蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

余計なお世話

短々編

以前拍手に掲載していたものです。掲載時から若干の加筆修正を加えています。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 趣味は、と聞かれて「昼寝」と答えるのは、なにもフェリオだけではない。ランティスも同様だった。むしろ、実際に昼寝をしている時間はランティスの方が長いはずだ。ここ最近のフェリオは王子としての公務が目白押しで、昼寝をする暇さえないと、彼自身嘆いていた。そんなわけで、ランティスは今日も一人、セフィーロ城からすぐ近くの木の上でまどろんでいた。

 『魔法剣士』であるとはいえ、安定した平和の中にある今のセフィーロにおいては、ランティスが終始気を張り詰めている必要はない。それに、長年の経験で培ってきた剣士としての感覚があるから、仮に危険が迫ったとしてもすぐに気づくことができる。それでも、こうして昼寝をしているといつも決まって、ランティスを呼びにくるひとがいた。どこにいてもすぐに見つかってしまうので、最近では隠れようと努力することさえなかった。
「こんなところにいたのか」
 そう、こんな風に。

 ランティスはうっすらと瞼を開いた。枝の先にいたカナリヤと目が合う。木漏れ日の差し込んでくる角度からして、それほど長い時間眠っていたわけではないらしい。
「ん……あっ、クレフ」
 ところが、そうして下から耳に覚えのある少女の声が聞こえてきたことは、まったくの想定外だった。一瞬にして意識が覚醒する。条件反射的に下に目を向け、瞠目した。真っ青な長い髪が風に揺れている。いったいいつからそこにいたのか、彼女はランティスがいる木の幹に背を預け、目を擦っていた。
「探したぞ、ウミ」
「ごめんなさい。あなたの仕事が終わるまで、散歩でもしていようかと思ったんだけど……」
 あんまり気持ちよかったから、寝ちゃったみたい。そう言って海は立ち上がろうとしたが、それを彼女の前に立っていたひとが遮った。
「そのままで」
「……そう?」
 遠慮がちに言って、海が上がりかけた腰を元に戻す。その隣にクレフが立ち、幹に軽く背を預けた。完全にくつろぐ形が出来上がった。

 気がつくとこめかみを汗が流れていた。ランティスは内心ひどく狼狽していた。これでは出て行くことなどとてもできない。かといって、このまま二人の会話を盗み聞きするというのもいい気はしなかった。どうせならあのまま、まどろみの中に沈んでいるべきだったのだ。後悔の荒波がランティスを容赦なく襲い始めていたとき、徐にクレフが口を開いた。
「ところで、ウミ。最近、ヒカルがランティスのことについて何か言っていなかったか」
 そこで吹き出すことを堪えた自分自身を、手放しに褒めてやりたくなった。いったい何を言い出すのかと、身を乗り出してクレフを見やる。しかし今の角度からは、彼の表情までは窺えない。
「ランティスのこと? いいえ、特に何も言ってなかったわよ。どうして?」
 海がきょとんとして答える。
「いや」とクレフは言った。「少々心配になってな」
「心配?」
 ああ、とクレフはうなずいた。
「ランティスは、ヒカルのことをどう思っているのかと」
 眩暈がした。
「どうって……それはやっぱり、大切に思ってるんじゃないのかしら」
 さも当たり前というように海が言う。
「なぜそう思う?」
「え? だって、ヒカルのことを見るときのランティスって、ほかの人には絶対に向けないような優しい目をするじゃない。……っていうか、クレフだって気づいてるでしょ?」
「大切に思っているのなら、その想いを言葉なり形なりにするべきだとは思わないか」
 海の問いには答えず、クレフは逆に彼女に問い返した。
「それは、確かにそうだけど」と海は言葉を濁した。「でも、どうしたのよ、クレフ。いきなりそんなこと聞いてくるなんて。ランティスと何かあったの?」
「いや、何もない」とクレフは即答した。「ただ、いつまでも煮え切らんあやつの態度に、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうでな」
「げっ」と海は身を引いた。「それは困るわ」
「なんだ、その態度は」
 クレフは憮然として言った。
「だって」と海は頬を引き攣らせた。「あなたの堪忍袋の緒が切れるなんて、怖すぎるもの」
 そのとおりだ、とランティスは心の中で海に激しく同意した。流れる汗はこめかみに留まらず、今や背中までもが汗みずくになっていた。
「ひどい言われようだな」
 クレフが苦笑した。それはこちらの台詞だと、喉まで言葉が出かかった。

 光のことは、海が言うようにランティス自身、ほんとうに大切に思っている。最後の『柱』に選ばれた存在だからというのではない。その『心』の強さに惹かれた。接していくうちに、その心はしかし強いだけではなく繊細なのだということも知った。ザガートを手に掛けてしまったことを詫びた光の表情を、今も忘れることができない。ガラス玉のように美しく儚いその心を、いつしか護ってやりたいと思うようになった。
 セフィーロに来ると、光は多くの時間をランティスと過ごす。それはとても喜ばしいことで、彼女と過ごすひとときは、ランティスにとってかけがえのないものだった。ずっとその時間を楽しんでいたいと思う一方で、光は異世界の人間なのだから、自分の身勝手な『願い』のためにこちらの世界へ縛り付けてしまってはいけないとも思う。ずっと自制してきたが、しかしそれは、ただ逃げているだけなのかもしれなかった。光に断られることが怖くて、曖昧な関係を続けることに居心地の良さを覚えていただけなのかもしれない。

 一歩を踏み出すことはとても勇気がいることだ。それによって、永遠に失ってしまうものも出てくるかもしれない。だが、一歩を踏み出さないことには何も変わらないのだと、ランティス自身、よくわかっていた。だからこそ、その一歩を踏み出せた者たちを心密かにうらやましく思っていた。そう、あの師のように。
「しかし、いつまでも今のままというわけにもいくまい」
 彼が言った。
「そうだけど」と海は遠慮がちに言った。「でも、どちらにも進まない関係も、悪くないと思うわ」
「なぜ?」とクレフは瞬いた。
 海はすぐには答えず、ちらりとクレフを見上げた。そして恥ずかしそうに頬を染めると、俯き、恥じらいを隠すようにほほ笑んだ。
「会いたくなっちゃうじゃない」
「え?」
「好きになればなるほど、会いたくなっちゃうのよ」
 海は少しだけ顔を上げた。その視線は遠く、セフィーロ城の方へ向けられていた。
「でも、私たちは世界が違うから、簡単には会えないでしょう。ときどき、淋しくて泣きそうになるわ」
 風が、途切れた会話の間を縫うようにして通り抜けていった。

 クレフが不意に手を伸ばし、海の頭を優しく撫でた。驚いた海が顔を上げる。クレフは海の流れるような髪を一房すくい、唇を寄せた。
「後悔しているのか」とクレフが問うた。「私と、想い合う仲になったことを」
 海の頬がますます赤く染まる。俯こうにもクレフが髪を捉えているので俯けず、海は視線を逸らすので精いっぱいのようだった。そんな彼女を見ていると、ランティスまで面映ゆくなってきた。手に汗が滲んでくるころ、海は静かにかぶりを振った。
「そんなことないわ」と彼女は言った。「幸せだもの、私」
 するとクレフが満足そうに笑った。

 光も、あんな風に頬を染めることがあるのだろうか。海のはにかむさまを見て、ランティスはふと思った。光はいつもにこにこと笑っているイメージしかなくて、同い年の海や風と比べれば格段に幼い。それでも、たとえば今目の前にいる海にしてみても、かつては光と同じように幼さを残していた。それが、クレフと想いを通わせてから格段に大人っぽさを増した。より女性らしくなったと言うべきか。それが恋い焦がれる気持ちに起因しているのだとしたら、光もまた、そういう気持ちのそばにいることで、ぐっと大人になるのかもしれない。そんな彼女を知りたいという気持ちも、ランティスには確かにあった。

「さて、そろそろ行こうか」
 言って、クレフは海の髪をそっと離し、代わりにその手を彼女の方へすっと伸ばした。
「そうね。すっかりのんびりしちゃったわ」
 クレフの手を取り、その力を借りて海が立ち上がる。そうすると、海の方がクレフよりずっと背が高い。それなのに、二人が並んで歩いている様子には、不思議と違和感がなかった。
 ようやく出て行けそうだ。ほっと息をつきかけた、そのときだった。
「ここまで言って何もしなければ、ほんとうに堪忍袋の緒が切れるぞ」
 と、クレフが言った。
「え?」
 海がきょとんと彼を見る。クレフもまた、彼女を見上げた。
「なんでもない。上の方に向かって言っただけだ」
「……?」
「行こう、ウミ。早くお前の『けーき』が食べたい」
 クレフが海の手を軽く握り返し、歩き出す。にこやかな笑みを浮かべた海は、心底幸せそうだった。


 二人の足音が聞こえなくなってようやく、ランティスは長いため息をついた。
「まったく……」
 クレフは、ランティスがここにいることを知っていて先ほどの会話を繰り広げていたのだ。それは彼の最後の台詞からも明らかだった。確かに、これほど近くにいる人間の気配にクレフが気づかないということはあり得ない。しかしそれにしても、悪趣味ではないか。
「余計なお世話だ」
 吐き捨てるように言い、ランティスは地面に向かって飛び降りた。
 しかし、クレフの言うことを完全に否定できるわけではなかった。このまま光と曖昧な関係を続けていくことを、ランティス自身、決して正しいとは思っていない。
 背中を押してくれようとする、殊勝な言葉と受け止めるべきなのかもしれない。今日こそは、一歩を踏み出そうか。そう思うことができるようになったのは、ランティスにとってはかなりの進歩だった。何よりも、クレフの堪忍袋の緒が切れるところだけは見たくなかった。

 結局、あのひとには逆らえないのだ。苦笑いを浮かべ、ランティスは城の方へ向かって歩き出した。そこで待っているであろう光に、積年の想いを告げるために。




余計なお世話 完





ランティスは、クレフにだけは絶対に頭が上がらないと思います。というかそうであってほしい!
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.09.25 up




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都内某所にひっそりと生息。
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