蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

諱 11. 詞(ことば)

海誕企画★2013

このひとは「導師クレフ」だった。いまさらのようにプレセアは思った。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 たった四人ばかりいないだけで、城の雰囲気というのはこれほどまでに変わるものなか。回廊を歩きながら、プレセアはしみじみと感じ入っていた。何がどう変わった、とはっきり言葉にして言い表すことができるわけではない。ただ――もっともふさわしい言葉があるとしたら、”淋しい”、それかもしれなかった。
 回廊を歩くプレセアの手には、二人分のティーセットがそろった盆がある。久しぶりに時間が空いたであろう、普段はこの世界でもっとも忙しいひとと、ゆっくりお茶会でもしようと思っていた。

 この国で最高位の魔導師である彼の元には、暇を見つけては魔法の教えを乞う者が次から次へとやってくる。中でもランティスとアスコットはその常連だった。二人はもう、それぞれに魔法剣士、招喚士として立派に独り立ちしているというのに、よく言えば向上心あく足らず、未だ師にほぼ毎日指導を仰ぐ。けれどそんな二人も今日はセフィーロを離れている。今日に限っては、彼らが魔法の教えを乞うてくることはない。
 予定されていたチゼータからの大使への応対は、王と王妃が引き受けてくれた。「これからは少しずつでも、二人で力を合わせ、先頭に立って物事を進めていこうと思うんです。セフィーロは『王国』になったのですから」。力強くそう言った新しい国の先導者が大広間へと向かっていくところを、クレフは穏やかな笑顔で見送っていた。彼にとっては、生まれたときから見守っていた王子がやがて王となり、そして自ら人々を率いたいと口にするほどまでに成長したことは、喜ばしいことこの上ないことだろう。

 そいういうわけで、予定が変わったクレフはぽっかりと時間が空いたことになる。けれど彼が「ぼーっとしている」ということは考えられなかった。普段から、無益に時間を過ごすということをまったくしない人だった。
 少しは休めばいいのにとどれほど言っても、返ってくる言葉は「私はじゅうぶん休んでいる」とそればかりだった。クレフは元来、何かしていないと落ち着かない性分のようだった。きっと今も、これからやるべきことを頭の中でリストアップしているだろう。けれどこの時間は、クレフにとっては予定外の貴重な空き時間だ。それならば、最近はすっかりご無沙汰になってしまっていたけれど、久しぶりに彼とゆっくり他愛ない話がしたい。そう思い立って、今、ティーセットを手に彼の部屋へ向かっている。
 もっとも、ただお茶を酌み交わすという目的のためだけにクレフのところへ行こうとしているわけではない。ここのところ、なんとなくもやもやしたものを抱えていて、できることならそれを彼と共有したいと考えていた。

 先に述べたクレフの二人の教え子は、光、海とともにオートザムを訪れている。その目的は「イーグルの試合を観戦する」ことだという。対戦相手はかなり腕の立つ人間で、あのオートザム国大統領でさえ容易には逆らえないほどの権力の持ち主でもあるそうだ。腑に落ちないのは、なぜイーグルがそんな人物と突然一戦交えることになったかということだった。その疑問をついぽろっと口にしたら、光が「本当に自分が大統領にふさわしいかどうかの腕試しらしいよ」とまことしやかに説明してくれたが、およそ真実ではないだろうと思った。
 オートザムは軍事国家だ。その国家を、いずれ父親の後を継いで率いることになるはずのイーグルが、たとえ実力者といえども一介の民に勝負を挑み、万が一負けたなどということになれば、大統領の求心力の低下につながりかねない。そんな危険な勝負にあえて挑むほどの理由としては、「腕試し」というのはあまりにも不十分かつ軽薄だ。それに――今回の勝負とは関係のないことかもしれないが、イーグルと海がこのところ急に親密度を増しているように見えることが、プレセアはどうも気になって仕方がなかった。
 女の勘とも言うべきか、こと「厭な予感」に限って、プレセアの直感は当たることが多い。口にするのも憚られるような恐ろしい可能性が今、プレセアの中には存在している。そのことに、けれどこれまでは見て見ぬふりをしてきた。そんなことはあり得ない、あってはならないと、自分自身の『心』に蓋をしている。その蓋には何の意味もないと心のどこかではわかっていながら、けれどもう少しだけ、その蓋に縋っていたいと思っている。

 考え込んでいるうちに、目的の部屋の扉が近づいてきた。一旦歩みを止め、プレセアは思わず苦笑した。「見て見ぬふりをしている」と言いながら、それならばどうして今日、この部屋へ来ようと思ったのか。無意識のうちながらも、部屋の中にいる人にその「恐ろしい可能性」に気づいてほしいと思っているのだ。気づき、そしてそれが間違っていると当人たちに指摘してくれることを期待しているのだ。
 ゆっくりと歩き出し、一際荘厳な装飾が施された扉の前で立ち止まる。明るい日差しを受け、扉を彩る宝玉がきらきらと輝いている。その輝きに見惚れていると、いつものように、プレセアのノックを待たずに扉がひとりでに開き出した。もっとも、両手で盆を支えた状態ではノックをしようにもできなかったのだけれど。
「導師クレフ、お茶を――」
 開かれた扉から一歩部屋の中へ入ったプレセアは、けれど途中で思わず言葉を止めてしまった。中で繰り広げられている光景に、あんぐりと口を開けた。

 すぐには何が起きているのかわからなかった。まるでその部屋の中でだけ竜巻が発生しているかのように、ありとあらゆるものが部屋中を飛び交っているのだった。無造作に飛び交っているようだったが、よく見ると、それらは一直線にあるところを目指していた。その向かう先を目で追いかけて、プレセアは思わず「まあ」と声を上げた。バルコニーへと繋がる窓枠が、プレセアが知ったそれよりも三倍ほどの広さにぐんと広がり、そしてその外にある、やはり三倍ほど広くなったバルコニーに、グリフォンが佇んでいたのだった。その背中に次々と物が運ばれてくるのを、グリフォンは恍惚とした表情のまま、大人しく待ち構えていた。

「プレセア」
 部屋の中央に佇んでいたクレフが、半身をこちらに向けてほほ笑んだ。彼の手にした杖が淡い光芒を保っている。それを見て、今部屋の中で起きていることが彼の魔法によって引き起こされているのだということに、ようやく気づいた。
「ちょうど休憩にしようと思っていたところだったのだ」とクレフは言った。「そこに座っていてくれ、すぐに終わる」
 クレフはプレセアの斜め奥の方を杖で指した。振り返ると、プレセアが立ち竦んでいたところのすぐ後ろに、小さな丸テーブルとそれに合わせた椅子が二脚置かれていた。

 プレセアはきょとんと首を傾げた。まるでそこだけが切り取られた空間であるかのような違和感があった。その違和感の正体にはすぐに気づいた。どんどん物がなくなっていく中にあって、そのテーブルと椅子だけは、動く気配がまったくないのだ。まるで、誰かが自分たちを必要とすることを予測していたかのように。
 そこまで考えて、プレセアは微かにかぶりを振った。そうではない。予測していたのはテーブルたちではなく、そのテーブルをそこに置くことを選んだクレフだ。プレセアがこうしてやってくることを、クレフはわかっていたのだ。
 そんなことを考えつつもやはり困惑は拭えず、プレセアは一旦ティーセットをテーブルに置くと、再びクレフのもとへ歩み寄った。
「導師クレフ」とその背中に声を掛ける。「いったい何をなさっているのです?」
 ん、とクレフはプレセアを一瞥した。一瞬空いた間が何を指し示すのか、このときのプレセアにはわからなかった。

 やがてプレセアから視線を外したクレフは、どんどん物がなくなっていく部屋を感慨深げに見回し、言った。
「城を、去ろうと思ってな」
 その瞬間、部屋の温度が一気に下がったような錯覚を覚えた。それが自分自身の体に走った寒気のせいだということに気づくまでには、長い時間が必要だった。
「……え?」
 さんざん時間が経過してから絞り出した言葉が結局それか、と、プレセアは自分自身を叱咤したくなった。そもそも「言葉」にさえなっていない。一方クレフはと言えば、穏やかな笑みを携えたまま、部屋の中の物がグリフォンの背へと運ばれていくのをただ見守り続けている。
「フェリオは本当に、強くなった」
 問わず語りに、クレフは言った。
「この国はすでに次代への礎を築き、あとは人々が日々を紡いでいくばかりだ。今日のフェリオとフウの――いや、王と王妃の姿を見て、強く確信することができた。もう、私の役割は終わったのだ。この国に『導師』は必要ない」
「そんな……!」
 プレセアは思わず一歩踏み出し、激しくかぶりを振った。けれど「そんな」より先へは言葉が続かなかった。ただかぶりを振り続けることしかできない自分自身が、とんでもなく子どもに思えた。目の奥が熱くなるのを感じた。無力さが、たまらなく悔しかった。
 クレフが静かにこちらを見上げる。細められた目は、少年のようなあどけなさをたたえていた。初めて見る表情だった。このひとはこんな表情(かお)をして笑うこともできるのだと、こんなときなのに感動した。
「余生は、『精霊の森』の外れあたりでのんびり過ごそうと思っている」

 このひとは「導師クレフ」だった。いまさらのようにプレセアは思った。クレフはいつも、ほかの人ならば考えもつかないような深部まで物事を熟慮した上で行動する。その結果として導き出した結論を彼が覆すのを見たことは、少なくともプレセアは一度もなかった。そして、誰よりも長くクレフを見守ってきたプレセアが見たことがないとなれば、きっと誰も、そんなクレフを知るはずはなかった。
 もう、何を言っても徒(むだ)なのか。心が空っぽになったような気がして、ただクレフを見つめるしかなかった。このひとは決断を下した。この城を去るべきか否か、迷う時期はとうの昔に過ぎたのだ。迷っていることにさえ、プレセアは気づくことができなかったが、クレフはこれまでもいつもそうだった。自分自身の中で結論が出てから、あらゆることを表に出す。結論が出ていない段階では、迷いを仄めかすことさえしない。

「……では」とプレセアは言った。握った拳が、小刻みに震えた。「では、私もお供させてください」
 クレフは瞠目した。そんなことを言われるとは思ってもいなかったと、その表情が伝えてくる。けれどそうして驚いたのは一瞬のことで、彼はすぐに目を細め、静かにかぶりを振った。
「いや、私ひとりでいい」
「ですが」
「いいんだ、プレセア」とクレフはプレセアをやや強く遮った。「もう、この城のことをあまり思い出したくないのだ」
 プレセアははっと息を呑んだ。そんなプレセアに向かって、クレフは泣き笑いのような顔になった。やがてゆっくりとプレセアから視線を外すと、クレフは感慨深げに部屋を見回し、ひとつ息をついた。
「この城には、思い出が多すぎる」
 プレセアははっとした。その言葉は、プレセアに自身の浅はかさを思い知らせるものだった。
 プレセアがこの部屋へやってきたのは、クレフに「恐ろしい可能性」に気づいてほしいと思ったからだ。彼に何らかの行動を起こしてくれることを期待してこの部屋へやってきた。けれどそもそも、プレセアでも気づけるようなことをクレフほどの人が気づかないわけがない。彼はとっくに気づいていた。気づかない「ふり」をしていただけだった。そしてその「可能性」を踏まえて、クレフは今回、城を去るという決断を下した。
「思い出が多すぎる」――その言葉がすべてだった。この城が築かれてから六年の歳月が流れたが、この間の彼の「思い出」は、どの場面も必ずひとりの少女とともにある。その少女の身に今起きていることを、彼は知っている。知っているから、その思い出ごと、クレフは城に背を向けようとしているのだ。

 『精霊の森』はほど近い。けれどどんなに近いといっても、城内とはやはり勝手が違う。クレフがひとたびこの城を離れてしまえば、これまでのように朝食をともにしたり、ちょっとした時間に語り合ったりすることはできなくなるだろう。これまでは当たり前だったあらゆることが、当たり前ではなくなろうとしている。それが厭だとはっきり感じている自分がいるのに、どうすることもできなかった。クレフを引き留められるだけの「力ある言葉」を、プレセアは持ち合わせていなかった。その事実はプレセアを確かに打ちのめした。現実とは、これほどまでに脆いものだったのか。
 会話が途切れたのを見計らったかのように、グリフォンがグルッと喉を鳴らした。ほほ笑んでそちらへ向かっていくクレフの後姿を、ただ黙って見ていることしかできなかった。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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