蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

諱 1. 独(ひとり)

海誕企画★2013

いつも一緒だと思っていた三人が別々に行動することが増えたのは、いったいいつからだっただろう。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 いったいどこにこんなスペースがあったのだろう。入った瞬間に口をあんぐりと開けてしまうほど大きな広間には、すでに大勢の人が集まっていた。そこは、クレフがほとんど自分の部屋のように使っているあの大広間の軽く三倍の広さはあった。あの広間を「大広間」を呼ぶのなら、ここは「超巨大広間」といったところだ。
 海が入った扉から最奥の祭壇まで、一直線にレッドカーペットが敷かれている。そしてその両脇に、おのおの二十列以上の席が用意されていた。席についている人々はさまざまに着飾っていて、肌の色も異なっている。一目で、複数の国の人がここに集まっているということがわかる。

「海ちゃん!」
 広間の迫力に半ば気圧されていると、祭壇に近い方から自分を呼ぶ声がした。向かって左側の列席の最前列から、光がひょっこりと顔を出していた。いつもはひとつに束ねられている桜色の髪が、今日はふんわりと下ろされている。真っ赤な羽根をあしらった大きなヘッドドレスは、彼女が身にまとっているセフィーロのドレスによく合っていた。
 彼女に会うのは三週間ぶりだった。光は会うたびにセフィーロに馴染んでいくような気がする。海は軽く手を振ると、さすがにレッドカーペットの上を歩くのは憚られたので、列席の後ろをぐるりと回るようにして光のもとへ向かった。

「こっちこっち!」
 本当に驚くほどの人で埋め尽くされている列席を過ぎると、最前列の光の隣にぎりぎり一人分の空席があった。どうやら、光が海のために確保しておいてくれたようだ。光がその席を詰め、隣のランティスに肩を寄せる。自動的に、海はレッドカーペットに最も近い端の席に座ることになった。
「よかった、間に合ったみたいね」と私は言った。
「うん。もうすぐ始まるところだよ」と光はにっこりほほ笑んで言った。「そのドレス、よく似合ってるね、海ちゃん。モデルさんみたいだ」
 光は海の頭のてっぺんからつま先まで視線を走らせ、目を細めた。
 海は今日、青を基調としたイブニングドレスを纏っていた。いつもは下ろしている髪も、美容院でアップスタイルにしてもらった。確かに、東京を離れる前に鏡で見た自分の姿は、そこら辺のモデルにも負けないほど華やかだった。それでも、こちらを見る光の目があまりにもきらきらと輝いているので、照れくさくて首を竦めた。
「光こそ、今日はお姫様って感じじゃない」
「ありがとう」と光ははにかんだ。「実はこれ、もともとは、ランティスのお母さんのものだったんだ。今日のためにって、わざわざ私のサイズに仕立て直してもらったんだよ」
 えへへ、と光はほんのりと頬を染めた。その向こうにいる、普段よりも煌びやかなローブを身にまとったランティスがふいと顔を逸らしたのがおかしくて、海はくすりと笑った。

 そのとき、広間全体が揺れるほどの鐘の音が荘厳に鳴り響いた。人々は一斉におしゃべりをやめ、自分の席で真っすぐに前を向いた。その鐘の音は、まるで心をまっさらにしていくかのように、強く胸の奥まで響いた。
 鐘の音が次第に小さくなっていく。すると祭壇の奥の扉が開き、そこから見慣れた杖が顔を覗かせた。その瞬間、海の鼓動は意志とは無関係にどくんと大きく高鳴った。そんな自身の体の反応を叱咤するかのように、膝の上でぎゅっと拳を握った。

 やがて、プレセアを背後に従え、杖の持ち主であるクレフが入ってくる。彼は今日、いつもの純白のそれではなく、濃紺を基調としたより格式高いローブを身につけていた。違和感がないと言えば嘘になるけれど、それは思ったほど不自然な姿ではなかった。クレフは本当に、何を着ても似合う。顔立ちも端整だし、東京にいたら、それこそモデルに引っ張りだこだろう。もっとも、対象となるのは子供服だけれど。
 そのクレフが、ほとんど海の目の前にあるひな壇までやってきて立ち止まり、列席の人々を見回した。
「これより、戴冠式を執り行う」
 決して叫ぶような大声ではないのに、クレフの声は凛と広間全体に響き渡った。そうして祭壇に一人立っている彼は、思わず目を細めてしまうほどの威厳に満ちている。あの小さな体のどこからそれほどの威厳が放たれるのか、海には皆目見当がつかない。
 そんなことを考えている間に、列席の人々は相次いで立ち上がり始めていた。隣で光が立ち上がったことで海はわれに返り、手にしていたハンドバッグを慌てて席に置くと、一人遅れて立ち上がった。レッドカーペットの方を向き、先ほど自分が入ってきたばかりの扉に目を向ける。その扉は今、固く閉じられている。両脇には、「いつでも開けられます」と言わんばかりに二人の従者がスタンバイしていた。

 一瞬の静寂が広間を包む。そのとき海は、堪えていたものが早くも体の奥底から込み上げてくるのを感じた。
「扉を開けよ」
 クレフの声が響いたときには、海の視界はすでにぼやけていた。そのぼやけた視界の中で、クレフの指示どおりに扉が開かれていくのが見える。そしてその奥から、後光に包まれて広間へ入ってこようとしている親友と、その恋人の姿が見えた。
 後ろで光が「うわあ」と小さく言うのが聞こえた。そのころには、ハンドバッグから取り出したハンカチが涙でぐっしょりと濡れていた。万一のことを考えてウォータープルーフのマスカラにしてきてよかった。そんなことを考える余裕があったのは、純白のドレスに包まれた親友が、レッドカーペットに一歩足を踏み出すまでのことだった。

***

 中庭にいくつも用意されたテーブルのうちの一つに腰掛け、一人呆けていると、カチャリとティーカップが置かれる音がすぐそばでした。一度瞬き、海は顔を上げた。
「本当にきれいだったね、風ちゃん」
 まだ上気した頬のまま、光はにっこりと笑った。その笑顔につられるようにして、海も目を細めた。「そうね」と力強くうなずくと、光が斜向かいの椅子を引いてそこに腰掛けながら、満足そうに首を竦めた。
「海ちゃん、すごく泣いてたね」
「そ……そんなことないわよ」
 カッと全身の温度が上昇したのを感じ、海は慌てて光から顔を逸らした。「そんなことない」というのはもちろん照れ隠しで、相当泣きじゃくっていたことは自覚している。せっかくの風の晴れ姿だったのに、ほとんどまともに見られなかった。それだけ、今日という日を風が迎えられたことに対する感慨は、ひとしおだった。

 「戴冠式」という名前だったけれど、今日の式は紛れもなく風とフェリオの結婚式だった。「結婚」という制度はセフィーロにはないが、異世界で当然のように行われる結婚式の話を聞いたフェリオが、どうしても風と結婚式をやりたいと言い出した。悩んだ末に、では、とクレフが出した結論が、フェリオを正式にセフィーロの『国王』と認める「戴冠式」を行うということだった。そこで、風を王妃として人々にお披露目する。それを結婚式代わりにすればいい、とクレフは言った。そしてそれは、そのとおりになった。

 東京では今日は12月12日、風の20回目の誕生日だ。この日に結婚式が当たったのはまったくの偶然だったけれど、そういう不思議な偶然が、風とフェリオの間では散見された。やはり、二人は結ばれるべくして結ばれたのだろう。「運命」というものは本当にあるのだと、海は二人を見るたびに思う。

 風がフェリオと結婚するために血の滲むような努力をしていたことを、海をはじめとして誰もが知っていた。彼女は光のようにセフィーロを「生活の拠点」とするのではなく、もう完全に東京を離れ、100%セフィーロで暮らすことを、早くから決意していた。けれど案の定、風の両親がその決断に待ったをかけた。当時風はまだ高校生だったから、両親が不安がったのも当然のことだと思う。そのときの風は、見るに堪えないほど憔悴していた。フェリオへの愛と両親への愛との狭間で散々葛藤している姿を間近に見て、海自身、いろいろと考えさせられたものだった。
 そう簡単には承諾してくれそうになかった両親を風がどのようにして言いくるめたのか、それは海の与り知らぬことだ。けれど彼女は確かに両親を説得し、今日という日を迎えた。フェリオの隣で本当に幸せそうに笑う風を見て、どうしたら、涙が流れるのを止められただろう。


「あ、そうそう」
 不意に思い出して呟くと、海は抱えていたハンドバッグの中から一封の封筒を取り出した。手にしただけでずっしりと重みを感じるほど、その封筒は分厚かった。
「また預かってきたわよ。お兄様たちから」
 差し出された封筒を見た途端、「うわあ」と言った光の目が、生き生きとしてぐんと輝きを増した。
「嬉しい。いつもありがとう、海ちゃん」
 光は本当に、家族思いの優しい子だ。そんな彼女が東京ではなくセフィーロを生活の拠点とすることを決めたのは、今から二年ほど前のことだ。いろいろと相談は受けていたけれど、「やっぱり私、セフィーロで暮らそうと思う」と光の口から打ち明けられたのは、突然のことだった。

 きっと光も、風と同じように一人で考えに考えを重ね、その結論にたどり着いたのだろう。もちろん、生活の拠点を移しただけだから光は今でも東京へやってくることはある。けれどそれは数か月に一度程度のことで、特にここ半年は、セフィーロでの生活が忙しいらしく、なかなか東京へ戻っていなかった。そうして光と会えない間、淋しさが募った兄たちの手紙を光に届けるのが、いつしか海の役割となっていた。

 海は光の兄たちが好きだった。純日本家屋のあの獅堂家の前に立った瞬間の緊張は、未だに解けない。けれど光の兄たちは、海が光の親友だというだけで、こちらが拍子抜けするほどの絶大な信頼を寄せてくれた。海が彼らのもとを訪れるのは、兄妹がやりとりしている手紙を届けたり受け取ったりするときだけだが、そのたびに海は、恐縮してしまうほど歓待された。
 そんな兄たちからの手紙を受け取り、封を切ることなく大事そうに眺めている光を見て、海の口元は自然と緩んだ。目を細めて彼女を見ていると、やがて光は封筒から顔を上げ、「本当にありがとう、海ちゃん」とぺこりと頭を下げてきた。
「そんな、いいのよ」
「今日、海ちゃんに会えて本当に嬉しいよ」と光は言った。「この間、あんなこと言ってたから、心配してたんだ」
 その瞬間、海の心は申し訳なさでいっぱいになった。光にこんな顔をさせるなんて、もしも「あのとき」の自分に会えるなら、一発殴ってやりたかった。
「風の結婚式だもの。来ないわけにいかないじゃない」
 海はそう言って首を竦めた。光の視線をまともに受けるには後ろめたさが強すぎて、さりげなく彼女から目を離すと、もうすっかり冷め切った紅茶を一口すすった。光もまた、海と同じように自分の飲み物を飲んだ。

「海ちゃん、学校は? 授業、まだ終わってないんだよね」
 声のトーンを変えて、光は言った。
「ええ」と海はうなずいた。「でも、あとは卒論を書くだけだから、だいじょうぶよ。バイトも、今年いっぱいはお休みもらってきたし。しばらくはこっちにいるつもり」
「そうなんだ」と光は目を輝かせた。「じゃあ、ゆっくりお話できるね」
 光は、初めて会った六年前から、いつまで経っても変わらぬ笑顔を向けてくれる。もちろん体は成長したし、大人になった。けれどその屈託のない笑顔だけは、14歳のときのまま変わらない。その笑顔に接するたび、ほっとするような切ないような、簡単には言い表せられない気持ちを抱いた。

 海は背もたれに深く身を沈め、天を仰いだ。
 風はフェリオと結婚し、『王妃』となり、晴れて完全にセフィーロの人間になった。光にしても、今はそんなそぶりは見せていないが、ランティスと結婚するのは時間の問題だろう。
「いいなあ、二人とも。将来が決まってて」
 横顔に光の視線を感じても、海はそちらを見なかった。彼女が今どういう表情をしているのか、手に取るようにわかる。その表情を直視できるほど、海の心は強くなかった。
「海ちゃんは、これからどうするんだ?」
 まるで腫れ物に触るかのような声色で、光は言った。
 ついに、宙ぶらりんなのは私だけになっちゃった。いつも一緒だと思っていた三人が別々に行動することが増えたのは、いったいいつからだっただろう。もう、思い出せないほど昔のことのような気がした。二人の親友にどんどん引き離されていくようで、海はおもねるように笑い、
「どうしよっかな」
 と言うことしかできなかった。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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