蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

三年目の浮気 4

海誕企画★2013

クレフの奏でる規則正しい心音に耳を傾けながら、心からこの人が愛おしいと思った。そのころには、雨はすっかり上がっていた。

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 城まで戻るためにクレフが招喚したのは、ここまでやってくるのに彼が跨っていたあのペガサスではなく、私もよく知っているグリフォンだった。どうしてあのペガサスではないのかと問うた私に、クレフは意外そうな顔をした。
「だって、あのペガサスの方が速そうなんだもの」と私が疑問に思った理由を説明すると、クレフは手にした杖を軽く持ち上げ、
「あの獣は、この杖の本来の姿だったのだ。この杖は、セフィーロで唯一の『神獣』の仮の姿なのだが、本来神獣が『真の姿』へと戻るのは、この国を守護する目的があるときに限られる。『神の獣』だからな、むやみにあの姿をさらすわけにはいかないのだ」
 と言った。
「え、でも、じゃあどうして……」
 なんと言っていいかわからず、どもった。するとクレフは困ったようにほほ笑んだ。
「神獣は、セフィーロそのもののような存在だ。おまえがあの森の中にいるのはわかったが、あの森はしょっちゅう姿かたちを変える森でな。一度迷い込むと出られなくなる、厄介な森なのだ。そのような森の中を、おまえの気配だけを頼りに私一人で闇雲に探し回るのは、どう考えても危険だった。神獣であれば、どのような場所であってもセフィーロの中ならば自由自在に動くことができる。故に神獣の力を借り、おまえがいるところまで案内してもらったのだ」

 クレフはあの森の存在を知っていたのか。心の中で感嘆のため息をついた。まったく、普段はただでさえ城内での仕事に追われていて忙しく動き回っているというのに、いつの間に外へ出ていたのだろう。本当に、セフィーロのことならば隅から隅まですべてを知り尽くしている人だ。けれどそんな彼でも手をこまねくような場所に迷い込んだのだと思うと、途端にばつが悪くなった。
「そうだったのね」
 申し訳なくて、顔を逸らした。クレフにそんな、『神獣』を招喚するという、本来ならばするべきではないことをさせてしまったことが申し訳なかった。「ごめんなさい」という言葉が喉元まで出かかったけれど、それはすんでのところで飲み込んだ。散々言ったせいか、呆れ顔をしたクレフに「もう謝るな」と釘を刺されてしまったばかりだった。

 少し考えて、「ごめんなさい」の代わりに「ありがとう」と言った。するとクレフは、私の体を自分のローブの中へと如才なく引き寄せた。城に着くまで、クレフはずっとそうして肩を抱いていてくれた。こんなに優しい人を、どうして疑ったりしたんだろう。クレフの奏でる規則正しい心音に耳を傾けながら、心からこの人が愛おしいと思った。そのころには、雨はすっかり上がっていた。

***

 城の中庭にグリフォンが着地する前から、私の目には、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見上げている光の姿が映っていた。
「海ちゃん!」
 私が完全にグリフォンから降りるのを待たず、光はこちらへ向かって駆け出してきた。クレフに支えられてグリフォンから降りた途端、光に思い切り抱きつかれた。
「海ちゃん、海ちゃん! よかったよ、本当に心配したんだ。ごめんね、私のせいで。どこか怪我してない? お腹、空いてない?」
 矢継ぎ早に言われて、思わず苦笑した。「お腹が空いていないか」という質問は、なんとも光らしいと思った。
「だいじょうぶよ、光」と私は言った。「私こそ、いろいろひどいこと言ってしまって、ごめんなさい」
「海ちゃんは何も悪くないよ」と光はかぶりを振った。「変に隠したりしないで、私が先にちゃんと言っていたらよかったんだ。そしたら海ちゃん、心配したりしないで済んだのに」
 ようやく私から離れると、光は俯いた。背後でクレフがグリフォンを戻界させたときの風で光の髪が靡いたとき、私は確かに彼女の右耳に光るピアスの存在を認めた。それを見ても、けれど今はもう、変な嫉妬を感じたりしなかった。

 ふと、光の背後に影ができた。ランティスと、それから風もそこにいた。私は二人に向かって眉尻を下げた。彼らにも心配と迷惑をかけたことを、自覚していた。ランティスは肩を竦めただけでその場から動かなかったが、風はこちらへ歩み寄ってきて、
「あまり心配させないでください、海さん」
 と言った。クレフにも同じことを言われたばかりだったので、思わず苦笑いをした。
 そのとき不意に、光が「海ちゃん」と私を呼んだ。
「あのね、このピアスの意味なんだけど……」
「いいのよ、光」
「え?」
 途中で遮った私を、光が目を丸くして見上げてきた。私は彼女の肩にそっと手を置き、ほほ笑んだ。
「無理して言わなくていいの。光が本当に話したいと思ったときに、言って」
「違うんだ、海ちゃん」
 光は私に最後まで言わせず、ふるふると首を振った。
「本当はもっと早く、海ちゃんたちには話しておかなくちゃいけなかったんだ」
 私は覚えず彼女の肩に置いていた手を離し、きょとんと首を傾げた。「”海ちゃんたち”に話しておかなくちゃいけなかった」とは、どういうことだろう。

「海ちゃん。それから風ちゃんにも、聞いてほしいんだ」
 光が言うと、風が私の隣にやってきた。その風をちらりと見やったけれど、彼女はなぜか、私ほど驚きも戸惑いもしていなかった。狐に抓まれたような気分で、私は黙って光の次の言葉を待った。
「あのね。この、クレフにもらったピアスには、セフィーロのある文字が彫られているんだ」と光は言った。「その文字が彫られているピアスをつけていると、セフィーロの精霊たちが私とお腹の子を守ってくれるからって言って、クレフが創ってくれたんだ」
 あまりにもさらりと言うので、一瞬「それで?」と言いそうになった。そうせずに済んだのは、何か違和感を感じて光の発言を思い返すことができたからだった。
「え?」
 なんですって? 「ピアスをつけていると、セフィーロの精霊たちが私とお腹の子を守ってくれる」?
「え?!」
 思わず隣に立った風の腕をつかんだ。すると風は、私の手にもう一方の手をそっと重ね、「やはりそうでしたのね」と満面の笑みを浮かべて言った。その発言には、私はもちろん、光も驚いていた。
「風ちゃん、わかってたの?」
「なんとなく、ですが」と言って風は首を竦めた。

 光ははにかみ、それから嬉しそうに破顔した。その顔を見て、私はどうしたらいいのかわからなくなった。
「光、あなた……」
 光が戸惑いがちに私を見て、それから自身の下腹部にそっと触れた。
「いるんだ、ランティスとの子どもが」と彼女は言った。「安定期に入ってから知らせようと思って、ランティスと、あとばれちゃったクレフには、みんなにはまだ黙っていてほしいって、お願いしてたんだ」
 ごめんね、と眉尻を下げた光に、どうしたら涙腺が緩むのを抑えることができようか。
「う、海ちゃん?」
「海さん、だいじょうぶですか?」
 よろけた私の体を、光と風が慌てて支えてくれる。みっともないと思いながら、私はひたすらに泣きじゃくった。
「なんで……なんで、もっと早く教えてくれなかったのよ。水臭いじゃない」
 泣き笑いのような変な顔になっていることは自覚している。けれど気にしていられなかった。その変な顔のまま、光の手を握った。やがて、私の涙がうつったのか、光と風の瞳も潤んだ。その涙ごと包むように、私は光を強く抱きしめた。
「おめでとう、光」
「光さん、おめでとうございます」と風が続いた。
「海ちゃん、風ちゃん……ありがとう」
 もう二十歳だというのに、私たちは抱き合って子どものように泣いた。そんな私たちを、クレフとランティスが温かい目で見守ってくれていたのだった。

***

 クレフと二人、部屋へ戻ってから、なんとなく居心地の悪さを感じていた。何のことはない、気まずかったのだ。
 クレフの浮気を疑い、一人崖から落ちて心配をかけ、あまつさえ、あんなに泣きじゃくったところを見られてしまった。穴があったら入りたいほどの羞恥心で、まともにクレフの顔を見ることができない。
「薬湯を淹れよう。それを飲んで、今日はもう眠れ」
 私の不自然なしぐさに気づいていないはずはないのに、クレフはそう言って一人、調理台へと向かった。
 こういうとき、クレフは本当に如才ないなと思う。こちらが気まずいのを敏感に感じ取って、あえて普段通りに振舞ってくれている。本来ならばこっぴどく叱られたり、窘められてもおかしくはないのに、クレフは絶対にそんなことはしない。この人の心の広さには、きっと一生敵わないだろう。
「ありがと」
 長いソファに腰を下ろし、クレフが薬湯を作るのを眺めることにした。
 そうしていると、不意に温もりを感じた。振り返ると、傍らの暖炉に火が入っていた。クレフが魔法でやってくれたのだろう。そんなさりげない優しさが、心に沁みた。私は目を細めてクレフの横顔を見つめた。

 いい香りがソファの方まで漂ってくるのに、五分とかからなかった。大きめの椀に入れた薬湯を手に、クレフは私のところへやってきた。
「さあ、できた」
 差し出された薬湯を受け取り、まず匂いを嗅いだ。さまざまな薬草が複雑に混ざり合った匂いが鼻を抜ける。そうして匂いを嗅いだだけで、気持ちがだいぶ落ち着いていくのを感じた。少し冷まして、一口含む。手足の指先、末端まで沁み渡るような温かさに、自然と笑顔になった。
「おいしいわ、クレフ」
 ほほ笑んで言うと、衣紋掛けにローブを掛けながらクレフがこちらを振り向き、「それはよかった」と穏やかに笑った。

「それにしても」
 杖も机のところに立て掛けると、クレフは私の方へゆったりと歩いてきた。
「よく考えたら、おまえにあのピアスを見られても焦る必要はなかったのだな」
「え?」
 目を見開いてクレフを見上げた。隣に腰を下ろしたクレフが、私の髪を梳く。後頭部に手が触れるたびに、私の胸はきゅんとなる。そんな私の心持を知ってか知らずか、クレフはすっと目を細めた。暖炉の炎に照らされて、その表情は一層妖艶に見えた。
「おまえは、あのピアスに彫られていた文字はまだ読めないだろう。だとしたら、あのピアスをおまえが拾ったとしても、何も問題はなかったのだ」とクレフは言った。「私があんな態度を取ってしまったばかりに、おまえが余計な気を回すことになってしまったな」
 すまなかった、とクレフは眉尻を下げた。
 「あんな態度」というのが、私がこの部屋でピアスの片割れを見つけて拾い上げたときにクレフが慌てて「見たのか」と言ったときのことを差しているのだと、すぐにわかった。

 そもそもあのピアスがクレフの手元にあったのは、片方だけピアスの留め具のところが緩くなってしまい、それを直すためにクレフが一時的に預かっていたためだったという。確かに、あのときのクレフの顔面蒼白した態度があったからこそ、私はあのピアスを「浮気」と結び付けて考えてしまった。けれど光の妊娠を知っていてそれを口止めされていたクレフにしてみれば、あんな態度を取るのは当然だと思った。クレフの口から私に妊娠の事実が伝わってしまっては光に申し訳が立たないと、クレフは考えたのだろう。
 本当に、どこまでも優しい人だ。彼が謝る必要なんてまったくないのに。

 まだ半分ほど薬湯の入った椀をテーブルに置き、私はクレフの空いた方の手を両手でそっと包んだ。
「私の方こそ、疑ったりして本当にごめんなさい。それから、助けに来てくれて、本当にありがとう」
 ようやく言いたかったことをすべて言えた気がする。ほほ笑んだ私を、クレフはそっと抱き寄せてくれた。その胸元に頭を預けると、心底幸せだと思った。
「まったく、あの光がお母さんになるなんてね」と私は笑った。「まだ実感が湧かないわ」
「私はどちらかというと、ランティスが父親になるということの方がなんとも不思議だがな」
「あなたにとっては、ランティスは息子みたいなものだものね。でも、あの二人なら、きっといい両親になるわ」
「ああ、そうだな」
 ぱちぱちと暖炉の炎が燃える。その音に耳を傾けながら、静かに目を閉じた。なんだか、今日はこのままここで眠ってしまいたいような気がした。薬湯が効いてきたのかもしれない。


「おまえにも、あのピアスを創ることになるのだろうか」
 まどろみ始めていた私を、けれどそんなクレフの一言が一気に現実へと引き戻した。
「え?」
 目を丸くしてクレフを見上げた。あくまでも穏やかな笑顔を崩さないクレフが、私を見つめる。彼の言った言葉の意味を理解すると、顔が真っ赤に染まるのを自覚した。彼と真っすぐに見つめ合うことができなくて、目線を下げた。クレフの膝の上で、ぎゅっと拳を握りしめた。
「そう、なればいいわね」
 くすりとクレフがほほ笑むのが聞こえたかと思うと、せっかく俯いた私は、顎に手を掛けられて上を向かされてしまった。何かを言う前に私の唇を塞いだそれが強く求めてくるのを感じて、息苦しいほどの胸の痛みを感じた。

「もう眠れ」と言ったくせに、この人は眠らせない気でいるんだわ。ソファに押し倒されながらそれがわかっても、私は抵抗しなかった。そもそも私自身、すっかり目が冴えてしまって、眠れそうにもなかった。

 海の耳に蒼い宝玉のピアスが光る日が来るのは、もう少し先の話――。




三年目の浮気 完





初めましてwさんからのリクエストで、「光が緑のモノ、海が赤いモノ、風が青いモノをそれぞれ持っていてそれをきっかけに男性陣がごちゃごちゃやる」でした。
リクエストいただいたものとは若干(かなり!w)違う作品になってしまいましたが、初めましてwさん、温かい目で受け入れていただけると嬉しいです;
素敵なリクエストありがとうございました^^

2013.04.07 up / 2013.09.22 revised




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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