蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ミスルトウの奇蹟 4

中編

そのとき感じた面映ゆさは、たとえばラブストーリー仕立てのドラマのクライマックスを見ているときに感じるそれと似ていた。

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 約束の日、地上門の前で待っていると、ハレスは時間ぴったりに現れた。けれど最初、私はそれがハレスだとは気がつかなかった。いざそうだとわかると、ぽかんと開いた口を塞げなくなった。ハレスは、ダヴィンチの絵画に描かれていそうな中世風の馬車の手綱を握っていた。
「お待たせ」
 馬車は私の目の前で止まった。太陽よりも眩しいのではないかというほどの笑みを浮かべたハレスは、その大きな体には不釣合いなほどの身軽さで馬車から降りた。馬の扱いには慣れているのか、手綱のコントロールに迷いはない。片手で手綱を持ったまま、もう一方の手で器用に馬車の扉を開けると、「どうぞ」と私に向かって手を差し出してきた。
「あ……ありがと」
 そこに自らの手を重ねたのはほとんど条件反射のようなものだった。ハレスが力を貸してくれたので、さほど踏ん張る必要もなく馬車に乗り上がることができた。御者用の席に座ったハレスが掛け声とともに手綱を引くと、二頭の馬が待ってましたとばかりに緩いスピードで走り出した。

 初めて乗る馬車は、さほど振動も大きくなく、感覚的には精獣に乗っているのと変わりなかった。コーチの中はぎりぎり二人乗れるかどうかというほどの広さしかないけれど、目の前がガラス窓になっているので、それほど窮屈には感じない。窓を横にスライドさせると、手を伸ばせば簡単に届くほど近くにハレスの背中があった。
「ねえ」
 その背中に向かって、声を張り上げる。ハレスは手綱を握ったまま、「ん」と軽く首を傾けて応じた。
「この馬車、いったいどうしたの?」
「もう何年も倉庫に眠らせていたヤツを引っ張り出してきたのさ。こんなときでもなきゃ、使う機会がないと思ってね」
「倉庫って……この馬車、あなたの私物なの?」
「もちろん」
 そこで「もちろん」と答えられるハレスは真の上流階級者なのだと思った。どこの世界にも、およそ庶民には考えもつかないような生活を営んでいる人たちがいる。地球で言うならハレスは「石油王」に近いのかもしれない。プライベートで馬車を持っていて、しかもそれを自ら操ることができる人なんてそうそういない。
「今日は絶対に馬車で来るつもりだったんだ。晴れてよかったよ」
「え、どうして?」
 ハレスは一瞬こちらを振り向いて笑った。そしてすぐにまた前を向いた。
「お姫様を迎えに行くのに、徒歩じゃ味気ないだろ?」
 そのとき感じた面映ゆさは、たとえばラブストーリー仕立てのドラマのクライマックスを見ているときに感じるそれと似ていた。そっと胸に手を当てると、鼓動は普通だったけれど、触れた肌の温度が少し高かった。


「さあ、着いたよ」
 目的の「シルクロード」までは、馬車に揺られて10分ほどで到着した。乗ったときと同じようにハレスの手を借り、馬車を降りる。瞬間、目に飛び込んできた光景に思わず「うわあ」と声を上げた。横幅20メートルはあろうかというほどの大きな通りが、普段過ごしているセフィーロ城では考えられないほどの賑やかさで埋め尽くされていた。
「すごい人ね」
「今日は特に賑やかだ。天気がいいせいだろうな。ここを見て歩くには絶好の日だよ」
 馬の手綱を大木の幹にしっかりと括りつけると、ハレスは「行こう」と私を促した。咄嗟に身構えたのは、あの宴の席でのことが脳裏を過ったからだ。この男なら、さりげなく腰に腕を廻してきたりしかねないと思った。ところが予想に反して、ハレスは手を繋ごうとさえしなかった。一人先だって歩き出したその背中に拍子抜けしながら、私は慌てて後を追った。

 驚いたことに、ハレスはシルクロードのことなら知らないことはないのではないかというほど博識だった。チゼータの店はもちろん、ファーレンやオートザムの店についても、そこで売られているものやその裏にある文化について、すらすらと説明の言葉が出てくる。「これでも一応王族の人間だからね」というのがハレスの言い分だったけれど、よほど詳しく勉強していない限り、他国の文化についてそらんじられるということはないはずだ。親の仕事を引き継いだと言っていたから、今の彼が手にしている富や名誉は親の七光りに過ぎないのだろうと斜に構えて見てしまっていたけれど、もしかしたらそうではないのかもしれない。ほんの少し、ハレスを見直した。


「何か食べようか。おなか空いたろ」
 通りを半分ほど見て廻ったところで、ハレスは言った。
「あそこの『月餅』っていうやつが、シルクロード一の絶品って言われてるんだ。食べてみないか」
 ハレスが指差した方を見ると、一際長い行列のできている出店があった。煙突からは白い湯気が出ている。香ばしい香りが、風に乗って私たちのとこにまで漂ってきた。
 「月餅」というと、ファーレンのものだろうか。地球で食べるそれとどう違うのか興味があったので、私はぜひ食べてみたいと申し出た。するとハレスは、なぜか私をその店とは反対方向へと導き、中央通りから一歩離れたところにあるベンチに座らせた。
「ここで待ってて。すぐ戻るから」
「え、でも」
「いいから」とハレスは念を押した。「女の子を炎天下の中何十分も待たせるような趣味は、俺にはないよ」
 そう言って、ハレスはさっさと私に背を向けた。
 あっ、と思ったのは、大股で歩き出したハレスが一本の木の枝を踏んだときのことだった。ハレスは気づかず、そのまま人混みの中へと紛れていった。

 私は身を屈めてその枝を拾った。まるで木からそのままもぎ取られたかのように大きなその枝には、花開きかけた蕾がひとつついていた。ハレスだけではなく、もう何人もの人に踏まれたあとのようで、花を回復させるのは絶望的だった。
 その枝についていた葉の形は、このあたりに生えているどの木のものとも違った。どこか遠くから、風にでも乗ってここまで運ばれてきたのだろうか。手に取ったはいいものの、どうしたらいいかわからない。ただ、すぐに手放すことはどうしてもできなかった。得も言われぬ淋しさが、心に広がっていた。
 ハレスは気づかずに去ってしまったけれど、クレフならきっと、踏む前に気づいただろう。こんな風になってしまった枝を見て、クレフなら哀しむに違いない。そして彼なら、この枝を元あった場所へときっと戻してくれるだろう。

 肺に溜まった空気を逃がすようにため息をついた。べつにハレスが特別冷たいというわけではない。むしろクレフの反応の方が普通ではないのだ。私だって、枝を踏みつけたことに逐一気づくことができているとは言いがたい。たかが枝葉にでさえ真摯に向き合おうとするクレフは、周囲に対しての優しさが過ぎるのだ。優しい人は傷つきやすい。誰よりも優しいクレフは、きっと誰よりもたくさんの傷を心に抱えている。そのくせ誰よりも無茶をするから、危なっかしい。一人にさせるとどんな無鉄砲なことをするかわからないから、放っておけなくて――
「もう、やめ、やめ」
 ふるふるとかぶりを振り、私は吹っ切るように言った。もうクレフのことは考えないようにしようと決めたのだ。クレフが私の想いに応えてくれることはない。それがはっきりとわかった以上、彼を想い続けることに意味はなかった。だいたい、今はハレスとデート中だ。いくら彼がそばにいないからといって、ほかの男の人のことを考えるなんて失礼だ。

 一度ベンチから腰を起こし、その場でしゃがむ。ベンチの下に手を入れ、地面の土を軽く掘ると、持っていた枝をそこに挿して再び土をかぶせた。
「もう、踏まれちゃだめよ」
 さすがにベンチの下にまで足を入れて枝を踏みつけようとする人はいないだろう。あとは強風に煽られて飛んでいったりすることがないよう、祈るしかない。
 ふと、その枝葉の形に見覚えがあるような気がして、私はじっと枝を観察した。けれどすぐには思い出せなかった。もしかしたらセフィーロ城のどこかに生えている木かもしれない。帰ったら探してみようと思った。

「何してるの?」
 ハレスの声がして、私は振り向きざまに立ち上がった。ハレスは両手に一つずつ、紙ナプキンにくるまったものを手にしていた。隙間から湯気が出ている。ぱっと見ハンバーガーのようにも見えた。ハレス自身の風貌と手にしているものとのあいだに大きなギャップがあって、私は思わず吹き出した。するとハレスは、狐に抓まれたような顔をして眉間に皺を寄せた。
「ごめんなさい、なんでもないの」と私は言った。「それが『月餅』?」
「ああ、そう」と言って、ハレスはベンチに腰を下ろした。私もその隣に改めて座る。紙ナプキンごと差し出された月餅を受け取ると、まだ熱かった。掌ほどの大きさがあって、ずっしり重たい。見た目は地球で食べる月餅とさほど変わらない。匂いはこちらのものの方がより甘い気がする。

「熱いうちに食べて」
 言いながら、ハレスはすでに月餅にかぶりついていた。私も食べようとした矢先、突然ハレスが「熱っ!」と叫んだので、びっくりして振り返った。するとハレスは、思い切り首を反らして天を仰ぎながらはふはふと口を懸命に動かしていた。吐き出されれる息が、セフィーロは冬でもないのに白い。口に入れていた分をようやく飲み込むと、ハレスは肩で大きく息をついた。
 まるでコントのようなのに、当人は至って真面目な様子でいる。私はおなかを抱えて笑った。するとハレスが、そんな私を横目ににらんできた。
「そんなに笑わなくてもいいだろ」
「だって、こんなに熱いものを一気に頬張るなんて」
「これは熱いうちに食べるのが一番うまいんだ。食べればわかるよ」
 よほど好きなのか、ハレスは早くも二口目にかぶりついた。さすがにもう熱さもほとぼり冷めたようで、今度は味わいながら「うまい」と笑顔で言った。

 舌を火傷したくなかったので、私は紙ナプキンをめくると表面だけでも冷ますために何度か息を吹きかけた。手でじかに触れられるほどまで熱さが落ち着いたところで、端に口をつけてみる。表面は地球の月餅よりもサクサクしていて、まるでパイを食べているようだった。薄い皮のすぐ下には、中身がぎっしりと詰まっていた。甘さ控えめの餡に包まれた数種類のナッツが、食感と香りのいいアクセントになっている。お菓子というより食事に近い。これは東京で売り出したらかなりヒットしそうだと思った。
「おいしいわ」
「だろ?」とハレスが間髪容れず言った。「俺なんか、これが食べたくてシルクロードに来ることもあるよ」
 本当に明るく笑う人だなと思った。気づかず私まで笑顔になる。人を巻き込む才能があるのだろう。それなのにちっとも強引に感じさせないから、彼の振る舞いは常に心地好かった。このあいだの宴で感じた傲慢さが嘘のようだった。
 今日ハレスとここに来なければ、こんなにおいしい月餅があることも知ることはできなかっただろう。いつの間にか思った以上に楽しんでいる自分がいることに気づく。浮かび上がりかけた罪悪感のようなものを、慌てて月餅と一緒に飲み込んだ。


「腹ごしらえもできたし、もう少し見て廻ろう」
 月餅を平らげると、ハレスはさっと立ち上がった。
「おなかいっぱい。もう当分何も食べなくていいわ」
「今はそう思っても、夜になれば普通に食べられるさ。月餅は消化がいいんだ」
 そうかしら、と言いかけて、その言葉は小さな悲鳴に取って代わられた。歩き出そうとしたところで背後から誰かがぶつかってきて、不恰好にバランスを崩してしまった。無意識のうちに伸ばした手を、一回り以上大きなそれにつかまれる。そしてその手は、私を胸元へと強く引き込んだ。
「危ねえな」
 思わず身が竦むほどどすの利いた声で、ハレスが言った。「すみません」と今にも消え入りそうな返事がする。しっかりと頭を守られていて、声の主を見ることはできなかった。足早に去っていく靴音が、きっとその人のものなのだろう。音が聞こえなくなっても目の前の胸板からなかなか体が離れないので、私はもがいた。
「あっ、ごめん」
 すると拍子抜けするほどあっさりハレスの体は離れていった。体どころか手も離れる。ハレスは広げた両手を体の横に掲げ、「私は無実です」のポーズを取った。なぜ彼がそれほど恐縮するのかわからず、私はきょとんと首を傾げた。するとハレスはばつが悪そうにその手を下ろし、鼻の頭を掻いた。
「今日はできるだけ君に触れないようにしようと思ってたんだ。このあいだは、気が昂ってついあんなことをしてしまったから、申し訳なくて」
 思いがけない言葉に、私は瞠目した。
「『詫びたい』っていうのはどうせ口実だろうって君は思ったかもしれないけど、そうじゃないんだ。本当に申し訳なかったと思ってる。あのときは、ごめん」
 ハレスは深々と頭を下げた。大の男が90度に迫ろうかというほど頭を下げているさまは、私を圧倒した。慌てて駆け寄り、顔を上げてくれるよう頼んだ。
「そんなことしないで。あなたの気持ちはよくわかったから」
 恐る恐る、といったように顔を上げたハレスは、もう一度「ごめん」と言った。

 ハレスの言うとおり、今日このときまで、「詫びたい」という彼の言葉は二人で出かける口実に過ぎないのだろうと思っていた。タータから「チャラい男だ」という前評判ばかり聞かされていたし、実際あの宴での一件もあって、ハレスはどちらかというと女の子を見たら取りあえず口説いておこうとするタイプの男なのだろうと思っていた。それが、まさか自ら進んで頭を下げるような人だったなんて。
 もちろん、私にそう思わせるために一芝居打っているという可能性もある。けれど今日のハレスの行動は一貫して紳士的だ。根は本当に優しい男なのだろうと思う。今日まで独り身でいるということが信じられないくらいだった。

「というわけで」
 ハレスは声のトーンを変え、パンと手を叩いた。
「今日の俺は君のしもべだ。行きたいところ、やりたいこと、なんでも言ってくれ」
 くるりと背を向け、ハレスが歩き出す。咄嗟に手を伸ばすことを選んだのは、理性ではなく感情だった。大きな手の指先をつかむと、ハレスは踏み出しかけていた足を止め、大きく見開いた目でこちらを振りかぶった。
 私は上目遣いにその双眸を見上げた。
「人が多いから、はぐれたら大変でしょ」
 ハレスの頬がみるみるうちに生き生きと色づいていく。やがて惜しげもない満面の笑みを浮かべたハレスは、私の手をしっかりと握った。もう二度と離さないと言わんばかりの、確かな握り方だった。


 大通りを端まで歩ききるころには、日暮れが間近となっていた。最後に「どうしても連れていきたいところがある」と言ってハレスが私を案内したのは、シルクロードの終わりにある展望台だった。
 そこに上ると、目の前で今まさに夕陽が水平線のかなたへ沈もうとしているところを見ることができた。セフィーロを俯瞰できるというわけではないけれど、目の前に広がる海と展望台とを隔てるものが何もないので、夕陽が海面に映り込んでいることまではっきりとわかる。涙が出そうなほど美しい夕焼けだった。波の音が耳を掠める。潮の匂いが混ざった海風は、あらゆるものを赦す慈しみに満ちていた。
「きれい……」
 私はハレスの手から自分の手を抜き、展望台の先端へと駆け寄った。ぐるりと張り巡らされた手すりはまだ新しい。こんな絶景が広がっているというのに、展望台にいる人の数はまばらだった。まだあまり知られていない場所なのかもしれない。まるで夕陽を独り占めしているような感じがした。
「気に入った?」
 ハレスが隣にやってきて、軽く手すりをつかんだ。
「ええ、とても」と私は夕陽に目を奪われたまま言った。「こんなにきれいな夕焼けを見たの、初めてよ」
 お世辞ではなかった。夕焼けは何度も見ているけれど、真正面の、それもこれほど近くから見るのは初めてだった。太陽は世界一の芸術家なのだと初めて知った。こんなにも美しい景色は、たとえダヴィンチでも描けないだろう。

 寄せては返す波のように、前から来た潮風が、今度は後ろから吹き付けて海へと戻っていく。その風にさらわれた髪を押さえようとして手を伸ばしたけれど、それより早く、ハレスの手が私の髪を一房つかんだ。その髪を、ハレスが私の耳にかける。その手に誘われるように首を傾けると、燃えるような双眸と視線がぶつかった。ハレスの顔の向かって左半分だけが、夕陽を浴びて紅く染まっていた。
「一番美しいのは君だ」
 ハレスの人差し指が、私の頬に触れる。絹の表面を撫でるように滑らせた指を、ハレスはやがて私の耳の方へと伸ばし、掌全体で頬を包み込んだ。
「夕陽はおろか、どんなダイヤモンドも君にはかなわない」
 冷静になって考えてみれば肌が粟立つほど気障な台詞なのに、ハレスが言うと、なぜか説得力があった。彼の空いた方の手が、手すりに乗っていた私の手に重ねられる。端整な顔が確実に近づいてきても、私は抵抗しなかった。先の宴の夜をもう何年も前の出来事のように感じながら、私はそっと目を閉じた。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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