蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

たとえばこんな結末

短々編

以前拍手に掲載していたものです。掲載時から若干の加筆修正を加えています。
アニメエンディング後という設定です。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 海は『精霊の森』の中をひたすらに走っていた。せっかく五年ぶりにやってくることができて、しかも見違えるほど美しく蘇った場所だというのに、その変化を楽しむ暇さえない。それもこれも、あのひとがセフィーロ城にいなかったことが原因だった。誰よりも会いたかったそのひとのことを、今一心に探していた。彼がいなければ、セフィーロの美しさなど、海にとっては何の意味も持たなかった。

「おかしいわね、さっきまでここにいらっしゃったのに。そもそも、あなたたちがやってくることを教えてくださったのも、導師クレフなのよ」
 五年間、どんなに祈っても訪れることができなかった世界に、海たちは突然やってくることができた。たどり着いたのは大きな扉の前だった。その扉を見た瞬間、五年前にタイムスリップしたような気がした。ひとりでに開かれた扉の向こうには、よく知った顔が並んでいた。誰の目にも涙が浮かんだ。ところが、一番会いたかったひとの姿がそこにないことを知った瞬間、海の瞳からは涙が消えていた。
 大広間へ入ってすぐ、プレセアに、彼の居場所について心当たりを訊ねた。そうして返ってきた答えがあれだった。
「変だな。ほんの少し前まで、そこの玉座で導師と政について話し合っていたのに」
 風を抱きしめる腕を少しだけ緩めて、フェリオが言った。彼はどこも変わっていなかった。鼻筋に入った傷痕も、惜しげもなく風に対する愛情を全身で示すところも。そんなフェリオに抱きしめられて、風はすっかり顔を紅くしていた。

「……『精霊の森』」
 ぼそっと呟かれた言葉を、海は聞き逃さなかった。
「え?」
 そちらを振り向くと、光の肩を抱いたランティスが、相変わらず能面を被ったような表情(かお)をしてそこに立っていた。彼も彼で、どこも変わっていないようだった。ただ、そうして人前で憚りもなく光の肩を抱いたりするところは、以前の彼ではあまり考えられないことかもしれなかった。
「『精霊の森』の方から、導師の気配を感じる」
 低い声でランティスが告げる。海はこくりとうなずいた。
「『精霊の森』ね」と海はランティスの言葉を鸚鵡返しにした。「ありがとう、ランティス」
 そうして大広間を飛び出して今に至る、というわけである。


 走りながら、それでもまだ迷っていた。クレフを探しているのはそのとおりだが、彼を見つけたところで、私はいったい何を言うべきなのだろう。わかるようでわからなかった。
 五年前、この世界から東京へ強制的に送還されたとき、クレフだけは姿を見ることがかなわなかった。ただ彼の声だけが、海に呼び掛けてきたのだった。あのとき「なんでもない」と言って押し込めた気持ちを、この五年間、一日として忘れた日はない。でも、あのときあれほど切羽詰まった状況でも言えなかった言葉なのに、それをいまさら口にするということは、果たして正しいことなのだろうか。そもそも、言えるのだろうか。

「クレフ、私……」
 どうしてあのときその続きを言わなかったのだろうと、後悔したこともある。眠れぬ夜を幾度も過ごし、天気のいい日は、彼の瞳と同じ色をした空を見上げるのが辛かった。それでも、ではあのとき仮に想いを告げていたとして、彼から返事がもらえていたらと思うと、やはり言わなくて正解だったとも感じた。仮に、仮に万が一、クレフがこの気持ちに応えてくれるようなことがあったとしたら、もう二度と会えないひとのことを永遠に想い続けるという、不毛な恋に一生を捧げることになっていたかもしれないのだ。そんな過酷な試練に耐えられる自信は、当時はなかった。

 あのときの選択は間違っていなかったのだと、一度は結論付けていた。こんな、五年も経っていきなり会えるようになるなんて、考えてもみなかったのだ。混乱していた。正直言って、今もあのときほどの強い気持ちを彼に対して持つことができるのか、よくわからなかった。一度は封印した気持ちだから、なおさらだった。

 そうして考え込んでいた刹那、行く手を阻むように突風が吹き付けてきた。思わず立ち止まり、咄嗟に髪を押さえる。よろけてしまうほど強い風だった。やがて木の葉の揺れる音が小さくなるころ、閉じていた瞼をそっと開けた。そして、どくんと高鳴る鼓動を聞いた。
 確かに森の中を走っていたと思ったのに、目の前は突然開けていた。断崖絶壁のその先に、見知った背中があった。眼下には雄大な海原が広がっている。こちらの世界へやってきて初めて、このセフィーロを心底「美しい」と思った。視線の先に立つひとのまとう純白のローブが、絶えることのない東風(こち)に揺らめている。これは奇跡だと思った。目の前の情景に、ただ、見惚れた。

「なぜ、戻ってきた」
 その背中が、不意にぽつりと言った。海が聞いたこともないほど頼りない声だった。
「え?」
「なぜ戻ってきたのだ」
 撥ねつけるような言い方に、一瞬足が竦む。けれどその語尾がわずかながら震えているように聞こえた気がして、瞬いた。
「クレ――」
「会いたくなかった」
 呼びかけようと一歩踏み出した海を制するように、クレフは言った。感情を押し殺すような言い方だった。海は一歩踏み出した体制のままで立ち止まり、クレフの背中を見つめた。
「おまえにだけは、会いたくなかったのだ。会えば」
 一度言葉を区切り、クレフはぎゅっと杖を握った。
「会えば、私はおまえを、手放せなくなる」
 クレフの声は、確かに震えていた。そしてその声を聞いた瞬間、海は心の奥底に蓋をして仕舞い込んでいた気持ちが一気にあふれ出てくるのを感じた。そうして体中を満たしていく気持ちは、五年前と何も変わっていなかった。そのすべてが告げていた。目の前にいるひとのことを、心の中で、変わることなくずっと想い続けていたのだと。

「ウミ、私は――」
 クレフの言葉が中途半端なところで途切れる。それは致し方ないことだった。その場でくずおれた海が、彼の背中に抱きついたのだった。クレフの全身がぴくりと震えた。
 初めて抱きしめたクレフの背中は、見た目以上に華奢だった。この背中に彼の750年が詰まっているのだと思った。そのすべてが知りたかった。苦しみはわかち合い、喜びは二倍にしたかった。
「『クレフ、私……』」
 たとえばあのとき、この言葉の続きを言えていたらどうなっていただろう。少なくとも、今日こうして出逢うことはなかった気がする。今日という日のために、五年前は「なんでもない」と言った。今日ここへやってくるためにこの19年間生きてきたのだとさえ、海は思った。
「私……あなたが好き」
 目尻から涙がこぼれ、クレフのローブを濡らした。震えているのが海の腕なのかそれともクレフの体なのか、もはやよくわからなかった。

 波音が、二人の横を通り過ぎていく。一陣の風が吹いたその刹那、海の体はクレフの背中から強制的に離された。はっと顔を上げると、クレフがこちらを振り返ろうとしているところだった。まるでスローモーションのように、目の前で映像が展開していく。ローブの裾がきれいな円を描いて廻り、やがてクレフは正面を向いた。海の目線は彼の胸元の高さにあった。彼が身に着けているローブは、記憶の中にあるそれとは少し違っていた。

 そっと細い手が伸びてくる。その手は海の頬を包み、上を向かせた。滲んだ視界の中に、懐かしい顔があった。そのときのクレフの表情は、海が一度も見たことのないものだった。痛切に訴えてくる大きな瞳から、目が離せない。クレフの両手が海の頬を挟む。その手がくしゃっと海の髪をもんだとき、二人の中に流れる時間がひとつになったような気がした。目を閉じると、涙が頬を流れた。その冷たさを感じる前に、熱い唇が海のそれに触れた。

 触れ合ったところからクレフの気持ちが流れ込んでくるかのようだった。それはあまりにも強すぎて、ちょっとでも気を抜くと取りこぼしてしまいそうだった。そんなことはしたくなくて、海は無我夢中でクレフの背中に腕を廻した。
 そっと唇が離れる。海はうっすらと目を開けた。目と鼻の先に、あの大きな瞳があった。それは海だけを映していた。
「もう、離さない」
 海だけに聞こえる声で、クレフは言った。海はゆるりとうなずいた。そうすると初めて、クレフは笑った。




たとえばこんな結末 完





もしもアニメに続きがあったとしたらこんな感じになってほしいという私の願望を、いっぱい詰めました。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.09.25 up




web拍手 by FC2

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
What's new?
ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
カテゴリー
最新記事
月別アーカイブ
全記事表示
Counter
プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

このブログは作品展示専用です。
いただいたコメントへのお返事は別ブログにて行っております。
どうぞお気軽にコメントお寄せくださいませ^^

 

Copyright ©蒼穹楼. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.