蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ミスルトウの奇蹟 1

中編

風ちゃんの誕生日を祝して……いるのに、例によってクレ海ですw
しかもクリスマスも混ぜちゃったりして。
いろいろとご都合主義ですが、よろしければお付き合いくださいませ。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 三週間ぶりのセフィーロだった。東京で吹く北風が容赦なく冷たいだけに、セフィーロの春風は文字どおり身に沁みた。東京のそれよりもずっと高い青空を前にすると、自然と目が細くなる。隙間風が入ってこないようにぐるぐると巻きつけていたマフラーも、セフィーロでは必要ない。端から解き、鞄にしまう。その鞄を噴水の縁に置き、大きく伸びをした。
 降り立ったところは中庭だった。セフィーロと東京とを一人で行き来するようになってからそろそろ一年が経つが、最近ようやく、狙ったとおりの場所に降りられるようになってきていた。
 セフィーロは不思議な国だ。気候は常春なのに、ひまわりの隣でクリスマスローズが当たり前のように咲いていたりする。錦あやなす、とはこういう景色のことを言うのだろう。東京も、今はどこを歩いてもイルミネーションだらけだから割と鮮やかだけれど、セフィーロの鮮やかさは次元が違う。この奇跡のような鮮やかさに触れるたびに、私の心はほっと和むのだった。

「ご機嫌なようだな、ウミ」
 草を踏む音と同時に、背中に声が掛かった。伸ばしていた腕を下ろしながら振り返る。するとそこに、このセフィーロの景色と同じくらい穏やかな笑みを携えたクレフの姿があった。
「だって、三週間ぶりだもの」と私もほほ笑んで言った。
「そんなになるか」
「ええ」
 私が笑顔になる理由として、何よりもこのひとの存在が大きいことは明白だった。クレフと話していると、ゆりかごに揺られているような安心感と同時に、ラズベリーを食べたときのような甘酸っぱさも感じる。クレフといるときにだけ感じられるその甘酸っぱさが、私は好きだった。ここだけの話、東京にいると、その甘酸っぱさが恋しくて眠られなくなることもある。こんなこと、本人を前にしては口が裂けても言えないけれど。

「それにしても」
 クレフを目ざとく見つけたセキレイが、嬉しそうに彼の元へ飛んでいく。指を伸ばしてセキレイをそこに留まらせながら、クレフは徐に口を開いた。
「よほど気に入っている歌なのか」
「え?」
「たしか去年も口ずさんでいただろう。おまえはフウの誕生日のころになると、毎年決まってその歌を歌っている」
 そう言われて、私は瞬いた。
「もしかして私、歌ってた? 今」
 するとセキレイを見ていたクレフの瞳が、きょとんとなって私を捉えた。
「気づかなかったのか」
 ばつの悪さをごまかすように、私は首を竦めた。どうやら無意識のうちに歌っていたらしい。きっと東京タワーで流れていたからだろう。その歌に耳を傾けながらセフィーロへと続く『道』を通ったから、耳の奥に残っていたメロディーがそのまま声に乗って出たのだ。
「東京では有名な歌なのよ。古い歌だけど、だいたいこの時期になると、あちこちで流れるようになるの。明るい気持ちになれるから、つい口ずさんじゃうのよね。特にこのあたりが好きなのよ」
 そう言って、私はメロディーをそらんじた。

“I just want you for my own
More than you could ever know
Make my wish come true
All I want for Christmas is you”

「……何を言っているのかさっぱりわからん」
「それはそうよ。私たちの世界で話されている、違う言語だもの」
 私が笑って言うと、クレフは「ああ」とうなずいた。
「その言語を学ぶために、おまえは『ダイガク』に通っているのだったな」
 決して勉強が得意な方ではなかったけれど、英語だけは昔から好きだった。どうせなら究めてみようと思って、高校からエスカレーター式に行ける大学ではなく、受験が必要な外語大への進学を決めた。けれど外語大の入試は思いの外レベルが高く、かなりの勉強が必要だった。この先それ以上勉強することなどないだろうと思うような日々を経て無事合格通知を手にした日から、まもなく早くも丸二年だ。だいぶ英語にも馴れてきたとはいえ、まだまだ知らない単語や言い回しが数多くある。まさに日々勉強だった。

「今年はゼミの先生がもう自分の国に帰っちゃったから、今日から冬休みなの。しばらくこっちで過ごそうと思ってるから、よろしくね」
「それはよかった」とクレフは相好を崩した。「特にフウやヒカルは、大層喜ぶだろう。あの二人の口からおまえの名前を聞かない日はないからな」
 あなたも喜んでくれてるの? その問いかけは、けれど心の中だけに押しとどめた。向けてくれるその笑顔だけで、今はじゅうぶんだった。私は黙ってほほ笑み返した。クレフの指先から肩へと移ったセキレイが、きれいな声で鳴いた。
「さあ、行こう。皆待っている」
 そう言って、クレフは先だって歩き出した。
「今日は他国の者たちも集っているのだ。賑やかな宴になりそうだぞ」
「嬉しいわ。みんなすっかりご無沙汰だったから」
「しかし、全員がそろうというのも今日日珍しいことだ。フェリオがだいぶ前から根回ししていた成果だな」
「さすが、愛しの奥様の誕生日にかける情熱は桁違いね」
「その情熱を普段の公務にも少し向けてくれたら、言うことはないんだが」
 クレフらしい皮肉に、私はカラカラと笑った。

***

 案内された大広間は、クレフの言葉を先取りしてすでに賑わっていた。中央には縦に長いテーブルが備えられているが、席についている人は誰一人いない。皆テーブルの外側に立ち、思い思いに談笑していた。カルディナの笑い声が一際トーンが高い。各国の王族が勢ぞろいしているさまは、圧巻でさえあった。その中でも、美しいペールグリーンのイブニングドレスをまとった風の姿は特に目を引いた。立ち居振る舞いに、すっかり女王としての風格が漂ってきている。絶えることのない笑顔が彼女の幸せを物語っているようで、私も自然と笑顔になった。そんな私の姿に真っ先に気づいたのは、風のそばにいた光だった。
「海ちゃん!」
 大手を振って弾けるような笑みを浮かべた光の声に、広間に集っているほぼ全員が反応した。先陣を切ったのはカルディナだった。彼女は私の背中を思い切り叩いた。
 思わずよろけた私を、プレセアが支えてくれる。アスコットとラファーガが二人がかりでカルディナを嗜める。ファーレン、チゼータの王族が「またやってるよ」と言わんばかりに眉尻を下げて失笑する。玉座の近くからイーグルがヤジを飛ばし、それに対してジェオとザズ、そしてフェリオが声を上げて笑った。ランティスが無言のままため息をつく。光と風が肩を寄せ合うようにして笑う。平和だな、と私は思った。

 歓迎の声に応えながら玉座へ向かう。今日の主役の前にたどり着いても、カルディナに叩かれた背中がまだ少しひりひりしていた。
「誕生日おめでとう、風」
「ありがとうございます、海さん」
「はい、これ。プレゼント」
 色気もそっけもない渡し方になってしまったが、物が物だけに気取ってもしょうがない。私が差し出した成城石井の袋を開けた風は、けれどいつになく嬉しそうに「まあ」と声を上げた。
「もずくですわ」
「ごめんなさいね、ロマンの欠片もなくて」と私は首を竦めた。「こっちで手に入らなくてあなたが喜びそうなものといったら、それしか思いつかなくて」
「最高のお土産ですわ、海さん。本当にありがとうございます」
 風は心から喜んでいるようだった。私はほっとした。
「本当はてっさも持ってこようと思ったんだけど、さすがに無理だったわ」
「もずくだけで、十二分ですわ」
 風が手にしている袋を、フェリオが興味深そうに覗き込む。けれど彼は、中身を確かめた途端「げっ」と顔を引き攣らせた。
「なんだ、その気持ち悪いヤツは」
「もずくですわ。とても体にいいんですのよ」
「風ちゃんの大好物だよね」と光が言った。
「これを肴に、日本酒二合はいけますわ」
 二合くらい、風なら肴がなくても軽く飲み干せてしまいそうだけど。私は内心でそう思った。光を入れた三人の中で一番お酒に強いのは、紛れもなく風だった。ザズには及ばないが、同年代の女子の中ではうわばみと呼んで差し支えない方だと思う。
 フェリオはげんなりとした様子で、「付き合っていられない」とばかりに力なくかぶりを振った。それからぐしゃぐしゃっと頭を掻くと、気を取り直すようにぱっと顔を上げ、
「それじゃあ、そろそろ始めようか」
 と広間全体に向かって言った。

 フェリオの一言で、皆がぞろぞろとテーブルにつきはじめる。風は文字どおり誕生日席を勧められていたが、それを断り、フェリオの隣に腰を落ち着けた。フェリオの向かい側にクレフが座る。その隣にプレセアが、ランティスが――と続いていく。
「ご無沙汰だったね、ウミ」
 私も座ろうと足を踏み出しかけた矢先、背後から声を掛けられた。振り返ると、褐色の肌を惜しげもなく露出した長身の男が立っていた。まるで絵に描いたモデルのような顔をしていると、いつ会っても思う。彼が常にまとっているアルマーニの香水に似た匂いが、私は嫌いじゃない。
「久しぶりね、ハレス」と私はほほ笑んで言った。「元気だった?」
「いいや、さっぱりだよ。君に会えなくて、淋しさに押し潰されそうな毎日だった」
「上手ね」
「ウミ、いやならいやってちゃんと言えよ。でないとこいつ、どこまでもつけあがるぞ」
 そう忠告してくれたのはタータだった。タータは心底厭そうな横目でハレスをにらんだ。
「つれないこと言うなよ、タータ。仮にも血のつながったいとこ同士だろ?」
 ハレスが笑いながら椅子を引く。私に座れと言っているのだった。右隣にタータがどかっと乱暴に腰を下ろすのを見ながら、私もハレスに礼を言って彼が引いてくれた椅子に座った。
「いとこだからこそ言うんや。うちが言わんかったら、誰があんたを止められるんよ」
「タータ、言葉遣い」
 奥からタトラが言った。タータははっと頬を染め、ばつが悪そうに顔を逸らした。それを見て、私はハレスと二人、ほぼ同時に吹き出した。

 ハレスに初めて逢ったのは、一年前の風とフェリオの結婚式でのことだった。父親が国王の兄にしてチゼータ一の富豪という、生粋のエリートだ。ハレスの父親は、チゼータの地中深くに眠るダイヤモンドの存在にいち早く目をつけ、王位継承権を放棄してまでダイヤモンドの採掘に乗り出したのだという。それだけでも異色なのに、そこから一代で巨万の富を築き上げたものだから、チゼータではもはや伝説の人とされているらしい。けれどその父親も引退し、今はハレスが後を継いでいる。ハレスは父親をも凌ぐほど大きなビジネスをしているというから驚きだった。
 彼が身に着けているものはいつも洗練されているし、身のこなしや言動は確かにエリートの風情を感じさせる。けれどハレスは、決してそういうところを鼻にかけたりしない男だった。風の結婚式で意気投合して以来、こうしてたまに会えば話が弾んだ。

 グラスに次々とシャンパンが注がれていく。アスカとサンユン、そして残念ながらまだぎりぎり10代の私の分は、スパークリングアップルジュースだ。風だって、本当は今日がアルコールの解禁日であるはずだが、セフィーロには飲酒の年齢制限がないことを理由に、かなり前から嗜んでいる。シャンパンを持つ手つきも慣れたものだ。
「それでは」
 全員のグラスに飲み物が注がれたのを確かめて、クレフが口を開いた。直前に乾杯の音頭をフェリオと二人で互いに譲り合っていたが、結局クレフが折れたようだ。
「女王陛下の誕生日を祝して」
「やめてください、クレフさん。『女王陛下』だなんて」
 風が思わず、といったように声を裏返らせる。皆が笑った。
「では」とクレフは改めて言った。「フウの誕生日を祝すとともに、国王夫妻の健康、そして全世界の平和と幸せを願って」
 乾杯、と全員の声がそろった。一拍置いて拍手が沸き起こる。幸せそうにほほ笑む風を目に焼き付けようと、私は身を乗り出した。風は会うたびに美しさを増していく。光もそうだ。二人の姿は目映いばかりだった。かけがえのない存在である二人の親友がそれぞれに幸せを手にしてくれているということが、私にとっては何よりも嬉しいことだった。


「みんな、今日は集まってくれてありがとう」
 宴もたけなわというところで、フェリオがカトラリーを置き、改まった口調で言った。
 一斉におしゃべりが止む。私も、まだ一口残っていたメインディッシュの皿にカトラリーを八の字にして置き、ナプキンで軽く口を拭った。
「実は、ひとつみんなに知らせたいことがあるんだ」
 真面目な話のようだとすぐにわかった。誰もがフェリオの言葉を待った。ところが彼はしばらく口を開かず、隣の風と互いを見つめ合い、手を取り合って何やら意味深な笑みを浮かべる始末だった。
「何やの、もったいぶって」とカルディナが言った。
 フェリオは風の手を握ったまま、ぐるりとテーブルを見渡した。そして頬をわずかに染め、
「二人の子どもを授かったんだ」
 と言った。

 テーブルは一瞬沈黙した。遠くからカラスの鳴き声さえ聞こえてきそうなほどだった。その静寂を破ったのは私だった。
「うそっ」
 勢いをつけすぎて、カトラリーがぶつかり合った上に椅子が背後に倒れ、けたたましい音が立った。テーブルに置いた手が震えていることに、立ち上がってから気づいた。
「嘘ではありませんわ、海さん」と風がにこやかに言った。「クレフさんに確かめていただきました。三か月目に入ったところです」
 私は反射的にクレフを見た。クレフはただ一人表情に余裕を残していた。私の視線を受けた彼は、しっかりと首を縦に振った。
 わっと一同が沸いた。祝福の言葉が飛び交う。けれど私は、その場で立ち尽くしたまま何も言えなくなってしまった。放心状態で、脱力するように椅子に座る。途端、目からぽろりと雫がこぼれ落ちた。
「ウミ?」
 驚いたタータが、私の肩に手を置く。この場に涙はふさわしくないとわかっているのに、止めどなく流れるそれをどうすることもできなかった。風がこちらの世界で暮らすために取り返しのつかない犠牲を払ったことや、慣れないセフィーロでの暮らしに内心戸惑っていること、王女という立場ゆえのストレスを抱えていることなど、たくさんの苦労に直面していることを知っていたから、そんな彼女が至上の幸福を手に入れたことが、自分のことのように嬉しかった。

「おめでとう、風」
 涙を拭いながら、なんとかそれだけは言うことができた。心なしか、風の瞳も潤んでいるように見えた。
「もずくを食べて、頑張りますわ」
 私は思わずむせ返った。
「もずくが母体にいいなんて、聞いたことないわよ」
 皆が声を立てて笑った。
 誰かの誕生日でうれし泣きをしたのは初めてだった。その初めてが親友の誕生日で本当によかったと思った。今日という日のことは、この先永遠に忘れることはないだろう。クレフがいつになく凪いだ表情をして、まるでおじいちゃんにでもなったかのように見えたのが印象的だった。


「この良き日に、俺もあやかっていいかな」
 ようやく私の鼓動と涙腺が落ち着きを取り戻してきたころ、やおらハレスが言った。
「え?」と私は隣の彼を見た。
 ハレスはフェリオを見ていた。発言する許しを乞うているようだった。フェリオは狐に抓まれたような顔をしながら、それでもこくりとうなずいた。ハレスは胸に手を当て、軽く頭を下げた。そしてその場で立ち上がり、椅子を静かに引くと、跪き、私に向かって手を伸ばしてきた。
「ウミ」
 何が起きているのか私の理解が追いつくより先に、ハレスが口を開いた。
「俺の妻になってほしい」
 テーブルは一瞬沈黙した。けれどその沈黙は、つい先ほど流れたそれとはまったく性質を異にしたものだった。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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