蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

諱 6. 空

海誕企画★2013

こんな「孤独」の中に、この人はいつも佇んでいるのだろうか。そう思うといたたまれなかった。だから自然と、言葉がこぼれ落ちた。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 どこへ行ったのかとクレフの気配をたどっていると、それは意外なところにあった。
「……天門?」
 なぜ、そんなところに。プレセアはひとり瞠目した。
 セフィーロ城には城門が二か所ある。地上へ通じるものと空へ通じるものだ。そのうち空へと通じる門は、城の最上階のそのさらに上に位置している。そちらの城門は普段、精獣たちの出入りなどにしか使われない。そんなところでこんな時間に、クレフはいったい何をしているというのだろう。今日は、彼がどこかへ出かけるなどという話は聞いていなかったけれど。怪訝に思いながら、天門へと続く階段を上った。

 怪訝に思うといっても、クレフの様子は昼食のときからすでにおかしかった。そもそも『精霊の森』にいるという海を探しに出かけていったはずの彼は、戻ってきたとき、当の海を引き連れていなかった。どうしたことかと詰め寄った人々に、彼はしばらくのあいだ答えを返さなかった。まるで誰の声も耳に届いていないかのように、ぼんやりとしながら上座へ腰を下ろした。その肩にプレセアがトンと触れて初めて、彼はようやくはっと瞳に色を宿した。それほどクレフは茫然自失していた。
「ウミは、夕食には必ず顔を出す、と言っていた」
 食卓を見回してそう言ったクレフの言葉がおよそ真実からはほど遠いことに、きっと誰もが気づいていた。

 何がクレフを押し留めているのか、プレセアにはわかるようでわからない。あれほど海のことを大切に思っていながら、そして彼女が彼に向ける好意に気づいていながら、なぜクレフは海の想いを受け入れようとしないのだろう。年の差を気にしているのか、世界の違いを気にしているのか、はたまた己の『導師』という立場を気にしているのか。けれどそのいずれだとしても、プレセアには大した問題だとは思えなかった。年の差など、このセフィーロでは言い出したらきりがない。そもそもクレフは身も心も若いままだ。世界の違いは確かに障害となり得るけれど、海ならばきっと、彼女の二人の親友がそうすることを選んだように、喜んでセフィーロでクレフとともに暮らすと言うだろう。万に一つも海が『異世界』を中心とした生活を続けるとして、クレフはきっと海を見捨てたりはしないだろう。それに、『導師』は誰のことも愛してはならないなどという決まりはどこにもない。確かに彼はこれまで、常に中立で皆を導く立場にあった。けれどただ一人を愛したところでクレフの『心』の強さに何か芳しくない影響が及ぶとは考えられなかった。むしろ、誰かを愛し、愛される喜びを知ることで、彼の『心』はますます強くなるとさえ考えられるのに。
 とにかく、クレフの海を拒絶する気持ちは頑なだった。はっきりと彼がそのことを口に出すのを聞いたわけではないが、クレフの態度を見るにつけ、それは明らかだった。

 やがて、空へと通じる城門にたどり着く。階段を上り切る前から、あの純白のローブの端が見えていた。ほっとして、ほほ笑んだ。
「クレ――」
 ところが、いざ天門を前に佇むクレフの後姿を目に捉えると、思いがけず足が竦んだ。
 夕日に照らされて、クレフの後ろに長く影が伸びている。その影の先に立つクレフは、なぜだかとても小さく見えた。
 確かにクレフは、体だけを見れば幼い少年だ。けれど普段の彼は、他を圧倒する強い気迫に満ちた気配を漂わせていて、体の大きさのとおり「小さい人」だと感じるタイミングはほとんどない。それなのに、今プレセアに向けられているその後ろ姿は、見た目のまま、十歳前後の少年のそれとしか見えなかった。
 急に切なさが込み上げてきて、プレセアは覚えず眉間に皺を寄せた。そのときクレフがこちらに気づき、半身だけで振り返った。
「プレセア」
 そう言って穏やかにほほ笑むころには、彼は「いつものクレフ」に戻っていた。プレセアもほほ笑み返したけれど、うまく笑えていたか、いまいち自信がない。ごまかすように歩み寄ると、クレフの斜め後ろに立ち、天門の向こうに広がる空を見上げた。地上から見るよりも近くに感じる空では、すでに星が瞬きを始めている。山の端は燃えるような紅を放ち、美しい夕闇が、見渡す限り広がっていた。

 門の中へと風が吹き込んでくる。無二の高さを誇るセフィーロ城の、その天辺にある城門の中へと吹き込んでくる風の温度は、地上で感じるそれよりも格段に冷たい。思わず身震いし、クレフを見やった。けれどクレフは、前髪を掻き上げるほどの強い風にも微動だにせず、じっと外を見つめている。
「あまり長くいると、風邪をひいてしまいますわ」
 考えるより先に、言葉が口をついて出ていた。
「そうだな」とクレフは外を見ながら言った。
 言葉とは裏腹に、けれどクレフはそこから動く気配をまったく見せなかった。

 近くにいると、その人の『心』が流れ込んでくるように感じるタイミングが、誰といてもある。クレフに限ってはそんなことはあまりないのだけれど、今日だけは別だった。その小さな背中を見つめていると、彼の心にある「孤独」が、影を伝ってこちらの『心』に入り込んでくるのを感じた。それは、吹き付けてくる風とは比べ物にならないほどの冷たさを持っていて、それ以上は感じるに堪えないほどの強い「孤独」だった。
 こんな「孤独」の中に、この人はいつも佇んでいるのだろうか。そう思うといたたまれなかった。だから自然と、言葉がこぼれ落ちた。
「ウミと一緒になるおつもりは、ないのですか」
 そうする音が聞こえるほどはっきりと息を呑み、クレフは思わず、といったようにこちらを振り返った。一気に張り詰めた気配が、いつになく狼狽した彼の心をはっきりと表している。揺らいだ影はまるで、その『心』の片鱗のようにさえ見えた。
 プレセアはクレフと視線を合わせ、おもねるように笑い、首を傾げた。夕陽に照らされた逆光の中で、クレフの真っ青で穢れのない瞳が、道に迷った子どものような色を宿した。

 やがてクレフはきゅっと唇を結ぶと、プレセアから視線を外し、静かにかぶりを振った。それと同時に、彼の張り詰めていた気配も消える。そしてあの「孤独」も、それきり流れ込んでこなくなった。クレフが自分自身の『心』に蓋をしたのだ。
「ですが、あなたもウミのことを――」
「プレセア」
 遮るように名前を呼ばれて、プレセアはしゃきんと背筋を伸ばした。それは無意識のうちの反応だった。彼の声は静かだけれど、いつだって有無を言わせぬ強さをはらんでいる。今の言い方は特にそうだった。クレフは、人の言葉を遮るということをほとんどしない。ほとんどしないからこそ、ごくたまにそういうことをすると、強いインパクトでもって迫ってくる。

 クレフはプレセアが口を噤んだのを確認すると、こちらに体を斜めに向け、外を見やった。眩しそうに細められたその瞳に、彼はいったい何を映しているのだろう。
「この国は、美しくなった」
 問わず語りにクレフは言った。シャラシャラと、彼の手にした杖が風に乗って軽やかな音を立てる。クレフの言葉に促されるように、プレセアは一歩前へ歩み出、城門から外へと視線を投げた。
 クレフの言うとおり、この国は本当に美しくなった。一度は崩壊しかけた国だという事実を指し示すものは、今となってはどこにもない。海は深く水底まで澄み渡り、空は限りがないほど天高い。山は時に荒々しくもあるけれど、そこから海へと流れる川は、多数の命を育む母親のごとく雄大な存在だ。
「今のセフィーロは、かつてのセフィーロではない」とクレフは言った。「『柱』という一人の人間がすべてを決める時代は終わり、代わりに、一人ひとりの『意志』が未来を紡ぐ国となった。もう、あの戦いから六年が経つ。王の戴冠式を行ったことによって、あらゆる過去に、一応の区切りがついた」
 それは、プレセアに向かってというよりはクレフがクレフ自身に言い聞かせるような口調だった。じっと見つめた横顔は凛々しく、今となっては、どうして先ほどクレフのことを「少年のようだ」と感じたのかさえ、思い出せなかった。

「プレセア」とクレフは呟いた。けれど彼は、呼んでおきながらこちらを見ようとはしなかった。「この世界にはもう、『導師』などという存在は、必要ないのかもしれん」
 さあっと背筋が寒くなった。それでも、クレフの言葉にさほど驚きを感じていない自分自身がいて、プレセアは動揺していた。彼がそんなことを口にする日が遠からず来るのではないかと、心のどこかで常に感じ、恐れていた。
 近ごろのクレフは城を空けることが多くなった。一時期はひっきりなしだった彼の助言を求めて訪れる人も、ここ最近は目に見えて減っていたし、「王」という確かな国の代表者が決まったことで、これまでは一切に関してクレフの判断を仰いでいたものが、王であるフェリオのもとへ向かうことが多くなっていた。
 クレフはあくまでも自然なやり方で、城から、そして政の中枢から距離を置き始めている。そのことに、おぼろげながらも気づいていた。

 クレフの存在は、まだまだこの世界に必要だ。強くそう思うのに、今のクレフの言葉に対して強い否定の意志を示すことができなかった。それは、彼がこれまでその肩に考えられないほどの重圧を背負ってきたことを知っているからかもしれない。751年間全力疾走を続けてきた彼が休みたいと言っても、それを留める権利など、自分にはない。
 美しくもはかないその横顔を、ただじっと見つめているしかなかった。こんなに近くにいるのに、手が届かないほど遠くに感じる。なすすべも、返すべき言葉も持たない。冷たい風が頬に痛いのに、「痛い」とさえ言えなかった。




web拍手 by FC2

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
What's new?
ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
カテゴリー
最新記事
月別アーカイブ
全記事表示
Counter
プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

このブログは作品展示専用です。
いただいたコメントへのお返事は別ブログにて行っております。
どうぞお気軽にコメントお寄せくださいませ^^

 

Copyright ©蒼穹楼. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.