蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

諱 12. 瞳

海誕企画★2013

刹那、後頭部を強く殴られたような衝撃があった。その衝撃によって、長い長い夢から強制的に起こされたような気がした。

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 勝負が決するまで、二人のことは内密にしたい。そう言ったのはイーグルの方だった。そのとき彼の腕枕の中にいた海は、戸惑いながらもうなずいた。そもそも、唐突に聞かされたばかりの「勝負に挑む理由」があまりにも衝撃的で、ほかのことを考えているような余裕はなかった。さらには「絶対に負けませんから」と言ったイーグルの表情が、海に反論することを赦さなかった。
 そしてイーグルは、宣言どおりメディア王との勝負に勝った。もう、誰にも二人の関係を隠す必要などない。それなのに、あの勝負の日から三日が過ぎた今となっても、海はまだ、イーグルとの関係を公にすることができずにいる。

 感づかれてしまった風だけは別だった。風には隠し事はできないとわかっていたから、初めてイーグルと関係を持ったときから、いつか彼女にだけは本当のことを言わなければならないと覚悟していた。もっとも、こちらから打ち明ける前に風の方から問い詰められてしまったので、結果的には、強制的に白状させられる形になってしまったのだけれど。
 とにかく、少なくとも海は、風以外の人にはイーグルとのことを明らかにしていなかった。イーグルがもう皆に告げているということは、可能性としてはあるが、おそらくないだろうと思う。つまるところ、海とイーグルの関係はまだほとんど誰も知らないということだ。仮に風が吹聴して歩いているのならば話は別だが、彼女はそんなことをするような人間ではない。案の定、今朝方皆で囲んだ朝食の席でも、海にイーグルの話題を振ってくる者は皆無だった。イーグルはゆうべからオートザムにいたままで、今はセフィーロにいない。二人の関係を知っているなら、誰かが海にイーグルの様子を訊ねてもおかしくない。けれど誰一人として、イーグルのイの字も口にしなかった。海の前だからと気遣っているようなそぶりも、風を除けば特に見当たらなかった。表情に出さないだけのランティスを除けば皆、本当に二人の関係を知らないのだろう。
 もうひとり、海とイーグルの関係に十中八九気づいているに違いない人がいたが、彼は朝食の席には姿を見せなかった。

 これでいいんだと、海は朝から晩まで自分自身に言い聞かせていた。今度こそ、かなわぬ恋のことなど忘れ、幸せになる。イーグルとなら、きっとそれを遂げることができる。まるで呪文のように、何度も何度もそう唱え続けた。今回は、過去に多くあったかりそめの恋愛とは決定的に何かが違う。そのことがはっきりと、手に取るようにわかっていた。
 これまでは、誰といても本気になどならなかった。それはきっと相手も同様で、海のことを本当に好きだと思って交際を申し込んでくれた人なんて、おそらく一人もいなかっただろう。男受けしやすい海の出で立ちは、彼らの「一度付き合ってみたい」という好奇心を駆り立てやすかったのだ。興味本位での交際が長続きしないのは、当たり前のことだ。けれどだからと言って、これまでの交際相手を責めるつもりなどまったくない。そもそも、自分が本気でないのに相手には本気になることを求めるなどというのは筋違いだ。

 振られた直後で縋るものが欲しかった、それはそうかもしれない。風に「海さんは淋しさをごまかそうとしているだけですわ」と言われたときは、言い得て妙だと思った。けれどイーグルとの関係は、それだけに留まらなかった。イーグルは、きっと本気で私のことを思ってくれている。それは、彼と過ごす時間が増えれば増えるほど強く感じられることだった。そして、先の勝負の日、それは大きなうねりとなって海の心を圧倒した。イーグルは本気なのだ。メディア王に向ける視線からも、それは如実に伝わってきた。もう、引き返せない。握った拳には、自然と力がこもった。
 イーグルとなら、きっと幸せになれる。彼となら、きっと穏やかな未来を築いていくことができる。頭の中ではそんな声がひっきりなしに響いている。そのとおりだと自分でも思う。それなのに、誰にも二人の関係を打ち明けたくならないのはなぜだろう。


 不意に鳥の囀りが耳を掠めて、俯かせていた顔を上げた。目的もなくただぼんやりと歩いていた回廊の途中で立ち止まる。規則正しく並んだ柱の一本にそっと手を添え、やおら天を仰ぎ見た。今日のセフィーロの空は、珍しく雲に覆われている。ゆうべ雨が降っていたことは、海も知っている。普段とは少し様子の違う雨だった。いつもなら、たとえ夜に雨が降っても朝になればすっかり上がっているのに、今日は朝食を終える時間になっても、雨粒こそ落ちてこなかったものの、空気はしっとりとしたままだった。ようやく蒼穹がその片鱗を覗かせ始めている今は、もう太陽が空の真上に差し掛かろうかというころだ。
 再び鳥の声がした。雨上がりの潤った中庭で、二羽のセキレイが戯れていた。鳥の囀りは雨が上がるサインというのは、世界が異なっても共通の理らしい。もうまもなく、空は見事なまでのスカイブルーで覆われるだろう。あどけない鳥の姿を見ながら、海はどこかほろ苦くほほ笑んだ。

「――かしらね、あのお話」
 静寂に包まれていた回廊に、ふと遠くから話し声が響いてきた。
「私も、びっくりしたわ。信じられないけれど、たしかに部屋をきれいにしていらっしゃるのを見たという人もいるようだし、本当なんじゃないかしら」
 海は一旦庭から視線を外し、声がした方を振り向いた。二人の女性がこちらへ向かって歩いてくるのが見える。二人が着ている服から、彼女たちが風に仕える侍女であるとわかった。最初、風は侍女などいらないと言ったのだけれど、一国の王女たるもの侍女を持たないのはおかしいという周囲の人間の意見を聞き入れ、三人だけ侍女をつけることを、ほとんどしぶしぶながら承諾したのだった。今こちらへ向かってきているのは、明らかにそのうちの二人だった。
「だいじょうぶなのかしら、そんなことになったりして」
「急にお決めになったそうよ。残念よね。ご高齢といっても、お力はまったく衰えていらっしゃらないのに」
 洗濯物が詰まった大きな籠を手にした二人は、おしゃべりに夢中なようで、海の存在には気づいていない。今は他人のゴシップどころではない海もまた、最初は二人の話を聞き流そうとした。
「導師クレフがおいでにならなくなれば、王と王女のご負担が増えるでしょうね」
 けれど侍女のうちのどちらかが何気なく放った言葉が、聞き流すことを赦さなかった。

 彼女たちから逸らしかけた視線が、ちょうど地面へ向けられたところで硬直する。その目にはもう何も映らなかった。今、彼女たちは何と言ったの?
 二人の会話を最初から思い返そうと努めた。「信じられないけれど、部屋をきれいにしているのを見たという人もいる」と、まずは言った。それを「本当にだいじょうぶなのかしら」とも。部屋をきれいにしているその人については、「高齢でも力はまったく衰えていない」のだと指摘した。そして――そして、「クレフがいなくなれば」と――
 はっと顔を上げ、侍女たちの方を見る。二人はいつの間にか海がいるところを通り過ぎていて、回廊を奥の方へと進んでいくところだった。海は無我夢中で駆け出した。動悸がして足がもつれる。二人に追いつくと、「ねえ」と叫んで一人の肩をぐいとつかんだ。突然のことに驚いた侍女たちが、そろって小さな悲鳴を上げて振り返る。海は二人を交互に見やり、乱れる呼吸を整えることもせず、震えた唇を開いた。
「今……今、なんと言ったの?」
 困惑した表情で、侍女たちがお互いの顔を見合わせる。海は空いた方の手でもう一人の肩もつかみ、これでもかと二人に迫った。
「誰がいなくなると言ったの?!」
「あ、あの」
 海に最初に肩をつかまれた侍女が、声を裏返らせた。
「グ、導師クレフがご隠退なさってお城を離れられる、というお話があって……」
 刹那、後頭部を強く殴られたような衝撃があった。その衝撃によって、長い長い夢から強制的に起こされたような気がした。

***

 セフィーロは本当に不思議な国だ。気候は常春で、草花は常に新緑の色を保っているというのに、咲き乱れる花々や生き物たちの中には四季が混在している。今、とっぷりと日が暮れた中庭にある小さな東屋の周囲には牡丹の花が咲き乱れているが、その花弁は蛍の光でほんのりと照らされている。文字どおり夏と冬が同居している。まさに奇跡の国だと、海は思う。

「――そうですか」
 淡々とした口調でイーグルが言う。隣り合って座っているため、顔は見えない。だからこそ、イーグルの声は海の心を強く揺さぶった。両手をぎゅっと強く握る。触れ合いそうで触れ合わない、二人のあいだにある微妙な距離が、イーグルが隣にいることをますます意識させる。彼に近い左肩に、血液がどんどん集中していくのがわかる。
「ごめんなさい、イーグル」と海は俯いて言った。「私、あなたの優しさに甘えていただけだったわ」
 本当に、呆れるほど最低だ。こんなことにならなければ自分が本当に望んでいることに気づけないなんて、とんでもないばかだと思う。たくさんの人を巻き込み、風をはじめ、多くの人に心配をかけた。そして何より、こんな最低な私を殴りもせずただ話を聞いてくれる、やさしさの塊でできているようなイーグルのことを、計り知れないほど傷つけた。

 自分自身の望みに気づくための代償としては、払ったものはいくらなんでも大きすぎる。あるいはその望みには永遠に目を背けたまま、イーグルとともに歩む道を選んだ方が、これ以上誰のことも傷つけずに済むのではないかとも考えた。それでも――どんな代償を払わなければならないとしても、自分の心にこれ以上嘘をつくことはできないと悟った。
「どんなに謝っても足りないことはわかってる。たとえ時間がかかっても、あなたの気が済むまで、あなたが私に望むことを、何でもするわ。でも……でもやっぱり、私はクレフのことが好きなの。やっとわかったのよ。私は、クレフが私の気持ちに応えてくれることを望んでいるわけじゃないの。私はただ……ただ、クレフのそばにいたい。クレフのそばにいて、クレフのことを見ていたい。それだけなの」

 ずっと夢を見ていたのかもしれない。「クレフがいなくなる」という侍女たちの話を聞いて、突如目の前に出現したものが、海を夢から醒めさせた。単純に「そんなことはいやだ」と思う自分がいた。気持ちが届く、届かないにかかわらず、ただ「クレフに会えなくなる」ということがいやだと思った。そしてそう思う自分自身の心をはっきりと自覚したことで、ようやく気づくことができた。たとえクレフがこの想いに応えてくれることはないとしても、私はクレフのことが好きで、その気持ちは決して変わらない。今まではそこにいることが当たり前すぎて気づくことができなかったけれど、私はただ、ずっとクレフのそばにいて、いつまでも彼の笑顔を見ていたいだけなのだと。
 本当に、ずいぶんと長い夢だった。海は自嘲気味に、思わずふっと口元を緩めた。

「ウミの気持ちは、よくわかりました」
 相変わらず落ち着いた声で、イーグルは言った。
「ただ、僕もこのまま引き下がるわけにはいきません」
 海は顔を上げ、イーグルの方を向いた。同時にイーグルもこちらを見る。かち合った視線は揺るぎなく、真に「強い者」の輝きを宿していた。
「ウミ」
 その強い瞳を逸らさぬまま、イーグルは口を開いた。
「僕と、勝負しませんか」
「勝負?」
 思いがけないイーグルの言葉に、海は瞠目した。ええ、とイーグルはうなずいた。
「僕がメディア王と対戦したものと同じゲームで、一番だけ、僕と勝負をしてほしいんです。もしもあなたが勝ったら、僕は大人しくあなたを諦めます。ただし、僕が勝ったら、あなたには次期大統領夫人になってもらいます」
 海はイーグルを正面から見据えた。怒りを携えているわけでも憤りに満ちているわけでもない、このセフィーロを吹き抜ける風そのもののようにすがすがしい瞳が、海のことだけを捉えている。
 イーグルはいつだって誠実だった。海がクレフのことを忘れられないのを知っていて、それでも海のことが好きだと、絶対に泣かせたりはしないと言ってくれた。そして今も、海をなじるでも罵倒するでもなく、ただ「勝負をしたい」とだけ訴える。
 この人の誠実さに、誠心誠意報いたい。そう思うと、答えはひとつしかなかった。
「わかったわ」と海はうなずいた。「その勝負、受けて立ちましょう」




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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