蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

乙女の祈り 1

中編

サイト開設一周年を記念して、中編を一篇書きます。時期が時期なのでハロウィンネタと、それから10万ヒット企画でいただいたリクエストの一部を参考にさせていただいています。(混ぜすぎ)
久々のノンパラレルです。よろしければお付き合いくださいませ♪

それでは、本文は「続きを読む」からどうぞ。





 やっぱり、40デニールのタイツにショートブーツはやめた方がよかったかしら。持っていたバスケットをテーブルに置き、自分の恰好を改めて見る。東京ではこの恰好でちょうどよかったのだけれど、セフィーロではさすがに暑い。また、服装選びに困る季節がやってきた。こういうときは、セフィーロにも四季があればいいのにと思う。
「どなたもいらっしゃいませんわね」
 辺りをざっと見回し、風が言った。
「珍しいね」と光もきょろきょろと視線を動かす。「会議でもやってるのかな」

 誰もいない中庭では、気のせいか、噴水の噴き上げ方も淋しそうに見えた。バスケットを置いたテーブルの周りには椅子が何脚が置かれているから、もしかしたら、つい今しがたまでは皆ここにいたのかもしれない。タイミングが悪かったのだろうか。
「せっかく焼きたてを持ってきたのに」
 さほど重くないため息をつき、バスケットの蓋を開ける。甘い香りが、満を持してふわっと広がった。甘いものを食べるのは苦手だが、こうして香りを嗅ぐのは嫌いじゃない。甘い香りは、問答無用で人を幸せにする。たぶん、誕生日やクリスマスなど、幸せなイベントには甘いものがつきものだからだと思う。俗に言うプルースト効果のために、甘い香りは、数多の幸せだった瞬間の記憶を想起させるのだろう。

 うわあ、と光が身を乗り出し、バスケットの中身を覗き込んだ。彼女と、それから風の表情に浮かんだ笑みを見て、ほらね、と心の中で言った。甘い香りを嗅いで笑顔にならない人なんていない。食べられない私が言うんだから、間違いない。
「パンプキンパイですね」
 風が言った。ええ、と私はうなずいた。
「ハロウィンだから、ちょうどいいかなと思って。まあ、セフィーロじゃ、ハロウィンなんて関係ないんだけどね」
 東京だって、本当は関係ないはずだけど。それでも街中は、黒とオレンジの装飾であふれていた。私が子どものころはハロウィンなんてどこ吹く風だったのに、今ではすっかり市民権を獲得している。経済規模はすでにあのホワイトデーを上回っているというから、驚きだ。17歳にもなってはしゃぐつもりはないけれど、スーパーで並べられていたかぼちゃを見てパンプキンパイを作ってしまうあたり、乗せられている感は否めない。

「ほんとに焼きたてなんだね。早く食べたいなあ」
 うっとりと言う光に、くすりと笑みがこぼれた。私が甘いものが苦手なのは、それを食べることに特に意味を見出せないからだ。甘いものは、香りだけで人を幸せにする。口にした人は皆笑顔になる。だからこそ、自分以外の人に食べてほしいと思う。自分で甘いものを食べるより、甘いものを食べている人を見ている方が幸せだった。
「あったかいうちに、食べちゃいましょ」
 私が言ったちょうどそのとき、風を呼ぶ声がした。振り返ると、フェリオとランティスが城の方からこちらへ向かってくるのが見えた。それぞれに大きな盆を手にしている。フェリオはともかく、ランティスがそうしてティーセットを手にしているのは、ここだけの話、少し滑稽に見えた。

「ちょっと手伝ってくるね」と言って、光は二人の方へ向かって駆け出した。風もその後を追う。二組の男女がそれぞれにほほ笑み合う様子に、自然と目が細くなる。光と風は、遠いか近いかはわからないが、将来いずれセフィーロで暮らすことを選ぶだろう。二人には誰よりも幸せになってほしい。その幸せがセフィーロにあるのなら、こちらの世界で暮らすことを選べばいい。そこに至るまでには当然、高いハードルがいくつもあるだろう。超えるために二人が苦悩するなら、何でもいいから手助けをしたい。二人の幸せを一番近くで応援するのは、いつも私でありたいと思う。
 それでも、ふとした瞬間に感じる淋しさはどうしようもなかった。光も風も、本当に楽しそうに笑っている。私のケーキがなくても、二人は愛する人がいればそうして幸せな顔をすることができるだろう。けれどそれじゃあ、私はなんのためにここにいるの? 二人のように、愛する人がいるというわけでもないのに。

「愛する人、か」
 ぽつりと呟いた瞬間、脳裏にクレフの顔が浮かんだ。何度か瞬き、それから振り切るように激しくかぶりを振った。違う。クレフは愛するひとなんかじゃない。確かにクレフにはいつも笑っていてほしいし、クレフも食べられるようにケーキの甘さを控えめにして作ったりしているけれど、それはべつに、クレフのことが特別にどうとかいうことじゃない。でも、それならどうして、二人の親友がそれぞれ大切なひとと一緒にいるのを見て、クレフに会いたいと思ったりするのだろう。

 最近、自分の気持ちがわからなくなるときが、ことクレフに関してはしょっちゅうある。そういうときはいつも、手にしていたコンパスが突然狂い出すような感覚に襲われる。こういうときは、考えても仕方がない。思考を振り切るように、短いため息をついた。するとそのとき、突然覚えのない声が私に語りかけてきた。
『淋しいのね』
「え?」
 後ろから聞こえてきた気がしたので振り返ったが、そこには誰もいなかった。目を点にして、辺りを見回す。すると、
『わたしも淋しいわ。だから、ここから出して』
 あまりにもむちゃくちゃな「だから」の使い方だった。けれど突っ込むのは心の中だけにして、声の主を探す。「わたし」というのが誰のことを指すのか、「ここ」というのがどこなのか、まったくわからない。けれど問いかけようにも姿は見えず、おまけに声自体、それきり聞こえなくなってしまった。

 空耳だったのだろうか。最近はそれほど忙しいわけでもなかったけれど、自分でも気づかないうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。ふう、と息を吐き出すと同時に、視線を落とす。椅子の上に古びた分厚い本が乗っていることに気づいたのは、そのときだった。
「あら」
 最初からそこにあったのだろうか。それにしてはまったく気づかなかった。訝しがりながらも本を持ち上げる。古いことは古いが、たとえばクレフの部屋の本棚に並んでいるような、至って普通の本のように見えた。ただ、決定的におかしい点がただひとつあった。どう頑張っても、どこからも開くことができなかった。
 特に鍵がかかっているようにも見えないのに、まるでアロンアルファでくっついているかのようにびくともしない。表紙を叩いたり、あいだに爪を入れようとしてみてもだめだった。魔法がかかっているのだろうか。

「今日はまた、いい匂いだな」
 意外なほど近くでフェリオの声がしたので、私ははっと振り返った。フェリオはティーセットをテーブルに置き、バスケットを覗き込んでいた。パンプキンパイというんですのよ、と風がその後ろから言った。ナイフがあるから切り分けよう、と光が言うと、ランティスがペティナイフを取り出した。
「そうね。ある程度切れ目は入れてあるから、すぐ分けられると思うわ」
 一旦本をテーブルの脇に置き、バスケットの中からパイを取り出す。よかった、まだ温かい。うわあ、と歓声が上がった。皆の笑顔を見て、私の口元も緩む。ランティスからナイフを受け取った光が、そっと刃を入れた。

「なんだ、これ」
 その脇で、不意にフェリオが言った。彼は例の本を手にしていた。ああ、と私は言った。
「それ、さっきこの椅子に置いてあったのよ。魔法がかかってるみたいで、開かないの。誰かの忘れ物か何かかしら」
 ふうん、とフェリオは不思議そうに言った。
「変わった本だな。ずいぶん古いし」
「表紙に何か書いてありますわ」と風が言った。
「あ、ランティス、ちょっとここ、押さえててくれないか」
 まるで披露宴のケーキ入刀のように、光とランティスは二人でパイの切り分けに四苦八苦している。
「これはまた」
 そんな二人をよそに、フェリオは本の表紙を見て顔を顰めた。
「ずいぶん古めかしい言い回しだな」
「なんて書いてあるの?」と私は訊いた。
 大した埃もついていないのに、フェリオは本の表紙を軽く手で払った。そして眉間に深く皺を寄せ、
『われは汝を封ぜし者。今ここに、その封印を解くことを告ぐ』
 まるで慣れない呪文を唱えるようなぎこちない口調だった。そのとき、遠くから近づいてくるクレフの影が見えた。けれどフェリオはクレフの姿には気づかず、続けた。
『悠久のときを越え、真の姿をわれの前に示せ』
「やった、上手に切れたよ!」
 はぎゃく光の声に顔を上げると、クレフがそのすぐ後ろにいた。思わず背筋が凍ったのは、クレフの表情が見たこともないほど強張っていたからだ。その双眸はフェリオの持った本に注がれていた。まるで何かに怯えているような瞳だった。
『汝、ここに目覚められたし』
「よせ、フェリオ!」
 クレフの叫びは一足遅かった。え、とフェリオが顔を上げたその瞬間、彼の手にしていた本から突然光が爆ぜた。フェリオは思わずといったように肩を震わせ、ほとんど反射的に本を地面に投げた。クレフが素早くこちらへ駆け寄ってきて、本に杖を向ける。ところがその杖の先は、何か見えない結界のようなものに触れ、弾かれた。
「――っ!」
 クレフが苦しそうに顔を歪める。誰もが怯んだそのとき、どんなに力を入れても一ページとしてめくれなかった本が、真ん中からあっさりと開かれた。そしてそのページから、女の人の亡霊のようなものが浮かび上がった。それが完全な実体になると、本から爆ぜていた光が消えた。

 何が起きたのかわからなかった。まるで映画か何かを見せられているようだった。呆然としていると、閉ざされていた女の人の瞳がやおら開かれた。吸い込まれるような黄金色の瞳だった。闇よりも深い黒髪が、不自然な風に揺らめく。裸足のつま先は地面についていなかったが、彼女の後ろにはちゃんと影が出来ていた。
「助かったわ」と女の人は言った。その視線は私を捉えていた。「ありがとう」
 私ははっと息を呑んだ。その声は、先ほど「ここから出して」と訴えてきた声と同じだった。

「マリア」
 不意にクレフが、強張った声で言った。え、と皆がクレフを見る。クレフは女の人のことを見上げていた。「マリア」というのが彼女の名前なのだろうか。
「なぜここにいる」とクレフは言った。「おまえは確かに、書庫の奥深くに眠っていたはず」
「私は何もしてないわ」と女の人は言った。「ただ、『ここから出して』と願っただけよ」
 彼女はつと私を見、目を細めた。
「私とこの子の心の波長が、ぴったり一致したの。それをたどったら、ここまで来られたのよ」
「え?」
 私? と思わず自分自身を指差す。女の人は唇を閉ざしたままほほ笑んだ。見た目は二十歳前後にしか見えないのに、その笑い方は大人の女性の色香を滲ませていた。クレフがちらりと私を横目に見る。すると、彼の視線が外れるその隙を狙っていたかのように、
「それ相応のお礼をしなくちゃいけないわね」
 言い終わる前に、女の人はその場を蹴り上げた。目にも留まらぬ速さでこちらに迫ってくる。わずかに残されていた剣士としての感覚が、明らかな殺気を感じ取った。けれど戦いからはもう何年も遠ざかっていて、体が瞬時には反応しなかった。
「ウミ!」
 呼ばれて、はっと足が震えた。正体のわからない危険が迫っていることを自認すると、恐怖が全身を包み込んだ。膝が笑い、その場で地面にへたり込んだ。青白い手が伸びてくる。その手が肩をつかむ前に、けれど別の手が私を引き寄せた。

 耳元で、苦しげな息遣いが響く。漏れ出た声に覚えがある気がした。いつの間にか閉じていた瞼を、恐る恐る開く。そしてはっと息を呑んだ。あの女の人の顔が、文字どおり目と鼻の先にあった。けれどそれよりも驚いたのは、薄紫色の髪が頬を掠めたことだった。
「導師!」
 フェリオが叫んだ。その声に反応するように、女の人はぱっと私から離れた。飛び退いた彼女の顔を見て、言葉を失った。両の口角から長い牙が伸びている。妖しげな光を帯びる黄金色の瞳といい、それはまるで――
「クレフさん!」
 風の悲鳴ではっとわれに返った。同時に、体に掛かっていた重みが外れる。目の前で彼が大きくバランスを崩して初めて、その重みの正体がクレフだったと気づいた。

 何が起きたのかわからなかった。ランティスがクレフの体を支える。クレフは荒い息遣いを繰り返し、辛そうだった。それでも顔を上げた彼は、杖を持たない左手で、右の首元を押さえていた。
「マリア」とクレフは掠れ声で言った。
 やはりそれが女の人の名前のようだった。彼女は満足げにほほ笑んだ。そのころにはもう、あの牙は出ていなかった。
「これがずっと欲しかったの」とマリアは言った。「やっと手に入れたわ」
 音も立てずに、マリアは私たちから離れていく。
「待て、マリア――」
 クレフが必死で引き留めようとするもむなしく、マリアは空気に溶けるようにして姿を消した。

 一瞬の沈黙を打ち破ったのは、杖が地面に投げ出される音だった。
「クレフ!」
 私は思わず叫んだ。ランティスに支えられているというのに、クレフはよろめいた。足元はおぼつかず、息は過呼吸になったかのように荒い。何気なく触れた頬は、汗で濡れそぼっていた。
「クレフ、どうしたの? しっかりして!」
「だいじょうぶだ」
 クレフの声には、けれどまるで説得力がなかった。
「それよりも、マリアを」
「え?」
「マリアの後を、追うんだ」
 思いがけないその言葉に、私は光、風と顔を見合わせた。
「彼女に、早く、あの場所を」とクレフは言った。「今なら、まだ」
「あの場所? あの場所ってなに?」
 けれどその問いにクレフが答えを返してくれることはなかった。何かを言いかけたところで、クレフの体は完全に力を失った。
「クレフ!」
 気を失ったクレフの腕が、ぱったりと落ちる。そうすると、ずっと押さえていた首元があらわになった。そこを何気なく見て、絶句した。小さな丸い斑点が二つ、くっきりと紅い痕を残していた。




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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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