蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 4. 空へ

長編 『蒼穹の果てに』

クレフは、そこにいるだけで絶対的な安心感を無条件に与えてくれる人だった。けれどクレフをずっと昔から知っているランティスにとっては、そうではないのかもしれない。

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 風とジェオがイーグルのところへ行くことになって、中庭での集まりはなんとなくお開きになった。海はアスコットと二人でカルディナの赤ちゃんに会いに行った。チゼータのタトラ、タータ、それからファーレンのアスカ一行は、一旦おのおの自国へ戻るという。互いの国との意見交換は、自分たちがやってくる前に終わっていたらしい。帰路に就く姫たちの見送りにはプレセアが行った。チゼータの『プラヴァーダ』、そしてファーレンの『童夢』が相次いでセフィーロの空を駆っていくのを、光は今、『精霊の森』からひとり眺めている。

 不意に、きゅるる、とそばで音がした。首を傾けると、地面に寝そべっている光の隣で同じようにくつろいでいた鳩と目が合った。覚えず笑みがこぼれる。頭の下に敷いていた手を片方持ち上げ、鳩の体を撫でた。とても柔らかく、豊かな毛並みだった。
「ごめん、ごめん。ひとりじゃなかったね」


 皆が思い思いに散らばった後、ランティスと二人でセフィーロを見て廻ろうかという話になった。この三か月のあいだで、また新しく土地が広がったのだという。空からセフィーロを鳥瞰したいという光の申し出を、ランティスはあっさりと承諾してくれた。そうと決まれば、とランティスが精獣を招喚し、あとは乗り込んで出発するばかりだというところまでいったのだけれど、その絶妙のタイミングで、城の方からランティスを呼ぶ声が掛かった。

 声を掛けられたとき、ランティスはあからさまに不機嫌そうな顔をした。城からやってきたのは一人の青年だった。ラファーガがいつもまとっている甲冑よりも簡素なそれを身に着けたその青年が親衛隊の一員であることに、光はすぐに気がついた。
「魔法剣士(カイル)」
 そばまでやってくると、青年はその場で傅き、ランティスを職業名で呼んだ。
「あなたに報告したいことがあると申している隊員がいます」
 ランティスが口を開こうとするのを遮るようにして、青年は大きな声で言った。ランティスは思わず、といったようにたじろいだ。
 ランティスがあまり集団行動を得手としていないことを、光は知っていた。どちらかといえばランティスは、一匹狼のようにしていることが多い。けれど彼がこうして人から頼られている場面を見るのは嬉しくて、黙って傍観していた。やがてランティスは、招喚したばかりの黒馬の手綱を握ったまま、青年をぎろりとにらんだ。
「俺に報告しても意味はあるまい。俺は親衛隊長ではない」
 にべもない言い方だった。
「ですが」と青年は食い下がった。「剣闘師ラファーガがいらっしゃらない以上、あなた様に報告いたさなければ」
「ラファーガが戻ってきてからにすればいい」
「それでは遅いかもしれません」
 一向に引かない青年に、ランティスもついに押し黙った。ようやく青年と向き合い、ランティスはじっと彼を見つめた。
「急な用件なのか」
「はい」と青年は即答した。

 それからしばらく二人のにらみ合いが続いたが、結局はランティスの方が根負けした。大きなため息をつき、彼は精獣を戻界させた。そして魔法剣を腰にしまうと、やおらこちらを向いた。
「すまない、ヒカル。すぐに戻る」
「だいじょうぶだよ」と光は言った。「『精霊の森』にいるね。お仕事頑張って」
 ランティスは苦虫を噛み潰したような顔をした。それでも光が笑顔を浮かべれば、最後にはわずかながらも口角を引き上げてくれた。

 ランティスの姿が見えなくなり、さて何をしようかな、と視線をきょろきょろさせたときのことだった。光の目に、一羽の鳥の姿が留まった。地球で言うところの鳩に似ていた。尾だけが、まるでそこだけ急激に進化したかのように長い。その鳥は、羽に傷を負い、飛べなくなっていた。懸命に羽ばたこうと羽を広げるも、すぐに羽は力を失った。
 風のような傷を癒す魔法は、光は使ったことがない。ならばと慌ててショルダーバッグに手を突っ込んでみたけれど、絆創膏の一枚も出てこなかった。それでも鳩のもとへ駆け寄らないわけにはいかなかった。鳩は光を見止めると怯えた目をしたが、気にせずに手を伸ばした。この鳩を、助けてあげたい。傷ついた羽にそっと手を置き、傷が癒えるようにと、目を閉じて祈った。すると、自らの内側から言葉が浮かんでくるのを感じた。
『紅の燈火』
 浮かんだ言葉をそのまま唱えると、掌から光が発せられ、それが鳩の傷口を包んだ。かつて戦いの最中に使った攻撃魔法とはまったく違う、ほんのりとした優しさにあふれた魔法だった。

 輝きが収まるまで待って、光はそっと手を外した。鳩の傷はすっかり癒え、跡形もなくなった。
「これでもう、だいじょうぶだよ」
 きっともう飛べるはずだった。けれど鳩は、光の後を追って『精霊の森』までやってきた。光がひとりでいることに気づき、一緒にいてくれようとしているようだった。それならばと、無理に鳩を空へと促すことはせず、二人で日向ぼっこをすることにした。ちょうど木漏れ日がいい具合に射し込んでくる場所があり、そこには草も生い茂っていたので、寝転ぶと、地面とは思えないほど柔らかかった。そうして横たわり、今に至る、というわけである。


 去っていく『プラヴァーダ』と『童夢』を見送りながら、その二つの移動要塞に乗り込んでいる友人――と、少なくとも光は思っている――たちのことを思った。チゼータもファーレンも、未だ問題を抱えている。チゼータは国土の狭さゆえに生殖上の限界を、ファーレンは、国土が広すぎるがゆえにまとまることの限界を。皮肉なものだ。一方は国土が狭いことを嘆き、一方は国土が広いことを嘆く。そう簡単にはうまくいかないんだなと、つくづく思う。

 『柱制度』の終焉を願い、四つの国と二つの世界を巻き込んだ戦いが終わった直後は、もうすべてが丸く収まったのだと思っていた。けれど残念ながらそうではなかった。それぞれの国が抱える問題は、着実に解決へと向かってはいるけれど、完全に消えたわけではない。とりわけオートザムの大気汚染問題は深刻だった。そのほかの国についても、ひとつの問題が解決してもまた別の問題が発生する、というような具合だった。争いは長くは続かないけれど、平和な時間もまた、長くは続かない。それが現実だった。そしてそれは、光たちにも言えることだった。
「もう限界なんです」
 東京タワーで風が言った言葉が、耳の奥に残ってずっと離れない。風があれほど思い詰めていたなんて、知らなかった。

 ううん、違う。
 鳩を撫でる手が止まった。
 風が思い悩んでいることに、本当は、ずっと前から気づいていた。ただ、忙しいことを言い訳にして、気づかないふりをしてきた。逆に言えば、気づかないふりができるほど忙しかったということだ。高校生活がこれほどまでに忙しいものだとは、正直思っていなかった。勉強は格段に難しくなって、さほど頭の回転が速いわけではない光にとっては、ついていくだけで精いっぱいだった。でも剣道の練習もしたいし、閃光と遊ぶ時間も確保したい。そんなことをやっていると、ただ生きているだけで、時間はあっという間に過ぎていった。どれほどセフィーロへ来たいと思っても、延ばし延ばしになってしまい、結局三か月も間が空いてしまった。こんなことは初めてだった。

 風は、東京を捨ててセフィーロを選ぶと言い切った。その気持ちは、気持ちとしては理解できる。けれどでは自分も同じ選択ができるかと問われたら、とても首を縦に振ることはできなかった。光は家族が、そして閃光のことが何よりも大切だった。皆と離れることなんて考えられない。風のように東京を捨てるという決断を下すことは、少なくとも今の光には無理だった。
 その一方で、ではセフィーロを捨てられるのかといえば、それも違った。セフィーロの人たちのことも、東京の家族と同じくらい大切だった。ここで暮らすランティスやクレフ、フェリオ、プレセア――皆、それこそ家族と言えるような存在だ。そんな人たちがいる、いわばもうひとつの故郷とも呼ぶべきセフィーロを失って生きていくなんて、哀しすぎる。
 漏れ出たため息は、想像以上に重たかった。万華鏡を廻し続けるように、答えの出ない問いの中で堂々巡りをするしかなかった。
 東京とセフィーロ、どちらを選ぶのか。今まではずっと避けてきたけれど、そろそろきちんと向き合い、考え始めなければならないことかもしれない。けれどこれは、考えれば考えるほど辛い問題でもあった。

「ヒカル?」
 急に呼ばれて、飛び起きた。その勢いに驚き、隣で休んでいた鳩が一瞬にして羽ばたいていってしまった。先ほどまで羽を痛めていたとは思えないような飛びっぷりで、空へ溶けていく。呆気に取られて見ていると、すぐ近くで草を踏む音がした。
「どうしたのだ、こんなところで」
 そう言って、つい今しがたまで鳩が休んでいたところに膝をついた彼を、光はほっとして見上げた。
「ランティス」と名前を呼び、光はその場で体育座りをした。「空を見てたんだ。鳩と一緒に」
「ハト?」
「うん。さっき飛んでいった鳥がいたでしょう? あの鳥がね……」
 そこまで言って、光は急に思い出した。そうだ、と声を上げ、ランティスの方へ身を乗り出した。
「あの鳥、怪我してたんだ。私、風ちゃんみたいな回復魔法は使ったことなかったけど、でも、どうにかしてあげたくて、鳥の羽に手を当てて祈ったんだ。そしたら、『魔法』が体の奥から湧き上がってきて、傷を治してあげられらたんだよ」
「新しい魔法を編み出したのか」
 ランティスは大きく目を見開いて言った。そんな表情をすることはめったにない人だから、たまにすると、その真っ青な瞳がよく見える。光はうん、とうなずいた。
「どうしてだろう。あんな魔法、一度も使ったことなかったのに」
 ランティスは光から視線を外し、しばらく考え込んだ。光はじっとランティスの答えを待った。

「それはおそらく」とやがてランティスは口を開いた。「おまえが『柱』だからだ」
「え?」
「おまえは、このセフィーロが選んだ最後の『柱』、つまり、この世界でもっとも強い『心』を持つ者だ。セフィーロは、『心』の強さがすべてを決める。『傷を癒したい』というおまえの強い『心』が、新しい魔法となって現れたのだろう」
 直裁にそうとは言わなかったけれど、表情からして、ランティスは褒めてくれているようだった。なんだか照れくさくて、光は頭を掻いた。
「そう、なのかな」
 そうだ、とランティスは力強くうなずいた。光は首を竦め、膝をぎゅっと抱えた。
「ありがとう」
 確かに照れくさかったけれど、同じくらい嬉しくもあった。ランティスは、お世辞で人を褒めたりはしない。彼の言葉は真実しか含まない。だから、そのランティスが褒めてくれるということは、心からそう思ってくれているということだ。

 そこで光はふと思った。ランティスの瞳をじっと見つめる。なんだ、とその目が問う。光は目を細めてほほ笑んだ。
「ランティスって、クレフに似てるところがあるよね」
「なに?」
「ほんとうのことしか言わないところとか、そっくりだよ。師匠と弟子だからかな」
 するとランティスは、虚を突かれたように瞠目した。それからわれに返ったようにはっと唇を結び、視線を落とした。横顔が、四葉のクローバーを探しているかのように真剣だった。その秀麗な表情に、われ知らず見惚れた。やがてそよ風が木々を囁かせ、その黒髪を撫で上げるころ、ランティスは徐に顔を上げた。
「俺が導師クレフに逢ったのは、15歳のときだった」
 遠くを見つめながら、ランティスは思い出に浸るように言った。
「当時から、他を寄せつけない、圧倒的な力を持っているひとだった。誰よりも強いのに、そのことを決してひけらかさない。俺はずっと、あのひとのようになりたいと思いながら修行を重ねてきた」
 その気持ちはよくわかる。光はうなずいた。
「クレフはほんとうに強いよね。強くて、優しい。あのきれいな目が、そのままクレフの心みたいだ」
 ランティスがこちらを見る。一度目を細めて、けれど意外にも、彼はすぐに表情を曇らせた。
「だが、危うい」
「え?」
「あのひとは、危うい」とランティスは言い切った。「昔から、すべてをひとりで抱え込もうとするきらいがある。気配をつかみにくい人だから、本心では何を考えているのか、わからないことも多い。誰よりも強い人だが、その強さが、逆にあのひとを危うくしている面もある」

 それは意外な言葉だった。クレフはいつも、一本の太い芯のようにそこに立っていて、「危うい」という言葉からはもっとも遠いところにいるようなイメージだった。クレフが泣いたり弱音を吐いたりするところを、一度も見たことがないせいかもしれない。クレフは、そこにいるだけで絶対的な安心感を無条件に与えてくれる人だった。けれどクレフをずっと昔から知っているランティスにとっては、そうではないのかもしれない。
「だからこそ、せめてあのひとが困っているときは、助けになりたいと思う」
 そう言って、ランティスは立ち上がった。こちらへ向かって手を差し出してくれる。その手に自らのそれを重ねながら、光はほほ笑んだ。
「そうだね」
 ランティスの力を借りて立ち上がる。二人は手を繋いだまま、ゆっくりと歩き出した。平和だな、と心から思った。きっと、この平和が続いていくことこそが、何よりもクレフを助けることになるだろう。ずっとずっと、こんな日々が続いていけばいい。

「あれ」
 しばらく歩いてから、光は急に思い出して立ち止まった。反動で、ランティスを引っ張るような形になる。驚いて彼が振り向く。そのランティスを見上げて、光は瞬いた。
「親衛隊のお話は、もう終わったのか?」
 光が首を傾げると、なんだそんなことか、とでも言うかのように、ランティスは肩を撫で下ろした。
「ちょうどラファーガが戻ってきたので、譲った」
「そうなんだ」と光は言った。「じゃあ、フェリオも戻ってきたんだね」
「ああ、そうだが」
 言葉に含みを持たせ、ランティスは、「何かあったのか」と行間で訊いてきた。光は慌ててかぶりを振り、
「なんでもないよ」
 と答えた。ふむ、と言いながらも、ランティスは納得した様子ではない。振り切るように、光はランティスの手を引いて歩き出した。風の悩みは風とフェリオだけのものだ。結論が出ていない段階で、たとえ相手がランティスであっても、自分が話をするべきではないと思った。
 どうか風ちゃんが、幸せになれる答えにたどり着けますように。広がる青空に、光はこっそりと『願い』を飛ばした。




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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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