蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

乙女の祈り 2

中編

私一人が失笑する声が、むなしく響いた。寒い北風が吹き抜ける。ここ、笑う場面なんだけど。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 大広間を包む空気は、いつになく重かった。それはさながら、三年前の戦いのさなかを彷彿とさせた。あのときの大広間にも、こんな風にぴりぴりとした空気が四六時中漂っていた。当時の空気に戻ったことで、まるで「三年」という月日がぽっかりと消えてしまったようにさえ感じた。言い換えれば、この三年間は一度もこれほど重苦しい空気を経験することがなかったということだ。
 誰も言葉を発しない。私は膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。背を向けていても、意識では無人の玉座のことばかりを気にしていた。そこにいつもいるはずのクレフの姿は、玉座どころか大広間のどこにもなかった。主を失った玉座は、心なしか哀しみに暮れているように見えた。すべては私の不注意が招いたことだ。握りしめた拳に悔しさを込めると、爪が掌に食い込んだ。けれど痛みを感じる前に、扉が開かれる音が私の拳を解かせた。

 私を含め、その場にいた全員が反射的に立ち上がった。皆の視線が扉へ向かう。入ってきたのはカルディナだった。立ち上がっている私たちを見て、カルディナは一瞬目を丸くした。けれどすぐに表情を引き締め、ゆっくりと扉を閉めた。
「カルディナ、クレフは?」
 堪らず駆け寄り、訊いた。カルディナは私を見返すと、ポンと肩を叩いて控えめにほほ笑んだ。
「心配しいな。今は落ち着いて、ぐっすり眠っとる。プレセアがついてるから、何かあったら知らせてくれるやろ」
「落ち着いている」という言葉に、目の奥が熱くなった。紅くなった目を見られないように俯き、小さくうなずく。カルディナが背中をさすってくれた。その手に促され、皆のところへ戻る。光と風が肩に手を置いてくれた。ありがとう、と目だけで言い、努めてほほ笑んだ。二人に挟まれる形で椅子に腰を下ろす。ほかにこの場にいたのは、ランティスとフェリオだけだった。

「迂闊だった」
 全員が腰を下ろすと、フェリオが唇をかんで言った。
「まさかあれが、『マリア』を封じていた本で、表紙に書かれていたのが封印を解く呪文だったなんて。もしも知っていたら、不用意にあの言葉を読んだりはしなかったのに。俺のせいで、こんなことに」
「王子の責任ではない」
 フェリオを遮ったのはランティスだった。静かでありながらきっぱりとした口調だった。
「王子が自らを責めることはない。あの本が『マリア』を封じていたものだということを知っていたのは、封印を施した導師クレフだけだ」
 フェリオはほろ苦く笑った。そう言われたところで「そのとおりだ、俺に非はない」と開き直ることなどできないが、慰めてくれるランティスに免じてこれ以上自分を責めるようなことは言わずにおこう。そんな感情が滲む笑い方だった。

「それにしても」とカルディナが足と腕を組みながら言った。「なんでその、『マリア』が封じられてた本が、突然出てきたん? プレセアもびっくりしとったよ。『あの本は、書庫の奥深いところにしまい込まれていたはずなのに』って」
 皆の視線が、まるで示し合わせたように私に集まった。誰の瞳にも私を責める色は浮かんでいないのに、どうしてもそう感じてしまう。俯き、力なくかぶりを振ることしかできない自分が歯がゆかった。
「わからないの。気がついたら、椅子の上に置いてあったのよ」
 ふむ、とカルディナは言った。そのことについてそれ以上突っ込まれることはなかった。突っ込まれたところで困るだけだったので、内心ほっとした。

「その『マリア』って人なんだけど」
 わずかに席から身を乗り出し、光が言った。
「いったい何者なんだ? クレフは、あの人に何をされたんだ?」
 光から視線を向けられたランティスとフェリオは、互いの顔を見合わせた。話していいものかどうか迷っている様子だった。カルディナは黙ったまま傍観している。その様子からして、カルディナも、マリアが何者なのか知っているのだろう。
「まあ、黙ってるわけにはいかないよな」
 口火を切ったのはフェリオだった。彼は私たち三人を順に見て、決意を込めるように一度瞬きをした。
「俺たちも、彼女が『マリア』という名前だということを知ったのは今日が初めてだ。彼女は、名前よりも種族の方がよく知られている。マリアは、『ヴァンパイア』の末裔なんだ」
 その言葉が耳に届いた瞬間、鳥肌が全身を駆け抜けた。そうかもしれないという微かな予感は前もってあったが、実際にそうだと聞かされると、改めて驚くとともに、新しい衝撃も生まれた。思わず光、風と顔を見合わせる。三人とも、考えていることは同じのようだった。
「ヴァンパイアって、あのヴァンパイアなのか」と光が言った。
「え」とフェリオは瞠目した。「『あの』って……おまえたち、ヴァンパイアを知ってるのか」
「私たちの世界にも存在するんです」と風が答えた。「存在するといっても、私たちの世界では、あくまでも創作上のものですが」

 そうなのだ。ヴァンパイアという概念は地球にもあるが、それはあくまでもファンタジーに位置づけられる存在で、現実のものではない。もちろんその存在を信じている人もいれば、自分はヴァンパイアの血を引いているとうそぶく人もいる。けれど私はそのどちらでもなかった。ヴァンパイアなんて、魔法使いと同じで、実際には存在しないのだと思っていた。それなのに、セフィーロにはそのどちらも存在するなんて。
 マリアが強襲してきたとき、彼女が生やしていた二本の牙とクレフの首元に出来た二つの赤い斑点を見て、もしやという可能性が脳裏を過ったのは確かだ。けれどあのときは、まさかヴァンパイアが本当に存在するとは思っていなかったので、その可能性は即座に振り切ってしまった。その後こうしてフェリオの口から実際に彼女がヴァンパイアだと聞かされると、逆に、なぜあのときは「そんなはずはない」と思い込もうとしたのか、そちらの方が不思議だった。

「クレフはだいじょうぶなの?」
 私は顔を上げ、何よりも大切なことを訊いた。
「こっちの世界には、その……輸血とか、そういう仕組みはあるの?」
「え?」と目を点にしたのはカルディナだった。「なんやその、『ゆけつ』って」
 やっぱり通じないのか、と内心落胆した。けれどあの行為をほかのどんな言葉で説明したらいいのかわからない。それはたとえば、「ボールペン」を日本語に置き換えろと言われたら戸惑ってしまうのと似ていた。
「その、足りなくなった血を補うことよ」と私は言葉を探しながら言った。「クレフ、貧血で倒れちゃったのよね。だいじょうぶなの? まさか、クレフの血液型はRH-のAB型だなんてこと、ない?」
 カルディナ、フェリオ、そしてランティスの三人は、そろいもそろって狐につままれたような顔をした。まさかこちらの世界には血液型の概念すらないのだろうか。もしもそうなら、大した医学知識もない私にはこれ以上の説明はできない。両の掌を天井へ向け、「降参」のしぐさをして見せた。
「それとも、セフィーロじゃ、血も魔法でなんとかできちゃうのかしら」
 私一人が失笑する声が、むなしく響いた。寒い北風が吹き抜ける。ここ、笑う場面なんだけど。けれどそれは、どんなに内心では思っていても、口に出すのはさすがにみじめ過ぎて憚られた。こんなしゃれた冗談にほほ笑みのひとつもこぼせないなんて、セフィーロの笑いのレベルは相当高いようだ。そう結論付けようとしたが、よく考えたら魔法の国で魔法をネタに笑いを取ろうとするのは筋違いだと気づき、途端に恥ずかしくなった。

「さっきから何言ってるんだ、ウミ」
 極めつけは、フェリオから向けられた憐れむような視線だった。いよいよいたたまれず、面映ゆさを隠すために地団駄を踏んだ。
「だから、クレフの体はだいじょうぶなのかって聞いてるのよ。ヴァンパイアに血を吸われて倒れたんでしょう? あまつさえ、このままクレフまでヴァンパイアになってしまうなんてこと、ないでしょうね」
 ヴァンパイアにかまれた者はヴァンパイアになる。そんな迷信が、地球には存在している。クレフの口から牙が出ているところを想像して、思わず身震いした。けれどそれは、恐怖のために生じた身震いではなかった。怖いどころか、むしろかわいらしい気がした。どこか小動物的な感じになりそうだとまで思ってしまうのは、クレフのもともとの見た目に責任がある。

「そうか」
 そんな私のいかれた想像を掻き消したのは、フェリオだった。
「同じヴァンパイアでも、中身はだいぶ違うんだな」
「え?」
 瞬き、私は光、風と顔を見合わせた。二人とも、私と同じような表情をしている。どういうことだろう、ともう一度フェリオを見た。
「おまえたちの世界の『ヴァンパイア』は、血を吸うのか」
「そうだよ」と答えたのは光だった。「セフィーロのヴァンパイアは、違うのか?」
 フェリオは腕を組み、かぶりを振った。
「セフィーロのヴァンパイアは、血は吸わない。彼らが吸うのは――」
 そのとき、扉の開く音がフェリオの言葉を遮った。皆がはっとしてそちらを見る。ゆっくりと開かれたその向こうに、プレセアが立っていた。私は思わず立ち上がった。
「導師クレフが、目を覚まされたわ」とプレセアは言った。
 よかった、と私は光、風と手を取り合って喜んだ。すかさず三人でプレセアのもとへ駆け寄る。その勢いに、プレセアは気圧されたように身を引いた。
「もう会えるの?」と私は訊いた。
「ええ」とプレセアはほとんど圧力に屈するように言った。「会えることは、会えるけど」
 ところが、続いた彼女の言葉はどこか歯切れ悪かった。そして困ったように笑い、
「会いたい?」
 と訊き返してきた。

 私は二人の親友と互いの顔を見合わせた。どういう意味だろう。それはもちろん、会いたいに決まってる。でも今のはまるで、会ってほしくないみたいな言い方だった。
「もしかして」と口を開いたのは風だった。「クレフさん、容態が芳しくないのですか?」
 私ははっと息を呑んだ。けれどプレセアは、
「そうじゃないわ」とすぐに否定した。「そうじゃないんだけど」
「なによ、どうしたの」と私は詰め寄った。
 プレセアはしばらく答えなかった。そうして居心地の悪い静寂がいくらか流れた後、ようやく吹っ切るように顔を上げた。
「隠しておくわけにもいかないものね。それじゃあ、行きましょう」
 フェリオも同じようなことを口にしていたなと、頭の片隅でふと思った。


 クレフが目を覚ましたと聞いて嬉しくないはずはないのに、私の心はすっかり落ち着きを失っていた。どうしてそんなに哀しそうに笑うの? クレフの部屋へと案内してくれるプレセアの背中に、心の中で何度も問いかけた。本当に、このままクレフに会いに行っていいのだろうか。何かとんでもないものが待っている気がした。もしかしたら、会いに行くのはもっと後にしてからの方がよかったのではないか。けれどいまさら後戻りはできなかった。気がつくと私たちは、クレフの部屋の前にたどり着いていた。

「あまり刺激を与えないようにしてね」
 私たちに向かってそう忠告すると、プレセアは扉を二度ノックした。そして返事を待たずに大きな扉を力を込めて押した。かったるそうな音を立てて扉が開かれていく。大きなベッドの上で、クレフはヘッドボードに背を預けて座っていた。わずかに傾き始めた日射しが、彼を逆光の中に佇ませる。ぼんやりと外を眺めるその横顔が、よく知ったクレフとはまるで別人のように見えて、ぞくりとした。
「お加減はいかがですか」
 プレセアの声はあくまでも落ち着いている。ベッドサイドへ歩み寄る彼女の後をついていく様子は、われながらまるで母親の影に隠れる子どものようだと自嘲した。プレセアが立ち止まり、私もそのすぐ隣に立つ。クレフはいつものサークレットはしておらず、装飾がふんだんに施されたあのローブも着ていなかった。別人のように見えるのはその恰好のせいだと思いたかった。

「クレフ」と私は恐る恐る言った。「だいじょうぶ?」
 ベッドに手を置き、その顔を覗き込む。私をその瞳に捉えたクレフは、一度瞬きをした。再び現れた双眸は、不思議な輝きを宿した。
「『クレフ』」
 まるで確かめるように、クレフは言った。
「それが、私の名前なのか」
 それは、紛うことなどあり得ない、クレフの声のはずだった。私は言葉を失った。
 後ろでガタンと音が立ったが、私の目は、そして耳は、目の前にいるクレフの一挙手一投足だけを追いかけていた。
「おまえは……誰だ?」
 問われたその一瞬、私は私が誰なのかわからなくなった気がした。




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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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