蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 8. 剣呑

長編 『蒼穹の果てに』

そもそもなぜイーグルに対して隠し事をしようなどと考えたのか、ジェオは自分の考えの浅さに嫌気が差した。そんなことはできるはずもないのだ。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 空を見上げれば、無数の星が瞬いている。オートザムでは決して見ることのできない景色だった。中でも一際強く輝いているのは下弦の月だ。ほんの一部分しか輝いていないのに、その明るさはずば抜けている。『異世界』にも同じものがあるらしいが、こちらの世界の月が銀色であるのに対し、異世界のそれは金なのだという。
 その月のすぐそばで輝くのは、チゼータだ。セフィーロからもっとも近い国で、国土はジェオの祖国であるオートザムの三分の一にも満たないほど狭い。だが美しい国だった。そのチゼータと同程度の大きさで輝くのが、ファーレンだ。
 こうして見ると、二国の大きさはほぼ等しく見える。だがセフィーロからの距離でいうと、ファーレンはチゼータの優に五倍は遠く離れている。実際、アスカたちがセフィーロへやってくるときはかなりの時間を要していると聞いた。オートザムから見ても、ファーレンは遠い。この世界を形成する四つの国の中でファーレンだけが飛びぬけて離れているのは、おそらくファーレンが豊かな国だからだろう。他国との交流を持たずとも、ファーレンの経済は豊かだ。内乱の問題にアスカは頭を悩ませているようだが、それは豊かさ故の弊害と言えた。こんなことを言っては不謹慎かもしれないが、贅沢な悩みだとジェオは思う。

 その二つの国と、月を挟んで反対側にあるのがオートザムだ。マスクなしで一歩外へ出れば五分で肺をやられる死の国だというのに、不思議なもので、こうして見上げるオートザムはほかの星々と変わりなく輝いている。環境汚染に苦しんでいる国にはとても見えなかった。実際のオートザムもこれほど穏やかな国だったらいいのに。一朝一夕にはかなわぬ願いを振り切るように、ジェオは煙草に火を点けた。

 セフィーロで夜を過ごすのは久しぶりのことだった。本当は日帰りをする予定だったのだが、せっかく三か月ぶりにこちらの世界を訪れた風と環境汚染問題の解決に向けてもう少し突っ込んだ話がしたくて、一泊させてもらうことにした。もっとも、今日だけでもかなり深い話をすることができたので、明日は改めて礼を言って借りた資料を返すくらいのやり取りになるだろう。
 部屋を用意させると導師クレフは申し出てくれたが、それは丁重に断った。たかが一泊、それも自分ひとりのためにわざわざ部屋を用意してもらう必要はない。しかも、クレフが用意してくれる部屋は決まって申し訳ないほど広いのだ。にもかかわらずクレフはいつも、慇懃でもなんでもなく「狭くて申し訳ない」などと言うものだから、肩身が狭くて仕方がなかった。ジェオは軍人だ。夜の過ごし方など、部屋がなくともどうとでもできる。それに、せっかく部屋を用意してもらったところで、今夜は眠れそうにもなかった。

 セフィーロの夜はとても静かで、空気もおいしく、眠るには最高の環境が整っていると言える。ここ最近は寝不足気味だったこともあり、本来ならばぱったりと倒れるように眠ってもおかしくないはずなのだが、睡魔は一向に顔を覗かせる気配がなない。煙草をふかし、ため息とともに吐き出した。突然背中に声がかかったのは、そのときだった。
『どうしました、ジェオ』
 驚きのあまり煙草を落としそうになった。慌てて持ち直し、振り返る。声の主は相も変わらず寝たままだった。しかし、横になってこそいるが本当は「寝ていない」のだということが、今の一言ではっきりとわかった。
「悪い、イーグル。起こしたか」
 煙草を指でもみ消し、言った。外から吹き込む風が、純白の寝具に包まれて眠るイーグルの髪を微かに揺らした。
『ずっと起きていましたよ。もっとも、体は眠ったままですが』
 軽やかな笑い声が、耳の奥で木霊した。
 イーグルは、体こそ眠ったままだが心は起きている。その口がまったく動かなくても声は心に直接響いてくるし、会話をすることもできる。不思議なことこの上ない現象だ。昨日今日に始まったことではないが、未だに戸惑ってしまうことがある。それもこれも、セフィーロだからなせる業だろう。ジェオに言わせればセフィーロはまさに「奇跡の国」だった。しかし何よりも驚嘆すべきは、その奇跡を起こしているのが自分たちと同じ人間の『心』だということだ。導師クレフを筆頭に、セフィーロの人々の懐の深さにはどんなに感謝してもしきれない。彼らの力添えがなければ、イーグルはとうの昔に死んでいただろう。

 ジェオは再びイーグルに背を向け、徐に首をもたげた。イーグルの部屋の階段は、直接外へと続いている。ここに座って空を見上げるのが、ジェオは密かに好きだった。見ていると無心になれる。この満点の星空は、あらゆる難題を忘れさせてくれる。現実逃避をしているのだとわかっても、なかなか目を離すことができなかった。セフィーロの夜空には、いい意味での中毒性がある。
『ザズはどうしました?』
「一人でオートザムに帰った」とジェオは答えた。「おふくろさん、だいぶ悪いらしい」
 不意に一匹の蛍が視界を横切った。夜を邪魔しない、けれど存在感のある柔らかい光が、訳もなく心に沁みた。
『そうですか』
 呟くように、イーグルは言った。


「ごめんな。ほんとは俺も、フウともっと話がしたかったんだけど」
 セフィーロを離れる直前まで、ザズはそんなことを言っていた。自分の母親が大変なときであるにもかかわらず、ザズはセフィーロに留まりたがった。最後はジェオが、ほとんど無理やり移動要塞に乗せてやるほどだった。
 もちろん、大気汚染問題が解決すれば母親の病状も改善するだろうから、まったく無関係な話というわけではない。だがザズの態度は、自分の母親の病気を治したいがために真剣に仕事に打ち込んでいるというレベルのものではなかった。ザズは常にオートザム全体のことを考えている。たとえ母親の問題がなかったとしても、ザズは環境汚染問題の解決のために今と同じように尽力していただろう。どうしてあんなに心優しい奴が苦しまなければならないのだ。この世に神というものがいるのだとしたら、それは卑劣な仕打ちを行うことに喜びを見出す存在であるとしか思えなかった。

『何かあったんですね、オートザムで』
 唐突にイーグルが言った。その確信的な言い方に、虚を突かれたこともあってジェオは咄嗟に言葉を返すことができなかった。
 しかし一方で、黙るということはジェオにとって最大限の抵抗でもあった。イーグルは昔から、面と向かうとそれだけで嘘をつけなくさせる不思議な力の持ち主だった。その力はたとえ眠っていても健在だった。もう二年も目を開けることさえできていないというのに、その声だけで、イーグルはいつもジェオを圧倒した。だから黙った。イーグルが興味を持ちそうな話題がジェオの中には山のようにあったが、そのどれもが今のイーグルには聞かせたくない話ばかりだった。

 なんとも居心地の悪い沈黙が、二人のあいだを流れていく。それをぶった切ったのはイーグルのため息だった。
『大統領ですか』
 せっかくひた隠そうとしているこちらの努力を、イーグルはさも簡単だと言わんばかりに鼻であしらい、強引に割り込んでこようとする。その無遠慮さは、彼が今口にした称号を持つ男とそっくりだった。だがそんなことは口が裂けても言えなかった。実の父でありながら、イーグルは大統領と自分が似ていると言われることをひどく嫌った。
 しかしイーグルがあっさりとジェオの思考の片鱗を言い当てたことで、もはやこれ以上隠し通すことはできないと腹をくくることができたのも事実だった。そもそもなぜイーグルに対して隠し事をしようなどと考えたのか、ジェオは自分の考えの浅さに嫌気が差した。そんなことはできるはずもないのだ。だいたい、話すつもりがないならばどうして今ここにいるのだろう。そのつもりがあったから、イーグルが目を覚ましてくれることを期待していたからここにいたのではないのか。
 つい苦笑いがこぼれたが、それはあまりにも頼りない笑みだった。あっという間に闇に溶け、消えた。

「ここのところ、大統領府が騒がしい」
 無意識のうちに声を潜め、ジェオは話し出した。セフィーロは軍事国家ではないから、たとえば盗聴されているのではないかなどといったことを心配する必要などない。それでもつい小声になってしまうのは、軍人としての性だろう。
「おまえの父上――大統領が、秘密裏に何かを企んでいる様子だ」
 そこで思いがけず、脳裏にイーグルの笑い声が響いた。
『企んでいることがあなたにばれているようでは、秘密裏も何もないでしょう』
 毒気を孕んだ言い回しに、ジェオは後ろをにらんだ。だがイーグルは、当たり前だが表情ひとつ変えることなくそこで寝ていた。ジェオは仕方なしにため息をつき、また前を向いた。
「俺の思い過ごしということもある。だが」
『それはあり得ません』とイーグルはジェオを遮った。『思い過ごしではないでしょう。大統領は十中八九何かを企んでいます。ただし、秘密裏にではなく』
「秘密裏にではない?」
 ジェオは再びイーグルを振り返り、眉根を顰めた。ええ、とイーグルは答えた。
『あなたに感づかせることが目的でしょう。さらにはあなたが、僕や、あるいはセフィーロの人たちに知らせることを読んで、わざと怪しさを匂わせるような行動を取っているんです』
「まさか」
『間違ってはいないはずですよ』
 イーグルの声は自信に満ちていた。
『大統領はそういう人です。徒(むだ)なことは決してしない。彼の行動には、逐一すべてに意味があります。ほかには何を見聞きしたんですか、ジェオ』
 覚えずごくりと唾を呑んだ。二年間眠り続けていると言っても、イーグルの洞察力は微塵も衰えていない。他を圧倒する揺るぎない意志は、今なお健在だった。

 親子だからこそわかる、そういう部分は無きにしも非ずだろう。だがイーグルの分析はそのような次元を超越している。実の子だから大統領のことがわかるのではない。イーグルだからわかるのだ。そのイーグルが言うのだから間違いない。大統領は何かを企んでいる。
 ジェオはじっと、横たわるイーグルを見つめた。
「黒ずくめの見るからに怪しい女が、大統領の周りをうろついている」
『女?』
 さすがのイーグルも、そのときばかりは声色を変えた。ジェオは「ああ」と答えると、そのときの様子をできる限り克明に思い出すべく自らの記憶を懸命に探った。
「頭まで黒いマントをかぶっていたから、顔までは見えなかった。声も聞いていない。背丈は大統領より頭一つ分低かった。ちらっと見えた髪は灰色だった」
『どうしてその人のことを怪しいと思ったんですか』
「そりゃあ」
 女だから、と言いかけて、それではあまりにも直截な言い方になると躊躇した。それにあの女を怪しいと思った理由はほかにもあった。結局ジェオが口にしたのは「ほかの理由」の方だった。
「見かけない風貌だからだよ」
『それは、オートザムの人間ではないという意味ですか?』
 ジェオははっとした。そして同時に動揺もした。まるで心の中を読まれたかのようだったからだ。
 イーグルの言うことは核心を突いていた。あの女は”オートザムの人間には見えなかった”。「見かけない風貌」というオブラートに包みながら、ジェオが暗に意図したことはそういうことだった。しかし仮にあの女がオートザムの人間でないとするならば、いったいどこの誰だというのか。考えるのも厭だった。口を噤むと、風に乗って沈黙がやってきた。

『だからかもしれませんね』
 沈黙を破ったのはイーグルの方だった。
『これはオートザムだけの問題ではないのだと、大統領は示したいのかもしれない』
「だが、何のためにそんなことを」
『さあ』とイーグルは、意外なほどあっけらかんとした口調で言った。『あの人が何を考えているのか、僕にはさっぱりわかりません』
 イーグルは、大統領のことを決して「父」とは呼ばない。ジェオがイーグルと知り合ったのは学生のころのことだが、当時すでに大統領親子の仲は決裂していた。二人はそれぞれに意志が強すぎて、自らの主張を曲げることができないのだ。そして悪いことに、二人の意志が向かうところはまるで逆だった。というより、イーグルの方があえて父親とは真逆の道を選ぼうとしているようにジェオの目には見えた。そんな二人が唯一同じ目標を持ったのが、皮肉にもあのセフィーロ侵攻だった。

「なあ、イーグル」
 不意に思い出したことがあった。ジェオは視線を泳がせながら独り言のように言った。
「この世界の歴史はすべて727年前から始まってるって、知ってたか」
『え?』
 そのときのイーグルの声は、演技ではなく本心で驚いているように、少なくともジェオには聞こえた。さすがのイーグルでも知らないことはあるのか。ジェオはおもねるように笑った。
「大統領が黒ずくめの女とそんなことを喋ってるのを、偶然耳にしたんだ。セフィーロだけは例外だそうだ。そりゃそうだよな、導師クレフなんかは、もう750年近くも生きていらっしゃるんだから」
 口にしてからばかばかしい話だと思い、ジェオは自嘲気味に笑ったが、イーグルは反応しなかった。そこで沈黙が流れることは予期していなかったので、ジェオは地に足がつかないような落ち着かなさを覚えた。
『その話、前後の脈絡をもう少し詳しく知りたいんですが』
 ようやく口を開いたイーグルは、やけに神妙な様子で言った。しかしジェオは、その問いに対する答えとしてイーグルを満足させることができそうなものを持ち合わせていなかった。
「わからねえ。断片的にそこしか聞こえなかったんだ。注意して聞いてたわけでもねえし、聞こえた部分の話にしたって、俺の勘違いだっていう可能性もある」
 急に自分の発言に自信を失くし、またそのことが不甲斐なく、ジェオは唇をかんだ。こういうところを人は「詰めが甘い」と言うのだ。
 イーグルはそれ以上問い詰めてこようとはしなかった。代わりにしっかりとした声で、
『何か変化があったら、また知らせてください』
 と言った。
『どんな些細なことでも構いません。大統領の周辺で不審な動きがあったら、すべて記録して、僕に伝えてください』
「わかった」とジェオはうなずいた。「セフィーロの人たちには、どうする? せめて導師クレフには、伝えておいた方がいいんじゃないか」
『いえ、セフィーロの方々にはまだ黙っていましょう。この話が皆さんに伝わることが大統領の目的だとしたら、なおさら僕のところで留めておいた方がいい』
「……そうだな」
 イーグルと話したことによって、予感でしかなかった嫌悪感が確信的なものへと変わりつつあった。――ずっと続いていた平和が、脅かされようとしている。
 現状においてそれは不必要なこととしか思えなかった。世界が平和を取り戻して、まだ二年だ。争いは必要ない。やっと訪れたこの平和でさえ、まだ道半ばだというのに。

「邪魔して悪かったな」
 努めて思考を振り切り、ジェオは言った。イーグルにいつも指摘されるが、悪い方へばかり考えてしまうのはジェオの悪い癖だ。考えてもしょうがないことはしょうがない。何かあったらこうしてイーグルに相談しに来ればいい。もっとも、何もないことが一番ではあるのだが。本来は何よりも休息が必要なイーグルに余計な気苦労を与えることは、本意ではない。
「おまえもたまには寝ろよ。体じゃなくて、心の方も」
 言って、ジェオは立ち上がった。
『ありがとうございます』とイーグルは言った。『あなたも、休めるときに休んでくださいね』
「わかってるよ」とジェオは笑った。「じゃ、また明日な」
『おやすみなさい』
 ひらひらと手を振り、ジェオはイーグルの部屋を後にした。

 今夜はどこに寝床を借りようか。腰に手を当て、目を動かす。いくらもしないうちに、ジェオは目の前に広がる森に焦点を定めた。たしか『精霊の森』と呼ばれる、ひときわ神聖な気配を持つ森だ。あの森で休めば、短時間でも精神エネルギーを回復できるかもしれない。
 ふと空を見上げると、オートザムが光っていた。小さくてもあの輝きを、そしてこの美しい星との交流を、絶対に途絶えさせてはいけない。ジェオは自分自身に固く誓った。この平和を絶対に守り抜くのだという強い気持ちが、確かな燈火となってジェオの心を照らしていた。







※本作はコナンとは一切関係ありません。たとえ私の大好きな漫画であろうとも!




web拍手 by FC2

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
What's new?
ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
カテゴリー
最新記事
月別アーカイブ
全記事表示
Counter
プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

このブログは作品展示専用です。
いただいたコメントへのお返事は別ブログにて行っております。
どうぞお気軽にコメントお寄せくださいませ^^

 

Copyright ©蒼穹楼. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.