蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 23. 予期せぬ集い

長編 『蒼穹の果てに』

こんなにも簡単に行き来できるのに、二つの世界のあいだには消せない隔たりがある。その事実を急に突きつけられたようで、どうしようもなく哀しくなった。

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 そのとき海たちは大広間にいて、ちょっとした茶会をしている最中だった。メンバーは海、光、風の三人にランティス、フェリオ、プレセアを加えた計六人だった。特に議題があるわけでもなく、よもやま話に花を咲かせていた。

「そういえば、私たちがこっちの世界にいるあいだって、時間の流れとかどうなるのかしら」
 東京とセフィーロの気候の違いに話が及んだとき、急に気がついて海はぽろっと口にした。
 普段、東京とセフィーロとのあいだに時差はない。一日は24時間、一年は365日をかけて過ぎていく。けれどもし、今も同じように時間が流れているのだとしたら、東京では大変なことになっているのではないかと思った。何しろ、東京へ帰ることができなくなってもう五日目なのだ、突然音信不通になった海たちのことを心配した家族が捜索願を出していてもおかしくない。そんなことに、いまさらながら考えが及び、うすら寒くなったのだった。
「そうですわね。さすがに五日も行方不明になってしまっては、今ごろ『神隠し』などと言われて騒がれてしまっているかもしれませんわね」
「さりげなくとんでもないこと言わないでよ、風」
 ふふふ、と風は笑った。
「でも、本当にそうなってたら困るよね」
 光が真面目に応じた。まさか「神隠し」と騒がれているとは思わないけれど、謎の行方不明事件として扱われている可能性は大いにある。そうなっていたら困ることは確かだったので、海はうなった。

「それに関しては問題ない」
 ところが、意外な人が意外な言葉を紡いだので、誰もが「え?」と彼を見た。
「どういうこと? ランティス」と光が首を傾げた。
「今、『異世界』では時間が止まっているはずだ」
「時間が……止まってる?」
 ランティスがうなずいた。
「おまえたちは本来、異世界にいるべき人間だ。そのおまえたちが不在であるにもかかわらず異世界での時間が通常どおりに過ぎていってしまえば、世界のつじつまが合わなくなる」
「でも、これまでは、私たちがセフィーロにいても東京の時間はいつもどおりに流れてたよ?」
「それは『道』がつながっていたからだ。ひとつの『道』でセフィーロと異世界がつながっているあいだは、たとえおまえたちがセフィーロにいても異世界と同じ世界にいるとみなすことができた。だがその『道』が閉ざされた今、おまえたちは完全に異世界から切り離されてしまっている。だから今は、異世界での時間は止まったままになっていると考えるのが自然だ」
 誰もが唖然としてランティスを見た。確かな分析と事実に基づいた説得力のある意見に驚いたのが半分、いつもは無口なランティスがこれほど饒舌に口を動かしていることに驚いたのが半分、といった感じの反応だった。

「そういえば、私たちが最初に招喚されたときもそうでしたわ」
「え?」と海は風を見た。
「覚えていらっしゃいませんか? あのとき私たちはセフィーロでそれなりの日数を消化したはずでしたのに、東京へ戻ったらまだ社会科見学の最中でしたでしょう」
「ああ……」
 もちろん忘れるはずなどなかった。あのときのことは、いろいろな意味で忘れられない。そして思い出してみれば確かに風の言うとおり、あの日強制送還された東京タワーではまだ社会科見学が続いていた。
「私も心当たりがあるよ」と光が言った。「『柱への道』をイーグルと一緒に通ったとき、たどり着いた先が東京だったんだ。でも、あのときの東京は時間が止まってた」
「もしかして、『道』が開く前だったから?」
「そういうことかもしれない。今までは考えたこともなかったけど」
 なるほどな、と海は思った。『道』が閉ざされている限り東京での時間は止まるというのは、理に適っている。ということは、『道』が開くまでは、セフィーロで過ごす時間が増えることについては心配する必要がないということだ。何よりも両親に余計な心配をかけなくて済みそうだということに、海は一度は安堵した。

 ランティスの説明からひとつの解にたどり着いた海たちは、まるで示し合わせたかのようにほぼ同じタイミングでランティスに視線を向けた。その視線には、この考察で合っているかという問いかけの意味が込められていた。それを受け取ったランティスは、肩を竦めることによって肯定の意志を示した。
「それにしても、あなたよく気がついたわね」
 感嘆したプレセアに、フェリオが「本当だな」と同調した。
「俺なんか、考えることさえなかったのに」
「俺ではない」
「え?」
「このことに気がついたのは、導師クレフだ」
 殺伐とした口調で紡がれた言葉に、皆面食らった。海は思わず身を乗り出していた。
「どういうこと?」
「俺は、導師クレフが言っていたことをそのまま述べたまでだ。導師クレフに、おまえたちがもしもこのことについて疑問を持つことがあったら教えてやってほしいと頼まれていた」
「導師がそうおっしゃったのか」とフェリオが呆気に取られて言った。
「ああ」
「じゃあ」と海は言った。「クレフは、私たちがいずれこの話をすることになるってわかっていたということ?」
「俺にあのひとの考えていることまではわからない」
「でも、どうして導師クレフはご自分の口からおっしゃろうとはなさらなかったのかしら」
 眉間に皺を寄せたプレセアの疑問に答えられる者は、誰一人いなかった。
 その場に居心地の悪い空気が流れた。口にはしないけれど、皆気づいている。クレフはここ数日、少し様子がおかしい。すべての始まりはあの日、海たちが異世界へと帰ることができなくなった瞬間に始まった。それ以降、なんとなく周囲の人間と距離を置いているように感じられる。今回のことも、もしかしたら海たちと直接話をすることを避けてランティスに代弁を頼んだのではないだろうか。

「とにかく、おまえたちの異世界での生活に影響はなさそうだということがわかっただけでも、よかったじゃないか」
 フェリオが明るい声で言った。場の空気を和ませようとしているようだった。最初に風が「ええ」と答え、光やプレセアも頬を緩ませた。ランティスも、表情こそ変わらないけれど雰囲気が少し軽くなった。けれど海は、一人釈然としない気持ちを振り払うことができなかった。「おまえたちは本来、異世界にいるべき人間だ」。ランティスがさりげなく言った言葉が、海の心に影を落としていた。
 海たちがこちらの世界にいるあいだは東京での時間は止まっているということは、海たちは当たり前のように東京で暮らすことを求められている存在だということだ。セフィーロにはいてはならないと暗に言われているようで、肩身が狭かった。私たちはやはり、あまりこちらの世界と深い関わりを持つべきではないのだろうか。
 こんなにも簡単に行き来できるのに、二つの世界のあいだには消せない隔たりがある。その事実を急に突きつけられたようで、どうしようもなく哀しくなった。海たちはセフィーロを必要としているけれど、セフィーロは海たちを必要としてはいないのかもしれない。けれどそれを責めることはできなかった。なぜなら逆もしかりだからだ。もしもこちらの世界の人たちが東京へ行くことがあったとしても、そこに彼らの居場所があるとは思えなかった。

「どうしたの?」
 光の声で、海ははっとわれに返った。最初はてっきり自分に向けられた言葉だと思い、「なんでもない」と答えかけた。けれど顔を上げても光と目は合わなかった。光はランティスを見ていた。そしてそのランティスは、何やら険しい顔をして天窓を凝視していた。
「どうした、ランティス」とフェリオが瞬いた。
「……ジェオだ」
「え?」
「来る」
 短く言うやいなや、ランティスはさっと立ち上がった。けれどそこからすぐに動き出すことはせず、じっと目を閉じて瞑想状態に入った。いつの間にか誰もが立ち上がり、彼の様子を見守っていた。やがて目を開けたランティスは、眉間に深く皺を刻んだ。
「FTOで来ている」
「FTO?」とフェリオが鸚鵡返しにした。「なんでまた、あんな魔神みたいなやつで」
「どうやら一人のようだ」
「一人? ザズは一緒じゃないのか?」
 光が問いかけたとき、けれどランティスの意識はすでに別のところへ向いていたようだった。再び眉間に皺を刻み、辺りを警戒するように眼球を動かした。
「妙だ。チゼータやファーレンの移動要塞の気配も感じる」
「なんだって? 今日は会議の予定なんかなかったぞ」
 フェリオが解せない顔で言い、プレセアを見た。けれどプレセアも何も知らないらしく、狐に抓まれたような顔でかぶりを振るだけだった。

「私、ちょっと見てくる」
 居ても立っても居られない様子で、光がその場を駆け出そうとした。
「待て、ヒカル――」
『皆、大広間に集まれ』
 ランティスが慌てて光の後を追おうとした。けれどそれは、突如『心』に響いた声によって遮られた。
「え?」
 ランティスのみならず光も動きを止める。その場にいた全員が互いの顔を見合わせ、どうやら同じ声が聞こえていたらしいことを確認し合った。皆が思い描いているのは同じ人物――クレフだった。
「どういうことなの?」
 海が言った、その直後のことだった。無人だった玉座で突然つむじ風が巻き上がり、大広間を席巻した。皆思わずうめいて腕で顔を覆った。片目を瞑って指の隙間から様子を窺った海は、けれど驚いてすぐに腕を外した。突如として、玉座にクレフその人が姿を現したからだ。
「導師」
 フェリオとプレセア、そしてランティスの三人は、その場でさっと跪いた。クレフは誰のことも見ず、ただ真っすぐに正面の扉を見据えていた。海はその視線の先を追いかけるように振り返った。するとひとりでに開かれた扉の向こうから、見知った顔がいくつも大広間へとやってくるところだった。
「導師、チゼータの姫様がたが、たった今到着されはって」
「ファーレンのアスカたちも一緒です」
 真っ先に入ってきたのはカルディナだった。彼女のすぐ後ろにはタトラとタータの姿があった。そしてそのさらに後ろから、アスカ、サンユン、チャンアンを連れてアスコットがやってきた。

 海は面食らった。これだけの大人数が、クレフの呼び声ひとつでやってきたというのだろうか。けれどいったい何のために?
 どうやら楽しいことのためではないようだった。皆、特にセフィーロ以外の国々からやってきた人たちの顔が青ざめている。海は無意識のうちに背筋を伸ばし、玉座のクレフを見た。海と同じ行動を取った人が、ほかにも何人かいた。
「導師」
 口を開いたのはランティスだった。
「たった今、FTOが到着した気配を感じたが」
 クレフは黙ってうなずいた。そして再び視線を扉の方へと向けた。
「ねえ、何かあったの?」
 海は隣に立ったタータに耳打ちしてみた。
「それがな――」
 腕を組み、いつになく深刻な顔をしていたタータは、海の問いかけに答えようとして身を屈めてくれた。
「導師クレフ、ジェオをお連れしました」
 けれど続きを聞くことはかなわなかった。背後から、野太い男の声がしたからだ。誰もが扉の方を振り返った。
 二人の大男が大股でこちらへ向かってくる。ラファーガとジェオだった。ラファーガは広間へ入ってくるとそのまま真っすぐクレフの前まで行って跪いた。一方ジェオは、皆から一歩離れたところで立ち止まった。ジェオとのあいだにできた微妙な距離が、海に妙な焦燥感を与えた。

「チゼータはだめだったわ、ジェオ」
 一瞬流れた沈黙を破ったその言葉は、少なくとも海にとっては唐突に響く言葉だった。皆が彼女――タトラを見た。彼女は沈痛な面持ちで唇を結んでいた。タータも同じ表情だった。
「ファーレンは、探させておる途中じゃが、可能性は限りなく低いじゃろう」
 続けてアスカが、タトラと同じようにジェオに向かって言った。二人の姫のから声をかけられたジェオは、けれど特に驚いた様子もなく、無言でうなずいただけだった。
「ちょっと待てよ。タトラもアスカも、いったい何の話をしてるんだ? それに、どうしていきなりこれだけの人がそろうことになったんだ」
 フェリオが動揺を隠せない口調で言った。するとジェオが、その場でさっと膝を折った。
「俺の勝手でやったことだ。チゼータ、ファーレンの両国にはとある緊急調査を要請していて、その結果報告をセフィーロに来てやってほしいと頼んだんだ。赦してくれ、王子」
「緊急調査? いったい何の調査を」
「とある人物の捜索だ」
「捜索?」
「ザズが行方をくらませたんだ」
 誰かが息を呑む音がはっきりと聞こえた。大広間を包む空気が、一瞬にして凍りついた。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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