蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

夢のあとさき 誕生日(前篇)

連作短編集 『夢のあとさき』

バレンタインから始めている連作短編集、誕生日編です。
設定を引き継いでいますので、前作をご覧になってから読まれることをおすすめします。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





「むむ、その手があったか」
 パパの声に、私は料理を並べていた手を止め、家の方を見た。
 私が今いる庭へと直接出られるようになっているリビングに、二人の男性の姿がある。彼らは小さなテーブルを挟んで向かい合って座っていた。そのテーブルの上をじっと見ながら、パパがむつかしい顔をしている。片やパパの向かい側に座っている人は、たっぷりと余裕を残した笑みを浮かべている。表情の差を見る限り、どうやら今回もパパの負けで終わりそうだ。
「楽しそうね、パパ」
 ふとママが耳元で囁いた。私は首肯しながら、止まっていた手を再び動かし始めた。
「パパがあんなにチェス好きだったなんて、知らなかったわ」
「学生のころは、それこそよく大会に出場していたのよ。ママもお弁当を持って応援に行ったりしてね」
「そうだったの」
「それにしても、ママは海ちゃんにあんなにかっこいいお友達がいたってことの方に驚いてるわよ」
 テーブルの上にカトラリーや紙ナプキンを置きながら、ママが笑った。反論するのが面倒で、私は曖昧にほほ笑み返した。けれどママが次に続けた言葉ばかりは聞き流すわけにはいかなかった。
「チェスの強い人を好きになるなんて、やっぱり女の子はパパに似た人を好きになるものなのね」
「な……ちっ、違うわよ、ママ。クレフはそんなんじゃ――」
「ごめんください」
 そのとき、玄関の方から聞き慣れた声がした。はっと顔を上げると、光と風の姿が見えた。
「いらっしゃい、入って。こっちよ」
 正面玄関の方を見ていた二人に、庭から手を振る。すると二人もこちらに気づき、いそいそと門をくぐった。

「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
 庭へやってくると、風が礼儀正しく私のママに向かって頭を下げた。
「ご丁寧にありがとう。今日は楽しんでいってね」
 そう言うと、ママは後ろを振り返った。
「あなた、海ちゃんのお友達がお見えになりましたよ」
 けれどパパは「ん」としか言わなかった。こちらを見ることさえしない。どうやらよほどチェスに熱中しているらしい。止めなければいつまでもそうしていそうで、私は苦笑した。そんなパパの代わりに、向かい側に座っていたクレフがこちらを見た。彼が軽く会釈をすると、光が「え」と声を上げた。
「クレフ、何してるんだ?」
「ちょっと、チェスをね」と私は言った。「パパがどうしてもクレフとチェスがしたいって言うから、早めに来てもらったの。もう二時間もあの調子なのよ」
「まあ」と風が口元に手を当てた。
「ごめんなさいね、そっけなくて。あのひと、一度のめり込むとなかなか抜け出してこないものだから」
 ママは申し訳なさそうに眉尻を下げると、残りの料理を取りにキッチンへ向かっていった。

「海さんのお父さま、チェスをなさるんですのね」
 風がまだ驚いている様子で言った。
「ええ。でも私も、昔から好きだっていうことは知ってたけど、あれほどだとは思わなかったわ。ほら、このあいだチェスの学生大会があったでしょう? あの大会で優勝した人が同じクラスにいるっていう話をしたら、パパがもう『早くうちに連れて来い』って、うるさくて」
 正確に言えば、優勝したのはクレフ個人ではなくクレフのチームだったのだけれど、優勝した直後の学校内の盛り上がりはすさまじかった。上級生の話だと、去年個人戦でチャンピオンが誕生したときを優に凌ぐ熱狂ぶりだったという。何でも、団体戦で優勝するのは個人戦で優勝するよりも難しいらしいのだ。私たちの学校も、個人戦では何人かのチャンピオンを輩出しているけれど、団体戦で優勝したのは今回が初めてのことだった。そしてその優勝の立役者はほかでもない、クレフだという話だった。

「そうだったのですね。私はてっきり、海さんがお誕生日をクレフさんにお祝いしていただきたくてお呼びになったのだと思いましたわ」
 私はびっくりして思わず風を振りかぶった。
「そうそう。だから今日、本当に私たちが来ていいのかなあって、直前まで風ちゃんと話してたんだよ」
「ちょっと、よしてよ二人とも。何度も言うけど、私とクレフはそんなんじゃないんだったら」
「ですが、先日のバレンタインデーにはチョコレートをお渡しになったのでしょう?」
「あれは、成り行きよ、成り行き。仕方なかったの。それより」
 無理やり話題を変えようと、私は意識的に声のトーンを上げた。意図したより上ずってしまったのでしまったなと思ったけれど、何食わぬ顔で続けた。
「二人とも、ほかに誰も連れてこなかったの? 風はフェリオとか、連れてくる予定だって言ってたじゃない」
「フェリオはもうまもなく来ますわ」
「私も呼んでる人がいるんだ。そろそろ来ると思うよ。スペシャルゲストを連れてね」
「スペシャルゲスト?」
 きょとんとした私をよそに、光と風は互いの顔を見て「ね」と目配せし合った。
 誰だろう、スペシャルゲストって。参加者が増えるのは大歓迎だけれど、いったい誰が来るのか想像もつかなかった。
 そもそも風と付き合っているフェリオはともかく、光が呼びそうな人というのが思い浮かばない。このパーティーに招待したときに「誘い合わせて来て」と伝えたときは、光は「考えておく」と言っていた。あれから数日で、招待する人に思い当たったのだろうか。

「ごめんください」
 そんなことを考えていると、まるでタイミングを見計らったかのように門の方から男の人の声がした。
「フェリオですわ」
「入ってもらって」
 風が門の方へ向かう。その後に光も続いた。どうして光まで、と思ったのだけれど、その理由はすぐにわかった。フェリオの後ろから、別の男性が姿を見せたのだ。
 ずいぶんと背の高い人だった。フェリオと並んでも、彼より頭一つ分以上は高い。小柄な光がそばに行くと、ますます背の高さが強調されるように感じた。180センチ台後半はありそうだ。
 黒い髪に広い肩幅、無表情なのに迫力のある瞳。ぱっと見は強面だけれど、どこか憎めない印象を抱いた。あの光が楽しそうに話しかけているのだから、悪い人ではないのだろう。
「紹介するね、海ちゃん。剣道部のランティス先輩」
 光に名前を聞いて、私は「ああ」とうなずいた。その名前には聞き覚えがあった。
「知ってるわ。たしか、小学生のころから試合では負けたことがないっていう」
「そう、その人だよ。すごく強いんだ、ランティス先輩。いつも手合せをしてくれるんだけど、身のこなしとか、本当に参考になるんだ」
 私はランティス先輩を見上げた。名前だけなら聞いたことがあったけれど、こんな風貌の人だとは知らなかった。第一印象は仏頂面だと思ったけれど、改めて見ると目尻が優しそうだった。
「はじめまして、龍咲海です」
 私がそう言って頭を下げても、ランティス先輩は辛うじてわかる程度にうなずいただけだった。なんだか変わった人だ。でも、光の天真爛漫な性格とのバランスを考えると悪くないのかもしれない。

 私はその光の腕を軽く引いた。
「ねえ、スペシャルゲストって、ランティス先輩のこと?」
 光はにっこりと笑った。思いがけない反応に、私は戸惑った。その笑顔が否定の意を含んだものなのかそれとも肯定の意を含んだものなのか、よくわからない。
「さて、ここで龍咲に問題だ」
 問い質そうとしたそのとき、急にフェリオが割って入ってきた。
「俺とランティス先輩の共通点は何だと思う?」
「え?」
「それがスペシャルゲストのヒントだ」
 私は思わず光、風を見た。二人はびっくりするくらいそっくりな顔でにんまりと笑んでいた。どうやら二人は答えを知っているらしい。
 フェリオとランティス先輩を交互に見比べる。二人の共通点と言われても、私には皆目見当がつかなかった。そもそも私は二人とほとんど接点がない。フェリオとは、風が付き合っている人だからたまに話すことがあるけれど、それだって数えるくらいのことだ。ランティス先輩に至っては今日が初対面で、剣道部の二年生エースだということくらいしか知らない。そんな二人に共通していることを当てるなんて、私にとっては数学の難問と同じくらい難しいことのように思えた。

「共通点って言っても……二人とも、学年も部活も違うわよね」と私は苦し紛れに言った。
「お、いい線行ってるな」
「え?」
「俺は一年生。それじゃ、ランティス先輩は?」
「二年生でしょう?」
「そうだ。それじゃ、ランティス先輩のクラスの担任は誰か知ってるか?」
「知らないわ」
「ヒントはおまえの部活だ」
「私の部活?……あ、黒鋼先生?」
「ビンゴ。それじゃあ次に、俺の部活は何だった?」
「何って、サッカー部でしょ。それはさすがの私も知ってるわよ」
「大当たり。そこまで来たら、もうわかるだろ」
 フェリオは一仕事終えたサラリーマンのように満足げな表情でうなずいた。そんな彼には申し訳ないけれど、私はまったくもって狐に抓まれていた。「もうわかる」どころか、逆にまったくわからなくなってしまった。今の話にいったいどんなつながりがあったのかさえ、わからない。
「……ごめんなさい、全然わからないんだけど」
「おいおい、冗談だろ、龍咲。いるじゃないか、サッカー部と黒鋼先生の共通点を持った人が」
 フェリオはまるで外国人のようなしぐさで肩を竦めた。

 サッカー部と黒鋼先生の共通点。黒鋼先生はサッカー部の顧問ではない。ということは、もっと別のところに共通点があるということだ。いや、そもそもフェリオが言っているのは「サッカー部と黒鋼先生の共通点」ではなくて、その二つに共通する何かを持っている人ということだ。つまり、「サッカー部に所属していながら黒鋼先生とも何かしらの関係がある人」ということではないだろうか。
 真っ先に浮かんだのは、サッカー部とフェンシング部の兼部をしている人だった。けれどそんな人はいない。ほかに考えられるのは、サッカー部に所属していてなおかつ黒鋼先生のクラスの生徒だということだ。
「え?」
 そこまで考えて、私ははっと瞠目した。
 まるでシャボン玉が弾けるように、ひとつの答えに行き着いた。いたのだ。たった一人だけ、その共通点を持つ人が。
「そういうことさ」とフェリオが言った。
「え、でも」
 私は慌てて言った。そんな、まさか。風と光が言っていた「スペシャルゲスト」って、まさか――

「お待たせしました、先輩」
 フェリオが門の外側へ向かって言った。私は恐る恐るそちらを見た。門が開く。ゆったりとした足取りで入ってくる人がいる。怖くてつま先しか見ることができなかった。一目で男の人の靴とわかる革靴だった。門をくぐると、その人はこちらへ向かって歩いてきた。そしてフェリオとランティスに挟まれるようにして立ち止まった。
「こんにちは、龍咲さん」
 名前を呼ばれたら顔を上げないわけにはいかなかった。鳶色の髪を緩やかな風に靡かせた青年が、私を見ている。それはどこからどう見ても、イーグル先輩だった。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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