蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 16. 変わりゆくもの

長編 『蒼穹の果てに』

セフィーロか、異世界か。二者択一がすべてではないと思う。だが別の道など本当にあるのだろうか。訝っている自分がいることを、ランティスは否定できなかった。

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 走り出そうとした足が、しかし一歩を踏み出しただけで止まった。ついにつかんだと思ったクレフの気配が、一瞬にしてまたわからなくなってしまった。ランティスは思わずため息をついた。
 顔を上げ、目の前に聳える大きな扉を凝視する。クレフの部屋にはいつも結界が張られていて、彼が自ら扉を開けてくれない限りは何人たりとも中へ入ることはかなわない。もうかれこれ半刻ほど扉の前にいるが、それが開かれる気配は微塵もなかった。しかしそれでも、つい今しがたまではクレフが部屋の中にいないという確証がなかったため、ここから離れることができなかった。クレフの気配は追うことが難しく、特に彼自身が気配を消してしまえば、たとえ手が届くほどそばにいたとしても探り当てることは困難だからだ。しかしどうやらクレフは本当にここにはいないらしい。今脳裏を掠めたクレフの気配は、やや離れたところから放たれたものだった。

 ランティスはついに扉に背を向けた。ほんの一瞬感じたクレフの気配のあった場所へ行くためだった。たとえ今はいなくとも、気配を感じたということは彼が「そこ」にいたことは確かなはずだ。その部屋の主が何かを知っているかもしれない。夜更けに訪ねるのは不躾だと承知していながらも、そこへ向かわないわけにはいかなかった。


 昼過ぎから今まで、彼から直接薬湯を受け取ったプレセア以外にクレフの姿を見た者はない。クレフが意図的に気配を消し、皆とすれ違うことを避けているのだと、ランティスには手に取るようにわかった。
 クレフはああ見えて自分の心を隠すのが下手だ。知られたくないことがあるとき、クレフは必要以上に殻に閉じこもろうとする。そういうクレフに接すると、ランティスは、自分らしくないと思いながらも淋しさを禁じ得ない。クレフはまさか、彼の踏み込んでほしくない領域にまでランティスが土足で立ち入る可能性があるとでも疑っているのだろうか。もしもそうだとするならばそれは甚だしい誤解だった。ランティスはただ、クレフの心に寄り添いたいと思っているだけだ。心で抱えきれないものを彼がこぼしたくなるとき、その受け皿になりたいと思うだけだ。
 ランティスのみならず、クレフを知り、彼を慕っている者であれば誰もがそう考えているだろう。しかし今、クレフは皆を遠ざけている。その事実がどれほど周囲の人間をやきもきさせ、また淋しがらせているか、あのひとは気づいていないだろう。

 クレフのあの透明な声は、真実しか紡がない。それこそが彼を信頼できる人物たらしめているものなのだろうが、もしもそれが同時に彼を苦しめているものでもあるとしたら、これ以上に皮肉なことはないとランティスは思う。真実しか口にしないということは自らの心を偽れないということで、それは本当に強い心を持つ者でなければできないことだ。しかし人は、生きていれば時には真実を振りかざすだけでは潜り抜けられない修羅場に直面することもあろう。ましてや747年という途方もない時間を生きてきているクレフなら、誰よりも多くそういった修羅場を経験しているはずだ。そんなとき彼は、いったいどうやって自らの心と折り合いをつけてきたのだろう。今のように誰のことも寄せつけず、たった一人ですべてを抱え込んできたのだろうか。
 強くなることと孤独になることは違う。クレフをひとりにしてはいけない。強く拳を握りしめ、ランティスは、ほんの一瞬クレフの気配を感じた場所――イーグルの部屋へと急いだ。

***

 扉を開ける際に慎重を期したのはせめてもの気遣いだった。普通の人間であれば眠っている時間帯だ、ただでさえ体が本調子ではないイーグルに余計な負担を強いるようなことはしたくなかった。もしもイーグルが眠っていたとしたらこのまま去ろうと思っていた。
 ところが、完全に扉を開ける前から頭の中に微かな笑い声が響いてきたので、ランティスは虚を突かれて瞬いた。
『そんなに気を遣わなくても、僕は起きてますよ』
 挙句の果てに、その声の主はあっけらかんとしてそのようなことまで言う。あまりのばつの悪さに、ランティスは押し黙った。イーグルの言葉は聞こえなかったふりをして、動作から慎重さを抜くこともなく扉を開けると、音を立てないよう細心の注意を払いながらベッドサイドへと歩み寄った。
『怖いですよ、ランティス。まるで暗殺者みたいじゃないですか』
 明るい声だったが、その明るさが逆にランティスの心に影を落とした。取り繕ったわざとらしい明るさだいうことに、ランティスだからこそ気づけていた。
 無言を貫いていると、くすくすと響いていたイーグルの笑い声もやがて聞こえなくなった。そして諦めたようなため息がひとつ、こぼれ落ちた。そのため息によって、なぜランティスがここへやってきたのかこの男はわかっているのだと確信した。

「導師クレフが、来ていたか」
 意図したよりも低い声になった。
『つい先ほど、出ていかれました』
「様子に不自然なところは」
『ありまくりでしたよ』
 間髪容れずに言い放ったイーグルに、ランティスはぐっと圧された。そこまですっぱりと言われると、たとえその答えを予見していたのだとしてもさすがに気まずかった。その気まずさに背を向けるように、ランティスはベッドサイドの椅子に腰を下ろした。そのとき不意に、爽やかな香りが鼻を抜けた。
 クレフがイーグルの部屋で絶えず焚かせている薬草のひとつだと、すぐにわかった。これを置きに、彼はやってきたのか。
 相変わらずの如才なさに、ランティスはどうしようもなく叫びたくなった。人の心配ばかりして、少しは自身を省みてはくれないものか。そしてそう考えている自分を知って初めて、ランティスは自分がクレフのことを心配しているのだと気づいた。それは大層居心地の悪いことだった。いったいクレフのどこに心配しなければならない部分があるというのだろう。彼は倒れたわけでもなければ、何か無茶をしているわけでもない。ただ人から距離を置いているというだけだ。しかしクレフのことを考えれば考えるほど、心は落ち着きを失っていくばかりだった。

『ランティス』
 急に呼ばれ、はっとわれに返った。
『あなたは、導師クレフと親しいですよね?』
「なに?」
 思わず訝しげな声を上げた。突然何を言い出すのだろう。咄嗟のことに否定も肯定もできなかったが、どうやらイーグルは、ランティスの反応を肯定と受け止めたようだった。
『とある女性の話をした途端、導師クレフは態度を変えました』
「女性?」
『はい』
 ランティスは目の前に横たわっている男をまじまじと見た。突拍子もない話なのに、笑い飛ばすことはできなかった。イーグルの声にはこちらをからかっているような様子はなかった。むしろ真剣すぎて余裕を失っているようにさえ聞こえた。
『年は僕より若干下です。瞳はガーネット色で、髪は薄い紅がかった銀、腰くらいまでの長さがあって、波打っています。美しい人です。心当たりはありませんか』
 言われて、ランティスはそのとおりの人を思い浮かべた。しかし、姿は簡単に描けてもそこに表情を付け加えることはできなかった。そのような姿かたちをした女性は記憶の片隅にさえいなかった。そもそも、ランティスが知っている範囲でこれまでクレフの周りにいた女性といえばプレセアかアルシオーネくらいのもので、二人とも、イーグルが今言った容姿とは似ても似つかなかった。
「思いつかない」とランティスはかぶりを振った。「その女性が、何だというのだ」
『それがわからないからあなたに訊いてるんじゃないですか』とイーグルは失笑した。
 たしかにそうだと思うと同時に、解せぬ疑問も抱いた。覗き込むようにしてイーグルを見る。毎日会っているのでピンと来ないが、言われてみれば光たちが指摘したとおり、顔色がずいぶんとよくなってきているかもしれない。
「知り合いなのか」
 その顔に、ランティスは問うた。
「いったいどこで会った?」
 イーグルは黙した。

 クレフと違って、イーグルは本心を隠すのがうまい。セフィーロで療養を続けるうちにその傾向は薄まってきたとはいえ、オートザムにいたころは、身を守るためならば嘘のひとつやふたつは嘘とも思わずにつける男だった。そのため、彼の本心を探るのは大層難儀なことだった。とりわけ今は、眠っているために表情が変化しない。手がかりとなるのは声だけで、その声を封じられてしまえばイーグルの心を知るのはほぼ不可能と言ってよかった。
「仮にその女性が――」
 言いかけた刹那、ピン、と糸が張りつめたような気配を感じて、ランティスは口を噤んだ。
 気配を追うと、脳裏にセフィーロ城の回廊が浮かんだ。その回廊を、紅い髪の娘が一人できょろきょろしながら歩き回っている。光だった。
 ランティスは顔を顰めた。こんな遅い時間に一人で出歩くなど、何かあったのだろうか。しかも光は、どうやらランティスを探しているようだった。

『どうしました?』
 イーグルの声で、脳裏に浮かんでいた映像が消し飛んだ。どうすべきか一瞬迷ったが、結局ランティスは椅子から立ち上がることを選んだ。
「ヒカルが探している」
『ヒカルが?』
「また来る」
 短く言って、ランティスは踵を返した。早足で扉の方へ向かう。もう足音に遠慮する必要はなかった。
 扉に向かってすっと手を翳したとき、不意に呼び止められた。
『さっきの女性のこと、何かわかったら教えてください』
 本当は、そのことについてイーグルともっと突っ込んだ話をしたかった。イーグルはすべてを語ってはいないはずだった。いったいいつどこで会ったのか、その女性とクレフとを結びつけるものは何なのか。だが今は光が優先だ。異世界に帰ることができなくなって、彼女は相当の不安を感じているに違いない。そんな光がほかでもない自分を探しているというのに、放っておくわけにはいかなかった。
「ああ」
 それだけを言って、ランティスはイーグルの部屋を後にした。ガーネット色の瞳に、薄い紅がかった銀髪の美しい女。その言葉をしっかりと胸に刻み込んだ。

***

 歩き出していくらもしないうちに、光の姿を捉えることに成功した。彼女の方もこちらに気づいたようで、ほっと肩を撫で下ろしている様子がわかった。
「ランティス」
 ぽつりと立ち止まった彼女のもとへ歩み寄る。華奢な骨格がはっきりとわかるほど、光は薄着だった。いつになくはかない気配をまとうその姿に、ランティスはどきりとした。
「よかった、まだ起きてたんだね」
 こちらを見上げて、光は言った。笑顔に力がない。思わずその肩に手を置いた。
「何かあったのか」
「ううん、何もないよ」と光はかぶりを振った。「ただ、ちょっと、不安になって」
「不安?」
 うん、とうなずき、光は視線を落とした。彼女がそうしてしまうと、もう表情を窺うことができなくなった。

 光はめったに弱音を吐かない娘だった。だからこそ、たまに沈んだ顔を見ると心の柔らかいところを突かれたような痛みを覚える。光の心が弱まるときは自分が支えてやりたいと、常に望んでいる。とりわけこのときは、光がランティスのことを探していたという事実もあって、いつにも増して強く彼女の力になりたいと思った。
 ランティスは徐に魔法剣を取り出し、体の前で構えた。『祈り』に合わせて宝玉が光る。姿を現したのは二脚の椅子だった。クレフが創り出すそれよりもごつごつした椅子だったが、光はそんなことは気にするそぶりも見せず、「ありがとう」と言って一方に腰掛けた。
 本当は、こんな回廊のど真ん中などではなく、部屋へ戻ってゆっくりと話をした方がいいのだろう。だが光の気配がそこまで耐えられそうにないと感じたので、迷いながらもランティスはここで話を聞くことに決めた。この時間に回廊を通る人間などまずいないだろうと思ったことも、その選択を後押しした。

「私に兄様がいるって話したこと、覚えてるか」
 向かい合うようにして椅子に座ろうとしていた矢先、光が出し抜けに言った。思いがけないその言葉に、ランティスは中腰の体勢のままで思わず一瞬動きを止めた。
 光は俯き、膝の上で緩く拳を握っている。ランティスは溜めた息をふうと吐き出し、改めて椅子に身を沈めた。座ってみると、見た目以上に骨骨しい椅子だった。
「覚えている」とランティスは言った。「三人いるのだったな」
 光はうなずいた。ようやく顔を上げた彼女の燃える炎のような双眸が、思いなしか潤んでいるように見える。ランティスはそれ以上言葉を続けることができず、黙った。
 三人兄がいるという話は、もうだいぶ前に教えられていた。だがそのことを光の口から改めて聞くのは思い出せないほど久しぶりのことだった。「大好きだ」という兄の話を、光はランティスの前ではあえて避けている。殊勝にも、兄を失ったランティスのことを慮っているのだ。ランティス自身はまったく気にしていないのだが、光の方が兄の話を気軽にする自分を赦せないようだった。だからこそ、彼女が突然口にした「兄」という単語は、ランティスを驚かせた。

「兄上に、何かあったのか」
 覚えず険しい声になった。
「あ、ううん、違うよ。みんな元気」
 しかし光は慌てたように顔の前で手を振り、ランティスの言葉を即座に否定した。ではなぜ、と問い返そうとしたが、できなかった。光がまた、静かに視線を落としてしまったからだ。
「……兄様たちは、とても優しいんだ」
 やがて光は、問わず語りに口を開いた。最初こそ、言葉を探すような口ぶりだったが、そこから先は堰を切ったように言葉を紡いだ。
「優兄様と翔兄様は、年が近いから、いつも一緒に遊んでくれる。勉強でわからないことがあれば、いつも教えてくれるんだ。剣道だって、私が小さいころからずっと手合せしてくれた。私が強くなれたのは二人のおかげだ。今でも閃光の散歩に一緒に行ったりすることもあるんだよ。
 覚兄様は、ほかの二人の兄様とは違って、一緒に遊んだりはあまりしない。口数の多くない人だから、あんまり長い時間話すこともないし。でも、私のことを一番わかってくれてるのは覚兄様だと思うんだ。前に、セフィーロから戻って落ち込んでたときも、覚兄様は訳も聞かずに私のことをただ慰めてくれた。私、覚兄様にはまだ一度も剣道で勝ったことがないんだ。たぶん、これからも勝てないと思う。すごく強いんだ、覚兄様。技量だけじゃなくて、心が」
 わからない単語がいくつが出てきたが、問えなかった。とても口を挟むことができるような雰囲気ではなかった。光が言わんとしていることを先回りして知ろうとしたが、できなかった。

「ランティスのことを話すと、みんないつも、顔がこんなに怖くなるんだ」
 そう言って、光は自分の目尻に指を当てて引き上げてみせた。ようやくその顔に笑顔が浮かぶ。自分の言葉がおかしかったようだ。
「『光と仲良くしたい奴は、交換日記から始めてもらう』って、未だに言うんだよ」
「コウカンニッキ?」
 ようやくこちらが口を開いてもよさそうな雰囲気になったと察して、ランティスは光が言った言葉を鸚鵡返しにした。
「手紙のやりとりみたいなものだよ」と光は言った。「『文字が読めないから無理だと思う』って言ったんだけど、『そんなのは気合でどうにかなる』って」
 兄たちのことを思い出しているのだろう、光は懐かしむように目を細めた。だがその目に暗い影が落ちるまでには、そう長い時間はかからなかった。
「私、兄様たちが大好きだ。離れたくない。ずっと一緒にいたい。でも、ランティスやクレフ、イーグルやジェオたち――こっちの世界にいるみんなのことも、同じくらい大好きなんだ。どっちかなんて選べないよ。みんなと離れたくない。でも、いつかは選ばなくちゃいけないのかな」
 どくん、と鼓動が速くなった。それ以来その鼓動は、ランティスの耳元近くで深い脈を打ち続けた。

 すぐに答えを返すことができない自分が歯がゆかった。じっと光の横顔を見つめる。いつもはひとつに束ねられている髪も、今日は下ろされ、揺蕩っている。それが余計に光のはかない気配を助長しているように見えた。
 その髪型のせいか、初めて彼女と言葉を交わしたときのことを思い出した。あのときの光は、ザガートとエメロード姫を手に掛けてしまったことを悔い、涙を流した。ランティスに向かって「殴るなら自分だけにしてくれ」とも訴えた。そのときの面影は、確かに今の光に重なる。だが当時と比べて、今の彼女はずっと大人になった。体全体の線がより女性らしくなっているし、何よりもその心が、より複雑になってきている。
 不変なものなどないのだ。当たり前なのに、そのことを今初めて知ったような気持ちになった。
 何か言わなければと思ったが、ランティスが口を開くよりも光が顔を上げる方が早かった。その顔を見て、ランティスは思わず息を呑んだ。真紅の瞳が、今度こそ涙に濡れていたからだ。
「私、ランティスが好きだよ」
 その言葉は唐突にランティスの胸を打った。目が覚めるような衝撃があった。
「ランティスと、ずっと一緒にいたい。でも、兄様たちとずっと会えなくなるなんていやだ。……このままじゃいられないっていうことはわかってるよ。わかってるけど、でも、私……」
 光は両手でわっと自分の顔を覆った。小刻みに肩を震わせ、彼女は指のあいだからぽろぽろと涙をこぼした。その涙を見ながら、ランティスはしばし金縛りに遭ったように動けなくなった。

 出逢ったときの印象が強烈すぎて、何年経っても光はあのときのままなのだと心のどこかで思っていた。イーグルとランティスの二人と結婚したいと言った、あの幼いまでの純粋さをたたえたままなのだと。だがそうではない。光は確実に年を重ね、確実に大人になってきている。そして今、自覚はないかもしれないが、これまでとは違う意味の「好き」をランティスに向けている。
 何の前触れもなく目の前に姿を現したその事実に、ランティスは圧倒された。変わっていないのは光ではなく、自分の方だったのではないか。

 細い肩が、すぐそこで揺れている。息苦しいほどに胸が詰まる。ランティスは椅子を寄せ、光の細い体を抱きしめた。震えているのが彼女の体なのか自分の腕なのか、もはやよくわからなかった。
「ヒカル」
 彼女は押し殺した声で泣き続けている。ランティスは抱きしめる腕に力を込めた。こうするだけで心が伝わるのなら、どんなにかいいだろう。しかしそんなことは起こらない。想いは口にしなければ伝わらないのだ。光のほっそりとした背中をさすりながら、ランティスは一度深呼吸をした。
「おまえの気持ちは、よくわかった」
 ランティスは言った。
「おまえが望むなら、コウカンニッキでもなんでもする。だから、家族を捨てようなどとは思うな。おまえが家族と離れる必要はない」
「でも、それじゃあ――」
「結論を急ぐな」
 顔を上げようとした光を制するように、ランティスはぴしゃりと言った。光の肩がぴくりと震える。強く抱きしめ、ランティスは改めて「急がなくていい」と言った。
「きっと、どこかに道はある。これからその道を探そう」
 光がこぼした涙は、ローブを通してランティスの体の奥にまで沁み込んだ。気をつけていなければわからないほど小さくうなずいた光を、ランティスはただ抱きしめた。しかし、どれほどひしと抱き合っても二人を包む空気が温まることはなかった。
 セフィーロか、異世界か。二者択一がすべてではないと思う。だが別の道など本当にあるのだろうか。訝っている自分がいることを、ランティスは否定できなかった。光の心を支えたいと考えていたのに、思いがけず自らの心の弱さを突きつけられたようで、隙間風が吹き込むのを禁じ得なかった。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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