蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

諱 8. 無

海誕企画★2013

狂った歯車たちは、元に戻そうとすればするほど、こちらの意志に反して狂ったままの位置で留まろうとする。

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 戴冠式を終えてからもう一週間が経つというのに、毎日身に着けるロングドレスに未だ慣れることができずにいる。「王女たるもの、それらしい恰好をしなければならない」ということで、部屋の中で過ごすときはともかく、普段人前に出るときは必ずクリーム色を基調としたイブニングドレスを着ているのだが、これがなかなかの曲者だった。最初のころは、着慣れていないせいで、起きたり座ったりといった基本的な動作もぎこちなかった。一週間もすればさすがにそんなことはないが、ドレス姿では早足にもやはり限界がある。何度も躓きそうになりながら、それでも風は一向に歩みを緩めなかった。ひとつの部屋を目指し、回廊をひたすらに進んでいた。
「お待ちください、王女!」
 背後から聞こえる侍女の声にも耳を貸さない。やがて目的の地、大広間にたどり着く。ノックもせずに他人の部屋――もっとも、その大広間は誰かの私的な部屋というわけではないけれど――に入るのは、これが初めてのことだった。

 大広間では、セフィーロをはじめ四か国それぞれの重役クラスの人間が、計10人ほど集まっていた。魔法で創り出された椅子に腰掛け、顔を突き合わせて真剣に討論をしているところだったようだ。人々が描いていた円は、風が突然入っていったことで形を崩した。皆の視線が一斉に風を捉える。けれど風はどの視線も受け付けず、扉から最も遠いところに佇んでいるクレフだけを見つめた。魔法で人々に椅子を出してやったのは彼だろうに、肝心のクレフ本人は椅子を使用していなかった。
「どうした、フウ」
 クレフはあくまでも冷静な声で言葉を紡いだ。彼の声はこんなときでも、不思議と人の心を落ち着かせる。乱れた呼吸を整えようと、風は胸に手を当て、一度大きく息を吸い込んだ。ようやく追い付いてきた侍女が、背後の開け放たれた扉の外で息を切らしているのが聞こえた。
「クレフさん」と風は声を押し殺して言った。「大事なお話があります。どうか、お人払いを」
 クレフは一瞬明らかに怪訝そうな顔をした。
 風だって、この状況を見れば、人々が何か真剣な話し合いをしていることくらいわかる。けれどたとえ彼らの議題が国の根幹を揺るがすような問題であったとしても、一歩も引くつもりはなかった。王女としてはあるまじき思考回路かもしれないが、風にとって今もっとも大切なのは王女としての地位ではなく、親友の心だった。

 やがて、そんな風の気持ちを理解したのか、クレフは神妙な面持ちでうなずいた。
「よかろう。だが、5分ばかり猶予をもらえぬか」
 そこで駄々をこねるほどにまでは子どもではないつもりだった。
「わかりました」と答え、風は一歩広間の隅へと引き下がった。
 それを見届けて、クレフは再び、円を囲んだ人々と顔を突き合わせた。きっかり5分後、彼は律儀に会を解散させた。

***

 侍女さえも外で待機させ、クレフの魔法で外に声が漏れないようにしてもらい、いざ二人きりで向かい合うと、話をするのはもう少し狭い部屋に移動してからよかったかもしれないと少し後悔した。二人きりで話すには、この広間は広すぎる。広間を流れる張り詰めた空気に、心を押し潰されそうだった。けれどそんな空気さえ跳ね返して余りあるほどの憤りが、風の心を占領していた。この広間まで走ってくる原動力になったのも、その憤りだった。
 風のことは椅子に座らせ、クレフはやや離れて真正面に立っている。風はあえてクレフを見ないようにしていたが、意を決して背筋を伸ばすと、彼を真っすぐに見上げた。
「もう、クレフさんから言っていただくしかないんです」
 クレフの表情はまったく変わらないように見えた。風には、クレフほどの人間の心の揺らぎを感じ取る力はない。だから、彼が今その心の内で何を考えているのかはわからない。それでも、自分の言葉によって少しでも彼の心が揺らげばいいと願わずにはいられなかった。
「海さんは今、哀しみのせいでご自分を見失っておいでですわ。何度も説得しようと試みました。ですが、私の言うことは、聞き入れていただけませんでした」
 風は膝の上で両方の拳を強く握った。悔しい――ただそれだけだった。どんなにその心に寄り添おうとしても、海は頑なに風を拒んだ。あれほど頑なな海を、風はこれまで知らなかった。
 この六年間、海を親友と思って疑うことはなかった。光を含め、自分たち三人は誰よりもお互いのことをよく理解し合っていると思っていた。けれどひょっとしたら、そう思っていたのは自分ひとりだけだったのではないか。海のことを見ているようで、実は何も知らなかったのではないか。揺るぎないはずの自分たちの信頼でさえそうして疑ってしまいそうになるほど、海の態度は衝撃的だった。

「クレフさん」
 堪らず、声が気色ばんだ。
「海さんが耳を傾けるのは、あなたの言葉以外にはもうないんです。どうか、海さんを……海さんとイーグルさんの関係を、止めていただけませんか」
 そこまで言っても、クレフの表情、気配には、一抹の変化さえ起らない。身じろぎもしないその顔は、まるで能面を被っているようにも見えて、風にはから恐ろしかった。
 届かないのだろうか、彼にも。海に気持ちが届かなかったように、クレフにも、この悔しさは届かないのだろうか。
 風は思わず大きな音を立てて立ち上がった。
「お願いです、クレフさん。このままでは誰も幸せになれませんわ。お二人のこと、気づいていらっしゃるのでしょう? このままで……海さんがこのままで、クレフさんは本当によろしいのですか?」
 そう言うと、クレフが初めて目を逸らした。


 最初におかしいなと思ったのは、海が「今夜は一人で過ごしたい」と言って部屋にこもった翌朝のことだった。その日海は、イーグルに付き添われて朝食の席に現れた。珍しいことだとは思ったのだ。けれど同じ城の中で生活をしていればどこかですれ違うこともあるかと思い、そのときは、たまたま二人が道中偶然出くわし、そのまま一緒にやってきたのだろうと結論づけた。
 ところがその日の夜、今夜こそ一緒に過ごそうと申し出た風と光を、海は静かにかぶりを振って拒絶した。そのとき風は、海とクレフとの間で何か決定的な事象が発生したのだということにすでに気づいていた。だからこそ、夜のあいだに海からゆっくり話を聞き、必要であれば慰めてやろうと思った。もしかしたら、哀しみに身を沈めすぎているが故に周囲の人間を遠ざけているのではないかと懸念した。けれど海の表情が不自然なほど穏やかだったのが気になって、光が先にランティスのもとへ帰った後、風はもう一歩海に詰め寄った。そこで海は、戸惑いながらもはっきりと言ったのだ。「イーグルのところで過ごすから、心配しないで」と。
 その言葉を聞いた瞬間の気持ちは、いったいどう表現したらいいだろう。「まさか」? いや、そんな単純な言葉ではない。「嘘だろう」?  いや、そんな中途半端な言葉でもない。――「悪夢だ」。そう思った。私は今、悪い夢を見ているに違いない。そう思った。思いたかった。けれど残念ながら、夢ではなかった。

 それから三日三晩、風は時間があれば海のもとを訪れては説得を試みた。けれどどれほど「間違っている」、「こんなことは止めるべきだ」と言っても徒だった。「イーグルは、とても優しいわ」。海はその一点張りだった。
 確かにイーグルは優しいだろう。けれど今の海はただ、クレフへの想いが遂げられないが故の淋しさを、イーグルの優しさに縋ることによって紛らわせているだけだ。そんな関係は、誰にとってもプラスにならない。自分で自分を傷つけるのはやめてほしい――そう何度も海に訴えた。けれど何を言っても、海はかぶりを振るばかりだった。
「もういいのよ、風。私、どんなに愛しても愛してくれない人を待つのは、もう疲れたの。待ち続けて傷つくくらいなら、私のことを愛してくれる人と一緒にいた方が、よほど楽だわ。あなたのように、相思相愛の相手がいる人にはわからないでしょうけど」
 海にそう言われたのは今朝のことだ。輝きを失った海の虚ろな瞳が、忘れられない。その言葉を聞いて、もうだめだと悟った。もう自分の手には負えない。海は完全にわれを忘れている。そんな状態の彼女を現実に引き戻すことができる人は、この世界にたったひとりしかいない。藁にも縋る思いでここへ来た。けれどそのたったひとりの人も、今目の前で煮え切らない態度を貫いている。
「クレフさん!」
 ほとんど叫ぶようにその名を呼んだ。

 クレフにできないことなどないと思っていた。この世界で最高位の魔導師と謳われ、その称号に違わぬ活躍をしてきた彼は、常に圧倒的な包容力と深い慈しみでもって皆を受け入れてきた。それほどおおらかな人なのに、どうして彼は、たったひとりの娘の気持ちを受け入れようとしないのだろう。そのことが、風にはどうしても理解できなかった。
 クレフが何かを恐れているのだとしても、その「恐れ」は、二人の気高い想いの前では何の障害にもならないはずだ。それなのに、クレフは海を受け入れようとはしない。周囲の人間の目にも明らかなほど、自らも海のことを想っているというのに。
 ほかの人では到底不可能と思われるようなことを、クレフは簡単にやってのける。それでも、「誰かを愛し、愛される」という、ほかの人なら簡単にできることをクレフができないのだとすれば、それはなんと哀しいことだろう。

 やがてクレフは、地面に視線を落としたまま、おもねるように笑った。そして言った。
「私にどうしろと言うのだ。イーグルとともにいることを選んだのは、ウミだろう」
 それがクレフの発した言葉だと気づくまでには、大層な時間が必要だった。――「イーグルとともにいることを選んだのは、ウミだろう」? 何を言っているの、このひとは。そんなのは、あんまりだ。海だって、好きでその道を選んだわけではない。その道を「選ぶしかなかった」のだ。あまつさえ、その道を選んだことによって彼女は無自覚ながら傷ついている。傷つき羽をもがれ、それでも飛び続けようとしなければならない海の心境はどうなるのか。そんな窮地に海を陥れたのは誰なのだ。もしもあなたが彼女の気持ちを受け入れていたら、こんなことにはならなかったのに。
「クレフさん、なんてことを――」
「私にウミを咎める資格などないのだ」
 クレフは風を鋭く遮った。
「私は、彼女の想いを受け止めることもできなければ、はっきりと拒絶することもできなかった。あいまいにさせ、結果、彼女を傷つけた。その傷を癒してくれる者を見つけたというのなら、私がそれを咎める理由はない」
 声色は落ち着いていたが、有無を言わせぬ響きを持っていた。風は絶句した。しばしの沈黙が、二人のあいだをとつとつと流れていく。やがてクレフは顔を上げ、優しい目で風を見た。そして今にも泣きそうな顔をして、笑った。
「私のことなど忘れ、ウミが幸せになってくれることが、私の『願い』だ」
 その言葉は、すべてを壊す言葉だった。

 どうして世界はうまく廻らないのだろう。歯車は、いったいどこで狂ってしまったのだろう。
 狂った歯車たちは、元に戻そうとすればするほど、こちらの意志に反して狂ったままの位置で留まろうとする。それぞれに強すぎる『意志』を持った歯車たちは、外部からどれほど促そうとも、元の位置に戻ることを「選ばない」。
 行き場のない憤りが、腹の底から湧き上がってきた。
「クレフさん」
 声の震えを隠すことができなかった。
「あなたは、ずるいですわ」
 どんな罵声を浴びせても、彼の心にこの気持ちは届かないのか。
 自分の無力さをこれほどまでに強く感じたことは、未だかつてなかった。クレフの視線が外れていく。風の中にいるもう一人の風が、高みの見物をしてこちらをあざ笑っていた。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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