蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

諱 10. 茨

海誕企画★2013

当然ランティスは今日の勝負の意味をわかっているのだろうと、海は直感的に思った。それを「わからない」と言ったのは、彼の優しさに違いなかった。

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 初めて訪れた、オートザムでは「スタジアム」と呼ばれているその競技場は、物々しいまでの重圧感と人々の興奮とが入り混じり、ぴりぴりとした空気に包まれていた。国立競技場みたいだと海は思った。たった一度だけ、数年前、当時付き合っていた彼のサッカーの試合を観戦しにいったことのある競技場に、そこはよく似ていた。
 中央に広いスペースがあり、そこから扇状に観客席が広がっている。観客席はほぼ満席だった。本当に、サッカーの試合開始前さながらだ。サッカー場と異なるのは、中央のスペースが芝生ではなくコンクリートであることと、ゴールポストの代わりに中央にこぢんまりとしたテーブルが備えられていることくらいだ。
「すごいね。オートザムって、こんなところもあったんだ」
 海の右隣に腰を下ろした光が、目をらんらんと輝かせながら興奮気味に言った。
「セフィーロにもこういうところを創ったら、魔獣たちを思う存分遊ばせられそうだなぁ」
 今度そう言ったのは、左隣のアスコットだ。その言葉に、海は目を細めた。アスコットの友達思いなところは、昔から変わらない。セフィーロの人々にももうかなり受け入れてもらえるようになったとはいえ、まだまだ「魔獣」と聞いただけで拒絶反応を示してしまう人は少なくない。そういう人々の誤解を解くためにアスコットが日々奮闘しているのを知っていたので、海は本当に、アスコットの言うとおりこういう場所がセフィーロにも出来ればいいと思った。

「ランティスがいたころも、オートザムにこういうところはあったのか?」
 光が、彼女の右隣に座ったランティスの方を向いて首を傾げた。普段セフィーロにいれば大男に見えるランティスも、オートザムに来ると普通の人間より少々がたいがいい程度にしか見えない。軍事国家だけに、オートザムには体格のいい男性が多いのだ。その分、逆に光の小柄さはセフィーロにいるときよりも一層際立った。
「形は異なるが、当時も『スタジアム』はあった」とランティスは答えた。「そこで、イーグルのFTOと一戦交えたこともある」
「へえ」と光は瞬いた。「そういう風にも使えるんだね」
「もともと、『スタジアム』は競技場だ。今日のような使い方をする方が珍しい」
 ランティスは懐かしそうに目を細めた。イーグルと一戦交えたときのことを思い出しているのかもしれなかった。

 海はランティスから視線を外し、広いスペースの中央にあるテーブルを見つめた。海たちの席は最前列なので、テーブルの様子がよく見えた。そうは言ってもテーブルからは10メートル近い距離があり、テーブルの上の細かい様子までは窺えない。スタジアムの両脇にある巨大スクリーンが、テーブルを上や斜めから捉えた映像を代わる代わる映し出していた。
 四人をこの場に招待した人物は、まもなくそのテーブルにつくことになっている。スクリーンに表示されているデジタル時計を見やると、ゲームスタートの12時まであと15分のところを指していた。もうすぐだ――そう思うと、海はだんだん鼓動が速くなってくるのを感じた。
「ところで、イーグルが今日対戦する人って、どんな人なんだ?」
 光の声に、海は思わず肩をぴくりと震わせた。幸いアスコットはちょうど海に背を向けており、今の不自然な動きを見られることはなかった。心の中でほっと安堵の息をつき、光から話を振られたランティスを横目に見た。
「オートザム一の富豪で、多くの報道機関や競技場を傘下に収める巨大企業グループの会長を務めている人だ。『メディア王』と呼ばれていて、大統領でさえ、彼の言葉には逆らえないと言われている」とランティスは言った。
「すごい人なんだね」と光は驚きを隠さずに言った。
 ああ、とランティスはうなずいた。
「俺も、顔を見たことがあるのは一度きりだが、たしかに並ならぬ風格を携えている人だった」
「でも、どうしてイーグル、そんな人と勝負することになったんだろう」
 ランティスは、その光の質問にはすぐには答えず、ちらりとこちらを窺うように見てきた。思いがけず視線がぶつかり、鼓動が一度大きく波打った。反射的に視線を逸らすと、海は自分自身を抱きしめるように腕をぎゅっと握った。
「わからん。ただ」
 やがてランティスは、競技場に目を向け、声のトーンを落とした。
「メディア王は、カードゲームでは一度も負けたことがない。賭け事には天才的で、『生ける伝説』の異名を持つほどだ」
 当然ランティスは今日の勝負の意味をわかっているのだろうと、海は直感的に思った。それを「わからない」と言ったのは、彼の優しさに違いなかった。


 海が今日のチケットをイーグルから手渡されたのは、三日前のことだった。あのときのイーグルは、会ったときからどことなく興奮していた。それは抱き方にも表れていて、海は立て続けに二度も抱かれた。そんなことはそれまでに一度もなかったので、驚いたものだった。その前二日間会えていなかったせいかとも思ったのだけれど、そうではないと知ったのは、二度目の交わりのあと、イーグルのベッドで彼に寄り添っていたときのことだった。
「これを、渡しておきます」
 腕枕をしていない方の手で、イーグルは海に向けて何かを差し出した。それは細長い封筒だった。
「なあに? これ」と海は小首を傾げた。
「三日後に行われる試合のチケットですよ」
「試合? イーグルが出るの?」
 ええ、とイーグルはほほ笑んだ。
「きっと楽しんでいただけると思います。なにせ、対戦相手は無敗記録を更新中の人ですから」
 その場で、海はすべてを聞いた。「すべて」というのは、そんな勝てる見込みのない勝負を挑むことになったいきさつのことだ。そのときまで海は、イーグルに婚約者がいたことを知らなかった。
「ランティスにしか話していないことですから」
 涼しい口調でイーグルがそう言った瞬間に感じた罪悪感は、たとえようがないほど大きかった。
「そんな勝負なんかして、だいじょうぶなの?」
 海はイーグルの腕枕から顔を起こし、彼を覗き込んだ。
「もしも仮に、大統領の息子が一企業の会長に賭け事で負けたなんてことになったら……」
 けれどイーグルは穏やかな笑みを崩すことなく、海の髪を静かに梳いた。
「だいじょうぶですよ。僕は絶対に負けませんから」
 はっきりと言い切ったイーグルに、海は返すべき言葉を持たなかった。


 突如として割れんばかりの歓声がスタジアムを包み、海ははっと我に返った。高まった熱気がその場を支配する。人々の視線の先を追いかけると、スタジアムの両側から一人ずつ男が入ってくるのが見えた。右側から姿を現したのは、明らかに上物の燕尾服を身にまとったスキンヘッドの男だった。腹部がはち切れんばかりに膨らんでいる。一目でそれが「メディア王」であるとわかった。なるほどたしかに、滲み出る風格は、イーグルの父であるこの国の大統領に勝るとも劣らぬものがあるかもしれない。
 続けて左側からやってきた人物を見て、海の心拍数はこれでもかというほど速くなった。オートザムの礼服に身を包んだイーグルが、いつになく引き締まった表情で真っすぐに歩いてくる。その動作の一つひとつを、海は穴が開くほど見つめた。
「イーグル、なんだかすごくかっこよく見える」
 恍惚としてアスコットが言った。光がうなずいたのが横目に見えた。

 両側から入ってきた二人の男が、やがて横に長い楕円形のテーブルを挟んで向かい合う。二人の表情は対照的だった。メディア王が余裕たっぷりの笑みを崩さないのに対し、イーグルは引き締まった表情をまったく変えない。二人が無言のまま見つめ合うと、会場の盛り上がりも最高潮に達した。そこかしこからヤジが飛ぶ。メディア王を応援するものもあれば、イーグルを応援するものもあった。どちらを応援する声の方が強いのか、俄かには判断がつかない。五分五分といったところだろうか。
 不意に、海たちがいるところの真下から一人の女性が姿を現した。突然のことにぎょっとしたが、わずかに身を乗り出して下を覗くと、海たちの席の真下が通路になっていた。女性はそこから出てきたようだった。彼女は両手で盆を抱えていた。その盆の上には小さな箱が乗っている。それが、今日これから行われる試合で使用されるものなのだろうか。
 今日の試合内容がどういうものなのか、詳しいことは聞かされていなかった。けれど見たところ、盆の上に乗っているのは東京で言うところのトランプに似ていた。

 女性はテーブルにたどり着くと歩みを止めた。それを合図に、メディア王とイーグルがそれぞれに椅子を引き、腰掛ける。途端、スタジアム内はしんと静まり返った。直前までの喧騒が嘘のような静寂が広がる。それはほとんど不気味でさえあった。
 テーブルの上に置かれているのはスタンドマイクだけだった。着席すると、メディア王がそのスタンドマイクを自身の方へ引き、真っすぐにイーグルを見た。その視線は、まるでイーグルしかこの場に存在していないかのように、彼から一時たりとも離れなかった。
「よいかな、ご子息殿。勝負は一度きり、二度目はありませんぞ」
 イーグルは間髪を容れず無言のままうなずいた。その反応に満足そうに目を細めると、メディア王は一度大きく息を吸い込んだ。
「では、始めよう」
 メディア王はスタンドマイクを自らから遠ざけ、そばに立った女性が差し出した盆からあの小さな箱を取った。ナイフで封が切られると、中から出てきたのはやはりトランプによく似たカードだった。
 慣れた手つきで、メディア王がカードを切る。そして念入りに切ったカードを二枚ずつ、自身とイーグルに裏返しで配り、テーブルの中央に別の三枚のカードを表にして並べた。残りのカードを脇に除けると、メディア王はイーグルを見据えた。
「わしからで、よろしいかな」
 イーグルが一度瞬きをする。肯定の意を含んだようだった。それを確かめ、メディア王は何の迷いもなく自身の目の前にある二枚の手札を表に返した。その瞬間、スタジアムは喚声に包まれた。それは感動、驚き、落胆といったあらゆる感情の込められた喚声だった。

 二人が行っているのがポーカーに似たゲームだということは、海にもわかる。けれど映し出された映像を見ても、メディア王の手札がいいのか悪いのかまではわからなかった。ただ、周囲の反応からして相当いい手札なのだろうということは、想像に難くなかった。
「まずいな」
 ぽそりと呟いたのはランティスだった。光と海、そしてアスコットの三人は、反射的に彼を見た。腕を組んだランティスは、眉間に皺を寄せ、厳しい表情で巨大スクリーンを睨んでいた。
「まずいって、何がだ?」
 光の問いに、ランティスはちらりとも彼女を見ないまま、
「あの手札では、イーグルが勝てる可能性は5パーセント未満だ」
 と言った。
「えっ?」と三人の声がそろった。
 最初に思ったのは、手札を見ただけで勝てる確率を当てられるランティスはすごいということだった。海にはゲームのルールさえ、ポーカーに似ているということくらいしかわからない。それに、仮にこれがポーカーと同じルールに基づいているゲームだとしても、相手の出した手札を見て瞬時に勝てる確率を割り出すというのは、海には到底出来ない芸当だった。

 イーグルには、負けてほしくない。海は強くそう思った。当然ランティスや光、アスコットも同じ気持ちでいるだろうが、この賭けの裏にある真実を知っている海にとっては、その思いはひとしおだった。こんなことで――自分ごときのためにイーグルの「次期大統領」というキャリアに傷がつくようなことは、あってほしくないし、あってはならない。
 海は堪らずテーブルへと視線を戻した。祈るような気持ちだった。ゆっくりと、イーグルが自身の手札に手を伸ばす。彼の表情はこれっぽっちも変わらない。きっとイーグルだって、自分が勝てる確率が5パーセントに満たないことを知っているのだろう。それでもあれだけ冷静でいられるということは、真に「強い人」の証だと思った。
 イーグルが、ほんのわずかに自身の手札を持ち上げ、内側を見やる。そして再び元に戻すと、一度視線を下に落とした。誰もがイーグルの一挙手一投足を見守っていたが、イーグルがそうして視線を落とした瞬間、ほとんどの人は「だめだ」と思ったに違いなかった。けれど海だけは何も考えられず、瞬きも忘れてただ無心にイーグルを見つめていた。

 それからどれくらいの時間が流れただろう。イーグルはやおら顔を上げ、文字どおりのポーカーフェイスでテーブルの中央に並んだ三枚の絵札を見た。そして手にしていた自身の手札を静かに表に返し、よく見えるよう、右手の指先だけで器用に広げて見せた。
 その広げられたカードが時間の流れを変えたかのように、スタジアムは一瞬にして、風の音が聞こえるほどの静寂に包まれた。海のところからイーグルの手札は見えない。それを見るためには巨大スクリーンに目を向ける必要があったのだけれど、海はイーグルの横顔から目を逸らすことができなかった。
 それまでまったく動かなかったイーグルの瞳が、ふっと揺らぐ。そして次の瞬間、イーグルは口元を緩め――たしかに、笑った。







「僕は絶対に負けませんから」。これがどうしても「私、失敗しないので」と重なってしまう……!
ちなみにこれは書き直す前からあった台詞です。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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