蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

特効薬

短々編

以前拍手に掲載していたものです。掲載時から若干の加筆修正を加えています。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 おかしいと思ったのだ。いつもは私がやってくるのを誰よりも先に感づいて迎えに来てくれる人が、今日に限っては、光や風と別れた後になってもまだ姿を現さなかったのだから。

「ウ、ウミ」
 プレセアが、裏返った声で沈黙を破った。
「ごめんなさいね。その……あなたを騙そうとか、そういう意図があったわけじゃないのよ」
 私の剣幕を前に、プレセアは明らかに焦っていた。発言の内容は真実なのだろうけれど、その焦りまくった口調が真実味を半減させていることに、おそらく彼女は気づいていない。私は憮然とした表情のまま、組んでいた腕と足を解くと勢いよく椅子から立ち上がった。
「ウミ?」
 プレセアも、ほとんど反射的に立ち上がる。私はそんな彼女をただ一瞥しただけで、すぐにくるりと背を向けた。
「クレフのところに行くわ」と私は言った。「ありがとう、プレセア。教えてくれて」
「え――ちょ、ちょっと、ウミ!」
 プレセアがこちらへ腕を伸ばしてきているのを背中で感じ、かなりの大股で歩き出した。私から発せられている怒りのオーラに気圧されたのだろう、プレセアは追いかけてはこなかった。代わりに、
「お願いよ! 私から聞いたことは内緒にして!」
 と、彼女の声が追いかけてきた。私は歩き続けながら手だけを振り返した。あとはそのままの速度で、一直線にクレフの部屋を目指した。

***

 ノックもせずにクレフの部屋へ入る。そんなことを赦されているのは私だけで、いつもはそのことに対する優越感に浸りながらゆっくりと扉を閉めるのだけれど、今日はとてもそんな気にはなれなかった。どかどかと乱暴に突き進み、大きな音が立つことなどこれっぽっちも気にせず、後ろ手に扉を突き飛ばした。それでも、クレフの部屋の扉はとても分厚くて大きいので、閉じられた瞬間に立った音はさほど大きくはなかった。俺に八つ当たりするなよ。そんな小言を言うような音を、その扉は立てた。

 執務室は素通りして、迷わずに隣の寝室へ向かう。すると案の定、クレフが横になっていた。常春の気候だというのに彼は羽毛布団を肩までかぶり、ぜえぜえと荒い息遣いだけを響かせている。その染まった頬を、一筋の汗が切なく伝った。
 その姿を見た途端、怒り100%だった私の心の中は、怒り50%、哀しみ50%になった。そうして高熱に喘いでいるクレフは、見た目どおり、十歳ほどの子どもにしか見えなかった。人より小さな体だ、きっと辛いに違いない。私はベッドに駆け寄った。
「クレフ」と囁くように言った。「だいじょうぶ?」
 だいじょうぶなわけないじゃない、と心の中で自分に突っ込みを入れる。クレフからはやはり、答えはなかった。
 真昼間だというのに、その寝室はカーテンがぴっちりと閉ざされ、まるで宵闇の中にあるようだった。額を冷やすためのタオルは本来の目的を果たさず、クレフの顔の脇に落ちている。拾った刹那、クレフの体温の余韻を感じた。その熱さに、思わず顔を顰めた。

 タオルを手に、いつもクレフが薬湯を淹れてくれる小さな厨(くりや)へ向かう。すっかりぬるくなったタオルを水にさらし、しっかりと絞ると、それを手にまたクレフのところへ戻った。ベッドサイドにそっと腰を下ろし、冷えたタオルでクレフの額や頬、首筋を拭いた。どこに触れても線が細い。胸が痛んだ。こんなひとを蝕むなんて、流行病もひどいことをする。

 クレフは、ちょうど今朝からこの状態になったのだそうだ。今のセフィーロではきっと誰よりも幅を利かせている、とびきりの高熱が出るこの病を、クレフはどこからか貰ってきてしまったらしい。通常であれば、丸一日で熱が引く、さして重篤にはならない病だという。死者が出たという報告もなく、子どもから大人まで、皆きっちり丸一日で回復する。そんな、ちょっと空気が読める病のようだった。
 今朝からこの部屋に籠もりきりになっているクレフは、病に罹ってしまったことは周囲には隠し、代わりに、難しい魔法の研究をするために部屋に籠もると説明したらしい。ほんとうの理由、つまり熱で苦しんでいるということを知っているのはプレセアだけだった。そのプレセアを捕まえて、これらの事実を白状させたというわけだった。

 タオルを避け、自らの手でじかにクレフの額に触れる。びっくりするほど熱かった。こんな熱、私でも出したことはない。40度はあるんじゃないかと思えるほどの熱さだった。
 薄紫色の猫毛が、汗で額に貼りついている。たとえ丸一日で収まるのだとしても、これほどの熱ならば辛いだろうに。
 誰も寄せつけずに一人で苦しみに堪えようとするところは、クレフの中で唯一私が嫌いなところだ。もっと周りを頼ればいいのに。クレフが一人で苦しんでいるのを見て、周りの人がどれだけ哀しむか、このひとはもっと考えるべきだ。

「ばかよ、ほんとに」
 呟いて、私はそっと手を持ち上げた。あっという間にぬるくなってしまったタオルをもう一度冷やそうと、その場を離れようとした。ところがそのとき、クレフの瞼が微かに動いた気がして、はっと動きを止めた。
「クレフ?」
 身を屈めてクレフの顔を覗き込んだ。何度か、とても緩慢な瞬きがなされる。瞳がすっかり輝きを失っていて、ぞくりとした。それから何度目かの瞬きで、彼はようやくその瞳に私を映した。そしてはっと息を呑んだ。
「ウミ……?」
 発せられた声はひどく掠れていた。
「どうして、ここに……」と、クレフは眉間に皺を寄せた。私は思わず苦笑した。
「私を騙そうなんて、100年早いわよ」
 布団の中に手を潜り込ませ、彼の小さなそれを握った。クレフは驚いて身を引こうとしたが、そうはさせなかった。普段なら、体格差があってもクレフの方が力が強かったりするのだけれど、今日はさすがにそんなことはなかった。私の片手でも、楽々クレフの手を押さえつけることができた。

 クレフはため息をついた。観念したようだった。少しだけ、先ほどまでよりも顔の赤みが引いたように見えた。
「ねえ、クレフ」
 私はクレフの手を握ったまま口を開いた。
「一人で全部抱え込もうとしないで。苦しんでいるなら、ちゃんとそう言って。私だって、あなたの苦しみを分かち合いたいの」
「だが……」
「だが、じゃないわよ」
 私はぴしゃりと言い放った。
「もしも私が熱を出したら、あなただって同じように考えるでしょう? 私の苦しみを分かち合いたいと思ってくれるでしょう? それと同じことなのよ。私だって、力不足かもしれないけど、それでも精いっぱい、あなたを支えたいの。支えられるばっかりなんて、ごめんだわ」
 きっとクレフなら、「分かち合いたい」ではなくて、「おまえを苦しめているすべてを引き受けたい」と言ってくれるのだろうけど。それでも私は、あえてこういう言い方をした。

 クレフと私とでは、いろいろなことが違いすぎる。経験や知識は、クレフのものと比べたら、私のそれはお話にならない。それでもひとつだけ、私にも、クレフと張り合えると思うものがあった。クレフのことを好きだと思う気持ちだ。
 私がクレフを想う気持ちは、クレフが私を想ってくれる気持ちに負けない。それは私の密かな自慢であり、自負だった。

 クレフがふっと口元を緩め、私の手を握り返した。
「これでは、まるでいつもと逆だな」
 思いがけないことを言われて、私は目を丸くした。そして、確かにそうだと思った。クレフが私に説教することはあっても、私がクレフに説教することなどめったにない。めったにないどころか、もしかして、これが初めてのことかもしれない。私は目を細め、クレフとほぼ同時に破顔した。
「元気になったら、あなたの望みを何でも叶えてあげるわ。だから今は、大人しくこうしてて。私がここにいることも認めて」
 私がそう言うと、クレフは微かに瞠目した。そして、
「何でも?」
 と、私の言った言葉の一部を繰り返した。
「ええ」と私は少し間を置いてから答えた。「何でもよ。あ、ただし、ひとつだけね」
 少し厭な予感がしていた。でも、さすがのクレフでもこんな状態のときに私を嵌めるようなことを思いつきはしないだろうと、その厭な予感はすぐに打ち消した。

 高熱を出しているというのに、クレフはまるで平時に戻ったかのようなしぐさで何やら考え込んでいた。その態度と、熱により真っ赤になった顔とのコントラストがあまりにも滑稽で、私は含み笑った。
「タオル、濡らしてくるわね」
 そう言って、その場を離れようとした。ところがその私の腕をクレフの手がしっかりとつかんだので、中腰のまま動きを止めざるを得なかった。
「クレフ?」
 驚いて彼を見下ろす。触れられている手首が、文字どおり燃えるように熱い。目が合うと、クレフは口角を引き上げてにんまりとほほ笑んだ。瞳が潤んでいて、見た目は子どものはずなのに、そう思わせないほど扇情的だ。首筋が染まるのを、厭でも感じた。
「何でもいいのだな?」
「え?」
「かなえてくれるという『望み』だ」
「え……ええ」
 うわうわうわ、これは本格的にヤバそうな気配。
「私にできることなら」
 ベッドに座りなおしながら、それでも私は答えた。女に二言はなしだもの。
 クレフは私の手首を解放し、満足げに息をついた。
「では」と彼は、私をまっすぐ見つめながら言った。「おまえの口づけが欲しい」

「……は?」
 私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「何でもいいのだろう? それならば、私が全快した暁には、おまえから私に口づけて欲しいのだ」
「な……そっ、そんなこと……!」
「おや」とクレフはいたずらな口調で言った。「前言撤回か?」
 ぐっと言葉に詰まった。この話、言い出したのは私の方だ。いまさら前言撤回は、さすがに恰好が悪い。女に二言はないと誓ったばかりだし。――でも。
「でっ、でも! 私から、なんて」
 俯き、私は膝の上でぎゅっと手を握った。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。

 キスなんて、もう何回したかわからないほどしている。最初の数回はきちんと数えていたけれど、そのうち数えきれなくなってやめてしまった。でもそれは、いつもクレフの方から齎されるもので、私からなんて、一度もしたことがなかった。想像しただけで恥ずかしかった。私から、なんて。
 ふとクレフの手が伸びてきて、膝の上にあった私のそれにそっと重ねられた。
「一度でいい」と彼は言った。「おまえの口づけが欲しい」
 ぐんぐん顔まで血が上ってくる。クレフの瞳は真剣だった。真剣なのに、潤んでいる。そのギャップはもう、はっきり言って不可能犯罪クラスだ。

 その瞳に目を奪われているうちに、はたと思い当たった。
 女に二言はない。だから、彼の望みをかなえればいい。ただ、それはなにも、全快するのを待たなくたっていい。そもそも、こんな状態の心臓を抱えたまま翌朝まで待っていられるとはとても思えなかった。それならばと、私はいざ、覚悟を決めた。
「ウミ?」
 クレフが首を傾げる。それを合図に、私は身を屈めた。止めようとしてクレフが咄嗟に腕を伸ばしてきたけれど、それよりも、私の唇がクレフのそれに触れる方が早かった。
 それは一瞬の出来事だった。でも、ずっとそうして触れていたいとも思った。
 名残惜しく思いながら、クレフからそっと顔を離す。目が合うと、どうにも照れくさくてはにかんだ。クレフは狐に抓まれたような顔をしていた。

「まったく」と、しばらくしてからクレフは大袈裟なため息をついた。「病がうつったらどうするのだ」
「それが目的よ」と私は言った。
「なんだって?」と、クレフは大きな瞳をますます大きく見開いて私を見返した。
「知ってる? 風邪をひいたときの一番の特効薬はね、人にうつすことなのよ」
 クレフは瞠目したまま、すぐには何も言わなかった。やがて穏やかにほほ笑むと、私の方へ腕を伸ばしてきた。今度のそれは、私を拒絶するためではなかった。
「それならば」と彼は言った。「うつさせてもらおうか」
 腕が招くままに、私は身を屈めた。また唇が重なる。身を屈めたのは私の方だし、重なった唇の角度も先ほどと同じだったけれど、今度の口づけは、明らかにクレフから齎されたものだった。そしてやっぱり、その方が自然だし、何倍も心地好かった。


 翌日。全快したクレフの隣で、私はちゃっかり寝込むことになってしまった。免疫ができてうつらないのをいいことに、彼のキス攻撃に遭ってしまい、病気を治すどころではなかった。




特効薬 完





クレフは絶対に、自分が病気になったら海ちゃんを近づけないと思いますが、そこはご愛嬌でw
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.09.25 up




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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