蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

おひさま

短編

昨日の「いい夫婦の日」に乗り遅れてしまったので、慌てて翌日にアップします。
まあ「勤労感謝の日」ネタも入れれば今日でもいいだろう、という言い訳付きですw

クレフは大人バージョンに置き換えてください。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





「導師クレフは、ウミと『ケッコン』なさるおつもりはないのですか」
 サインをする手が思わず止まった。インクの染みが不自然に大きくなる前に辛うじてわれを取り戻し、再びペンを最後まで滑らせる。やや不恰好な署名にはなったが、問題ないだろう。その親書をフェリオに手渡しながら、
「なぜ?」
 と訊いた。
「なぜ……と言われると、困るんですが」
 羽根ペンを手に取ると、フェリオは言葉どおり困ったように笑った。
「もう一緒に住まわれて一年以上経つわけですし、そろそろそういう話になってもおかしくないのではないかと」
「ある一定の期間ともに暮らしたら『ケッコン』する、と決まっているわけでもないだろう」
 フェリオが私の署名のすぐ下に自らの名前を書き入れるのを見ながら、私は足を組んだ。東風(こち)が部屋の中にまで吹き込んでくる。国王となって久しいフェリオの居宅は、いつ訪れても爽やかな風が吹いているところだった。その風に誘われるようにして顔を上げると、甲高い笑い声が聞こえてきた。この執務室から直接続く広い庭で、ひとりの童子が母親と戯れている。幼いころのフェリオを彷彿とさせるその子の姿に、われ知らず目元が緩んだ。

「何か『ケッコン』したくない理由でもおありなのですか?」
 フェリオの声で、外へ向けていた視線を彼へと戻す。インクを乾かすためなのか、フェリオは親書を風に遊ばせていた。
「特段そのようなものもないが」
 そろそろ乾いたのではないか、と私が思ったのと同じタイミングで、フェリオは親書をテーブルに戻した。そしてそれをくるくると丸め、藁の紐で綴じると、結び目に大きな朱印を施し、そばで待機していた城付きの魔導師に渡した。魔導師は恭しくそれを受け取ると、こちらへ向かって深々と一礼をして、執務室を去っていった。
 あの親書がチゼータ国王の手に渡れば、両国間の文化交流がまた一段と進むことになるだろう。各国とのあいだに国交が樹立されてから早七年の歳月が流れたが、まだまだこの世界はよくなれるという予感は、収まる気配を一向に見せない。あまりに充実した日々が続いているので、これは嵐の前の静けさなのではないかと、つい斜に構えて考えてしまう。先日そんな心境を吐露したら、海に「悪い方にばかり考えるのは年寄りの悪い癖よ」と失笑された。

「しない理由がないのなら、してしまえばいいのに」
 そんなことは朝飯前でしょう、とでも言いたげな口調だった。
 私たちは食事の仕度を誰がするかというような話をしているのか? そうではないだろう。思わずため息をこぼすと、それをどう捉えたのか、フェリオは慌てた様子で平に謝罪してきた。どうやら、フェリオの口調のなれなれしさに私が気を悪くしたと思ったらしい。そうではない、という意味を込めて、私は苦笑いした。
「たしかに、『ケッコンしない理由』はない。だが、問題はそこではない。『する理由』がないのだ」
「え?」
 フェリオは心底驚いたように目を丸くした。もうすっかり大人の男の顔をしていると思う。一児の父なのだから当然かもしれないが、私の中でのフェリオはいつまで経っても、勉強が嫌いで逃げ回っていたいたずらっ子のままだった。
「そもそも『ケッコン』というものが、私にはよくわからないのだ。もともとセフィーロにはなかった概念だろう。『愛する者同士、未来永劫、死が二人を分かつまでともに生きていくことを約束する』という、その意味はわかる。だが、なぜそれをわざわざ『ケッコン』という区切りをつけて始めなければならないのだ。愛する者同士、互いが望んだときから一つ屋根の下で暮らし、そこから自然と家族になっていく。それでいいではないか」
 そういう理屈っぽいところも、年寄りくさいわよ。そんな空耳が聞こえた気がした。なるほどたしかに、海ならそう言いそうだ。
「現に今、私はウミとともに暮らしている。今後ウミを手放すつもりもなければ、ウミ以外の者と寝食をともにするつもりもない。それはウミもわかっていることだ。それ以上に何が必要だというのだ」
「……俺は今、のろけを聞かされているんですか、それとも説教をされているんですか」
 フェリオの口角がひくついている。私は驚いて目を見開いたが、すぐにさっとかぶりを振り、
「どちらでもない」
 と言った。
 そもそもなぜその二択なのかさえ、私には理解できなかったが、そんなことを言い始めても仕方ないので、心の中で思うだけに留めておいた。
「ただ単純に、疑問を呈しているのだ。おまえはどう思う? おまえはなぜフウと『ケッコン』したのだ。ともに暮らすだけではだめだったのか? もともと『ケッコン』という制度に馴染みのなかったおまえを『ケッコン』へと奮い立たせたものがあったのだとしたら、それはいったい何だったのだ」

 風はフェリオと、光はランティスとそれぞれ結婚した。今でも変わらず仲のいい三人の娘たちの中で結婚していないのは海だけだ。異世界において「結婚」は、「幸せ」の度合いを測るひとつの基準としての役割を果たすものだというが、結婚していないからといって海が不幸だというようには、少なくとも私には見えない。むしろ、いつも誰よりも幸せそうな笑みを浮かべているように見える(もっともこれは、かなり贔屓目の入った見方かもしれないが)。私は海を心から愛しているし、海も私を慈しんでくれている。確かな絆のある二人のあいだに、なぜ「結婚」などというものが必要だろう。
 結婚しないのか、と水を向けられるのは、なにもこれが初めてではない。最近では多くの者から言われることだった。しかしそのたびに、私は同じ疑問を口にした。そしてこれまで誰一人として、納得のいく答えをくれた者はいなかった。

「たしかに俺も、最初は戸惑いがありました」
 そう言って、フェリオは庭の方へと視線を投げた。
「今は『ケッコン』して心底よかったと思っています。何が変わったというわけでもないはずなのに、『ケッコン』したことによって、家族を守るという使命をより強く意識するようになりましたし、責任感が強まりました。実際俺は、『ケッコン』したことで、仕事に対する向き合い方が大きく変わりました」
 それはそのとおりだった。風と結婚し、ともに暮らし始めてからというもの、フェリオはまるで人が変わったように真摯な姿勢で仕事に取り組むようになった。今回のチゼータとの交渉でも、帰結に至るまでにはさまざまな紆余曲折を経たが、最終的に双方にとって望ましい結論を見出すことができたのは、フェリオの尽力の賜物だった。昨今のフェリオの活躍は、かつてエメロード姫が存命だった時代、私の隙を見ては部屋から逃げ出していた子どもと同一人物だとは、俄かには信じがたいほどだった。フェリオにそれほどの変化を齎したものは、風という一人の娘の存在以外にはない。彼女への愛と、彼女を守りたいという強い『願い』が、フェリオを一人前の男へと育て上げたのだ。

「でも、俺だって最初は、簡単に『ケッコン』に踏み切ることができたわけじゃなかったんです。いざ本気で『ケッコン』を考え出すと、それがいかに重い選択であるかということを痛感しました。『ケッコン』したら、俺とフウは一蓮托生の関係になります。辛いことも苦しいことも二人で乗り越えていかなくてはなりません。そして何より、フウに万一のことがあったとき、俺は死にもの狂いでも彼女を守らなければならない。ほかの男を頼るわけにはいかなくなるんです。俺は『ケッコン』を、そういうものだと解釈しました。だから、決断を下すまでにはかなり躊躇しました。先に『王』になると決めてしまっていましたから、いざというときにセフィーロも守ってフウも守ることなんてできるのか、自信がなかったんです」
 私は思わずフェリオの横顔を食い入るように見つめた。初めて聞く話であり、何よりも、フェリオがそんなことを考えていたとは寝耳に水だった。風への純粋な愛情と若さを武器に、結婚に際して二の足を踏むことなどなかったのだろうとばかり思っていたが、そうではなかったのか。

「フウが俺の一言を待っていることに、俺はかなり前から気づいていました。フウは異世界の人間です。『ケッコン』するにしても、それは俺から言い出さなければならないことでした。だから俺は、三日三晩考え抜きました。フウを一生守っていく覚悟はあるのか、フウを幸せにできるのか、俺はフウにふさわしいだけの男なのか」
 そのとき、「ぎゃっ」と庭の方から悲鳴が聞こえた。はっと見ると、幼い王子が派手に転び、劈くような声で泣いていた。そばで宥める風は笑っていた。フェリオもくすりと笑みをこぼした。
「正直、今も答えは出ていません。俺はまだまだ、人間としても男としても未熟です。心の強さという点では、フウには一生かかってもかなわないでしょう。それでも俺は、フウに『ケッコン』を申し込みました。理由は単純です。フウを絶対に失いたくないと思ったからです」
 そう言って、フェリオはこちらを見た。
「俺ね、『ケッコン』って、実はかなり独善的なものなんじゃないかと思ってるんですよ。そのひとを独り占めするわけじゃないですか。もしかしたら俺じゃない男の方がフウのことをより幸せにできるかもしれないのに、そういう可能性を、『ケッコン』はすべて排除してしまうんです。でも、仕方ないんですよ。フウは俺がいなくても生きていけるかもしれませんけど、俺はフウがいなかったら生きていけません。フウを失いたくない。だから『ケッコン』することにしたんです。誰にもフウを取られないように」
 わがままですよね、とフェリオはおもねるように笑って言った。
「『ケッコン』は、フウのためじゃなく、俺が俺のためにしたんです。だから俺は、フウが俺と『ケッコン』してよかったと思ってくれるように、毎日頑張らなくちゃならないんです。ほかの誰よりもフウを幸せにするのが、俺に与えられた責務だと思ってますから。そう思うと、不思議と何に対しても全力で取り組めるんですよ」

 急にフェリオを眩しく感じて、私は覚えず目を細めた。フェリオはこんなにも力ある言葉を口にすることができる人間だっただろうか。
 まるで自分が一気に何歳も年を食ったような感じがした。若い者は、ある日突然毛虫が蝶に化けるかのように急成長することがある。私のような年齢では考えられない現象だ。その現象を今、私は目の当たりにしているのだと思った。生まれる前から見守ってきたフェリオの成長は、嬉しくもあり、同時に少し感傷的でもあった。
「すみません、なんか偉そうに語っちゃって」とフェリオははにかみ、鼻の頭を掻いた。「でも、『ケッコン』っていいものだと、俺は思いますよ」
 笑い方がどことなく風に似て柔らかくなってきていることに、フェリオは気づいていないだろう。
 そのとき、庭の方から「ちちうえー」といとけない声がした。フェリオが立ち上がり、「失礼します」と礼儀正しく言ってから歩き出す。ぱたぱたと駆け寄ってきた息子を抱き上げ、フェリオは満面の笑みを浮かべた。「幸せ」を体現したような雰囲気を惜しげもなく醸し出す親子三人の姿に、私はしばらく見惚れていた。

***

 チゼータとの交渉がひと段落したことで、急ぎで終わらせなければならないような仕事はなくなった。まだ日の高いうちに家へ帰り着くことなど、ずいぶん久しぶりのことのような気がした。ところが、家の扉を開けても、見当たるところに海の姿はなかった。
 はて、今日はどこかへ出かけるとは言っていなかった気がするが。訝しがりながらぐるりと視線を巡らせると、ベランダへと続く大きな窓が開け放たれていることに気づいた。レースのカーテンが、そよ風をまとって揺れている。そろりと足を向けると、海の蒼い髪が太陽の下で流れる水のようにきらめいているのが見えた。

「あっ、ちょっと、もう」
 その海が何やら不自然な動きをしていたので、私は思わず瞬いた。一本の大木の下で、片方の腕を高く伸ばし、何度もジャンプを試みている。はたから見ればじゃれて遊んでいるように見えなくもない、ずいぶんと滑稽な様子だった。どうやら洗濯物が、風にあおられたのか木に引っ掛かってしまったらしい。海の背丈ではぎりぎり届かない高さの枝に、白い枕カバーがぶら下がっていた。
「何を遊んでいる」
 吹き出しそうになるのを堪えながら背後に近づくと、私は海の手に自らの手を添えるようにして伸ばし、枕カバーを取ってやった。突然のことに驚いたのだろう、海が飛び上がって悲鳴を上げた。何食わぬ顔で私が枕カバーを渡すと、海はこちらを見上げ、頬を膨らませた。その頬は少し染まっていた。
「遊んでなんかないわよ。風で飛ばされちゃって、困ってたの」
「そのようだな」
 私が言うと、海はふくれっ面をあっけなく解き、破顔した。
「取ってくれてありがとう。助かったわ」
 そして二本の大木に渡した物干し縄のところへ向かう。すでに干されている純白の大きなシーツが、地面に描く影の形を風に揺れるたびに変えた。
「早かったのね。もうお仕事終わったの?」
「ああ。チゼータとの交渉が、ようやくまとまったよ」
「ご苦労さま。それじゃあ、今夜はごちそうにするわ。何が食べたい?」
 海は水色のワンピースに白いエプロンをしていた。どちらも異世界のものだ。月に一度、彼女はこの家を離れ、異世界にいる両親や友人に会いに行く。そういえば、そのたびに「もしもこのまま彼女が帰ってこなかったら」とあらぬ不安を抱えているのだということを、いまさら認識した。

 私は海に歩み寄り、後ろからその細い体を抱きしめた。バスローブをハンガーに掛けようとしていたところだった海は、思わずそのバスローブを落としそうになるほど驚き、肩を震わせた。
「もう、びっくりさせないでよ」
 くすくすと笑う海の声が、耳に心地よい。
「どうしたの? クレフ」
 私は黙ったまま、海がバスローブを掛けるのを見守った。
「これじゃあ洗濯物が干せないわ」
 この日常を手放すことなどできるはずがなかった。「する理由」など、とっくの昔から私の中にあったのだろうと思う。ただ、それを認めることからのらりくらりと逃げ続けていただけだった。
「『ケッコン』は独りよがりなものだ」。そう言ったフェリオの言葉は心に大きく反響したが、私はおそらく、言われるまでもなくそのことをわかっていた。だからなんとなく、今のこの居心地のいい暮らしに甘んじていた。不変なものなどないということは誰よりもよくわかっているはずなのに、その私が、この日々は不変であると無理やり信じ込もうとしていた。

「ウミ」
「なあに?」
「今夜はおまえの『ぽとふ』が食べたい」
「ああ、このあいだ作ったやつね。そういえばクレフ、あれ気に入ってたわね」
「あれなら鍋一つ分は平らげられる」
「そんなに食べたら、お腹が膨れ上がっちゃうわよ」
 先ほどは「干せない」と言っていたのに、私が後ろに抱きついていても海の手が止まることはない。海は洗濯籠から同じデザインのバスローブをもう一枚取り出した。こちらは最初に干した方よりも一回り小さかった。
 天日干しした洗濯物は、「おひさまの匂い」がするらしい。もしも「幸せ」に匂いがあるとしたらこんな匂いだと思うと、前に海は言っていた。
「ウミ」
「なあに?」
「『ケッコン』しようか」
 海の呼吸が一瞬、止まった気がした。




おひさま 完





「ご苦労さま」という一言に、勤労感謝の日にアップする理由をすべて求めていたということは内緒です。←w
セフィーロに「結婚」の概念がないことは原作のランティスの台詞からもわかりますが、だとしたらそのあたりの事情はどうなっているのか、未だに謎です。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.11.23 up




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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