蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

行間はキスで埋めて

短々編

以前拍手に掲載していたものです。掲載時から若干の加筆修正を加えています。
クレフは大人バージョンに置き換えてください。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 ファーストキスは、いきなりディープキスだった。

「私たちはそもそも住む世界が違う」
 泣きじゃくる私を椅子に座らせ、彼は目の前でしゃがんだ。大きな手が両方の肘掛けをつかむ。私は両手で顔を覆ったまま、すすり泣いていた。もう限界だった。もう気持ちを隠し続けるのは無理だった。
 想いを告げるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに、みなでお酒を飲んでいたら、気持ちが昂ってしまってどうしようもなく涙が出てきた。その瞬間、和気あいあいとしていた宴会の雰囲気が一変した。手をこまねいたみなが助けを求めたのは、その場から一足先に離れていたクレフだった。いつになく蒼白した顔でやってきたクレフは、黙って私を抱き上げると彼の部屋へ連れていった。椅子に座らせられた私は、まるでせき止めるものを失ったダムが水を放流するように、心に秘めていた想いのすべてを吐き出した。言い尽くすと疲労感を覚えるほどだった。そのあとは、あふれる涙を指の隙間からただこぼし続けた。そんな私に、クレフは言った。
「これだけの年の差もある。そもそも私は、おまえが思うようなことはおそらく何もしてやれない。それでもいいのか」

 このひとはばかだと思う。住む世界とか年の差とか、そんなことはどうだっていい。しかも、「私が思うようなこと」ってなに? 毎日手を繋いで街を歩きたいとか、四六時中連絡を取り合っていたいとか、そんなことは全然思わない。むしろ何も望んでいなかった。今までどおり、こちらの世界へ来たときは彼のところで同じ時間を過ごす。それだけでよかった。ただ、そこにほんの少しだけ、たとえば東京へ帰る前には抱きしめてほしいとか、誰もいないところを歩くときは手を繋いでほしいとか、そういう想いがあっただけだった。

 けれどそういうことを逐一説明しているような余裕はなかった。唯一できたのは、首を縦に振ることだった。
「それでもいいの。私、あなたが好き。好きなの。一番近いところにいたいの」
 こんなみっともない顔は見せたくないと思いながら、顔から手を離す。そうしなければクレフを見ることができなかったからだ。目の前にクレフがいる。なぜか彼まで、今にも泣きそうな顔をしていた。でも、そんな顔も好き。とにかく苦しいほどに好きだった。私からクレフを想う気持ちを取ったらきっと何も残らないと思うほどに。

「ウミ」
 クレフが私の名前を呼んだ。大きな手が、私の腕を引き寄せる。抱きしめてくれるんだろうと思ったのに、予想に反して彼は突然私の唇を奪った。驚く暇もなかった。舌が絡み合う。たくさんの理由で息ができなくて、胸が破裂寸前にまで痛んだ。無我夢中で、たぶん、クレフの舌を噛んだと思う。頭が真っ白になって何も考えられない。ただ必死だった。でも彼のキスはまるで麻薬だった。もっと欲しいと思った。クレフの首に腕を廻す。またキス。静かな部屋が濡れる。それが何度目のキスなのか、途中で数えることを諦めなければならないほど繰り返した。

 ようやく気持ちが落ち着いてくると、唐突に睡魔に襲われた。その日はクレフのベッドで眠った。いきなりな展開に心臓がバクバクしていたけれど、クレフは一緒には寝なかった。ただ隣にいて、私が眠るまで手を繋いでいてくれた。朝起きると、クレフはまだそこにいた。私が眠る前と同じように、ソファに座って本を読んでいた。おはよう、ウミ。ほほ笑んだ彼は、私にとって王子様だった。嬉しくて、また泣いた。

***

 そんなことがあった日から、数か月。その日クレフは、自分の部屋で私を待っていた。扉を押して中へ入ると、彼はやおらこちらを振り向いた。
 来たわよ、クレフ。ああ、久しぶりだな。そんな会話を交わす前に、私たちは歩み寄る。そしてまずは唇を重ねるのだった。いつのころからか――ううん、きっと最初からそうだった。私たちの一日は、キスで始まりキスで終わる。そうしているうちに、キスをすればクレフの心がある程度わかるようになってきた。機嫌や体調の良し悪し、そのときの気分。私でさえそうなのだから、クレフはきっと、もっと多くのことを感じ取っているのだろう。
 付き合うようになって、私たちのあいだでは極端に会話が減った。おかしな話だけれど、言葉を交わす必要性をあまり感じなくなったのだ。キスでじゅうぶんだった。キスをすれば相手が何を考えているのかわかる。それはまさに奇跡的で、そして感動的なことだった。

 彼との逢瀬はいつもあっという間に終わってしまう。私たちが過ごす一日は、以前とあまり変わり映えしない。クレフは忙しい身だから、ほとんどいつも誰かしらと一緒にいる。たまに二人きりになっても、読書をしたり『精霊の森』を二人で歩いたりするだけだ。ただ、これまでは沈黙が埋めていた会話と会話の隙間がキスで埋められるようになったのは大きな変化だった。

 夜はどんなに遅くなってもクレフが帰ってくるのを彼の部屋で待つことにしている。寝落ちしてしまうことももちろんある。けれどクレフが戻ってくるとなぜか自然と目が覚めた。彼がおやすみのキスをくれるまでは熟睡できなかった。いつの間にか、クレフの寝室にベッドがひとつ増えた。私は彼のキスで眠り、彼のキスで起きた。けれどクレフはそれ以上のことは何もしなかった。彼が夜のあいだに触れるのは、私の手だけだった。

 日曜日になる。私は東京へ戻らなくてはならない。戻るときは光、風と一緒になるから、クレフとキスをすることができるのは彼の部屋を出る前までだった。クレフは人前では絶対に私に触れなかった。
 日の光が入る部屋で、クレフはソファに座っている。顔を洗って身支度を整えた私は、むつかしそうな本を読んでいるクレフの隣にちょこんと座った。本を読みながらほほ笑んだクレフは、私の頭の後ろに手を廻し、そっと自分の方に引いた。彼の肩に頭を乗せる。ふりをしているのではなくて、クレフの目は確かに文字を追いかけている。どうして一度にいくつものことができるのか、いつも不思議に思う。

 ふと彼がこちらを見下ろす。見つめ合ったのは一瞬で、次の瞬間、私たちは唇を重ねていた。温もりがそっと離れる。いつになく淋しくて、私はクレフのローブをきゅっと握り、彼を上目遣いに見上げた。するとクレフは、いきなり困ったように破顔した。そして私の頭を優しく撫でると、本を閉じて後ろに放った。するとその本は部屋の中を勝手に移動し、自ら本棚に収まった。
「そのような顔をするな」
 不意にクレフが言った。
「え?」
 目を丸くした私に、けれどクレフは答えない。私から視線を外すと、彼は窓の外を見て眩しそうに目を細めた。そして独り言のように呟いた。
「帰したくなくなる」
 どくん、と鼓動が深く脈打った。

 もしかしたらクレフは、何気ない気持ちで呟いたのかもしれない。けれどその一言は私の心に大きな衝撃を与えた。本当は、帰りたくない。ずっと遠慮して表に出していなかった願いが、いよいよもって膨らんだ。
 言葉にするのは簡単だ。けれど私の薄っぺらい語彙では、この心にある想いを正確に伝えられるかわからない。だから私は腕を伸ばし、クレフのローブを引いた。蒼い瞳が微かに見開かれる。その瞳に私が映っているのを確かめてから、私は目を閉じた。そして思いの丈をぶつけるように、自分からクレフに口づけた。
 クレフの唇はいつになく緊張を孕んでいた。目を閉じたまま、私の中を逡巡している想いが唇を通して彼に伝わるのを想像する。そのとおりになれ。最後に強く祈って、唇を離した。

 ためらいながら上げた視線が、クレフのそれとぶつかる。彼は珍しく何度も瞬いた。そしてこれまた珍しく、二人のあいだに沈黙が流れた。お喋りをするわけでもキスをするわけでもない、ただ見つめ合っているだけの沈黙なんて、訪れるのはいつ以来のことだろう。
 わかるでしょう? 心の中で言った。私が今のキスに込めた想いを、あなたならわかってるはず。
 クレフは何か言いたそうに口を開いた。けれどそこから言葉が発せられることはなかった。発せられたのは彼の『想い』だった。私がぶつけたそれに応える『想い』。経験したことのないような熱いキス。クレフのローブをつかむ手が震えるほどに。こぼれた涙はあまりにも自然だった。

 クレフと出逢って、彼を好きになって初めて、言葉は心を越えないのだと知った。それまではどんな感情も言葉で言い表せると思っていた。けれど違った。言葉にできない想いが、この世にはたくさんある。クレフのことをどれだけ好きか、私は言葉にして伝えることができない。そしてそれは、誰よりも長い時間を生きて誰よりもたくさんの言葉や言い回しを知っているはずのクレフだって同じなのだろうと思う。だってそうじゃないなら、私たちがこんな風にキスを繰り返したりする理由がないのだから。

「ここにいても、いいの……?」
 先ほどのキスでクレフの気持ちは痛いほど伝わったけれど、確かめずにはいられなかった。だってこんなことが現実に起こるなんて、信じられない。冗談だ、と笑われたらどうしよう。
「そうしてもらえると助かる。寝室が手狭になってしまって、困っていたところだったのだ」
 クレフは笑った。けれどそこに付随した言葉は「冗談だ」ではなかった。
「おまえがここで暮らしてくれるなら、ベッドを二つも置く必要はないだろう」

 我慢比べのような沈黙が漂う。堪え切れなくなって、私は泣きながら吹き出した。涙が止まらないのに、笑いも止まらなかった。そんな私を見て、クレフが眉尻を極限まで下げた。
「泣いたり笑ったり、忙しない娘だ」
 クレフは私の頬を包み、親指で涙を拾った。私が顔を上げ、目を合わせると、クレフはにっこりとほほ笑んだ。
「ともに暮らそう、ウミ」
 何か言わなければと思うのに、何も言葉が出てこなかった。震える唇を精いっぱいかみしめ、私は小さくうなずいた。
 クレフの顔が近づいてくる。目を閉じると、これまでのどんなキスとも違うキスが私の心を満たした。




私だけのもの 完





なぜか、ただキスをしているだけの話を書きたくて。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.12.29 up




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都内某所にひっそりと生息。
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