蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

諱 13. 波

海誕企画★2013

強い『心』を持つ者なのだ。ランティスは改めて、海がかつて光、風とともに『魔法騎士』に選ばれた少女であったことを思った。

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 勝負の立会人になってほしい。突然二人そろってやってきたイーグルと海からそう頼まれたのは、オートザムで行われたあの「試合」から四日後の、昼日中のことだった。
 頼まれたとき、いくつもの感情が複雑に混じり合い、ランティスは思わず不可思議な声を発してしまった。一番強かった感情は「驚き」かもしれない。だが同時に困惑もあり、そして哀愁もあった。そんな状態だったから、すぐには了承したとも断るとも答えられず、黙ってイーグルと海とを交互に見やった。
「真剣勝負なんです。あなた以外に立会人を頼める人はいないと、僕もウミも思っています」
 表情を緩めてイーグルがそう言ったとき、ランティスは知った。二人の勝負が、何を巡るものなのか。当初はおぼろげな「予感」でしかなかったそれは、イーグルの一言で揺るぎない「確信」へと変わった。気づいたときにはこくりと首を縦に振り、
「わかった」
 と言っていた。

 そんなやり取りをしたのはかれこれ小一時間ほど前のことだが、それからのイーグルと海の行動は早かった。そうと決まれば早速と、イーグルはそばで仕えていた者の耳元に何かを囁いた。するとその従者は「畏まりました」と言ってどこかへ去っていき、それを見届けたイーグルは、「では、準備をしましょう」と言って先だって歩き出した。そのイーグルに、海は黙ってついていく。そのさらに後ろを歩きながら、ランティスは時折海の横顔を見つめ、そして感慨にも似た気持ちに浸った。
 海は元来整った顔立ちをしているが、いつもその横顔には憂いが差していて、「美しさ」よりも「淋しさ」を先に感じさせるような娘だった。そのことが、彼女が長い間抱き続けているかなわぬ恋心に起因していることに、とうの昔から気づいていた。だがそれを口にしたことは一度もない。人の恋路に口を挟むような趣味はないし、それに海の場合は相手が相手だけに、飛んで火にいる夏の虫にはなりたくなかった。

 海はいつも何かに迷っているような瞳をしていて、焦点が合っていないような印象が強かった。ところがその海から、今はそれらの憂いがまったく感じられない。ふっきれた、という言葉が最もふさわしいかもしれない。ようやく長い眠りから醒めたかのように、今、海の横顔は揺るぎなかった。
 それは喜ばしいことのはずだった。だが、海の前を歩く無二の親友の後姿を見ると、海の変化をもろ手を挙げて喜べるわけではない自分自身を、ランティスは認めざるを得なかった。
 イーグルと海が関係を持ったことを、ランティスは咎められなかった。海が己の淋しさを紛らわせるためにイーグルの優しさに縋っているのだということがわかっていても、だ。イーグルもそのことには気づいていただろう。それでもイーグルは、海と互いの淋しさを埋め合わせるような関係を続けることを選んだ。それはひとえに、イーグルの海に対する想いが、海のクレフに対するそれと同じくらい本気だったからだ。イーグルは本気で海の心に寄り添おうとしていた。そのことが手に取るようにわかっていたからこそ、ランティスはイーグルの行動を咎めることができなかった。そもそも、二人の選んだ道が間違っていたのかどうかさえ、自分には批評できるような資格はないと思った。


 イーグルに率いられてたどり着いたのは、セフィーロ城の中庭だった。昼下がりの庭に人の姿はなく、精霊と精獣たちが憩っているだけである。点在している丸テーブルのうちの一つへ歩み寄ると、イーグルは向かい合って置かれた椅子の片方を引いた。
「どうぞ」
 それは海に向けられた「座れ」という合図だった。海は一瞬のためらいも見せず、「ありがとう」とやや強張った声で言うと、エスコートされるまま席に着いた。向かいの席にイーグルが腰を下ろす。二人のちょうど中間地点で、テーブルから一歩離れたところにランティスが立ったとき、先ほどイーグルから何かしらの命を受けて離れていた従者が遠くから駆け寄ってくるのが見えた。
「お待たせいたしました」
 男はイーグルの斜め後ろで跪くと、手にしていた盆をイーグルに向かって差し出した。そこには絵札の入った箱が乗っていた。その箱と、箱の隣に置かれていたペンナイフを受け取ると、イーグルは慣れた手つきで封を切り、ナイフと空箱だけを従者に戻して札を切り始めた。

 念入りに札を切る手つきに、迷いはない。ランティスは、四日前にメディア王と対戦しているイーグルを見るまで、彼が賭け事にも精通しているということを知らなかった。ランティス自身が賭け事には興味がなく、イーグルと一戦も交えたことがなかったし、何より、イーグルの口から賭け事の話を聞いたことなど一度もなかったのだ。あの奇跡のような勝負を見た後でも、イーグルと賭け事というのは、ランティスの中では今でもうまく結びつかない。
 よく切った札を、イーグルは二枚ずつ、海と自分自身に裏返しのまま配り、そして二人の真ん中に三枚の札を表にして並べた。それを見て、イーグルは彼自身がメディア王と対戦した勝負と同じ勝負をしようとしているのだと気づいた。賭け事に関心がないランティスでさえもルールを知っているほど、そのゲームはオートザムではメジャーな賭け事だった。メジャーでありながらもっとも奥深い賭け事としても知られていた。

「ルールは覚えていますね?」
 イーグルが、席についてから初めて口を開いた。
「ええ」と海は言った。「『異世界』にも似たような遊びがあるから、だいじょうぶよ」
 海の目元は真剣な色を湛えていた。彼女の答えを聞いて、イーグルは満足そうにうなずいた。
「勝負は一度だけ、二度目はありません」
 それも、イーグルがメディア王と勝負をしたときと同じルールだった。海が声を出さないまま、こくりと首を縦に振った。
「では、僕から」と言って、イーグルは自分の手札をまず一枚、表に返した。その返した手札と既に表になっていた三枚とを交互に見て、一度軽く息を吸い込むと、意を決したように残りの一枚も表に返した。
「これは……」
 ランティスは思わず呟いた。こんな偶然がこの世にあるだろうか。イーグルの手札は、四日前のメディア王の手札とまったく同じだった。

 イーグルと海とを交互に見やる。イーグルはポーカーフェイスを保ったまま、じっと自身の手札を見つめていた。何を考えているのか、その横顔からは読み取れない。片や海もまた、きゅっと唇を結んだまま、表情を変えていなかった。彼女も、イーグルの手札があのときのメディア王の手札とまったく同じであることには気づいているはずだ。そして、それは同時に、海が勝てる確率が5%未満であることにも気づいているということと同義だった。大きく動揺してもおかしくないのに、海はそんなそぶりは微塵も見せない。
 強い『心』を持つ者なのだ。ランティスは改めて、海がかつて光、風とともに『魔法騎士』に選ばれた少女であったことを思った。『願い』を持つ者は強い。今の海は、何にも代えがたい強い『願い』を持っているに違いなかった。

 海は一度深呼吸をした。そして自分自身の手札の上に右手を置くと、祈るようにじっと目を閉じた。やがて開かれた瞳には、ランティスでさえ竦みそうになるほどの『強さ』が滲んでいた。
 ゆっくりと手札を返す海の手に、震えはない。斜めに重ねられた二枚の札がその姿を現す。絵札をはっきりと目に捉えた瞬間、ランティスは身の毛がよだつのを禁じ得なかった。
「――ジャックハイストレート」
 独り言のように呟いたのはイーグルだった。イーグルは肩で大きく息をつくと、ほろ苦い笑みを浮かべて海を見た。
「ウミ」
 名前を呼ばれた娘は、自分自身の手札を見て硬直していた。
「この手札の確率、何%か知ってますか?」とイーグルは訊いた。
 そのときようやく、海は弾かれたようにはっと顔を上げた。興奮のせいか赤らんだ頬のまま、戸惑いがちにかぶりを振る。「信じられない」とその顔に書いてあった。そしてそれは、ランティス自身の気持ちと等しかった。
「1.2%ですよ」とイーグルは言った。「あなたの勝ちです、ウミ」
 海の手札――「ジャックハイストレート」は、イーグルがメディア王に勝った手札と寸分違わぬものだった。

「イーグル……」と海は戸惑いがちに口を開いた。その瞳が潤んでいる。
「何をしているんですか、ウミ」とイーグルは呆れたように言った。「早く行かないと、導師クレフが城を去ってしまいますよ」
 刹那、海はガタンと立ち上がった。瞳いっぱいに涙を溜めた娘は、この日初めて、感情を露わにして笑った。
「ほんとうに……ほんとうにありがとう、イーグル」
 ランティスも見惚れるほど、それは美しい笑顔だった。
 イーグルはこくりとうなずいただけだった。そしてそのイーグルにもう一度「ありがとう」と言い、ランティスにも頭を下げ、海は城へ向かって一目散に駆けていった。
 去っていく海の後姿を見つめるイーグルの横顔に掛けるべき言葉を持ち合わせていない自分自身が、恨めしい。この場にはどんな言葉も相応しくないように思えて、ランティスはただイーグルを見つめることしかできなかった。手を伸ばせば届くほどの距離にいるのに、その手を伸ばすことができない。伸ばしてはいけないような気さえしていた。

 やがてイーグルは徐に立ち上がり、海が去っていった方を見つめながら、空をつかもうとするかのように大きく伸びをした。
「僕は手加減なんてしてませんよ?」
 こちらを見ないまま、イーグルが言う。その横顔は、逆にランティスの方が戸惑ってしまうほど穏やかだった。
「わかっている」と言うだけで精いっぱいだった。
「気にするな」、「泣いてもいい」、「深刻になるな」。思いつく言葉はいくつもある。だがそのどれもが、イーグルに掛ける言葉としては適当でないものばかりだった。
 海の姿が城の内部に完全に吸い込まれると、イーグルはすっと視線を落とした。
「『ありがとう』という言葉がこれほど嬉しくないと思ったのは、初めてですよ」とイーグルは言った。「ほんとうに、好きだったんですけどね」
 彼の睫毛が頬に落とした影を見ていたとき、ランティスの脳裏に、急に過去の記憶の一部が蘇った。それは六年前、たった一人の肉親であった兄とその愛する人の死を、遠く離れたオートザムの地で知ったときの記憶だった。
「ああ」とランティスは言った。イーグルの台詞のどの部分に同意したのか、自分でもわからなかった。

 そうすることが正しいのかはわからない。だが少なくとも、当時のランティスは、そうしてくれたイーグルの優しさに救われていた。だからほかでもないイーグルが哀しみに暮れているこのとき、自分もまたそうすることによって彼の哀しみを少しでもわかち合うことができたらいいと思った。ランティスはイーグルの頭をそっと引き寄せ、自分の肩口に押しつけた。かつて彼が、自分に対してそうしてくれたように。
 普段ならば冗談の一つでも飛んできそうな場面だったが、イーグルはまったく抵抗しなかった。
「今度こそ、ウミは幸せになってくれるでしょうか」
 イーグルの声は、肩口から直裁にランティスの心へと響いた。
「わからない」とランティスは言った。するとイーグルは吹き出した。
「いやですね、ランティス。こういうときは、『きっとだいじょうぶだ』と言うものでしょう」
 イーグルはくすくす笑った。その笑い声をいつもより間近で聞きながら、ランティスは、今日の勝負の立会人として二人が自分を選んでくれて本当によかったと思った。

 そうしていた時間はほんのわずかのことだった。それでも、顔を上げたイーグルから感じられる『気配』が先ほどよりも和らいでいるのを感じて、ランティスは心の中でほっと息をついた。
 こちらを見上げたイーグルの瞳に、涙はない。この男が泣かないことを、ランティスは知っていた。彼は今夜、きっと人知れず一人で涙を流すのだろう。イーグルとは、そういう男だ。
「さて、これからどうしますかね」とイーグルは言った。
「決まってるでしょう。私と一緒になるのよ」
 その声は、まるで漣さえ立たない水面に投じられた一石のように、空間に波紋を広げた。ランティスとイーグルは同時に振り返った。すると、いつからそこにいたのか、城の回廊に規則正しく並ぶ柱のひとつにもたれ掛かって腕を組んでいる、一人の女の姿があった。流れるような栗色の、きれいに巻かれた髪が目を惹く。ランティスにとっては面識のない女だった。まとっている服を見るに、オートザムの人間だろうか。

「……シルヴィア」
 特に驚いた様子もなく、イーグルは女を見てそう言った。その名を聞いて、ランティスははっとした。イーグルと女とを一度交互に見やる。彼女こそがあのメディア王の娘で、イーグルのかつての婚約者であった女だと、ランティスはこのとき初めて認識した。
「話は聞かせてもらったわ」とシルヴィアは言った。「あなたはあの女に振られたのね」
 組んでいた腕を解き、シルヴィアはつかつかとこちらへ向かって歩いてきた。
「これで、あなたが私との縁談を断る理由はなくなったわね」
 シルヴィアはランティスには目もくれず、真っすぐにイーグルだけをその大きな瞳に映してやってきた。そしてイーグルの目の前で立ち止まり、どうだ、とばかりにツンと顔を上げた。
 シルヴィアの横顔を間近で見たランティスは、イーグルから前もって聞かされていたのとはやや異なる印象を受けた。確かにイーグルの言うとおり、「賢く、物事を損得で考えられる」性格だろう。だがイーグルを見つめるその瞳の奥には、損得だけでは測れない感情が明らかに存在していた。

 シルヴィアの真っすぐな視線を受けたイーグルは、ふっと息をつき、おもねるように笑った。そして静かにかぶりを振り、言った。
「それは違いますよ、お嬢様。あなたと僕との縁談は、白紙に戻りました。その事実は変わりません」
 はっとシルヴィアは表情を強張らせた。
「何言ってるの。だってあなたは、あの女がいたから、私との縁談を」
「それは、確かにそうです」とイーグルはシルヴィアを遮るように言った。「僕はウミと添い遂げることを望んでいて、そのためにあなたとの縁談を白紙にしてほしいと頼みました。結局、僕の望みはかないませんでしたが、しかしだからといって、それがあなたと一緒になるということとイコールにはなりません。第一、そんな埋め合わせのようなことをしては、あなたにも、あなたのお父様に対しても失礼でしょう」
「どうだっていいじゃない、そんなこと!」
 シルヴィアは叫んだ。その声は、なぜだかランティスの胸の奥を突いた。
「埋め合わせだって、父はきっといいと言うわ。それに、あのときの父とあなたとの勝負の理由は、まだ誰にも――」
「シルヴィア」
 イーグルが、この日最も強い口調でシルヴィアを遮った。それは、シルヴィアの肩が思わずびくんと震え上がるほどの鋭さを持った声だった。
 そうして口を噤んだシルヴィアを、イーグルが優しく見返す。「優しく」と言ってその実、その「優しさ」が表面を取り繕ったものであることに、ランティスは気づいていた。
「わかってください。僕はもう、誰とも一緒になるつもりはありません」
 大きな目をそれ以上出来ないほど見開き、シルヴィアはその場で固まった。イーグルの一言から彼女が受けた衝撃の大きさは、表情を見ただけでわかりすぎるほどよくわかった。

 やがてイーグルは、燃え滾るような強い決意など存在しなかったかのように穏やかな笑みを取り戻し、落ち着いた声で言った。
「オートザムまでお送りします。支度をしてきますから、ここで待っていてください」
 シルヴィアから向けられる視線をさりげなく避けながら、イーグルは彼女を追い越し、城の方へ向かって一人歩き出した。ランティスは後を追いかけることができなかった。そうしない方がいい気がしたし、何よりも、向けられるイーグルの背中がそれを望んでいなかった。
 かといって、シルヴィアとこのまま中庭に二人取り残されるのも居心地が悪い。どうしたものか、と眉間に皺を寄せたそのとき、耳を掠める声があった。
「……そう」
 思わず全身に悪寒が走った。ぎこちない動きでそちらを恐る恐る振り返ると、俯いたシルヴィアが、城に背を向けたまま握りしめた拳を震わせていた。
「そうなのね」
 その、完全に独り言として発せられたシルヴィアの声の凄味に、ランティスはしばらくその場から動くことができなかった。彼女の方から冷たい風が吹いてくるようにさえ感じられた。だが本当に吹いている風は、いつものように心地よい薫風だった。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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