蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 2. それぞれの事情

長編 『蒼穹の果てに』

そういえば、こちらの世界はいったい何年前から存続しているのだろう。海はふと思った。

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 その日は、到着したのがいきなり人が大勢集まっている中庭だった。空の上や『精霊の森』など、降り立つ場所はいつもさまざまだったけれど、こうして直接中庭に着地するのは初めてだった。辺りを見回すと、懐かしい顔が勢ぞろいしていた。セフィーロ以外の国の人の姿もある。ちょうど恒例の会議をしていたところだったのかもしれない。
「こんにちは」
 海は笑顔で言った。三か月ぶりにやってくることができたのが、まずは率直に嬉しかった。

 ところが、返事はすぐには返ってこなかった。よく見ると、皆が呆けた顔をしてこちらを見ていることに気づく。笑っていたのはランティスとアスコットの二人だけだった。海はきょとんと首を傾げた。最初に反応を示したのはアスカだった。彼女は勢いをつけて椅子から飛び降りた。
「なるほど、このようになるのか!」と彼女は興奮気味に言った。「まるで魔法のようじゃ」
「魔法です、アスカ様」とサンユンがすかさずアスカの耳元に囁いた。
 何を言われているのかわからず、海たちは互いの顔を見合わせた。するとそのとき、助け船を出すようにプレセアが口を開いた。
「あなたたちが『道』を通ってこちらの世界へやってくるところを見るのが、初めてなのよ。私も含めてね」
 そう言われて、ようやく納得がいった。そういえば、こうしてセフィーロへやってくるのを目の前で見られたことがあるのは、ランティスとフェリオ、それからアスコットだけだった。それも、数えるほどのことしかない。到着したときには近くに誰もいないことの方が多くて、いつもはそこから、クレフの案内に従って城までやってきていた。
 もっとも、実際に案内をしてくれるのはフューラやグリフォン、あるいは精霊だったりして、クレフ本人だったことは一度もない。それでもクレフは、海たちがどのようにしてこちらの世界へやってきているのかだいたい把握しているだろうし、実際に海たちがやってくる場面に遭遇しても、ここにいる人たちほど驚いたりはしないだろう。そういう意味で、皆の反応は新鮮だった。

 そこまで考えて、海は瞬いた。
「そういえば、今日はずいぶん閑散としてるわね」
 中庭に集っている人の数が、いつもより少なかった。特にセフィーロの人たちがあまりいない。この場にいるのはプレセアとアスコット、それにランティスの三人だけだった。
「クレフはいないのか?」と光が言った。
「イーグルのところへ行っている」とランティスが答えた。
「フェリオは?」と海は続けて聞いた。今海たちがもっとも必要としているのは彼だった。海たちが、というより、風が、だけれど。
「王子は、ラファーガと二人で国内の偵察に行っているわ」とプレセアが言った。「聞かれる前についでに言えば、カルディナは、おむつを替えに城の中」
 ええっ、と海たちはそろいもそろって声を上げた。
「それじゃあ、無事に生まれたのね?」と海は言った。
「ええ」とプレセアはにっこりほほ笑んだ。
「男の子だよ。名前は『ノア』っていうんだ」とアスコットが言った。「カルディナに似て、すごくかわいい子だよ」
「すてきですわ」と風がいい、「カルディナ、ほんとによかった」と光が涙ぐんだ。
 海はそこで姿勢を正した。さりげない風を装い、もう一度、確認する意味で言った。
「それじゃあ、フェリオは今いないのね?」
 うなずいたのはプレセアだった。
「けれど、出かけたのはずいぶん前のことだから、そう遅くないうちに戻ってこられると思うわ」
「わかったわ」と答えて、海は風に視線を送った。帰ってきたら、話すのよ。そういう意味を込めると、風は神妙な面持ちでうなずいた。

「どうしたの。フェリオに何か急ぎの用事?」
 不意にアスコットが、首を傾げて言った。
「あ、そういうわけじゃないの」と海は慌てて顔の前で手を振った。「すぐに帰ってくるなら、それでいいのよ」
 ふうん、とアスコットは曖昧に呟いた。納得した様子ではなかったけれど、かといってそれ以上問い詰めてくることもなかった。
「三人とも、座ったら?」
 途切れた間が不自然にならないうちに、プレセアが如才なく言った。そう言われて初めて、誰も座っていない椅子が三脚あることに気づいた。
「導師クレフが置いていかれた」と言ったのはランティスだった。相変わらず、テンションの低い声だ。「おまえたちがやってくることを、わかっていたのだろう」
 空席はランティスの隣と、ジェオとタトラの間、それからアスコットの隣にあった。それぞれに光、風、海が座った。

「最近、チゼータはどう?」
 座るなり、海はアスコットとは逆隣にいるタータに訊ねた。
「相変わらずだ」とタータは首を竦めた。「国土は狭くも広くもならない。民は未だに純血へのこだわりを強く持っている。だからこそ、カルディナとラファーガの例がいい刺激になればと思ってるんだ。ちょうど子どもも生まれたところだしな」
「チゼータの方は、同じチゼータ出身の方としか結婚なさらないのが通例だとおっしゃっていましたわね」と風が言った。
「その通例を変えようと、タータは今頑張っているのよ」とタトラが言った。「このままでは、私たちの民族は滅びてしまうわ。限られた国土の中では、限られた数の人間しか生まれないもの。そのままで交配を続けていけば、いつか国民全員が親戚同士になってしまい、それ以上血を永らえさせることができなくなってしまうわ。だから、国交が生まれたのを機に、セフィーロやファーレンの方々とも家庭を持ってくれる人が増えてくれたらと、期待しているのだけれど」
「なかなかうまくいかんようじゃな」とアスカが眉尻を下げて言った。
「ああ」とタータは複雑そうに笑った。「わが国の民は皆、チゼータを誇りに思っている。そのため、純血へのこだわりを捨てられないのだ」
「愛国心が強いんだね」と光が言った。「でも、自分の国の人と一緒になることだけが、国を愛することじゃないよ。カルディナみたいに、セフィーロで暮らしていてもチゼータの文化を愛し続けている人もいる。そのことにみんなが気づいたら、きっと変わるよ」
「そうね」と海も同調した。

 こちらの世界に存在する四つの国は、それぞれがまるで島国のようだった。長い間『柱』による見えない壁に護られていたセフィーロはともかく、ほかの三国の間でさえ、かつては正式な国交は存在していなかったという。今でこそ、それぞれの国は『道』によって繋がっているけれど、それでも国交はようやく樹立されたばかりだ。文化交流や、人の本格的な移動にまでは至っていない。もちろん、そうなることが必ずしも幸せなことだとは言い切れないのだろうけれど、少なくともチゼータは、このままでは滅亡するとわかっているのだから、もっと他国との交流を盛んにしなければならない。ただ、それが一筋縄ではいかないことは、日本に暮らしている身として、よくわかっているつもりだった。

 日本は未だに、外国人に対する敷居が高いといわれる。けれどそれは意識的にやっていることではなく、無意識のうちにそうなってしまっていることだった。島国の日本は、時間をかけて独自の文化を築いてきた。鎖国をしていた時代もあったほどだ。日本にとって、外国とはイコール海外だった。海を隔てなければ異なる国へ行くことができない。それはきっと、日本人が意識する以上に、他国との間に大きな壁を作ることに繋がっているのだろう。
 こちらの世界にある四つの国は、それぞれが異なる文化を持つ日本だと言ってもよかった。言葉に留まらず、文化や国の制度まで、すべてがことごとく違う。その違いを受け入れることは、容易くない。

 そういえば、こちらの世界はいったい何年前から存続しているのだろう。海はふと思った。
 クレフは747歳だから、それより前から、少なくともセフィーロは存在していたことになる。けれど『創造主』は、争いの絶えない今の地球の現状を嘆いてこの世界を創造したと言っていた。地球の歴史は、確かに争いと平和の時代を繰り返している。けれどそうは言っても、世界中を巻き込む大戦争が行われるようになったり、自然破壊が問題視されるようになったのはせいぜいここ100年くらいの話だ。ということは、こちらの世界にはそれほど長い歴史はないということだろうか。あるいは、こちらと地球とでは時間の流れ方が違うか。けれどこちらの世界で流れる一年は、地球で流れる一年と同じだった。

「ファーレンは、いかがですか?」
 風の声で、海は一旦思考を遮断した。
「その後、内乱は収まりましたの?」
 アスカが一度、彼女の斜め後ろに立っていたチャンアンと顔を見合わせ、静かにかぶりを振った。
「相変わらずじゃ。どこで乱が起きているのかも、わらわは完全には把握しきれておらぬ。ファーレンにもセフィーロのように『魔法』があればいいのじゃが、あいにくそうはいかんからの。乱が起きている知らせを受けても、その地に到着するころにはすでに争いが収まってしまっている、ということばかりじゃ。そもそも、便りが届くまでに時間がかかりすぎる。そうなれば、咎めようにも咎められぬ」
「国が広いということも、悩みの種になるのね」
 海は言った。そうじゃな、とアスカがうなずいた。
「皆の意見を参考にして、州制度を取り入れ、それぞれの地に統治者を置いたのじゃが、まだまだ争いは収まらん。帝であるわらわの力不足じゃ」
「アスカ様は素晴らしい君主です」
 すかさず身を乗り出したサンユンが、アスカの言葉を暗に否定した。
「時間はかかるでしょうが、アスカ様のお考えは、きっと民にも伝わりましょう」
 アスカがサンユンを見る。サンユンは恥ずかしそうに頬を染めた。それを見て、アスカは目を細めた。
「ありがとうなのじゃ、サンユン」
 ほほ笑み合う二人の間に流れる空気は、実にゆったりとしている。周囲の空気が和み、皆が笑顔になった。

「くつろいでるとこ、悪いんだが」
 遠慮がちに口を開いたのはジェオだった。そういえば、いつもは彼と一緒にいるザズの姿も、今日はなかった。ジェオは一人で、風のことを真っすぐに見た。
「フウ。例の件、どうだった?」
「そうでしたわ」と風はぽんと手を叩いた。「父に知り合いの科学者を紹介していただいて、いろいろと検討してみたのですが」
 言いながら、風が鞄の中をまさぐる。やがて分厚い紙の束が出てきて、それを手に、風はジェオに向き直った。
「どうも、このデータが汚染の主因になっているようなんです。プログラミングの仕方次第では、うまく改善できるかもしれませんわ」
「ほんとか?」とジェオは興奮気味に言った。「ええ」と風がうなずく。それから二人は、風の持参した資料を手に話し合いを始めた。

「すごいね、フウ」
 不意にアスコットが、海の耳元で囁いた。海は彼の方を見てうなずいた。
 プログラマーを目指している風は、こちらの世界との交流が開始されてすぐ、オートザムへ単身赴き、環境汚染を食い止めるためのプログラミングの研究を開始した。どこよりも機械化されたオートザムで、風の能力は重用された。ジェオたちは、風がこうしてやってくるのを何よりも心待ちにしている。実際、風の尽力のおかげもあって、オートザムの大気汚染問題は着実に改善へと向かっていた。もっとも、マスクなしで歩ける状態にはまだまだほど遠いようだけれど。

 ジェオと話し込む風の様子を見ながら、海は複雑な気持ちを抱いた。友人として、風がひとつの国にとってなくてはならない存在になっていることは、誇らしいことこのうえない。けれど、そうして風がこちらの世界との関わりを深めれば深めるほど、彼女の東京に対する気持ちは小さくなっていく。それがいいことなのかどうなのか、海にはわからなかった。
 風はそれで幸せなのかもしれない。けれど、彼女自身も気づかないところで、風は自分の心を押し込めてはいないだろうか。どんなにフェリオが好きだといっても、風にとって生まれ育った地は東京だ。今の風は、東京を完全に捨ててセフィーロでのみ生きていく道を選ぼうとしているけれど、それは果たして、本当に、彼女に残された唯一つの道なのだろうか。
 道はたくさんあっていい。この国が、『柱』という制度を放棄し、一人ひとりの『意志』が未来を紡いでいく日々を選んだように。

「イーグルさんのご意見も伺いたいですわね」
 書類から顔を上げて、風は言った。
「そうだな」とジェオはうなずいた。「導師クレフと、ザズもそこにいるはずだ。今から行ってみるか」
「それでは、今日の会合はこれでお開きということで、よろしいかしら」
 タトラが周囲を見回しながら言った。誰にも異論はなさそうだった。
「私もイーグルに会いたいな」と光が言った。
「順番にしてくれないか」
 私も、と言おうとした海を遮るように、ジェオが眉尻を下げて言った。
「お嬢ちゃんたち、この間もいっぺんに行っただろ? あの後イーグルのやつ、すこぶる機嫌悪くなって、大変だったんだ。『一度に大きな楽しみが来ると、反動が大きくて厭ですね』だとよ」
 ジェオが真似をするイーグルは、本人によく似ていた。最初に吹き出したのは意外にもランティスだった。それを皮切りに、皆が笑った。
「それじゃあ、風ちゃんから順番にしよう」と光が言った。海は風とともにうなずいた。

 それぞれの国に問題はあれど、世界は確かに平和だった。以前は互いにいがみ合っていた国同士とは思えないほど、どの国も仲良くしていた。この平和が、悠久の時を超えて続いていくのだと、このときは、信じて疑う者はなかった。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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