蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

諱 2. 影

海誕企画★2013

東屋に長く伸びた娘の影が、イーグルにはなぜか、己の心の「影」と重なって見えた。

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「信じる心が力になる」というセフィーロの理を、自分以上に身をもって知っている者はほかにいないだろう。この国出身の人間ではないながらも、イーグルは密かにそんな自信を抱いていた。知らぬ人が聞けば、「何をばかな」と言うかもしれない。だが今こうしてイーグルが普通の人と変わらず歩くことができているのは、ほかならぬこのセフィーロの理があってこそのことだった。その理に影響を受けたという意味では、イーグル以上の人間は、おそらくいない。

 確かに、祖国オートザムも美しく蘇った。導師クレフをはじめ、セフィーロの人々の協力を仰ぎつつ根気強く続けてきた環境汚染を止めるための研究の成果が、ここ一年ほどは特に、目に見えて表れてきている。もう、マスクをせずとも歩けるほどにまで、空気は浄化された。しかしそうは言っても、仮にこの四年間をオートザムで過ごしていたとしたら、今ごろ歩くことなど、あまつさえ目を覚ますことなどできていなかっただろう。今日こうして二本足で立っていられるのは、すべてはセフィーロだから、何よりも人々の「信じる心」が力になる世界だからこそ成し得た奇跡だ。イーグルはそう確信している。そしてその奇跡の国セフィーロはきょう、また新たな歴史の一ページを開いた。

「いい式でしたね」
 後ろで緩く手を組み、のんびりと歩きながら言った。久々に袖を通したオートザムの正装である軍服が、歩くたびにシャラシャラと音を立てる。
「ああ」
 イーグルと同じ速度で隣を歩いているランティスが、静かにうなずいた。横顔を盗み見ると、彼は本当に穏やかな笑顔を携えて天を仰いでいた。木漏れ日に照らされて、その見上げた向こうにある空と同じ色の瞳が、きらりと輝いた。
 ランティスがそんな風に穏やかに笑う人だということを、知っていることは知っていた。普段は無口で無表情だが、心の内には誰よりも熱く燃え滾るものを抱えている。それがランティスという人だ。ただ、不器用なのが玉に瑕で、思ったことを素直に口に出したり表情に乗せることができない。だからこそ、ランティスの真の感情を読み解くのは至難の業だった。その強面が誤解されることもしばしばだが、本人はさほど気にしていないらしい。

 今までが仏頂面すぎたのだ。そうとわかってはいるものの、やはりこんな風に笑っているランティスを見ると、どこかくすぐったいような気持ちになる。表情豊かなランティスというのは、子どものように駄々をこねるクレフと同じくらい、かつては想像しがたいものだった。
 ランティスにそれほどの変化を齎したのが一人の少女の存在であることを、彼の周囲で知らない者はいないだろう。少女と出逢い、ランティスはよく笑うようになった。そして二年前、少女がついにセフィーロを生活の拠点にすると宣言したときから、ランティスはそれまでにも増して劇的に変わった。

「そろそろなんじゃありませんか。あなたも」
 そう言ってランティスから視線を外すと、イーグルは広がる森に目を向けた。二人が今いるのは、セフィーロの中でも特に神聖な空気に包まれている『精霊の森』だった。この森が、イーグルは本当に気に入っていた。息を吸い込むだけで、森全体を包む『聖気』のようなものが体中を満たしてくれる気がするのだ。
「何がだ」
 その森にはいささか相応しくないほどの低い声が、怪訝そうに言葉を紡ぐ。覚えず苦笑し、横目にランティスを見上げた。
「とぼけないでくださいよ。『ケッコン』です、『ケッコン』」
 ランティスは押し黙った。
「するんでしょう? いずれ、ヒカルと」
 涼しい顔をして、ランティスは何も答えない。だが、彼の瞳が一瞬落ち着きを失って揺らいだのを、イーグルは見逃さなかった。その表情がおかしくてくすりと吹き出すと、ランティスはまるで恥じらいを隠すかのように、イーグルからふいと顔を逸らした。

 ランティスと光は、フェリオと風のように燃えるような恋愛はしない。けれど二人の間の絆は、あるいはほかの誰よりも強いかもしれなかった。ランティスが光を見守るときの視線には、ほかのいかなるものに向けられるときとも違う温かさがある。彼女なしの生活など、ランティスにはもはや考えられないに違いない。
 しかし、光はもともとは異世界の人間だ。こちらの世界を訪れることはあっても、ずっとセフィーロに留まるというわけにはいかなかった。四年に渡り、二人は二つの世界を跨った愛を育み続けてきた。光が異世界へと帰っていった後の、まるで放心し切ったランティスの様子を知っているのは、きっとイーグルだけだろう。
 そんな状況に、しかし二年前、転機が訪れた。光がついに決心したのだ。「コウコウ」卒業と同時に異世界での暮らしを切り上げ、生活の拠点をセフィーロに移すと、皆の前で宣言した。
「ランティス……いいかな?」
 不安げにランティスを見上げた光の子犬のような表情を、今でもはっきりと覚えている。忘れるはずもなかった。その瞬間、ランティスが人目も憚らず光を抱きしめたのだから。光がランティスの腕の中で素っ頓狂な声を上げたのも、無理もない。ランティスがそのように光に対する愛情を人前であらわにしたのは、後にも先にもあのときばかりのことだった。

 光の宣言を受けたランティスの行動は速かった。セフィーロ城内に構えていた、ほとんどベッドしかなかった無機質な彼自身の部屋を、翌朝早速、光と二人で暮らせるように改造したのである。
 イーグルも招かれて何度か行ったことがあるが、部屋というのはここまで変わるものなのかと度肝を抜かれたものだった。もっとも、セフィーロはすべてが『意志』の力によって決められる世界だから、本当に驚くべきは、様変わりした部屋に対してではなく、そのような部屋を創造するに至ったランティスの『心』の変化に対してであるべきなのかもしれないが。

 そうしてこちらの世界で光が暮らし始めてから、ランティスの表情はますます豊かになった。彼の中でもっとも変わったなと思うのは、光がたまに異世界にいる家族に会いにいくと言って出かけていっても、以前ほど放心することがなくなったところだ。以前は、どんなに信頼し合っていると言っても光は『異世界』の人間だった。帰ったきり、そのまま二度と会えなくなってしまったらどうしようという懸念が、口には出さないながらもランティスの中には常にあったのだろう。それがしかし、光がセフィーロを生活の拠点にすると宣言してくれたことによって払拭された。たとえ異世界へ行っても、光は必ず自分のところに戻ってくる。そういう確信がランティスの心を安定させていることは、見るも明らかだった。

 変わったな、と思う。ランティスだけではない。この数年で、セフィーロはめまぐるしく変わった。そして今日、「戴冠式」が執り行われたことによって、この国は新たな未来への大きな一歩を踏み出した。『柱』が治める世界から、『王』が治める世界へ。セフィーロは、摂理形態を変える大きな決断を下した。
 何も不安に思うことなどないはずだった。かつてはたった一人の兄とその兄の愛した人の死を前に傷つき、自らの命さえなげうとうとしていた親友も、こうして新しい幸せを手に入れている。セフィーロは安定し、他国との交流を続ける中で、日進月歩の発展を見せている。祖国オートザムの環境汚染問題が解決するのも、あとは時間の問題だろう。イーグル自身も目覚め、不自由ない生活を送れるまでになった。
 それなのに、イーグルの心はすっきりとは晴れなかった。常にもやっとしたものが、心の中で燻っている。それは、周囲がきらめいていけばきらめいていくほどくっきりとした。まるで、照り付ける太陽が浮かび上がらせる影のように。

「そういうおまえは、どうなんだ」
 強引に話を振られ、イーグルはわれに返った。見上げると、ランティスはどこか憮然とした表情を浮かべている。続きを促す意味で首を傾げて見せると、ランティスは、口にするのも厭とでも言うかのように肩を落としてため息をついた。
「『あの話』を進めるのか」
 そういう核心を突かない言い方をするところが、いかにもランティスらしいと思う。彼なりの如才なさとも言うべきか。イーグルはくすりと笑みをこぼし、ランティスから視線を外した。
「そんなつもりはありません、と言いたいところですが、何しろ相手はあのメディア王ですからね。おそらく、先方の望みどおりに進める以外ないのでは――」
 中途半端なところで言葉が途切れた。何気なく見やったとある一点から目を離すことができなくなってしまい、思わずその場で立ち止まった。
「イーグル?」
 怪訝そうにランティスが振り返る。しかしイーグルの目は彼を捉えず、そのずっと先にある東屋に佇んでいる、一人の娘の姿に釘付けになっていた。イーグルの視線の先を追いかけたランティスが何か声を漏らした気がしたが、それはイーグルの耳には届かなかった。

 そういえば、いつも一緒にいた印象の強いあの三人が、それぞればらばらに過ごすことが多くなったのは、いつごろからだっただろう。
 二つの世界を行き来しながらの生活は、きっと大変なことに違いない。イーグルでさえ、目覚めて間もないころは、オートザムとセフィーロとを行き来する毎日を続けるのは相当大変だと思っていた。彼女たちの世界とこちらの世界との距離は、オートザムとセフィーロの比ではない。言葉も文化も、何もかもがこちらの世界とは異なる、文字どおり『異世界』からやってきた、三人の娘。

 そのうちの一人はセフィーロの王妃になることを、一人はセフィーロを生活の拠点にすることを選んだ。けれどあの東屋で一人佇んでいる娘は、六年前からずっと、『異世界』を中心にした生活を続けたままだ。
 かつては「少女」だった。しかし今の彼女は、「少女」と呼ぶのはくすぐったいほど美しく成長した。もう二十歳になるころだろうが、その横顔に浮かぶ憂いが、彼女を年齢以上に大人に見せている。
 東屋に長く伸びた娘の影が、イーグルにはなぜか、己の心の「影」と重なって見えた。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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