蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

諱 5. 虹

海誕企画★2013

深く息を吸い込むつもりで視線を持ち上げ、はっとした。そこには七色の虹が架かっていた。

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 地球の英語圏では、女性が独身として過ごす最後の夜を「hen night」と呼び、友人たちが集まって盛大なパーティーを開く風習がある。それなら、結婚して最初の夜を友人たちと過ごすことになった場合、それはなんと呼ぶのだろう。というより、そもそもそんなことがあっていいのだろうか。

 すっかりセフィーロでの生活が板についた光と風には、それぞれに恋人と暮らす家がある。けれど海がセフィーロを訪れるときは、二人はその家ではなく、かつて三人で使うようにと宛がわれていた部屋で、夜をともに過ごしてくれる。ゆうべも光は、まだ風の結婚式で感じた興奮の余韻を残したまま、海がいたその部屋へやってきた。そしてなぜか、当たり前のように風までもやってきた。前回まではそれが自然な成り行きだったので、海も光も最初は風を受け入れた。けれどはたと立ち止まって考えて、「いやいやいや」と海は大きくかぶりを振った。ゆうべは結婚初夜で、風はそんなところに「いてはいけない人」だった。

「ちょっと、どうしたのよ、風。こんなところで」
 混乱する頭を必死に落ち着かせようとしながら、海は言った。
「どう、とは?」
 けれど風はきょとんとした。
「海さんがいらしているときはいつも、この部屋で過ごしているではありませんか」
「そんなこと言ったって」と海はすっかり動転して言った。「あなた、今日結婚したばかりじゃない」
「関係ありませんわ。それに、これからはどうせ、離れたくてもフェリオとは離れられないんです。一晩くらい別々に過ごしたとしても、ばちは当たりませんわ」
 そこまで言われてしまっては無下に「帰れ」と言うこともできず、海は光と顔を見合わせながらも風を受け入れた。特にフェリオと喧嘩をしたというような感じでもなかったので、純粋に、一緒に夜を過ごすつもりでやってきてくれたのだろう。そんな風の優しさが、正直に嬉しかった。その優しさに接して初めて、海は自分が親友の二人に対して距離を感じていたことに気づいた。その距離は、光や風が作ったものではなく、海が勝手に作り出していたものだった。二人の優しさは何も変わっていないのに、愛する人とともに暮らし、セフィーロで生きていくことを二人が選んでしまったことで、海の方から無意識のうちに彼女たち遠ざけようとしていた。何のことはない、二人のことがうらやましかったのだ。そんな海の気持ちに気づいていないわけはないのに、それでもいつもと変わらず接してくれる親友たちには、頭が上がらない。

 そしてゆうべ、風に言われた一言が、朝になってもまだ心に燻っていた。
「海さん、このままでよろしいのですか」
 風も光も、海のクレフに対する気持ちを知っているようだった。けれど海が自ら打ち明けたことがあるわけではなかったので、二人とも、直接海とクレフの関係について言及することは、これまではなかった。気を遣ってくれていたのだろうと思う。だから、そんな風にこれからのことを直裁に問われたのは、ゆうべが初めてのことだった。二人とも、これまでは黙って見守っていてくれるだけだったのに、ゆうべは何かが違っていた。


 今日もひとりで『精霊の森』を歩いている。ゆっくりと見て廻れば、今までは気づかなかったような動植物を発見できる。特に今日は、ゆうべのうちに降った雨がまだところどころに水溜まりとして残っていて、晴天の日には見られないような精霊、精獣が多く憩っていた。雨上がりの青空は一段と澄み切っていて、吹き付ける風が心地よかった。
 このままではいけないことは、海自身が一番よくわかっている。けれどその一方で、ではどうしたらいいのかということは、まったくわからなかった。

 最初に付き合った彼とは三週間で終わった。その後も、次から次へと違う人と付き合ったけれど、どんな人とも、もって三か月だった。当然、誕生日を二年連続で同じ人に祝ってもらったことなどない。いざ誕生日を過ごすときは、いつも「来年も祝ってあげるよ」などと言われるのだけれど、その言葉が現実になることはなかった。だから、この間まで付き合っていた彼とならばうまくいくかもしれないと思った。何せ、鬼門であった「三か月」を乗り越えたのだから。けれどそんな彼とも結局、半年で終わってしまった。
 いつも、誰と付き合っても本気になれない。そのことに相手も気づくから、きっとすぐに振られてしまうのだろう。でも、決して遊びのつもりで付き合うわけじゃない。最初はいつも、「今度こそうまくいくかもしれない」と期待して付き合いだすのに。
 その一方で、うまくいくわけがないと、心の中にいるもう一人の自分がいつも囁く。誰と手を繋いでいても、誰とキスをしても、誰に抱かれても忘れることができない人がいるでしょうと。否定できなかった。それでも「ほかの誰か」と付き合うことをやめられないのは、できることなら誰かに忘れさせてほしいからだ。こんなかなわぬ恋のことなんてきれいさっぱり忘れ、幸せを齎してくれるような王子様を、探していた。

 クレフに想いを打ち明けたことは一度もない。そもそも打ち明ける気などなかった。玉砕するのはわかっていたし、傷つくくらいなら、この気持ちは心の中にしまったまま、今の曖昧な関係を続けていたかった。そもそも、あれほど人の心の機敏に敏いひとが、自分自身に向けられる海の気持ちに気づいていないわけがない。気づいていて、それでも彼の方は何も言ってこないということが、何よりも答えとしてじゅうぶんだった。
 会わなければ忘れられるかもしれないと考えたことなど、数知れない。違う人と付き合いだすたび、時間が空いてもセフィーロには極力来ないようにしていた。この三週間もそうだった。会わなければクレフのことなんか忘れて、東京で付き合っている彼ともうまくいくかもしれない。けれど最終的にはいつも、セフィーロに足を向けてしまう。そしてあの笑顔を見るたび、声を聞くたび、「やっぱりだめだ」と思い知らされる。秘めた想いは、消えるどころか大きくなるばかりだった。クレフの存在は、海にとっては麻薬だった。


 不意に目の前の景色が開けて、俯かせていた顔を上げた。いつの間にか『精霊の森』の端までやってきていたらしく、すぐ前は切り立った崖になっている。その向こうに広がる景色を見て、海は思わず目を細めた。
「きれい……」
 自然と笑顔になる。高いところから俯瞰するセフィーロは、本当に美しかった。火山、空に浮かんだ山、奥の群青から手前の翠玉色へとグラデーションする海、雲が散らばった薄い青の空。錦あやなす森は、昨日の雨を受けてますますみずみずしく輝いている。

 深く息を吸い込むつもりで視線を持ち上げ、はっとした。そこには七色の虹が架かっていた。
 虹を見るなんて、ずいぶん久しぶりのことだった。東京では、もう何年も見ていないのではないだろうか。そもそも東京にいれば、空を見上げることなどほとんどない。高層ビル群に阻まれて、見えるものも見えないのだ。セフィーロで、久しぶりに見た虹は、幼いころに東京で見た記憶の中のそれよりも格段に鮮やかだった。
 虹を見ると、いつも郷愁のように切ない気持ちが心に浮かぶ。幼いころ、「虹のふもとには宝物が眠っている」という言い伝えが流行っていて、虹が出るたびに、ふもとを探しては友人たちと町中を駆け回ったものだった。けれど東京では、虹の「ふもと」になっているのは大抵の場合オフィスビルで、そんなものが「宝物」であるはずもなく、子供心にひどく落胆した。そういえば、「ふもと」を探さなくなったのはいつごろからのことだっただろう。

 セフィーロではどうだろうかと、何気なく考えた。これだけ拓けた場所ならば、ふもとを見つけることも容易いに違いない。
 虹は、手前から向こう側へと架かっていた。手前のふもとは、意外と近いところにあるかもしれない。空に架かった橋の頂上から、ゆっくりとなだらかな円をたどる。自身の左側へ向かって、橋は長く延びている。そして――

 強風が崖下から吹き上げてきて、海の髪を巻き上げた。視線を向けた先でガサッと音がする。林の奥から現れたのは、あのよく見慣れた杖だった。
 ――ああ、どうして。
 虹のふもとには宝物が眠っているなどとは、いったい誰が言い出したのだろう。そんなのは、どこまでも私のことが嫌いな神様の皮肉に違いない。忘れたい人を忘れようとするたびに、どうしてこんなにも忘れられなくさせるのだろう。
 神様は、その人が乗り越えられる程度の試練しか与えないと言う。だけどそんなのは嘘っぱちだ。私はもう、今以上はこの試練に耐えられない。

「虹か」
 杖に続いて姿を現したそのひとは、虹のふもとに立ち、天を仰いで目を細めた。
「美しいな」
 そう言ってこちらを振り向き、彼は笑った。
「どうして……」
 掠れ声で発せられた海の言葉をどう捉えたのか、虹のふもとに立ったひとは一瞬首を傾げた。けれどすぐに「ああ」と破顔すると、手にした杖を、林の奥に聳えるセフィーロ城の方に向けた。
「ヒカルたちがお前を探していたから、やってきたのだ。お前の気配が最も強いのは、この『精霊の森』だったからな」
 『精霊の森』の地理に最も詳しいのは彼だった。彼は暇さえあればこの森へやってきて、精獣たちと戯れている。海が『精霊の森』を迷わずに歩けるようになったのは、せっせと彼について廻った過去があるおかげだ。きっと、この森には彼が一番詳しいからとでも言って、彼が探しに来るように、風あたりが如才なく差し向けたのだろう。

「戻るぞ、ウミ。皆、久しぶりにお前と囲む昼食を楽しみにしているのだ。イーグルをはじめ、今日は他国の者も見えている」
 そう言って、そのひとはゆっくりとこちらへ向かって歩いてきた。視線はまだ、空に架かった橋に向けられたままだ。そしてある程度そばまで来ると、名残惜しそうに空から視線を外し、口笛を吹いた。途端、どこにいたのか、グリフォンを一回り小さくしたような一羽の鳥が、彼のところめがけて飛んできた。
 二人乗りにちょうどいいその精獣で城まで連れて行ってくれるつもりなのだと、すぐにわかった。同じようにして帰路についたことが、もう数えきれないほどあった。

「皆、久しぶりにお前と囲む昼食を楽しみにしているのだ」
 ほかには何も聞こえなかった。ただ、そう言った彼の声だけが、耳の奥で木霊していた。
「……てるの」
「なに?」
「その『みんな』の中に、あなたも入ってるの?」
 軽々と鳥の背に乗り込みこちらを振り返った彼は、私の言葉に絶句し、その瞳を大きく揺らがせた。いつ見ても美しい瞳だと思う。海の浅いところから深いところまでを凝縮したような瞳だ。
 その瞳で、私を見て。本当はずっと、そう言いたかった。あなたは、虹のふもとに眠っている、私にとっての宝物なのだと。
 これほどまでに気持ちが昂ったことはなかった。破裂しそうな自身の鼓動を聞きながら、海は口火を切った。もう、止められなかった。
「クレフ」
 その名を呼ぶと、少年は明らかにたじろいだ。けれど海は、そんなことはこれっぽっちも気にしなかった。
「私は……いつも、あなたに会いたい」
 何でもいいから、そこにある何かにしがみつきたかった。一人で背負うには、この不安と興奮はあまりにも重すぎた。
 これまで告白してきてくれた人は、皆こんな気持ちだったのだろうか。頭の片隅ではそんなことを考えていた。だとしたら、軽い気持ちで彼らの告白を受け入れてきた自分は、なんと愚かな人間だったのだろう。改めて、これまで付き合ってきた男性すべてに対して申し訳なく思った。

 実際には数秒と経っていないはずなのに、そこには長い長い沈黙が過ぎたように感じられた。その沈黙の後、クレフは海から視線を外し、静かにほほ笑んだ。
「そうだな」とクレフは言った。「私も、お前やヒカル、フウの息災な姿に会えることが、何よりも嬉しい」
 穢れを知らない純白のローブが、まっさらな風に吹きすさび、美しい弧をいくつも描いた。その瞬間、海は自分が立っている崖が崩れていくような錯覚に襲われた。
 皮肉なものだと思った。ずっと近くで見てきたからこそ、わかってしまう。クレフが今の発言にどんな意味を込めたのか。
 もしも彼のことをあまり知らなかったら、それは素直に自分自身の言葉を受け入れてくれたものだととらえることもできたのかもしれない。けれどとてもそうすることはできなかった。「お前やヒカル、フウに会えることが」――彼は確かにそう言った。それは、クレフが海のことを「光や風と同列に見ている」ということの裏返しだ。クレフは、海の気持ちを知っていて、海が先ほど発した言葉にどんな気持ちを込めたのかを知っていて、それでも海が傷つくことがないようにと、精いっぱい言葉を選んでくれた。その優しさがどれほど残酷なものであるかも知らずに。

「ごめんなさい」と海は瞼を下ろして言った。「せっかくだけど、昼食会には行けないわ」
 もう戻れないのだと悟った。あっけなく崩してしまった。綱渡りをするように危うい関係だったものは、中途半端な告白で、あっさりと終わってしまった。終わらせたのは、大した覚悟もないまま勢いと流れに任せて曖昧な言葉を紡いでしまった、自分自身だ。

 海はその場を駆け出した。背後からクレフに名前を呼ばれた気がしたが、振り返ることはしなかった。
 涙があふれて止まらなかった。胸が苦しい。誰か助けて、と叫び出したいほどに苦しい。どんな人と別れたときも、誰に振られたときも、こんなに苦しい思いは感じなかったのに。
 けれどこんな思いをすることは、きっともう二度とないだろう。こんなに好きになれる人など、もう二度と現れないだろうから。
 空で鳥が鳴いた。海も泣いていたのに、声はまったく出なかった。空に架かった虹は、まるでそこだけ時間が止まったかのように、いつまでもそこにあった。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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