蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

諱 15. 帳

海誕企画★2013

いったい何が「万事休す」なのか、自分のことながらよくわからなかったけれど、とにかくそう思った。これ以上ここにいては、われを失ってしまう。

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 グリフォンの背から眺める夕暮れの空は、地上から見るよりもずっと美しかった。向かって正面は燃えるような赤に近づいていく一方で、斜め後ろを振り向けば、そちらではすでに漆黒の闇が主役を張っている。パノラマに広がる空のどこを切り取っても、一時として同じ色を保っているところがない。そんな中を雄大に翔るグリフォンの背にいると、まるで自分自身が「空」という大きな芸術作品の一部になったような気がした。

 刻々と変化し続ける空の様子に目を細めていると、城から離れていくらもしないうちにグリフォンが高度を下げ始めた。「いくらもしないうちに」と言いながら、何気なく下を見て驚いた。城は遥か遠ざかり、いつの間にか『精霊の森』さえも通り越していたのだった。
 飛び方が大らかなので気づきにくいけれど、グリフォンは意外なほどのスピードで飛ぶ。そうしてやってきたクレフの新しい家は、『精霊の森』よりもさらに奥まったところにひっそりと佇んでいた。
 小高い丘の上にあるため、平屋でありながらも家には四方八方から日の光が降り注いでいる。海はグリフォンから降りると、大きく伸びをして空気をいっぱいに吸い込んだ。『聖なる場』とされている『精霊の森』に程近いからなのか、そのあたりの空気はセフィーロの中でも特に澄んでいるように感じられた。

 家の周囲では精霊や精獣が数多く憩っていた。グリフォンを戻界させたクレフが家へ向かって歩いていくと、精霊たちは喜びをあらわにして彼のもとに集まった。
「ただいま」
 精霊たちの出迎えに対して穏やかな笑みを浮かべるクレフを見ていると、海は自分も自然と笑顔になるのがわかった。クレフがこの場所を新しい住処に選んだのは、生き物が周囲にたくさんいるということも理由のひとつなのかもしれない。耳を澄ますと、木の葉が擦れ合う音に混じって水が流れる音も聞こえる。川辺が近いのだろう。
 クレフはセフィーロの自然を心底愛している。その自然に囲まれて暮らすことは、クレフにとっては至上の喜びに違いなかった。

 ひととおり精霊や精獣たちと戯れると、クレフは家の玄関に向けて軽く杖を振った。その動きに合わせて錠が外れる。一連の流れをぼんやりと目で追いかけていると、扉を開けてこちらを振り向いた彼と図らずも目が合った。
 われ知らず鼓動が高鳴る。それをごまかすように、海は足早にクレフのもとへと向かった。
「おっ、お邪魔します」
 クレフが開けておいてくれる扉から、一歩家の中へ入る。けれど刹那、あまりの驚きに、思わずその場で立ち止まってしまった。
「え?」
 何度瞬こうが目を擦ろうが、見える光景は変わらない。もしも目が錯覚を起こしているのでないとすれば、見渡した家の中はセフィーロ城にあったクレフの部屋とまったく同じつくりをしていた。
 クレフの魔法にかかり、セフィーロ城へと戻されてしまったのではないか。そう訝ってしまうほど、その家は本当に、城にあったクレフの部屋と瓜二つだった。天井の高さもバルコニーがある位置も、数ミリと違わないように見える。中央にある大きな机や、壁伝いにぐるりと張り巡らされた本棚など、すべてはデジャヴだった。

 外から見たときは、ここは確かに小さな平屋の一軒家だったのだ。いったいどういうことだろう、とクエスチョンマークばかりを浮かべた海の耳に、クレフの軽やかな笑い声が届いた。
「そんなに驚くとはな」
 はっとして後ろを振り返ると、ちょうどクレフが扉を閉めて中へ入ってくるところだった。そのとき海は、この家の中で唯一、セフィーロ城にあったクレフの部屋との違いに気づいた。クレフが今まさに入ってきた扉だ。
 セフィーロ城にあったクレフの部屋の扉は、天井までの高さがある観音開きの大きな扉だった。けれどこの新しい家の扉は片手開きで、高さも二メートルほどしかない。その扉を見て、まさに「どこでもドア」さながらだと海は思った。鼓動を落ち着けるように一度深呼吸をする。冷静に考えれば、クレフは魔導師なのだから、部屋の内装をコントロールすることなど朝飯前なのだろう。
 夢から醒めた気分だった。夢から醒め、また別の夢を見せられているかのようだった。突然クレフが大人になったり、連れてこられた家の中がセフィーロ城にあったときと同じだったりと、息つく暇がない。
「そりゃあ、驚くわよ」と海は苦笑した。「まさか中がこんな風になっているなんて、思いもしなかったもの」
 そう言った海をちらりと一瞥し、クレフは含み笑った。杖を机のそばに立て掛けると、彼はバルコニーへ向かい、広い窓を大きく開け放った。爽やかな風が吹き込んできて、部屋の空気を循環させる。その風に吹かれて目を細めるクレフの横顔に、覚えず見惚れた。

 初めて見る大人の姿をしたクレフは、とても直視できないほど端正な顔立ちをしていた。ほっそりとした頤はまるで女性のようなのに、片や華奢ながら広い肩幅は男らしい。窓枠に掛かる手は、海が知るそれよりもずっと大きかった。
 不意に、つい今しがたセフィーロ城の庭で抱きしめられたことを思い出した。あのときの感触はまだ全身にはっきりと残っている。びっくりするほど強い力だった。これまでクレフの匂いをあれほど近くで感じたこともなければ、彼の『心』をあれほど近くに感じたこともなかった。あの抱擁は、ふたりの心をひとつに解け合わせるものだった。それまでずっとクレフとのあいだに感じていた距離が、あのたった一瞬で、跡形もなく消え去った。
 そんなことを考えていると、海はどんどん心拍数が速くなってくるのを感じた。今この家の中で、私はクレフとふたりきりなのだ。そう思うと途端に落ち着かなくなる。セフィーロ城ならばまだしも、ここには本当に私とクレフしかいない。

 クレフが開け放ったバルコニーの外は、もう濃紫に染まっている。さも当たり前のようにクレフについてこの家へやってきたはいいものの、いまさらこの選択は間違っていたかもしれないと思った。薬湯が欲しいとか、魔法を教えてほしいとか、特に何か目的があってここへやってきたわけではない。ただ、クレフに思いの丈を伝えて、そんな私のことを彼が強く抱きしめてほほ笑んでくれたことが嬉しくて、離れたくないと思った。少しでも長く一緒にいたかった。ただそれだけのためにグリフォンの背に乗り込んだのだ。でも、このままこの家に残ったらどうなる? 夜はどんどん深まっていく。想い合った男女がひとつ屋根の下にいて、何もないはずがない。
 耳に響く鼓動がうるさすぎて、眩暈さえ覚えた。どうしてこんなに緊張するのか、自分でもわからない。当然そんな経験は何度もしている。驚くようなことではないはずなのに、処女を捨てた夜などとは比べ物にならないほどの緊張感が今、海の心を占めていた。

 外を見ていたクレフが、ふとこちらを振り返る。彼と目が合った刹那、心が悲鳴を上げた。「これ以上の緊張にはとても耐えられない」と、全身の血液が煮えた。
「わっ……私、これで失礼するわ」
 裏返ってとんでもない声になった。
「光たちにも心配かけたし、何も言わずに出てきたから、今ごろ探してくれてるかもしれないし」
 髪が大きく揺れるほどの反動をつけて踵を返す。バルコニーから入り込んだ夕日が、海の前に長く影を作った。
「また、来るわね」

 グリフォンに乗せられてここまでやってきたので、どういう道をたどったのかまったくわからない。城まで無事戻れるだろうかと一抹の不安が胸を過ったけれど、その不安はすぐに掻き消した。『精霊の森』まで出てしまえば、そこから先の道のりはよくわかっている。これまでに何度、クレフとともにあの森を歩いたか知れない。それに、セフィーロ城はどこからでもすぐに見つけられるほどの高さがあるので、森を抜けさえすればあとは迷うはずもなかった。
 とにかく、このうるさい鼓動をどうにかしたい。その一心で、海は先ほどクレフが閉めたばかりの扉へと向かった。どうか鍵が掛かっていませんように。心の中で手を合わせる。クレフが鍵を掛けたようには見えなかったからだいじょうぶだとは思うけれど、あるいは海が気づかないうちに魔法で錠を施していた可能性もある。そんなことになっていたら万事休すだ。
 いったい何が「万事休す」なのか、自分のことながらよくわからなかったけれど、とにかくそう思った。これ以上ここにいては、われを失ってしまう。

 扉のノブに置いた手が汗ばんでいることに、厭でも気づく。祈るような気持ちでノブを回すと、ガチャリと確かな音を立てて扉が開いた。嬉しいような哀しいような、複雑な気持ちをそのまま乗せるように、海はひっそりと曖昧な笑みを浮かべた。
 ノブを引けば、わずかに開いた扉の向こうから夕日が射し込んでくるのを感じる。そのまま開け放とうとした、そのときだった。ノブを握った手にそっと重ねられる温もりがあった。どくん、と鼓動が鳴った。

 海よりも一回り大きいその手は、少しひんやりとしているように感じられた。もっともそれは、海の手が熱を帯びているせいかもしれない。海は固まったように動けなくなった。瞬きをすることも、振り返ることもできない。意識のすべては背後に立っているひとに集中していた。
 海の真後ろに立ったそのひとは、片手を海のノブを握った手に重ね、もう一方を扉についた。そしてその手が静かに扉を押すと、開かれたばかりのそれはあっけなく閉じられた。外界とを繋ぐ扉が閉ざされたことで、部屋の中がしんと静まり返る。その静寂の中で、海は錠がかかる音を聞いてしまった。
「帰したくない、と言ったら……」
 耳元すぐのところで声がした。それだけで、口から心臓が飛び出そうになる。
「どうする?」
 背中がほとんど彼に触れている。

 海はノブから静かに手を離した。それは自発的な行為というより、その上に重ねられたクレフの手に促されての行為だった。手を引かれ、海の体は自然と扉に背を向ける恰好となる。まるで指の存在一本一本を確かめるようなクレフの手の動きが艶めかしくて、海は顔の温度が急上昇するのを感じた。とても上を向くことなどできない。けれどクレフの体が視界を遮っているせいで、どこを見ようにも彼を意識せざるを得ない。思わず半歩引き下がると、背中がトンと扉にぶつかった。
 扉に添えられていたクレフの手が、海の腰に回される。そして海の手を弄っていたもう一方が、海の腕を、肩をたどり、そして最後に顎を捉えた。否応なしに上を向かされ、どうしてもクレフと目が合う。

 海の体を抱くクレフの力は、決して強くない。逃げようと思えばきっと逃げおおせるほどの強さしかない。それなのに、まるで魔法にかかったかのように動けない。
「クレ――」
 沈黙に耐えられず名前を紡ごうとした、そのときだった。海の唇は、彼のそれによって塞がれた。
 いまさらキスなんて身構えるようなものでもないはずなのに、唇が触れ合ったとき、海は体の力が抜けるのを感じた。咄嗟にクレフの腕をつかむ。その手が小刻みに震えていることに、誰よりも海自身が驚いた。
 今なら簡単に泣ける自信があった。ほんとうに好きな人とのキスがこんなにも心をつかまれるものだったなんて、知らなかった。それは感動的でさえあった。これまで誰としても感じなかった強い快感が、キスだけで、体の奥を疼かせた。

 一度唇が離れる。海はうっすらと目を開けた。至近距離でクレフと視線が交わる。もうわかっていた。今夜、私は帰れない。
 クレフの首の後ろに腕を回したのは、そうしなければ立っていられなかったからだ。ほとんど足に力が入らなかった。
 先ほどよりも深い口づけが、クレフから齎される。彼の手が背中を這うだけで体の中心が潤うのを感じた。本当は、帰りたくないのは私の方だった。
 夜の帳が静かに下りようとしている。その晩、セフィーロに雨は降らなかった。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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