも今のセフィーロは日に日に新しい地が創造されているので、たとえ三年、東京から通っていた時代も含めれば六年この地にいる私でも、知らない場所は多い。この森も、ひょっとしたら最近できたばかりの森なのかもしれない。

 城に戻ろうかとも一瞬考えた。けれど結局は、そのまましばらく森を歩き続けることに決めた。いまさらどんな顔をして戻ったらいいのか、わからなかった。
 とぼとぼと歩いていても、森の中では誰ともすれ違わない。あまり人に知られていない場所なのかもしれない。でも、その森の空気は『精霊の森』のそれに匹敵するほどに澄んでいた。だからこそ、精霊や精獣が憩っているのだろう。こんな森が知られていないなんて、もったいない。クレフが知ったら、喜んで飛んできそうなのに。
 そこで私は、はっと足を止めた。何気なく考えていたことに、自分自身で驚いた。そして同時に呆れもする。ふう、とついた息に、どちらの気持ちも籠もっていた。一旦乱れた鼓動を落ち着かせるかのように、ゆっくりとまた歩き出した。

 本当、ばかみたい。気づけば無意識のうちに、クレフのことを考えているんだもの。
 すっと天を仰ぐ。東京にいたときは、極力紫外線を浴びないように、出かける前には必ず日焼け止めクリームを塗っていたものだったが、セフィーロで暮らし始めてからはそんなことはしなくなった。この世界の日差しは本当に柔らかくて、ずっと浴びていたいと思えるほどの温もりであふれている。今も、こうして木漏れ日を見上げるだけで心がほんのりと温かくなる。こんな世界で暮らすことができるなんて、私は本当に幸せ者だ。

 クレフと光が浮気をしているなんてあり得ないと、私だってわかっている。けれど理屈ではなかった。気持ちの問題だった。私はただ単に、たとえそれが光のものだったとしても、私たちの部屋に他人のピアスが落ちていたという事実に嫉妬しているのだ。
 自然と視線が落ちた。わがままな自分が、ほとほと厭になる。たとえ嫉妬しているとしても、クレフにも光にも、あんな態度を取る必要などなかったのに。光が「後で説明する」と言うのなら、それを待てばいいだけのことだ。クレフが「見たのか」と意味深に言ったのも、本当にそのピアスを見られたくない理由があったからなのかもしれない。それはもしかしたら、光が「今は説明できない」と言ったことと関係があるのかもしれない。

 考え出したら、二人の行動なんて、どうとでも説明がつく。クレフも光も嘘をつくような人間でないことは、きっと私が一番よくわかっている。その二人を信頼せず、あまつさえ、自分自身の嫉妬に任せて感情的なことをしてしまった私は、最低だ。
 慌ててぱっと顔を上げた。じわっと視界が滲んできて、涙が出てきそうになるのを感じたからだ。誰も見ていないとはわかっていても、この場で泣くのはなんとなく厭だった。

 急に心細くなってきた。もう少し歩いたら、城に戻ろう。戻って、クレフにも光にも謝ろう。謝って、二人を信頼しているのだということを伝えよう。
 そんなことを考えていた。足元を見ていなかったので、歩いている道の先がどうなっているかなんて、知るよしもなかったのだ。
「――っ?!」
 それは突然のことだった。踏み出した足が地面につかず、バランスを崩した。何が起きたのかわからず、悲鳴を上げる間もなかった。ただ、急激に体が崩れ落ちていく中で、切り立った崖を真っ逆さまに下っているのだということだけは、辛うじて理解した。
 悲鳴のような鳥の鳴き声と羽ばたく音。それらを耳にしたのを最後に、私の意識は途絶えた。




web拍手 by FC2

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
What's new?
ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
カテゴリー
最新記事
月別アーカイブ
全記事表示
Counter
プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

このブログは作品展示専用です。
いただいたコメントへのお返事は別ブログにて行っております。
どうぞお気軽にコメントお寄せくださいませ^^

 

Copyright ©蒼穹楼. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.