蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

ブルーサファイアに口づけを

短々編

以前拍手に掲載していたものです。掲載時から若干の加筆修正を加えています。
クレフは大人バージョンに置き換えてください。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 その日私は、珍しく一人で『精霊の森』にいた。なんでもオートザムの環境汚染問題を抜本的に解決できる方法が見つかったかもしれないとかで、セフィーロ城内はバタバタしていた。クレフは前の日から会議室にこもりっぱなしらしく、出迎えに来てくれなかった。セフィーロに来ていの一番にクレフの顔を見ないのは、思い出せないほど久しぶりのことだった。
「仕事と私とどっちが大事なの」なんて、そんな稚拙なことを言うつもりはこれっぽっちもない。そもそもクレフは、いつも多忙の合間を縫ってできる限り会う時間を作ろうとしてくれる。そのことに感謝こそすれ、不満を持つことなどあり得なかった。淋しくないと言ったら嘘になるけれど、大切な仕事の邪魔をしてまで一緒にいたいとは思わない。同じ空の下にいる、それだけでじゅうぶんだった。それに、クレフからはもう、受け止めきれないほどたくさんの愛情をもらっていた。

 『精霊の森』の中でも一際背の高いこの木に登ってセフィーロ城を見上げるのが、密かな楽しみだった。枝に座って幹に寄り掛かると、ちょうど木の葉の隙間から城が見える。あそこでクレフは頑張っているのだと思うと、自然と心が温かくなった。そっと両手を胸元に当てる。すると不意に、指先が固いものを掠めた。持ち上げた手を見て、条件反射的に頬が緩んだ。左手の薬指に輝くブルーサファイアの指輪が、太陽の光を浴びて燦々と輝いた。
 その指輪を見るたびに、クレフの瞳を思い出す。そして問答無用で心が満たされた。宝飾品なんてさほど興味もなかったけれど、こうして実際に贈られると、目には見えないクレフの心が形になったようで嬉しかった。
 指輪を守るようにそっと手を包み、城を見上げる。幸せだと、胸を張って言える。けれどときどき、不安になることもあった。クレフが注いでくれるだけの愛を、私は彼に返すことができているだろうか。彼が私を愛してくれるのと同じだけ、クレフを愛することができているだろうか。

 そのとき急に、まるで春一番のような突風が吹き荒れた。木の葉の囁きが叫び声に変わる。枝も大きく揺れたので、私は慌てて幹にしがみつこうとした。けれど突風は、私の体をいとも簡単に枝からすくい上げた。あっ、と思ったときにはもう遅かった。体が木から離れる。重力に歯向かうすべなどあるはずもなく、私の体はあっさりと急降下を始めた。
「危ない!」
 そんな声が聞こえたのは、落ちることを覚悟してぎゅっと目を瞑ったのと同じタイミングだった。ドサッという音とともに、私の体は地面に落ちた。

「いたた……」
 恐る恐る体を起こす。落ちたときの衝撃で、全身にピリピリと痺れが走った。けれどそれ以外の痛みは感じない。打ち所がよかったのだろうか。
「だいじょうぶ?」
 そうではないと悟ったのは、下からそんな声が聞こえてきたときのことだった。私は思わず悲鳴を上げた。びっくりして見下ろすと、私は人の上に馬乗りになっていた。
「アスコット!」と私は叫んだ。「ごめんなさい、だいじょうぶ?」
 急いで飛び退き、アスコットが体を起こすのを手伝う。「だいじょうぶだよ」とアスコットは笑った。
「ウミこそ、けがはない?」
「私はだいじょうぶよ。アスコットが庇ってくれたから」
「それならよかった」
 そう言って、アスコットは立ち上がった。私が差し出した手も借りずにすっくと背中を伸ばしたところを見ると、「だいじょうぶだ」という彼の言葉は嘘ではないようだ。ほっとして、けれどやっぱり申し訳なくて、俯いた。

「あ」
 そのときふと、アスコットの手が紅いことに気がついた。そっと持ち上げると、手の甲が切れていた。
「けがしてるわ」
「気にしないで。魔法の修行をしてるときにできる傷の方が、よっぽど深いから」
 アスコットはあっけらかんとしてそう言った。けれど私はうなずくことができなかった。それはそうかもしれないけれど、今は魔法の修行をしている最中ではない。この傷は、私を庇ったことによってできた傷だ。見過ごすわけにはいかなかった。
「ちょっと待って」
 アスコットの手を握ったまま、スカートのポケットからハンカチを取り出す。
「ウ……ウミ! そんなことしないで。本当にだいじょうぶだから」
 慌てて手を引こうとしたアスコットに、けれどそうはさせず、私は黙ってハンカチを巻いた。白いハンカチは、やがてうっすらと紅色に染まった。応急処置だけれど、しないよりはいいだろう。
「城に戻ったら、ちゃんと治して」
 私はアスコットを見上げて言った。困った顔をしていたアスコットだったけれど、
「ありがとう」
 とやがてはにかんだ。
 私はかぶりを振った。お礼を言うのはこちらの方だ。

 ふと、アスコットは急に何かを思い出したように私に横顔を向けた。その瞳が驚きに見開かれたので、私はきょとんと首を傾げた。
「導師クレフ」
 けれどアスコットの口が紡いだ言葉に、え、と私も思わずそちらを向いた。するとアスコットの言うとおり、少し離れたところにクレフが立っていた。
「クレフ」と私は笑顔を浮かべた。「お仕事終わったの?」
 クレフはどこか曖昧な笑みを浮かべ、微かにうなずいた。そのとき、アスコットの手がすっと離れていった。
「ありがとう、ウミ。それじゃあ、後でね」
「あ……ええ」と私は慌てて言った。「こちらこそありがとう、アスコット」
 ひらひらと手を振ったアスコットは、クレフが現れたのとは反対方向へ向かって歩いていった。
 その後姿を見送っていると、突然右手をつかまれた。ぎょっとして、私は思わず悲鳴を上げた。手をつかんでいたのはクレフだった。いつの間にそばへやってきたのだろう。けれどそれよりもクレフの眉間に深く皺が寄っていたので、私は首をひねった。
「クレフ?」
「けがをしている」
「え?」
 見ればクレフの言うとおり、掌に小さな擦り傷ができていた。けれど言われなければわからないほどの傷で、しかも痛みはほとんどなかった。とてもクレフが険しい顔をするほどの傷ではない。私はからっと笑った。
「だいじょうぶよ、これくらい。放っておけば治るわ」
 けれどクレフは、私の言葉はきれいに無視した。杖を肩に預けると、彼は両手で私の掌を包んだ。淡い光が二人の手を包む。クレフがそっと手を離すと、かすり傷が跡形もなく消え去っていた。

「人の心配をしている暇があったら、自分の体の心配をしろ」
 ありがとう、と私が言う前に、クレフは不機嫌そうに言った。そのあまりの言い草に、私は面食らった。
「何よ、それ。自分さえよければいいっていう態度を取れっていうこと?」
「そうではない。人の心配をするのはいいが、まずは自分の心配をしろと言っているのだ」
「同じことじゃない。人を差し置いて自分を優先しろって言ってるんでしょ? そんなの、おかしいわ。だいたい、いつも人の心配ばかりしてるのはあなたの方じゃない」
「私は構わんのだ。仮にこの身に何事か起ころうとも、いつでも回復魔法を使える」
「そんなの屁理屈よ! 回復魔法を使えるかどうかで優先順位を決めるなんて――」
 途中から、私の言葉は悲鳴に変わった。やにわに肩をつかまれたかと思うと、そのまま先ほどまで登っていた木の幹に背中を押しつけられた。
「私がどれだけおまえの身を案じているか、わからないのか」
 飛び出した怒号に、言葉を失った。

 風の音が耳を掠める。先に表情を変化させたのはクレフだった。唇をきゅっと結び、クレフは私の肩から手を離した。そして私に背を向けると、その場で徐にしゃがんだ。地面を点検するようにそっと手を這わせる。クレフがそうして触れているところだけ、草が萎れていた。先ほど私が落ちたところだった。
「おまえといるのは、辛い」
 ぽつりとクレフがこぼした言葉に、どくんと鼓動が大きくなった。
「え……?」
「おまえといると、私は自らの醜さを思い知らされる」とクレフは言った。「頭ではわかっているのだ。おまえの言うとおり、自らよりも他人をまず慮ることは、人が本来あるべき理想だ。私自身も常にそうありたいと願ってきたし、教え子たちも、そうあるようにと導いてきたつもりだ。だが、おまえのことだけは、そうはできない。おまえにだけは、他人よりも自らのことをより慮ってほしいと思ってしまう。あまつさえ、おまえさえ幸せでいればそれでいいとまで、願ってしまいそうになる」
 クレフは地面から手を離し、代わりにそこへ向けて杖を傾けた。杖の宝玉から光があふれ、萎れた草を包んでいく。やがて光が収まると、萎れていた草が見事に蘇った。

「どれほどの時をともに過ごしても、満たされない。おまえをこの手の中に閉じ込め、永遠に私以外のものと関わることができないようにしてしまいたい。おまえの心を手に入れたい。そんな醜いことを考えてしまう。そんなことはできもせず、してはいけないことだとも、わかっているのに」
 柔らかな風が、クレフの前髪を掻き上げる。ほっそりとした頤が木漏れ日に照らされ、シャボン玉のようにはかなく輝く。
 蘇った草原に、クレフは再び手を触れた。
「ここでおまえを受け止めるのも、私でありたかった」
 クレフが紡ぐ言葉一つひとつが、ことごとく心を揺さぶる。そんな風に想ってくれていたなんて知らなかった。クレフの心は彼がくれたブルーサファイアのようにきれいに透き通っていて、普通の人が抱くような生々しい感情などそこには存在しないのだと思っていた。けど、そうじゃない。クレフだって普通の人と同じように、心に影を持っている。

「知ってる?」
 私はそっと腰を落とし、膝を抱えた。
「それ、『嫉妬』って言うのよ」
 顔を覗き込むようにしながら言うと、クレフは憮然として横目にこちらをにらんだ。
「わかっている」
 普段のクレフからはとても想像がつかないような投げやりな言い方だった。私は思わず笑った。
 クレフは小さくため息をつき、私から視線を外した。しばらくじっと何かを考え込むように黙し、やがてそっと私の左手を取った。クレフの親指が、ブルーサファイアを撫でた。
「これも、せめておまえが私のものだということを示したくて、贈ったのだ」
 クレフは顔を上げ、ほろ苦く笑った。
「傲慢な話だ、おまえを自分のものいしたいなど。おまえはおまえだけのものなのに」
 私はクレフの手を握り返すと、ふるふるとかぶりを振った。
「もしも誰かのものになれるのなら、私は私のものじゃなく、あなたのものになりたいわ」
 もしも『心』が、取り出して中を見せることのできるものだったなら、わかってもらえるのに。この心がいつもクレフでいっぱいであることを。
 できるなら、クレフのものにしてほしい。いつもそう思ってる。つないだ手を、永遠に離さないでいてほしい。死が二人を分かつまで、二人で同じ未来を見て歩きたい。

「……ウミ」
 名前を呼ばれると、突然夢から醒めた気持ちになった。面映ゆさが頬を染める。空いた方の手で、私は忙しなく髪をいじった。
「やだ、なんか、柄にもないこと言っちゃったわね」
 私はクレフの手から自分のそれを抜こうとした。けれどそうはさせじとするかのように、クレフが強く力を込めて握った。私ははっと瞬いた。クレフは私の手を持ち上げると、ブルーサファイアに唇を寄せた。
「ずっと、言えずにいたことがある」
 目の前にいる私しか聞き取れないような、小さな声。けれどそれでじゅうぶんだった。クレフは私の体を抱き寄せると、耳元で囁いた。
「――」
 私は思わず肩を震わせた。ざわざわとした緊張感が、肌を抜ける。そっと離れたクレフと、至近距離で見つめ合う。瞬きをすると、頬を一筋の涙が伝った。小刻みに震える唇がみっともなくて、片手で隠した。その手をまた涙が伝う。観念して目を閉じ、小さく、小さくうなずいた。
 つないだ手から緊張が解かれる。今しがた肌を抜けた緊張感は私だけではなくクレフのものでもあったのだと、そのとき初めて気がついた。
「ありがとう」
 そう言ったクレフの腕が、背中に優しく廻される。その胸元に顔を埋め、私は涙が枯れるまで泣いた。それほどのうれし涙を流したのは、後にも先にもそのとき限りのことだった。


『結婚しよう』
 いつの間に、どうやって覚えたのか、私の鼓膜を震わせたのは美しい日本語だった。
 この先何があっても、二人なら乗り越えていける。抱き合った胸の中に、ブルーサファイアが照らす未来が見えた気がした。




ブルーサファイアに口づけを 完





プロポーズネタ。やきもちを妬くクレフが書きたくて。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2014.02.16 up




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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