蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

髪結い

短々編

以前拍手に掲載していたものです。掲載時から若干の加筆修正を加えています。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 何か音がしたわけでもなく、ごく自然と目を覚ました。ん、と頭を起こそうとして、ふと違和感を覚えた。いつもより、その頭が重い気がした。
「え?」
 まだ意識がぼんやりしている。首を傾けると、ベッドに寝ているときほど体が横になっていないことに気づく。よく見るとそれは傾斜が20度ほどついた一人掛けのソファだった。脇に手をついて起きようとして、驚いた。ソファが、私の背中の動きを先回りするようにひとりでに起き上がったのだった。

 思わず悲鳴を上げたが、ほどよい角度でソファが止まってくれたので、ほっと息をつく。直後、そのソファに見覚えがあることに気づき、瞬いた。どこで見たのか思い出す前に、声がした。
「起きたか」
 はっと顔を上げると、斜め隣にもう一つソファがあり、そこにクレフが座っていた。本を片手に、穏やかな笑みを浮かべている。そこでようやく私の意識は完全に覚醒した。辺りを見回すと、そこはクレフの部屋のバルコニーだった。燦々と降り注ぐ日射しを、普段はない屋根が遮っている。パラソルを真っ二つにしたような形のその屋根は、どこからどう見ても魔法でできたものだった。

 日は傾き始めていた。色はまだ昼間の色だが、もう少しで宵の色に変わるだろう。けれどその状況に頭がついていかなかった。太陽がまだ空のてっぺん近くにあったときから今ほど傾くまでのあいだの記憶がまったくなかった。その間、どんなに短く見積もっても三時間はかかるはずだ。たった今起きたという状況から見ても、普通に考えればその三時間、私は昼寝をしていたということになるのではないか。
「うそでしょ」
 両手で押さえた頬が熱い。あまりにも恥ずかしくて、クレフを直視できなかった。ここで寝ていたということは、彼に寝顔を見られたということだ。それも、三時間も。

 高校も二年生になると忙しさも極まり、セフィーロへやってくるのはこれが三週間ぶりのことだった。その三週間ぶりの訪問でさえ、なんとかしてギリギリ作り出した時間だった。今日のために、前日までほぼ徹夜の状態で勉強を続けていた。その疲れが出たということは大いに考えられる。それにしても、なにもクレフと一緒のときに寝なくてもいいじゃない。誰よりも会いたかった、誰よりも一緒にいて誰よりもたくさんのことを話したかった人なのに。穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。恥ずかしさと後悔とで、涙を堪えるのが大変だった。

「よく寝られたか」
 不意にクレフが言った。私は反射的に顔を上げ、彼をにらんだ。
「『よく寝られたか』、じゃないわよ。どうして起こしてくれなかったの?」
「あれほど気持ちよさそうに寝ていれば、起こせるわけがあるまい」とクレフは笑って言った。
「あんまりよ」と私はうんざりして言った。「せっかくセフィーロに来たっていうのに、三時間も徒(むだ)にしちゃうなんて」
「そう悪い方にばかり考えるな。休むことができてよかったではないか。人には、ある程度の休息は必要不可欠だ」
 さも当たり前のようにそんなことを言うクレフを、私は見返した。
「クレフ。『説得力』って言葉、知ってる?」
 クレフはきょとんと首を傾げた。知っているがそれがどうした、とその顔に書いてあった。クレフはときどき、拍子抜けするほど鈍感なことがある。もしかしたらわざとやっているのかもしれないとさえ思う。けれどもしもそうだとしたら、クレフってひょっとして、かなり性格が悪魔寄りなんじゃないだろうか。
「誰よりも休息を取らない人がそんなこと言っても、全然説得力ないわよ」
 ため息交じりに言うと、クレフは虚を突かれたように目を丸くした。心底驚いている表情だった。その表情から、クレフの考えていることがはっきりと読み取れる。きっとこのひと、「私はじゅうぶん休んでいる」とか言うつもりなんだわ。
「何を言っている。私はじゅうぶん休んでいる」
「はいはい、わかったわ」
 想像を裏切らないその答えに、今度は笑いを堪えるので大変だった。私が不自然に目を逸らしたので、クレフは眉間に皺を寄せた。どうした、と聞かれ、何でもない、と答えた。クレフは納得していない様子だったけれど、こういう会話はしょっちゅうしているので、それ以上は気にするそぶりを見せなかった。

「まあいい。とにかく、おまえは少し休んだ方がいい」
「え?」
 思いがけない一言に、私は目を丸くしてクレフを見た。笑っていたことを忘れてしまうほど、その一言は意外だった。クレフが私を見返す。目が合って、どぎまぎする。「好き」という想いがあふれる。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、クレフは目を合わせたまま表情を緩めた。
「疲れているのだろう」と彼は言った。「まったく、おまえはそうして妙なところで遠慮をする。私の前では無理をするなと、いつも言っているではないか」
 さもない言葉のはずなのに、何か特別なことを言われたように面映ゆくなった。「私の前では無理をするな」。それが「私に甘えなさい」と聞こえてしまうのは、さすがに都合のよすぎる解釈だろうか。
「ありがと」
 早口にそう言うので精いっぱいだった。クレフには永遠に、いろいろな意味でかなわないだろうと思う。

 また、お預けかな。内心で呟き、天を仰いだ。本当は今日、クレフに告白するつもりだった。光に触発されたのだ。とっくにフェリオと恋仲だった風に続いて光までも、ランティスと付き合うことになったらしい。風はともかく、まさかあの光にも先を越されるなんて思っていなかったから(失礼な話だけど)、正直言って度肝を抜かれた。ずっとのんびり構えていたけれど、これはさすがにヤバイと思った。今までは光がいたから、なんとなく、片思いのままでもいいかと思っていた。でももうその言い訳は使えない。実際にけさ、東京タワーで三人集まったときも、風から無言のプレッシャーを掛けられた。彼女なりに背中を押してくれているのだということは痛いほどによくわかった。それでなくても風はずっと見守ってくれていた。その想いを徒にしないためにも、勇気を出して、今日こそクレフに告白しよう。そう思っていた。ゆうべ一睡もできなかった本当の理由は、その決意に伴う極度の緊張だった。
 でも、こんな状態で告白なんかできない。こんなシチュエーションで告白するつもりなんかじゃなかった。
 クレフの部屋へ来るまでは完璧だった。でも、その後うっかり寝てしまったのは最悪だ。また別の機会にしよう。一週間後か二週間後かはわからないけれど、どのみち、そう遠くない話だ。

 魔法でできたパラソルを見上げると、色のついたガラスでできているのか、私の顔が映っていた。繊細な色使いがクレフらしくて、自然と笑顔になる。するとパラソルに映り込んだ私もほほ笑んだ。それを見たとき、私は突然違和感を覚えた。
 そういえば、目を覚ましたときにも違和感を覚えたのだった。いまさら思い出して、私ははっと首の後ろに手をやった。そしてようやく違和感の正体に気づいた。手が触れたのはうなじだった。普段は髪で隠れているはずなのに、今日はそのうなじがすっかりあらわになっていた。

 もう一度パラソルを見上げる。そこに映っているのは、きれいに髪をまとめられた私だった。大きな髪飾りが、宝石がついているのか、太陽の光を反射してキラキラと光った。
「なんで?」
 素っ頓狂な声を上げ、クレフを見る。彼は口元に手を当て、くすくすと、それは楽しそうに笑っていた。
「うそ」と私は言った。「これ、まさか、クレフがやったの?」
「さあな」と彼は言った。
「さあなって……だって、ほかに誰も考えられないじゃない。私、昼まではこんな髪型してなかったわよ」
「気に入らないか?」
「え?」
「よく似合っていると思うがな」
 そう言って、クレフはほほ笑んだ。私はぐっと言葉につまり、何も言い返せなくなってしまった。遠回しに、クレフは自分がやったことを認めている。それがわかっても、責める気にはなれなくなってしまった。顔を逸らし、手元に視線を落とした。

「でも」
 しばらくしてから、私はやっとの思いで口を開いた。
「いったい、どうやったの? 私、寝てたのに」
 こんな髪型で寝ていたらすぐに崩れてしまうはずなのに、髪型は少しもほつれていなかった。
「決まっているだろう」と言って、クレフは何かをコンコンと叩いた。
「え?」
 顔を上げると、クレフが叩いていたのは彼が肩に預けている杖だった。
「私を誰だと思っている」
 確かに、と私は思った。そういえば、クレフは魔法使いだった。それも、この世界で最強の。彼の手にかかれば、この程度のこと、きっと朝飯前のそのさらに前なのだろう。それにしても、照れくさい。私はふいと視線を逸らした。
「ウミ」
 クレフがソファから立ち上がったのが、揺れたローブの裾でわかった。
「今日はその髪型を崩さないように」
 珍しく命令するような言い方だった。クレフはほほ笑んだまま、一足先に部屋の中へと入っていった。え、と私も立ち上がり、その後姿をまずは目だけで追いかけた。
「どうして?」
「どうしてもだ」
 それ以上クレフはその話題に触れようとはしなかった。それからしばらく私はクレフと一緒にいたけれど、一人の魔導師がクレフを訪ねてきて、すぐには話が終わりそうになかったので、一旦暇(いとま)を告げることにした。

***

 何か変だな、とはすぐに思った。クレフの部屋を出て、皆がいるであろう大広間へ向かっていると、通り過ぎる人々が皆びっくりしたように目を見開いて私を見て、そしてなぜか慌てて頭を下げるのだった。落ち着かないことこの上なく、もしかしたらスカートの裾が引っ掛かって下着が見えてるんじゃないかと思って確認してみたけれど、そんなことはなかった。ではなぜ、すれ違う人が誰もかれも私に頭を下げていくのだろう。首の傾きは大きくなるばかりで、理由にまったく思い当たらない。いつもと違うことといえば髪型だけれど、でも髪型が違うから人から頭を下げられるというのは、どう考えても理屈になっていない。

「ウミ?」
 ふいに呼ばれて、立ち止まる。顔を上げると、大広間より手前にある中庭に、風とフェリオがいた。二人は噴水の縁に並んで腰を下ろしていた。フェリオの片腕は、風の腰にちゃっかり巻きついている。私がそれを見ていることに、先に風が気づいて、フェリオの手をさりげなく腰からどかせた。そんなことをすると、いつもは「いいじゃないか」とでも言ってフェリオはますます風に抱きついたりするのだけれど、今日はそうではなかった。ん、と思った直後、私は面食らった。ぽかんと口を開けたフェリオの視線が、私に注がれていた。
「な……なによ」と私はたじろいで言った。「私の顔に、何かついてる?」
「どうしたんだ、その髪型」
 私の質問はきれいに無視して、フェリオは逆に聞いてきた。
「それに、その髪飾り」
「ああ、これ?」と私は軽くその髪飾りを触った。「そうなの、聞いてよ。クレフったら、私が寝てる間にこんなことして――」
「やっぱり、導師クレフのものなのか」
 またしてもフェリオに遮られて、ぎょっとした。しかも彼は、どこか興奮気味な様子でガタンと立ち上がり、声も大きくしたのだった。
「そ……そうだけど」と私はとりあえずうなずいた。
「そうなのか……」
 まるで独り言のように言って、フェリオはうんうん、と唸った。「そうなのか、そうなのか」と何度か言った後、突然顔を上げ、
「よかったな、ウミ」
 と満面の笑みを浮かべた。もちろん私はわけがわからず、首を傾げた。
「何の話?」
「え」とフェリオは目を点にした。「おまえ、導師クレフに聞いてないのか」
「何を?」
「その髪型の話だよ。あと、髪飾りも」
「聞いてないわよ、何も」
「おいおい、冗談だろ?」と言って、フェリオは失笑した。
「なに、いったい何なのよ」
 いよいよ困惑した。まさか本当に、「髪型が違うから頭を下げられる」という理屈が通るのかしら。ただ、肝心のその「理屈」の意味が、私にはさっぱりわからない。

「ウミ。今すぐ導師のところへ戻った方がいい」とフェリオは言った。
「どうして?」
「あのひとが待ってるからだよ。おまえの返事を」
「返事?」
 フェリオは一旦風に目くばせしてから、私のところへ大股で近づいてきた。目の前までやってくると、フェリオがぐっと顔を寄せてきたので、驚いて思わずのけぞった。
「いいか、ウミ」とフェリオは言った。「セフィーロでは、女性が髪を盛るタイミングは二度しかない。――いや、『二度しかなかった』と言った方がいいかもしれないな。一度は、新しい『柱』の誕生を祝う日だったから」
 へえ、と私は生返事をした。
「つまりだ。今は、女性が髪を盛る機会は一度しかないんだ」
 遠回しなその口調は、私に気づきを促している。けれど無茶ぶりもあったものではない。フェリオが何を言わんとしているのか、私にはさっぱりわからない。
「もったいぶらないで早く教えてよ」
 フェリオがじっと私を見る。いよいよイライラしてきそうになった、そのときだった。フェリオはにかっと笑い、
「求愛だ」
 と言った。

「……」
 まず私は沈黙した。
「……は?」
 次に枯れた声を出した。
「はっ……はぁ?!」
 最後にはとんでもない奇声を上げた。
「な……どっ、ういうこと? きゅ、きゅきゅきゅきゅ、きゅ……」
「そのままの意味に決まってるだろ。まったく、何言ってんだ」
 片方の耳に手を当てながら、フェリオは不機嫌そうに言った。どうやら私の奇声が耳に響いたらしい。私は口をぱくぱくと開けたまま、目を皿にした。とんでもない顔をしているだろうという自覚はあった。
「だって、そんな、あり得ないわよ、でも、ほら、だって」
「ウミ」とフェリオは私を遮った。「あのな。セフィーロでは、女性は絶対に自分で髪を結うんだ。だからみんな、簡単にできるような髪型しかしない。プレセアだってカルディナだってそうだろ? 二人とも、一つに束ねてるだけじゃないか。それはな、男に髪を束ねてもらったときに美しさが映えるようにするためでもあるんだ。セフィーロでは、女性の髪を結ぶ行為は、相手に対する愛情を示す行為なんだよ。しかも」
 一度言葉を区切ったフェリオは、まるで自分がその当事者であるかのような照れくささを見せ、鼻の頭を掻いた。
「そこに髪飾りが加われば、それはもう、『あなた一人にしか愛情は向けられない』という意味になるんだ」

 フェリオが言った「あいじょう」という言葉が「愛情」という字に変換されるまでには、長い時間が必要だった。嬉しくないはずはないのに、どうしても、頭の中で「そんなことあるはずない」とその嬉しさを押し込めていた。だって、それがほんとうなら――
「早く行けよ」
 フェリオの言葉に、私ははっと顔を上げた。フェリオは笑っていた。
「答えなんて、もう決まってるんだろ?」
 もうだめだった。今すぐここで泣けると思った。ああ、どうして。
「それにな」とフェリオは畳みかけるように言った。「髪飾りは、装飾の多さがその人の位の高さに比例するんだ。おまえがしてるそれ、見る人が見たら、すぐに導師クレフからの贈り物だってわかるぞ。あの人の求愛を断ったりしてみろ。おまえ、明日にはきっと今を時めくセフィーロ一の有名人になってるぞ。『導師クレフを振った女だ』ってな」
「あるわけないじゃない、そんなこと」と私は即答した。するとフェリオは白い歯を惜しげもなく見せて笑った。
「だから、行けよ」と彼は言った。「今ごろ首長くして待ってるぞ、導師クレフ」
「でも」
 この期に及んでためらった。だって、どんな顔をして彼に会ったらいいのかわからない。それに、これが本当に現実に起きていることなのか、いまいち信じることができなかった。

「ウミさん」
 そのとき、風も私たちの会話に加わった。彼女はそっとフェリオに寄り添い、ほほ笑んだ。
「行ってください」
 心なしか、彼女の瞳が潤んでいるように見えた。そのとき、これは現実なんだということがストンと心に落ちた。私は唇をかみ、こくりとうなずいた。そして二人に背を向け、今来たばかりの道を駆け足で戻り始めた。


 なんて答えたらいいのだろう。「私も好き」でいいのだろうか。でも、直裁に「好きだ」と言われたわけではないのに「私も」と言うのは不自然じゃないだろうか。けれどかといって、知らないふりをするのも不自然だ。それならばどうして戻ってきたのだという話になってしまう。――走っている間中、そんなことばかりを考えていた。すれ違う人はやはり皆、私のことを見る。その視線が、けれど今度はまったく気にならなかった。返事を考えるので必死だった。けれど答えが出るより先に、あっという間にクレフの部屋にたどり着いてしまった。
 扉の前に立ち、深く深呼吸をする。もうなるようになれ、と思った。心臓が破裂しそうだった。あふれる想いを、ただそのままぶつけよう。そう心に決めて、扉を二度、ノックした。




髪結い 完





かづきさんから「クレフが海ちゃんの髪を結うのを見てみたい」というリクエストをいただきまして、書きました。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.10.27 up




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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