蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 5. ある少女の失踪

長編 『蒼穹の果てに』

正直最初は、放浪の旅を続けていたはずのフェリオをクレフが何のためらいもなく「王子」として受け入れたことに、内心反感を抱いていた。

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 ランティスに代わって親衛隊長の職務についてから、早いものでもう三年以上が経つ。導師クレフから直々にその地位に就いてほしいと頼まれたときは、握りしめた拳が武者震いしたものだった。それまでの人生でもっとも喜ばしい瞬間だったことに、疑いの余地はない。
 当時の親衛隊長の役割は、『柱』であるエメロード姫をお守りすることだった。そのころはまだ限られた人間しか入ることが赦されていなかったセフィーロ城に初めて足を踏み入れた瞬間に感じた気持ちは、今でも忘れることができない。美しさと儚さが同居した、そこはまさに楽園だった。己が目で見たエメロード姫は、本当にこれほど幼い少女がセフィーロの創造主なのかとの疑いを禁じ得ないほど、いたいけだった。

 親衛隊長という、いわば『柱』の側近になるまで、エメロード姫に弟がいたことを知らなかった。まだ幼い時分に城を飛び出したきり、放浪の旅を続けているのだという。導師クレフがそれ以上は語ろうとしなかったことで、弟について深く知ることはなかった。だがいい印象を持たなかったことは確かだった。王子という立場を捨て、自由奔放に、無責任に生きている。それが、顔も見ていない段階でフェリオに抱いた印象だった。彼と初めて言葉を交わしたのは、エメロード姫が崩御してからのことだった。

 正直最初は、放浪の旅を続けていたはずのフェリオをクレフが何のためらいもなく「王子」として受け入れたことに、内心反感を抱いていた。ランティスの件に関してもそうだが、クレフは少々身内に甘いのではないか。そんな言葉が口から出そうになるほどだった。そのときはカルディナに咎められて言わなかったが――あのひとにはあのひとの考えがあるんやろ――、フェリオを受け入れる際に構えていたことは、否定できない。
 だが実際にフェリオと会い、その心づもりを知るにつれて、ラファーガの考えは180度転換した。フェリオはまだ、完璧な指導者からはほど遠いが、そうなる素質はじゅうぶんに備えている。いわば磨かれる前の原石のような男だった。王子という肩書にとらわれることなく、セフィーロに異変があると聞けば自ら出向き、その目で確かめたがる。自らの立場をひけらかすことはせず、どれほど位の低い人間の意見にも真摯に耳を傾ける。この男についていこうと、ほどなくしてラファーガは決意した。そこには、彼の姉であり自らが守らねばならなかった『柱』、エメロード姫を守り抜けなかったことに対する罪滅ぼしの意識が、少なからずあった。


「帰ったら、また新しい森が増えていたと、導師クレフにお伝えしなければならないな」
 フェリオは眼下に広がる景色に目を細めながら言った。彼とラファーガは、それぞれ一人乗りの羽がついた乗り物に跨り、セフィーロ城へと帰路に就いているところだった。その乗り物は導師クレフが創り出してくれた、偵察用の乗り物だった。速度は速くもなく遅くもない。丸一日乗っていても、精獣のように疲れて動けなくなるということがないから、偵察のときは重用していた。
「そうですね」とラファーガはうなずいた。「導師クレフも、きっと喜ばれるでしょう。精獣たちの憩いの場が少ないと、頭を悩ませていらっしゃったようですから」
 ああ、とフェリオは笑った。

 今でこそ、こうしてフェリオと二人でセフィーロを偵察することは日課になったが、最初はまったく気乗りしなかった。なぜ王子であるフェリオが「偵察」などという雑務をしなければならないのか。そんなことは親衛隊に任せろと言っても、鼻であしらわれるだけだった。それでも絶対に行かせないつもりだったが、おまえたちが行かないなら俺一人でも行くと言われて、あっさり負けた。そんなことをさせるわけにはいかなかった。必ず自分と一緒に行くという条件を呑んでもらい、王子が偵察に赴くことをしぶしぶ了承した。クレフにはそれこそ、「王子にそんなことをさせるなどけしからん」と咎められるのではないかとびくびくしていたが、彼の反応はまったく逆だった。愉快そうに笑い、「好きなようにさせてやれ」と言ったのだった。

「あれ」
 城が近づいてきたとき、不意にフェリオが瞬いた。
「どうされました?」
 だいぶ貫禄がついてきたその横顔に問う。フェリオはちらりとこちらを見てから、再び城の方へと視線を戻した。そちらを見ろと言っているのだと解釈し、彼の視線の先を追いかける。すると、地上門のあたりに複数の人影を見止めた。そのうち二人は、親衛隊の人間だった。
「何かあったんだろうか」とフェリオは訝しがった。
「私が行きます」とラファーガは言った。「王子は導師クレフのところへ、今日の偵察についてご報告を」
 フェリオは自らも行きたそうな顔をしたが、すぐに表情を引き締め、うなずいた。どう見ても親衛隊内部の問題であろうところに、王子が顔を出す必要はない。もしも彼に判断を仰がなければならないようなことであった場合は、また改めて相談に行けばいいことだ。

 上空でフェリオと別れ、地上門へ向かって下降する。途中で集団の中の一人がこちらを真っすぐに見上げてきた。ぶつかった視線に、覚えずたじろいだ。ランティスだった。
「なぜあの男が」
 呟いた刹那、ランティスの視線は外れた。彼は親衛隊の人間たちに何か言葉を掛け、あっさりとその場を去っていった。ラファーガが地上に降り立つころには、すでに後姿が『精霊の森』の中へと消えた後だった。
「隊長」
 ランティスが去った方を見ていた背中に、声が掛かる。振り返ると、やはり親衛隊の男が二人、その場にいた。しかしそこにはもう一人いた。空から見ていたときには気づかなかったが、二人の親衛隊員の前に、齢五、六歳ほどの少年が立っていた。

「ちょうどよかった、ご相談したいことがありまして」
 心なしか涙を溜めているように見える少年の瞳に目を奪われていると、隊員の一人が言った。顔を上げ、続きを促す。隊員は少年の肩に手を置き、言った。
「この少年が、妙なことを訴えてきたのです」
「妙なこと?」
 はい、とうなずいたのはもう一人の隊員だった。
「なんでも、子どもが突然姿を消したとか」
 ラファーガは眉間に皺を寄せた。少年を見下ろし、問うた。
「姿を消したとは、どういうことだ」
「ぼくもわからないんだ」と少年は言った。「アリスの精獣を探してて、お城の裏のあたりまで行ったんだ。二人で探してたんだけど、でも、突然アリスの声が聞こえなくなって、そしたらアリス、どこにもいなくて」
「アリスというのは、その少女の名前か」
 うん、と少年はうなずいた。
「ぼくと同い年の女の子だよ。髪はこのくらいの長さで」と言って、少年は自分の肩に手を当てた。「背はぼくより少し低いくらい」

 ラファーガは喉の奥で唸った。少年は嘘をついているようには見えないが、かといって、これを真剣に捉えてよいのかどうか、はっきりと首を縦に振ることはできなかった。子どもは気まぐれだ。その「アリス」という少女、どこかへ一人でふらりと足を向けただけなのかもしれない。果たして親衛隊を巻き込んでまで捜索に赴くべきなのだろうか。
 取りあえず、自分一人で行ってみよう。そう思って口を開きかけたそのとき、背後から声が掛かった。
「どうした、何かあったのか」
 振り返り、そこに立っている人の姿を見止めた瞬間、得も言われぬ安堵感が心に広がった。このひとはいつもそうだと思う。どれほど切羽詰まったときであっても、そこに彼がいてくれると思うだけで、心が何倍にも強くなったように感じることができた。目尻を細め、ラファーガはその場で跪いた。
「導師クレフ」
 背後で二人の親衛隊員も同様の行動を取る。クレフがうなずいたのを確かめて、ラファーガは体を起こした。そして少年を自らのもとへ引き寄せ、クレフと再び目を合わせた。
「この少年が、奇妙なことを」
「奇妙なこと?」
「友だちがいなくなったんだ」と少年が言った。「ついさっきまで一緒にいたのに、気づいたら、突然」
 クレフは少年の瞳をじっと見た。揺らぐことのないその視線に、なぜかラファーガまで緊張を覚えた。あれほど真っすぐな視線を向けられたら、詫びるようなことがなくても謝罪の言葉を口にしてしまいそうだと思った。

「おまえ、その場所まで案内できるか」
 やがてクレフは、少年を見据えたまま言った。
「うん、できるよ」と少年は即答した。「いつも遊んでるところだから。お城の反対側にある森の、すぐ近くなんだ」
 クレフはあいわかったとうなずいた。
「そこまで案内を頼む。行ってみよう」
「導師クレフ」
 思わずラファーガは言っていた。きょとんとこちらを見上げたクレフに、ラファーガは一歩歩み寄った。
「何もあなたが行くことは」
「構わん」とクレフは笑った。「私も王子と同じでな。気になったことは自ら確かめたい性分なのだ」
 そうだった。この国を率いる立場に就く人間は、なぜか行動派が多い。クレフもそれに違わなかった。ずば抜けた高齢にもかかわらず、そんなことはものともせずに、どこへでも赴くフットワークの軽さを持っている。彼がすると言ったことに異を唱えられるわけがなかった。結局、あとのことは自分たちに任せろと二人の隊員には告げ、ラファーガはクレフと少年との三人で、少女が消えたという現場に赴くことになった。道中クレフは、フェリオに会って森の話を聞いたと嬉しそうに言った。彼のその表情に、ラファーガまでも笑顔になった。

***

 少年の言ったとおり、問題の現場は城からほど近いところにあった。グリフォンに乗る必要もなかったのではないかというほどの距離を移動して、三人はその地に降り立った。目の前には森、背後には城が聳える、セフィーロではごく普通の場所だった。
 ざっと周囲に目を向ける。川が近いのだろう、水が流れる音や、鳥たちの囀りが聞こえたりはするが、特に不穏な音は聞こえない。一見する限り、不思議なところには見えなかった。だがここで少女が姿を消したのは間違いないのだと、少年は言った。

「そのアリスという少女に、最近変わったことは?」
 それまでずっと気丈に振舞っていた少年だったが、クレフがそう尋ねた瞬間、傷つき羽を折られた小鳥のような表情を浮かべ、俯いた。ラファーガは思わずクレフと顔を見合わせた。そのまま二人は、じっと少年の言葉を待った。
「アリスがずっとかわいがってた精獣が、いなくなったんだ」
 そう言った少年の声は、震えていた。
「だから、二人で探してたんだけど」
「それで、このあたりへやってきたのか」
 クレフの言葉に、少年は項垂れるようにうなずいた。
「アリス、お父さんもお母さんもいないから、その精獣のこと、すっごくかわいがっててさ。ぼく、絶対見つけ出すって約束したのに、見つけられなくて、しかも、アリスまでいなくなっちゃって……」
 決して泣くまいとしているのだろう、唇を、色が変わるほどにまでかみしめた少年の健気さが、胸を打った。

 ラファーガは目の前に聳える森を見上げた。精獣を探して、この森の中に少女は迷い込んだのだろうか。あり得ない話ではないが、そのような少女の気配は、目の前の森からは感じられなかった。それに、たとえ迷い込んだのだとしても、すぐそばにいたはずのこの少年でさえ気づかぬように姿を消すことなど、できるだろうか。それではまるで、神隠しではないか。
 ――神隠し。何気ないはずの自らの思考に、なぜかぞくりとさせられた。振り切るように、ラファーガは少年に向き直った。
「少女を最後に見たのは、どのあたりだ」
 少年は袖で顔を拭ってから顔を上げた。真っ赤な瞳をきょろきょろとさせ、やがて少年は、ひとところを目指して歩き出した。その後を、クレフとともについていく。ここだよ、と少年が指差したのは、一本の楢の木だった。
 訊ねてみたはいいものの、その楢の木を見たところで何かがわかるわけでもなかった。ぐるりと見、ふむ、と言うので精いっぱいだった。どこにも少女の行方を示す痕跡はない。枝に上っているわけでもなければ、地面に埋まっているわけでもなさそうだ。――そうして視線を下へ向けたときだった。幹と根の境目に、何かが落ちているのを見止めた。

「どうした?」
 その場でしゃがみ込むと、背後からクレフの声が掛かった。落ちていたのは、四方五センチほどの白い紙だった。片面に、黒いインクで籠目紋が描かれている。インクだと思ったそれは、しかし触れても指につかなかった。
「こんなものが、ここに」
 顔を上げ、ラファーガはその紙をクレフに差し出した。
「少女の忘れ物でしょうか」
 クレフは何気なくその紙を受け取った。しかしその直後、びっくり水を入れられた熱湯のように、彼の顔色がさっと変わった。そのまま急速に冷やされていくように蒼白する。そして今にも倒れてしまうのではないかというほど、その気配が脆くなった。
「導師クレフ?」
 驚いて、思わずその名を呼んだ。しかしクレフは、まるでどんな音も聞こえていないかのように、ただ呆然と手にした紙を見つめていた。瞬きのひとつさえしない。いよいよラファーガも眉間に皺を寄せた。その籠目紋が、いったい何だというのだろう。

「アリスのことは、必ず探し出す」
 クレフが少年に向かってそう言ったのは、まさにラファーガが「どうしたのか」と問おうとしたそのタイミングだった。クレフは手にした紙をさりげなく懐にしまい、少年の肩に手を置いた。あれほど真っ青だった顔色は、元の血色を取り戻していた。
「そなたは、いつアリスが戻ってきてもいいように、部屋を整えておきなさい」
 ほほ笑んだクレフの言葉に、少年は満面の笑みを浮かべた。クレフの言葉と笑顔には、どんな魔法よりも人を安心させる力がある。その力はこれまで数多くの人の心を救ってきたが、今また、ひとりの少年の心が間違いなく救われたようだった。

 先ほど見たクレフの険しい表情は、見間違いだったのかもしれない。ラファーガはそう思い始めていた。ところが、少年が手を振って一人城へと戻っていくのを見送ると、クレフは一転頬をさっと引き締め、こちらを振りかぶった。
「このことは、他言無用だ」
「え?」
「アリスという少女が失踪したことも、この場で見たもののことも、決して口にしてはならない。よいな」
 クレフからこれほど厳しい言葉をかけられたことは、今までに一度もなかった。首を横に振ったらどうなるか、そんなことは考えるも恐ろしかった。気がつくと、ラファーガの首は縦に振られていた。それを見るや否や、クレフはさっと踵を返し、一人その場を後にした。その後姿があらゆるものを拒絶しているように見えて、追いかけることができなかった。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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