蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

話があるんだ

短々編

以前拍手に掲載していたものです。掲載時から若干の加筆修正を加えています。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 珍しく、彼は今日、中庭の方から現れた。
「調子はどうだ、イーグル」と彼は言った。
『おはようございます、導師クレフ』と僕は言った。『調子は相変わらずですよ』
 くすりと彼が笑ったのを気配で感じた。もしもほかの人に同じような笑い方をされたら、僕は即不機嫌になっているだろう。でも導師クレフだけは別だった。彼にはどんな顔をされても平気だった。もっとも、今の僕には周囲の人間の顔など見えないのだから、実際にクレフがどんな表情をしているのかはわからないのだけれど。

 ようやく、すぐそばで起きていることならばその気配くらいはつかめるようになってきた。あと一歩で目を覚ますこともできそうなのに、けれどその一歩が遠かった。眠りに就いたばかりの四年前に比べれば格段に進歩したと皆言うが、僕自身に言わせれば、この四年は気が遠くなるほど長かった。たとえば10歳から14歳になったときとも、4歳から8歳になったときとも違う。生まれ変わって一から人生をやり直し始めているような気さえした。その僕が眠っているベッドに、クレフの手が伸びてきた。

 彼はまず僕の手首に触れた。しばらくそこに手を置いて、僕の命の鼓動の速度を測っていた。うん、とうなずくと、次に僕の額に触れた。なんでも、そうすると相手の『心』の強さを感じ取ることができるらしい。
「確かに」
 やがて僕の額から手を離すと、クレフは言った。
「相変わらずのようだな」
 はい、と僕は答えた。未だにどういう仕組みになっているのかはわからないが、心の中で念じると、その言葉が相手に伝わるらしい。同じ世界にありながら、セフィーロはオートザムの科学ではとても説明できない不思議が無数にある国だった。

「不自由はしていないか」
 彼の声とともに、いつもの薬草の香りが鼻を突く。精神の疲労回復に効くというその薬草を、クレフは毎日どこからか摘んできては僕の枕元に置いてくれる。摘みたてのそれの香りを嗅ぐといつも、今すぐに目を覚ますことができる気がした。そんなことは一度も起きていないが、その薬草がなければ、今日日こうして言葉を交わすことさえ、満足にはできていなかっただろうと思う。
『だいじょうぶです』と僕は答えた。『動けない以上に不自由なことなんて、そうそうありませんよ』
「それもそうだな」とクレフは笑った。
 そのとき、おや、と僕は思った。今日のクレフは、いつもと少し雰囲気が違う。
 なぜだろうと考えようとしたが、考えるまでもなかった。ああ、と心の中でうなずく。僕の曜日間隔が正しければ、今日は、異世界からお客様がやってくる日だ。
「どうした」
 どうやら僕の心の笑いが、彼にも聞こえてしまっていたらしい。クレフが訝しげに問うてきた。
『いえ』と僕は言った。『あなたの雰囲気が違う理由に思い当たって、嬉しくなっただけです』
「私の?」
『ええ』
「何か違うか」
『違いますよ。ほんの少しですが』と僕は言った。『今日は、ウミがやってくる日なんですね』
 ぐっとクレフが言葉に詰まったのを気配で感じ取った。そのあからさまな反応に、僕はくすくすと笑った。

 ランティスの師であるという導師クレフは、確かに類まれなる「心の強さ」の持ち主だった。しかしそれと同時に、類まれに不器用な人でもあった。その程度は、ほかの人とはとても比べ物にならなかった。
 これまで僕が出逢った中でもっとも不器用な人はランティスだった。彼以上に不器用な人など、きっと一生かかっても出逢えないだろうと思っていたが、あっさりと出逢ってしまった。それがクレフだった。

 セフィーロを束ねる『導師』であるというだけで、彼を知る前は、無意識のうちに父のような人を想像していた。国を束ねる人間は、非情になるか、優しくなりすぎて自滅するかのどちらかだ。エメロード姫は後者だった。彼女の死を乗り越えたセフィーロに重鎮として君臨するクレフは、前者の人間であるとしか考えられなかった。父ほどまでとはいかなくても、感情より理性を優先する人だろうと決めつけていた。
 ところが、実際に彼に会って――というか、声を聞いて――みると、そのどちらでもないことが判明した。それは僕にとっては結構大きな衝撃だった。非情でもなく、自滅するわけでもない。クレフは、皆からの揺るぎない信頼に足り得る気高さと、決めたことにはまっすぐ突き進んでいく強さとを併せ持った人だった。彼がいる限りセフィーロは安泰だと思えた。それほど、「導師クレフ」という存在は、『柱』を失くしたセフィーロの人々にとり、そして僕にとっても大きかった。彼がいなければ、僕は今ごろ野垂れ死にしていてもおかしくない。彼がいたからこそ今の自分がある。僕は常にそう思っている。

 そんな、これまで知り合ってきたどんな人ともタイプが違う、真の「リーダー」としての気質を備えた彼だが、ただひとつだけ、決定的にポーカーフェイスを保っていられない事象があった。「ウミ」という名の、一人の少女にまつわること。それだけが、このひとを惑わす唯一のものだった。
『それほど想っておいでなのですから、さっさと打ち明けてしまえばいいのに』と僕は言った。
 クレフは答えなかったが、彼の視線が僕に向けられていて、それが結構鋭くなっているということは、見えなくてもわかった。
『あなたほどの人でも、恐れることはあるのですね』

 それからしばらく、二人の間に沈黙が流れた。それを破ったのは、クレフのため息だった。
「『恐れ』か」と彼は言った。「そのような言葉、耳にするのも久しいことだ」
 強い者は、それと同じくらい不器用だ。そのことに、僕はクレフに出逢うまで気づかなかった。ランティスもそうだが、強い者は、それだけ自らの『心』を曝け出すことについてうまくない。クレフの場合は、その年齢も相まって、不器用さが突出していた。主に、色恋沙汰という方面について。
『ですが――』
 反論しようとしたが、途中で口を噤んだ。クレフの気配が変化したように感じたからだ。
 ずっと凛としていた彼の気配に穏やかさが加わった。そこで悟った。海たちがやってきたのだろう。
 クレフは、どんなに遠くで起きていることでも、それがセフィーロの中でのことなら感じ取ることができるのだという。声は聞こえないから近くではないのだろうが、セフィーロのどこかに異世界から来た少女たちが降り立ったことは確かなようだ。
『見せてもらえませんか』と僕は言った。『異世界の少女たちの様子を』
 クレフはすぐには答えなかった。頬に彼の視線を感じる。思案しているようだった。けれど僕は、クレフはきっと応じてくれるだろうと信じて疑っていなかった。そして見事、彼が杖を振るう気配を感じ取ることに成功した。

『――なんだ。だから今回は、少し長めにいられそうだよ』
 まずは光の声がした。
『好都合だ。ちょうどファーレンに行こうと思っていたところだったんだ。フウ、一緒に行くだろ?』
 フェリオが明らかに気色ばんだ声で言った。
『ファーレンならば、ぜひご一緒させていただきますわ』
 風が穏やかに答えた。このカップルは、互いの足りないところを補い合うタイプのカップルだと思う。
 カップルには二通りある。フェリオと風のようなタイプと、似た者同士のタイプだ。ランティスと光は明らかに後者だった。では、クレフと海は。
 二人の場合は、どちらでもあり得る気がした。気の強いところや好きな相手を前にして素直になれないところは似ているが、一方で、海にはクレフにはない強引さがあるし、クレフには海にはない思慮深さがある。どちらがいいというわけではなく、二人はたぶん、それぞれの状況に応じて自らの立ち位置を変える関係なのだろう。だからこそ居心地がよくて、だからこそ、これまでに何の進展も見せてこなかった。お互いを想い合っていることに、周囲の誰しもが気づいているというのに。

『そういえば、クレフがいないんじゃない?』
 噂をすれば。僕は思わず吹き出した。きっと海なら、何よりも先にそう言うだろうと思っていた。クレフがため息をつく。一見うんざりしているような振舞いだが、まんざらでもなさそうだった。
『イーグルのところにいる』とランティスが答えた。
『そう』と海は言った。『じゃあ、すぐ来るわよね』
『呼んでますよ、導師クレフ』と僕は言った。『早く行ってあげないと』
 このカップルはどうしてもおせっかいをしたくなる。親友であるランティスの恋路よりも気になるというのだから、相当のものだった。ランティスと光の関係だって、その進捗具合はクレフたちといい勝負だ。それでもあの二人の場合は、放っておいてもなんとかなるだろうという根拠のない確信を持つことができた。一方で、海とクレフの場合はそうはいかなかった。周囲が発破をかけ続けてようやく一歩を踏み出すことを検討し始めるような、石橋を叩いて、叩きすぎて壊してしまって結局渡れなくなるような関係だった。僕に言わせれば、初々し過ぎて直視できない。

『きっかけを作るのは男の役割です』と僕は言った。『早くしないと、ウミを誰かに取られてしまいますよ。それでもいいんですか』
 クレフは答えなかった。僕は畳みかけるように続けた。
『彼女はあのとおり美人です。オートザムの人間の中にも、ウミの噂をしている者がいました』
 それは本当のことだった。クレフの気配が揺らいだ。
『うかうかしてられませんよ。いいんですか、ほかの男に取られても』
 それでもクレフは立ち上がらない。いい加減にやきもきして、僕はなおも言い募ろうとした。ところが、その僕を遮るようにしてクレフが立ち上がったのを気配で感じた。
「わかった」と彼は言った。「行けばいいのだろう」
 心底面倒くさそうな言い方だったが、僕は心の中でガッツポーズをした。クレフは義理堅い人間だ。一度人と約束したことは、是が非でも守り抜こうとするタイプだった。その彼が「行く」と言うのだから、これだけ背中を押しまくった僕のプライドに傷をつけるようなことをするとは考えられない。
『そうです』と僕は答えた。『早く行ってください。――ああ、映像はこのままで』
 クレフが杖を振おうとした気配を感じ取って、僕はそれを遮った。絵が見えるわけではないが、声が聞こえるだけで、そこで起きている事象は手に取るようにわかる。この映像が残されていれば、クレフが本当に言うべきことを言ったか確かめることができるだろう。
「また来る」と言い残し、クレフは部屋を出て行った。足音が来るときよりも急いているように聞こえるのは、きっと気のせいではないだろう。


『まったく』
 クレフが出て行ってから、僕は一人ため息をついた。あれほど初々しい749歳もそうそういまい。人は年を取ると子どもへ戻っていくとはよく言うが、彼の場合はおよそ「年寄り」ではない。だとすれば、あの初々しさは元来の性分ということになるのだろう。
「あのひとは『普通』ではない」
 以前ランティスが口にした言葉を思い出して苦笑した。当時はてっきり、彼の魔法力のことを指して言っているのだとばかり思っていたが、こうしてクレフと接する時間を重ねるにつれて、あながちそればかりではないと気づかされる。クレフはいろいろな意味で「『普通』ではない」。

『朝から騒々しいな、おまえたちは』
 クレフの声がした。彼の残していってくれた映像からの声だった。
『クレフ! イーグルのところにいたんじゃなかったの?』と海が言った。嬉しさが滲み出ていた。声しか聞こえないから、余計にその感情が伝わってくる。僕はくすくすと笑った。
『戻された』とクレフがため息交じりに言った。
『え?』
『それより、ウミ』とクレフが声のトーンを変えて言った。『話がある』
 僕はにんまりと笑った(つもりだった)。それきり声は聞こえなくなったが、もうじゅうぶん満足だった。あそこまで言ったら、さすがのクレフでもそこでごまかすということはしないだろう。

『やっぱり、あなたはいい人ですね。導師クレフ』
 今度彼がこの部屋へやってきたら、存分にからかってやろう。心に決めると、睡魔が襲ってきた。外は朝を迎えたばかりだというのに寝るというのは気が引けたが、一仕事やり終えたのだから赦されるだろうと勝手に決めつけ、押し寄せてくる睡魔に大人しく身を預けた。次に目を覚ましたときには今度こそ、起き上がることができる気がした。




話があるんだ 完





イーグルは二人のことを絶対にからかっている! という確信のもと書きました。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.10.27 up




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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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