蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 24. 追いつめられた男

長編 『蒼穹の果てに』

悪い冗談か何かだと思った。海は咄嗟に笑い飛ばそうとして口を開いたけれど、そこからは掠れた息が漏れるだけだった。

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「行方をくらませたって……どういうことだ」
 フェリオが狼狽した様子で問うた。
「言葉どおりだ。突然姿を消しちまいやがった」
 そう言って、ジェオは歯を軋ませた。
「オートザムにはヤツの生体反応がなかったから、チゼータ、ファーレンの両国には先に連絡して、ザズがそっちに行ってないか探してくれって頼んだんだ。それから、セフィーロに集まることも」
「どうしてセフィーロに集まることにしたの?」
「ジェオから詳しい話を聞くためよ」
 海の問いかけに答えたのはタトラだった。
「どうせなら、一か所に集まってみんなで話を聞いた方が、ジェオの手間も省けるでしょう。どうやらほかにも話したいことがあるようだったし」
 タトラの言葉に、ジェオが驚いた様子で目を見開いた。けれどすぐに表情を引き締めて首肯すると、フェリオに向き直って深く頭を下げた。
「勝手なことをして、申し訳ない」
「どうだっていいさ、そんなこと」とフェリオはジェオの謝罪を一蹴した。「それより、どうしてもっと早くに俺たちにも教えてくれなかったんだ。チゼータやファーレンに連絡できたのなら、セフィーロにも連絡できただろう」
「直接話がしたかったんだ。それに」
 ジェオは一度言葉を区切り、それきり黙り込んだ。いつになく思いつめた表情のジェオに、誰も声をかけることができなかった。

「とにかく、今はザズの行方を捜すことが先決だな。詳しい話はそれからだ」
 フェリオが、場を支配しかけた沈黙を振り払うように言った。
「オートザムとチゼータにはいないことが確認されてるんだったよな」
「そうだ」とタータがうなずいた。
「ファーレンにいる可能性も低いとなれば、必然的にザズがいるのはセフィーロということになるな。ラファーガ、親衛隊を総動員して、セフィーロ国内をくまなく捜してくれ」
「かしこまりました」
「その必要はない」
 その場を去ろうとしたラファーガを、けれど直後に放たれた鋭い声が留めた。声の主は、それまで沈黙を貫いていたクレフだった。
「え?」
 皆の視線が玉座に向かった。
「皇女、力を貸してくれ」
 玉座にいたクレフは、そばにいたアスカを見てやや早口にそう言った。アスカは目を見開いて自分自身を指差した。突然自らが指名されたことに驚きを隠せない様子だった。険しい顔をしていたクレフは、ふっと一瞬表情を緩めてアスカにほほ笑みかけた。
「ファーレンもまとめて探る。そのためには、そなたの力が必要なのだ。私にファーレンを教えてくれ」
 そのとき、はっと大仰に身を震わせた人がいた。彼は体が大きいから、とても目立った。
「導師、それは」
 強張った声を上げたのはランティスだった。思わず、といったように身を乗り出したランティスを、けれどクレフはちらりと一瞥しただけだった。そしてアスカを促すように手を伸ばした。
「私の手を取り、脳裏にファーレンを思い描くだけでいい」
「……いったい、何をなさるおつもりかや?」
「ザズを捜す」
「導師」とランティスがもう一歩踏み出した。「無茶だ。セフィーロだけならばともかく、ファーレンの中まで捜すなど」
「議論している暇はない」
「しかし、――」
 これっぽっちも引き下がる気配のなかったランティスが、急に言葉を止めた。その瞬間、誰もがランティスの心情を理解しはっと息を呑んだ。厳しい口調とは裏腹に、クレフが慈しみ深いほほ笑みを浮かべていたのだった。
「見くびられたものだな。私の力は、それほどまでに頼りないか?」

 答えられる者は誰もいなかった。ランティスでさえ口を噤んだのを見て、クレフは再びアスカに視線を移した。
「あなたに負担はかけない。すべては一刻も早くザズを捜すためだ」
 アスカはクレフの目を探るようにじっと見た。迷っている様子だった。けれどやがてこくりとうなずき、差し出されたクレフの手を取った。
「アスカ様」
 後ろでサンユンが心配そうに見つめている。手を取り合ったクレフとアスカは、ほぼ同時に目を閉じた。すると、つながれた掌が一瞬淡い光を宿した。それが消えると同時に、先にクレフが瞼を開いた。遅れてアスカの目も開く。手を離しながら、クレフは「ありがとう」と言った。
「豊かな国だ」
 クレフの言葉に、アスカがわずかに頬を染めた。直後、クレフはローブを翻し杖を体の前に打ち付けた。するとクレフを中心にして大きな魔法陣が浮かび上がり、そこから舞い上がる風がクレフのローブと髪を掻き上げた。
「クレフ」
 海は思わず身を乗り出した。けれどクレフに近づくことはできなかった。刹那、クレフを取り囲んだ魔法陣から膨大な光が爆ぜたのだった。

 クレフの杖の宝玉と同じ青白い光が、魔法陣のみならずクレフ本人をも包む。鋭い風にローブの裾がはためき、クレフの前髪を掻き上げる。クレフは目を閉じ、両手で軽く握った杖を体の前で構えた姿勢で、微動だにせず意識を集中させている。
 誰もが言葉を失くしてその様子をただ見守っていた。目の前にあるのは近寄ることさえできないほどの圧倒的な力なのに、まるで神話を見ているかのような荘厳さを感じさせた。本当の魔法の力を見せつけられているようだった。こんな魔法、とても自分には使えないだろう。けれどそこに悔しさはなかった。あるのはただ、深い感慨だけだった。

「クレフは何をしてるんだ?」
 光がランティスを見上げて訊ねた。
「ザズの気配を探っているのだ」とランティスはクレフに険しい瞳を向けたまま答えた。「セフィーロのみならず、ファーレンの中まで探るつもりだ」
「ファーレンを探るだなんて……そんなこと、簡単にできるものなの?」
 不安げに言ったのはプレセアだった。
「普通の人間では無理だ」とランティスは言い切った。「そもそも人の気配を追うということ自体、自らの足が地についている領域内でしかできないことだ。ファーレンは遠すぎる。通常は、あの国まで意識を飛ばすことでさえ困難で、まして、そこから一人の人間の気配を探るなど」
「そんな。クレフはだいじょうぶなの?」
 堪らず海はランティスに迫った。ランティスはちらりとも海の方を見ず、じっとクレフを凝視している。海もつられてクレフを見た。クレフの表情は凛としたままで、未だ魔法は続いている。
「だいじょうぶだよ」
 答えたのはアスコットだった。何気なく彼を見上げた海は、はっとした。アスコットのクレフを見る目は、不安をまったく湛えていないという点でほかの人たちとは決定的に違っていた。
「導師は『普通の人』じゃない。あの人の力は群を抜いてる。さっき、導師はアスカにファーレンのことを『豊かな国だ』って言ってたでしょう。導師は、アスカの気配とアスカの思い描いた景色からだけでもうファーレンを知ってしまったんだ。その時点ですでに普通の人ができることじゃない。それに」
 一度言葉を区切り、アスコットは海を見た。
「導師クレフは、無茶はするけど無理はしない。あのひとは、できると信じてるからやってるはずだ。だから僕たちも、だいじょうぶだって信じよう」
 アスコットの言葉には説得力があった。確かにそうだと思って、海はうなずいた。そしてその直後のことだった。ずっと一定の強さで続けられていたクレフの魔法が、ついに収束し始めた。

 はためいていたローブの裾が次第に落ち着きを取り戻し、青白い光が薄らいでいくとともに魔法陣の輪郭もぼやけていく。そして光と魔法陣が完全に消えると、クレフは杖の構えを解いて目を開けた。
「導師」
 恐る恐る、といったようにプレセアが声をかける。クレフは最初少し恍惚としているように見えたけれど、一度瞬きをするとその瞳はいつもの輝きを取り戻した。ふっと短く息をつくと、クレフはジェオを見た。そして素早くかぶりを振り、
「だめだ。セフィーロにもファーレンにも、ザズの気配はない」
 と言った。
「そんな。それじゃあザズはいったいどこに行ったんだ?」
 光が打ちひしがれた様子で言った。クレフは沈黙した。こんなときに生半可な慰めの言葉がいかに無意味であるかということを、彼は誰よりもよくわかっているのだろうと思った。
 誰もが落胆に肩を落とした。海ももちろんがっかりしたけれど、それよりも、クレフの様子にいつもと違うところが特に見当たらないことについてほっとする気持ちの方が大きかった。

「くそっ」とジェオが自分の頭をぐしゃぐしゃっと揉んだ。「どこ行っちまったんだ、あいつ。変なこと考えてなきゃいいけどな」
 はっきりそれとわかるほど、場に緊張が走った。海は無意識のうちに自らを抱きしめるように腕を廻していた。
「いったい何があったん? ザズが『変なこと』考えるようなことがあったんか」
 カルディナが海の気持ちを代弁した。
 ザズが「変なこと」を考えてしまうような理由として、少なくとも海には思い当たる節は何もなかった。前回会ったときのことを思い返しても、ザズにいつもと変わった様子は特になかったように思う。オートザムにいたここ数日のあいだに、何かザズをそれほどまでに落胆させる事件があったのだろうか。
「……これは、ザズの意向でずっと伏せていたことなんだが」
 やがて、ジェオが徐に話し出した。

 それからジェオが語った内容に、事情を知らなかった海たちは絶句した。ザズの家庭事情、母親の病気、そしてその母親の死。そんなことがあったのなら、ザズが「変なこと」を考えてもおかしくない。ザズの心情を思うと胸が痛んだ。常に気丈に振る舞っていたのは、ザズの精いっぱいの強がりだったのだろう。
「俺があいつを追いつめたようなものなんだ。本当は、あいつの心を慮ってやらなきゃならなかったのに、俺は真逆のことを言っちまった」
 最後のやり取りを振り返り、ジェオはほぞを噛んだ。けれどジェオがザズに向かって言ったことはもっともだ。「俺が死ねばよかった」なんて、そんな風に考えることは間違ってる。もしも亡くなったザズの母親がザズがそんなことを考えていると知ったら、きっとひどく哀しむだろう。
「お母さまのこと、よほどショックだったのね」
 海は呟いた。無意識のうちに視線が落ちていた。
「ああ」とジェオはうなずいた。「しかも、そんなあいつの状態に追い打ちをかけるようなことがあった。おふくろさんの葬儀が終わるやいなや、あいつはいきなり20隻もの戦艦の整備責任者に任命されたんだ」
 両手をズボンのポケットに突っ込み、苦虫を噛み潰したような顔をしてジェオが言った言葉の持つ重みをわかったものは、このときはまだいなかった。海も例に違わなかった。20隻の戦艦を整備する、その責任者に認められたということは純粋にすごいことだとさえ思った。それがどうしてザズの失踪につながるのか、皆目見当がつかなかった。
「気持ちの整理がつかないまま仕事に駆り出されて精神が参ってしまった、ってことか?」
 フェリオがきょとんとして言った。
「いや、そうじゃない。ザズにとってショックだったのは、戦艦を任されたことそのものじゃなく、その戦艦が使われる目的の方だった」
「目的?」
 そこでジェオは一度口を噤んだ。皆ジェオが言葉を続けるのを待った。沈黙の中、けれどジェオはなかなか顔を上げようとしなかった。
「その戦艦の目的は、セフィーロへの侵攻だ。大統領の命で今、大量の兵器を積んだ戦艦が、計20隻整備されている。準備が出来次第、大統領はセフィーロへ進軍するつもりだ」
 俯いたままジェオが捲し立てた言葉に、大広間から血の気が引いた。

 悪い冗談か何かだと思った。海は咄嗟に笑い飛ばそうとして口を開いたけれど、そこからは掠れた息が漏れるだけだった。ジェオの真剣そのものといった表情を見ていると、とても笑うことなどできなかった。
 これだったのか。海は頭の片隅で妙に冷静に考えていた。ジェオの「話したかったこと」というのはこれだったのだ。この話を伝えるために、ジェオはセフィーロに来なければならなかった。
 でも、どうして。どうしてセフィーロが攻め込まれなければならないのだろう。海にはまったく理解できなかった。そもそも今のセフィーロにはイーグルがいる。大統領は息子に戦火を向けようとしているというのだろうか。

「それは、穏やかなお話ではないわね」
 いつも飄々としているタトラも、さすがに青ざめていた。
「オートザム国大統領は、なぜセフィーロへ侵攻しようと?」
「俺にもさっぱりわからねえ。もう、何がなんだか」
 ジェオは堪らずといったようにわずかに声を荒げた。
「ただ、大統領は本気だ。あの人は本気でセフィーロに攻め入るつもりだ。俺じゃとても止められない。遅かれ早かれ、あの戦艦たちはセフィーロにやってくる」
「そのような事情であれば、ザズが逃げ出したくなるのも無理はないじゃろう。セフィーロに進軍するための戦艦の整備など、できるはずもないであろうからの」
 アスカが言った。ジェオはますます俯いた。
「すまない。俺にできたのは、せいぜいFTOを持ってくることだけだった」
 ようやく顔を上げたジェオは、フェリオとクレフを交互に見た。その悲痛な横顔に、海の胸は大きく揺さぶられた。祖国オートザムとこのセフィーロとのあいだで揺れているジェオの心が、手に取るようにわかった。
「FTOは置いていきます。もっとも、あのマシンを操れるのはイーグルだけですが……オートザムに留めておくよりはましでしょう。あれが手元にないだけでも、オートザムにとってはそれなりの痛手になるはずです。FTOは、オートザム最強のマシンですから」
 そう言って、ジェオはポケットから手を引いた。するとそのポケットから何かがひらりと舞い落ちた。
 それは軽さ故に空中を不規則に漂い、やがてラファーガの足元に落ちた。どうやら小さな紙切れのようだった。二つに折りたたまれている。ラファーガが何気なくそれを拾った。中を見て、けれどラファーガは突然顔を蒼くした。
「ああ、それ。ザズがいなくなる直前までいた部屋に落ちてたんだ。あいつの落とし物かと思って、取っておいたんだが」
 ジェオの説明に、けれどラファーガは顔を上げず、手に持った紙を穴が空くほどじっと見つめた。そしてその紙を徐に隣のクレフへと差し出した。
「導師クレフ、これは」
 皆の視線がクレフへと集まる。そういえば、先ほどからのやり取りの中でクレフが一度も口を開いていないことに、このとき初めて気がついた。

 クレフはラファーガが差し出した紙を受け取り、ちらりと一瞥した。けれどそれきりだった。ラファーガのように驚くこともなく、紙を持った手を静かに下ろした。それからクレフは一度ラファーガと目を合わせ、何か言いかけたラファーガを制するようにさっとかぶりを振った。そしてジェオに視線を移し、ようやく口を開いた。
「ザズが残したものなら、これを手がかりにザズの行方を追うことができるかもしれない。拝借できるか」
「それは、もちろん」とジェオは二つ返事にうなずいた。「そんな紙切れであいつの居場所がわかるなら、喜んで差し上げます」
 ジェオの答えを聞くやいなや、クレフは玉座を降りてつかつかとジェオのもとへ歩み寄った。
「こちらでできる限りのことはしよう。知らせをもらえて助かった。くれぐれも身に危険が及ばないようにしてくれ」
「俺のことはいいんです。危険が及んでいるのはむしろセフィーロの方で――」
「わかっている」
 クレフはジェオを鋭く遮った。それから穏やかな笑顔を浮かべ、ジェオに向かってうなずいた。ジェオが目をしぱたかせる。その隙にクレフはさっとローブを翻すと、一人大広間を後にした。言葉少ななその後姿に、なぜか誰も声をかけられなかった。

「クレフさん、何かお考えがあるのでしょうか」
 風が海の耳元で囁いた。さあ、と海は首を傾げた。あんな紙切れ一枚でどうやってザズの居場所を追うというのだろう。それに、あの紙切れを見たラファーガが妙に強張った顔をしていたことも気になる。
 ラファーガのことを窺おうとして、思いがけずランティスの姿が目に留まった。ランティスは眉間に皺を寄せ、クレフが去っていった方を瞬きもせずにじっと見つめていた。そういえばランティスも、ジェオがやってきてからは一度も口を開いていない。
 誰もが不安げな表情を浮かべる中、ランティスの湛える険しさが妙に浮き立って見えた。




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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