蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

テーラーメイド・キー

短々編

以前拍手に掲載していたものです。掲載時から若干の加筆修正を加えています。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





「フウ」
 セフィーロに着くなりそうして名前を呼ばれるのは、常のことといえば常のことだ。けれど今日に限って言えば、その声色はいつもそうしてやってくる人のものではなかった。驚いて振り返ると、そこには風の胸ほどの背丈しかない少年が立っていた。
 風貌には似つかわしくない鋭い眼光が、風を見据える。風は思わず一緒にいた海、光と顔を見合わせ、それから少年へと視線を戻した。
「こんにちは、クレフさん」と取りあえずは挨拶を口にする。「どうかなさいましたか?」
 少年――もとい世界最高齢のクレフは、いつになく真剣な表情で風のことを、もっと言えば風のこと「だけ」を見上げてくる。さすがの風も落ち着かなくなる。彼に自分だけが限定されて名前を呼ばれることなんてめったにない。どうしたのですか、ともう一度聞こうとして口を開きかけたとき、クレフがようやく沈黙を破った。
「ひとつ頼まれてくれないか」
「え?」
「おまえにしかできないことなのだ。頼む」
 ほかでもないクレフからの頼みごとだ、断るつもりはなかった。けれど一方で、多少なりとも迷う気持ちもあった。あったはずなのに、風はいつの間にか首を縦に振っていた。そうと決まれば、と早速クレフが歩き出す。困惑している二人の親友におざなりな挨拶をして、風はクレフのあとを追った。海のどこか不安げな表情だけが、前を向いてもずっと脳裏に残っていた。

***

 舟をこぐフェリオの前に広げられた藁半紙を、風はぱしっと叩いた。はっと肩を震わせてフェリオが目を覚ます。ごしごしと目を擦り、羽根ペンを手に再び藁半紙に向かう。けれどそれからいくらもしないうちに、また舟をこぎそうになる。
「しっかりなさって。まだ始まったばかりですわよ」
 隣で風は言った。ああ、とフェリオがぼやけた返事をする。なんとかまたペンを握ろうとしたフェリオは、はたと瞬きをした。
「え?」
 そして大きく目を見開いて顔を上げた。彼と目が合うと、風はにっこりと笑ってみせた。反対にフェリオは、唖然とした様子で口をあんぐりと開けた。

「どうしてここに」とフェリオは困惑しながら言った。
「私が頼んだのだ」
 答えたのはクレフだった。フェリオがはっとそちらへ目を向ける。部屋の入り口で壁に寄りかかり、杖を肩に預けて腕組みをしているクレフの眉間には、くっきりと皺が刻まれていた。
「フウの叱咤激励があれば、さすがのフェリオも仕事に身を入れてくれるのではないかと思ってな」
 クレフは肩を竦めて言った。フェリオが言葉にならないうめき声を漏らす。風はフェリオを見てにっこりと笑った。
「早く終わらせてくださいな、フェリオ。あなたのお仕事が終わらないことには、私もこの部屋から出られませんの」
「嘘だろ?」とフェリオは声を裏返した。「せっかくおまえが来てるっていうのに、俺に仕事しろって言うのか? 片付けなきゃならない書類なんて、まだこんなにあるんだぞ」
 フェリオが机の上にうず高く積まれた書類を指差す。確かに、これをすべて終えるには相当の時間が必要だろう。けれど、
「引き受けると言ったのはおまえだろう」
 クレフがにべもなく言った。
「『俺は王子だ。いつまでもあなたに頼っているわけにはいきません。少しずつでも、あなたの仕事を引き継がせてください』。私の前で、そう啖呵を切ったではないか。忘れたとは言わせんぞ」
「それは、まあ、そうですけど」
 フェリオは煮え切らない様子で言った。
「でも」
「でも、ではありません」
 風はぴしゃりとフェリオを遮った。
「王子ともあろうお方がそんなことで、どうするのです。クレフさんにいつまでご負担を強いるおつもりですの?」
「そんなつもりはないさ。ただ」
「言い訳は聞きたくありませんわ」
「言い訳だなんて」
「つべこべおっしゃらないでください。男に二言はなし、ですわよ。ほら、ペンをお持ちになって」
「男に……何だって?」
「『男に二言はなし』。『異世界』の格言ですわ」
「そういえばおまえ、初めて会ったときも『異世界』の格言を口にしてたな。あれはたしか……」
「思い出に浸っている場合ではありません」
 はあ、とフェリオがまたため息をつく。先ほどよりもずいぶんと重たいため息だった。仕方なさそうにペンを走らせ始めたフェリオは、ぽつりと呟いた。
「おまえ、導師クレフより怖いぞ」
 思いがけない言葉に、風は一瞬目を丸くした。それから別人のようになって仕事に没頭し始めたフェリオに目を細め、顔を上げた。クレフと目配せをし合う。ありがとう、と彼の瞳が言ったので、どういたしまして、と返した。


 それからフェリオは、膨大な量のあった書類を三時間で片付けた。ところがそこにきて、今度はファーレンからの使者がどうしてもフェリオに謁見したいと言い、彼が『王子』の肩書を脱ぐことができる時間の到来はまたお預けとなってしまった。
「すぐ帰ってくるからな! 変な男に捕まるなよ!」
 そう言い残して走り去るフェリオに吹き出しつつ、風はひらひらと手を振って見送った。隣に立ったクレフが、フェリオが片付けた書類を手にしたまま、どっと肩の荷を下ろした。
「助かった」と彼は言い、風を見上げてほほ笑んだ。「妙なことを頼んですまなかったな、フウ」
「とんでもありませんわ」
 風も笑った。クレフが手にしている書類が重たそうだったので、手伝おうかと申し出たけれど、クレフは「それには及ばない」と言ってさっと目の色を変えた。彼の視線が手にした杖の宝玉に向かっているとわかり、風もそれを見やる。その刹那、宝玉が色を宿し、そこからあふれ出た光が二人の前に動物を形成した。現れたものを見て、驚いた。それは真ん丸なお腹をしたフクロウだった。

 クレフはその場でしゃがみ、フクロウの背に書類を乗せた。その書類をクレフが杖の先でちょんと叩くと、ぱっと紐が結ばれてフクロウの背に固定された。紐というよりもそれはリボンで、まるでフクロウそのものがちょっとしたギフトになったかのようだった。
「私の部屋まで頼む」
 クレフが言うと、フクロウは「諒解しました」とでも言うかのように一声鳴き、羽を広げてあっという間に飛び立っていった。
「あのようなこともできるのですね」
 フクロウが溶けていった空に目を細めながら、風は言った。ああ、とクレフが答える。彼を見下ろして、風は笑った。
「あの鳥さんといい、飛び魚さんといい、クレフさんの精獣は、かわいらしい方が多いですわね」
「そうか?」
 クレフはきょとんとして小首を傾げた。普段は威厳たっぷりなのに、動物と話をするときのクレフは見た目どおり10歳の子どもに戻ったような顔をする。こんな言葉、男性には失礼かもしれないけれど、ほんとうにかわいらしいのはクレフ本人かもしれない。


「すっかり付き合わせてしまったな。せっかくの休日だというのに」
 みなが集まっているであろう中庭の方へ向かって歩きながら、クレフが苦笑いした。
「いいえ」と風はかぶりを振った。「フェリオがお仕事に精を出してくれるようになって、何よりですわ」
「私では、つい甘くなってしまうのだ。フウが来てくれてよかった。正直、これほどまでに早くあの書類の山が片付くとは思っていなかった」
 クレフの横顔が嬉しそうに輝く。自分まで嬉しくなって、風もほほ笑んだ。
 クレフがフェリオについ甘くなってしまうのは、フェリオのことを幼い時分より見守り、父親のように接してきたからだろう。直接クレフがそう言ったわけではないけれど、フェリオの生い立ちと幼少期の過ごし方を聞いていればおのずと想像できた。

 クレフの優しさはいつもこうだ。とてもさりげない。さりげなすぎて、よく目を開き、よく耳を傾けていなければ気づけない。だからこそ、気づいたときにはその懐の大きさに感動する。今日風をわざわざ呼び止めてフェリオのところへ連れていったのだって、ただ単にフェリオを仕事に集中させるという目的のためだけではないことを、風はわかっていた。
「ありがとうございました」
 徐に言うと、クレフが目を丸くして顔を上げた。
「え?」
「私のために、私に声をかけてくださったのでしょう? フェリオがどのような仕事をしているのか、さりげなく知ることができるように」
 クレフは答えなかった。代わりに丸くした目を細め、穏やかに笑った。彼は気づいていないだろうが、そういう表情をするときのクレフは、まるで何人もの子を持つ父親のように見える。
 クレフは風とフェリオの仲を理解し、温かく見守ってくれている。そんなクレフだからこそ、フェリオの仕事ぶりを普段はあまり見られない風のために、こうして機会を設けてくれたのだ。そんな希望を伝えたことがあるわけでもないのに、クレフの観察眼には驚かされてばかりだ。

 口には出さないけれど、フェリオだけではなくクレフも、風がいつかこちらの世界に永住してフェリオの妃となることを望んでいるのだろう。風だって、そうできればそれが一番いいと思う。けれどそれは風ひとりで決断できることではなかった。だいたい、風には東京での生活がある。せめて今通っている大学は卒業したかった。高校生のときは、東京を捨ててセフィーロで暮らしたいとまで思い詰めることもあったけれど、今は「そのとき」がいつか自然と来ればいいと思えるようになっている。

 風は歩きながらちらりとクレフを見下ろした。このひとは、いつもさりげなくみなのことを見、助けているけれど、自分のことにはまったく関心がないようだった。 おかげでいつも、「無理しすぎだ」と海にこっぴどく叱られている。二人のやり取りを見るのは好きだけれど、最近は、そういうやり取りをしたあとに海がいつも淋しそうな顔をするので辛かった。それこそ彼女も口には出さないけれど、ずっと心に秘めた想いを抱えている。まったく、と風は思う。 人の恋路の心配をする前に、クレフはまずは自分に向けられたひたむきな想いの心配をするべきだ。

 風は静かに立ち止まった。
「クレフさん」
 呼べばクレフも立ち止まる。彼はこちらを振り返り、きょとんとした。風はほほ笑んだ。
「私の頼みも聞いていただけますか?」
 そう言うと、クレフは意外そうに目をしぱたいた。クレフは必ずうなずいてくれると信じて疑っていなかった。案の定、困惑の色を滲ませながらもクレフは「ああ」とうべなった。
「私にできることであれば」
「クレフさんにしかできないことですわ」
 きっぱり言うと、クレフは虚を突かれたようにたじろいだ。否定される前にと、風は一歩歩み寄った。
「海さんのことです」と風は言った。「お気づきになっていますわね」
 何が、とはあえて言わなかった。けれどクレフは「何がだ」とも問わず、ただ口を噤み、風から視線を逸らした。その態度がすべてを物語っていた。風は思わず苦笑した。
「どうして何もおっしゃらないのです? クレフさんだって、海さんのことを大切に想っていらっしゃるのでしょう」

 海が自分の気持ちを言おうとしないのはわかる。彼女は確かに口は立つけれど、根は誰よりも優しく、そして繊細だ。海は、自分が気持ちを打ち明けたらクレフが困ると思っている。クレフは『導師』で、誰のことも平等に愛しているから、自分は彼の『特別』な存在にはなれないと思っている。気持ちを打ち明けたりしてクレフを困らせるようなことはしたくない。そんなことになるくらいなら、この気持ちは心にしまっておいたままにしよう。――大方そんなところだろう。
 もう六年も一緒にいるのだ、本人から直接聞かなくても、これくらいは手に取るようにわかる。きっと間違っていない自信もある。けれどクレフのことは、わからない。

 態度に出ないよう気をつけているようだけれど、クレフの海を見る目は、ほかの人に向けられるものとは明らかに違う。そしてそのことをクレフは自覚しているに違いなく、海が彼に対して向けている密かな想いについても気づいているはずだった。彼がたった一言「自分のそばにいてほしい」と言えばいい話なのだ。海が毎日、少しでもクレフの助けになればとオートザムやチゼータ、ファーレンの言葉を勉強していることを、風は知っていた。それほどまでにひたむきな想いが浮かばれないなんてあり得ない。どうしてクレフは何も言わないのだろう。いい加減堪忍袋の緒が切れそうだった。海のことを傷つける人は、たとえクレフであっても赦さない。

「これは、正当なる『交換条件』です」
 風は言った。黙り込んだクレフとは目が合わない。それでも風はめげなかった。これは一種の賭けでもあった。
「クレフさん。ご自分の気持ちを、正直に海さんに打ち明けてください。お願いします」
 さあっと風が吹き込んできて、クレフのローブをはためかせる。この風に乗って、風の想いがクレフに届き、そしてクレフの想いが海に届けばいいのに。そういう魔法はないのだろうか。そう思ったとき、クレフが突然踵を返し、まるで吹っ切れたように歩き出した。
「ク……クレフさん?」
 風は慌ててあとを追った。クレフはその体の大きさからは考えられないような速さですたすたと歩いていく。
「クレフさん」
 何度呼んでも、彼は歩みを止めない。真っすぐに前を向くその瞳はあまりにも強く、思わず声をかけるのをためらってしまうほどだった。クレフは一瞬にしてまるで違う人へと豹変した。けれどその方向がいい方なのか悪い方なのか、風にはわからなかった。内心ではひどく焦っていた。何しろ先ほどの頼みごとに対する返事を聞いていないのだ。クレフはときに、まさかと思うようなとんでもない行動に出ることがある。このまま中庭へ向かっていいのだろうか。風は必死で自問したけれど、答えられなかった。

「あの、クレフさん。先ほどのお返事は――」
「あ、風ちゃん!」
 意を決してもう一度口を開いたけれど、そのときにはすでに中庭に到着してしまっていた。光に呼ばれてはっと顔を上げると、見知った顔がそろっていた。当然そこには海の姿もあった。彼女は光とともに駆け寄ってきた。
「いったい何があったの? 突然説明もしないで行っちゃうから、心配して――」
「ウミ」
 クレフがやにわに海を遮った。海がびっくりした様子で言葉を止め、クレフを見下ろす。風は息を呑んだ。光ひとりがきょとんとしている。遠巻きの人々は、こちらの様子にはあまり気を留めていないようだった。
「な……なによ」
 海が緊張を孕んだ声で言う。クレフは徐に片手を伸ばすと、もう一方の手に持っていた杖を軽く振った。すると宝玉から柔らかい光があふれ、クレフの空いた方の掌に集まった。光が消えると、クレフの手には蒼い宝玉のついた鍵が残された。クレフはそれを海に向かって差し出した。
「なに?」と海は、条件反射的にその鍵を受け取りながら困惑して言った。
「私の部屋の鍵だ」とクレフは言った。「それがあればいつでも開けられる。好きなときに来なさい」
 あっ、と声が漏れそうになり、風は慌てて口元を押さえた。すんでのところで声は押し留めることに成功した。突然閃いたのだった。どうしてクレフが、その鍵を海に渡したのか。

 けれど当の海はわかっていないようだった。ますます戸惑い気味な表情になり、じっと鍵を見つめている。クレフはあろうことか、そんな海を一人残してその場を去ろうとしていた。
「ちょっと、クレフ!」と海が呼び止める。「どういうことなの? わかるように説明してくれないかしら」
 クレフは立ち止まり、まじまじと海を見返した。そんなこともわからないのか、とその瞳が言っている。確かに、と風も思う。このときばかりはクレフの肩を持ちたい気分だった。クレフはうんざりしたようにため息をついた。
「『異世界』では、どうでもいい他人にも簡単に鍵を預けたりするのか?」
「え」と海は瞬いた。「そんなわけないじゃない」
 そこまで即答できるくらいだったら、クレフがその鍵に込めた意味がわかっていてもいいんじゃないか。風は海を見つめた。どうか気づいて。きっとこれが、彼の精いっぱいだから。

「――え?」
 五秒ほどの沈黙の後、海が一気に声色を変えて言った。はっと鍵から顔を上げ、クレフを見る。その瞳には、なぜか怯えの色が見えた。
 涙を堪えるのが大変だった。出来るなら、「おめでとうございます」と言って今すぐ海に抱きつきたかった。そのころになると、光もクレフの言葉の意味を理解したようだった。はっとした様子で、その紅(くれない)の双眸をクレフに向ける。クレフは真っすぐに海を見つめていた。そしてぶっきらぼうに、けれど愛情がこもった口調で、言った。
「わからないのか。おまえのことが『特別』だと言っているのだ」
 その言葉と、流れた海の涙。交換条件にはなっていないなと、風は思った。風がやった以上のことを、クレフは返してくれたから。




テーラーメイド・キー 完





クレフを焚きつけられるのは、風ちゃんかイーグルくらいのものだと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2013.12.29 up




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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