蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 28. テールライト

長編 『蒼穹の果てに』

端正な横顔を見るとはなしに見ていると、あるとき不意に合点がいった。そうか、彼女の心にはあの魔導師が棲んでいるのか。

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 ひとたびセフィーロに足を踏み入れると、あらゆる機械的な音に対して違和感を覚えるようになる。無機質な音がセフィーロの風土に合わないということはもちろんだが、機械を使うことに対する罪悪感のようなものが心を掠めるのだった。本来人間は、このセフィーロの人々のように、自然界と手を取り合って暮らすべきなのだろう。そんなこともできない自らの祖国を情けなく思いながら、ジェオはホバーのエンジンをかけた。
 片足でホバーのバランスを取りながらグローブをはめる。ふと顔を上げると、FTOがジェオのことを見下ろしていた。最新型のエンジンを搭載したその巨大ロボットに比べれば、簡易の移動用車でしかないホバーでは、オートザム到着までにかかる時間は数倍を優に超える。ほとんど無断で抜け出してきた手前、オートザムに到着するのは一刻も早い方がいいのだが、そんなことは言っていられなかった。

 FTOは置いていく。それは最初から決めていたことではなかった。むしろ、あのとき大広間でほとんど勢い任せに口走った言葉だった。あるいはジェオ自身が一番驚いた発言だったかもしれない。セフィーロにFTOを置いていって、いったいどうするというのだろう。気難しいFTOを意のままに操ることのできる唯一の人間は、起き上がることさえできない状態であるというのに。自らの発言を心の中であざ笑っていたのは確かだったが、不思議と撤回する気にはならなかった。この騒動の間にイーグルが目を覚ましてくれることを期待しているのだと、そのとき初めて自覚した。
 FTOはオートザムの英知を結集して創ったロボットだが、使い手がいなければ当然ながら活用することはできない。もしもイーグルが目を覚まさなければ、セフィーロに置いていったところでせいぜい巨大シールドとして使われるのが関の山だ。それでもジェオは、たとえ1%にも満たないとしてもイーグルが目を覚ます可能性に賭けることに決めた。そうなればFTOは、セフィーロにとって大きな戦力となるはずだった。

 そこまで考えて、ジェオはふと、ゴーグルをはめようとした手を止めた。
 雄大な空がセフィーロを俯瞰している。気がつけば夕方が迫り、山の端は紅に染まり始めているが、血と同じ色だというのに、セフィーロの空に広がっているというだけでその色は何にも代えがたいほど美しく見えた。空を見上げて「美しい」と感じることのできる尊さを、オートザムで生まれ育ったからこそ知っている。この空が本当の血で染まるようなことにはなってほしくない。だがそれはうたかたの願いと消えるだろう。「その瞬間」へのカウントダウンは、すでに始められてしまっているのだから。

 ジェオは音が鳴るほどに歯を軋ませた。刻々と近づく戦の足音を止めることもできず、ザズの行方についての手がかりさえ得ることができない。ザズを最後に見かけた展望室に落ちていたあの紙切れを見てラファーガが表情を険しくしたことは気がかりだが、あんな紙切れが何かの役に立つとは到底思えなかった。それでも導師クレフが殊勝にも「拝借したい」と申し出てくれたことに、ジェオは確かに救われていた。「手がかりになるかもしれない」という彼の言葉は、ジェオにわずかでも希望を持たせてくれるものだった。あくまでもこちらの心情を慮ってくれるクレフには、本当に頭が上がらない。ともすれば敵とみなされて殺されてもおかしくないというのに。
「……そうだよな」
 何気ない自らの考えが、心の奥に突き刺さった。そうなのだ、セフィーロの人たちにとって今のオートザムの人間は敵なのだ。本来であればこんな暢気にセフィーロの地に足を踏み入れることは赦されない。にもかかわらずジェオが今こうしてセフィーロの空気を吸うことができているのは、ひとえにこの国の人たちの懐が広いからだ。

 情けない。ジェオは力なくかぶりを振った。俺のことを信頼してくれる人がこの国にはたくさんいるというのに、俺自身は未だに自らの心と決着をつけることができずにいる。FTOを置いていくという決断だって、偽善と言われても仕方がない。あれはおそらく、100%セフィーロの味方でいることができないことに対するうしろめたさに起因した行動だった。
 俺はいったいどうしたいんだ。どうすればいいのだ。思わずため息が口をついて出た。するとそのとき、不意に遠くから駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
「ジェオ!」
 振り返ると、ポニーテールを揺らしながら走ってくるプレセアの姿が見えた。一瞬、何かザズの行方に関する手がかりでも見つかったのかと思いはっとするが、プレセアに切羽詰まった雰囲気がないことはすぐに理解できた。わざわざ見送りに来てくれたのだろうか。そうだとすれば純粋に嬉しかった。
 セフィーロを離れるとき、常であれば導師クレフやランティス、フェリオなどが見送りに来てくれたものだ。ついこのあいだまでは当たり前に行われていたことなのに、急に懐かしかった。

「よかった、間に合ったわね」
 そばまでやってくると、プレセアはほっと肩を撫で下ろした。結構な速度で走ってきたように見えたが、プレセアの息は少しも乱れていない。初めて会ったときは導師クレフの世話係か何かだと思っていたのに、実はこのセフィーロで最高位の『創師』なのだと知って度肝を抜かれたことを思い出した。
「見送りに来てくれたのか」
 ジェオはふかしていたホバーのエンジンを一度止めた。「ええ」とうなずいたプレセアは、困ったように眉尻を下げた。
「ごめんなさい。みんなそれぞれに忙しくて、私しか来られなかったの。『ジェオによろしく』って、たくさんの人から言伝を頼まれたわ」
 ジェオはふっと笑った。自分の予想が外れていなかったことに対する満足感と、何の非もないのに悪びれた様子を見せるプレセアに対する呆れのような気持ち、両方の意味があった。
「あんただって忙しいんだろ。わざわざ来てくれなくてもよかったのに」
 その言葉が本心なのか建前なのか、自分のことながらわからなかった。子どもじゃないのだからべつに見送りなど必要ないと思う一方で、こうして実際に誰かしらが会いにきてくれたことを喜ばしいとも感じていた。しかしどちらにしても、プレセアに向かって「あんた」呼ばわりはいけないなと自省する。本人が気にするそぶりを見せないのでいつもついそんな呼び方をしてしまうが、本来なら改めなければいけないことだった。

 セフィーロでは、見た目と実際の年齢は必ずしも一致しない。たとえばフェリオは、ああ見えてランティスよりいくつも年上だ。最たる例は導師クレフだろう。彼の場合は、そもそもあれでこの国最高位の魔導師だということが驚きだった。
 最初のうちしばらくは、かつては敵だった他国の人間を欺くためにわざと幼い姿でいるのだろうと本気で思っていた。あの姿で魔法を駆使する様子はとても想像できたものではなかった。もちろん、それからほどなくしてクレフの姿は偽りでもなんでもないとわかるのだが、クレフの魔法力については実は半信半疑のままだった。しかしそれも、今日でがらりと変わった。
 ザズを捜すためだと言って、クレフは大広間でためらうことなく杖を振るった。ジェオにとってはクレフが魔法を使っているところを見るのはあれがほとんど初めてと言っていいことだったが、そんな感慨に浸っている暇はなかった。クレフの力はまさに圧倒的だった。『魔法』というものの概念がいまいちピンと来ないジェオの目にも、クレフの精神エネルギーの膨大さは火を見るより明らかだった。まさに百聞は一見に如かずだ。こうして直接目にする機会がなかったとはいえ、クレフの力について懐疑的な思いを抱いていた自分自身を激しく恥じた。クレフはまさにセフィーロ最高の魔導師だった。

 そういうわけで、クレフの見た目と本来の実力、年齢とはまるで一致しないのだが、見た目と実際の年齢がそぐわないといえばプレセアもそのうちのひとりだった。彼女の趣味のひとつが折檻であると風の噂で聞いたことがある手前、とても直截に年齢を訊くようなことはできないが、プレセアはジェオよりもはるかに年上のはずだった。だが外見だけを取り出せばジェオと大して変わらないから、彼女と話すときはどうしても軽い口調になってしまう。しかしこれは、上下関係に厳しいオートザムではあり得ないことだった。イーグルは例外中の例外だが、オートザムにおいて年齢、もしくは立場が上の人間に対して軽々しい口を利いたりしようものなら、即臭い飯を食うことになるだろう。

「私は『創師』だもの、武器を創るのが仕事よ。今は忙しくないわ」
 プレセアは言った。それもそうだと思うと同時に、ということは彼女は忙しくない方がいいのだということに思いが至り、曖昧に笑うことしかできなかった。
 本人が言うように、プレセアの仕事は武器を創ることだ。そのプレセアが忙しくなるということは、武器を必要とする人が増えるということを意味している。平時に彼女が忙しくなることはまずない。実際この二年間のプレセアは、クレフの秘書のような仕事ばかりしているように、ジェオの目には見えていた。
「こう言っちゃ悪いが、あんたが暇なほどセフィーロは平和だ。できることなら常に暇でいてほしいよ」
「そうね」
 プレセアは苦笑した。それから徐に背後のセフィーロ城へと目をやり、切なげに息をついた。
「今の私にできることは、何もないわ。導師クレフは何か思うところがあるようだけれど……私には、話してくださらないから」
 独り言のように紡がれたプレセアの言葉は、不思議とジェオの心をくすぐった。そよ風がプレセアのポニーテールを遊ばせる。端正な横顔を見るとはなしに見ていると、あるとき不意に合点がいった。そうか、彼女の心にはあの魔導師が棲んでいるのか。

 たとえばカルディナのような派手さはないが、プレセアは美しい女性だった。女としてというのはもちろんだが、何よりもその『心』が美しい。『心』の強さがすべてを決めるセフィーロで最高位の創師だというから、その強さも折り紙つきだ。そんなプレセアにひたむきな想いを寄せられるとはなんと大きなプレッシャーだろうと思うが、相手があのクレフだというなら、プレッシャーはむしろプレセアの方にこそある気がした。
 クレフにはどこか人間離れしたところがある。以前ランティスがクレフの気配について「人間よりも自然界に近い」と評していたことがあるが、言い得て妙だ。そのせいだろうか、クレフが俗人と恋愛をして家庭を築くということはうまく想像できなかった。あのように幼い姿でいるということも、そう思ってしまう理由のひとつかもしれない。

 クレフはいつも、「私は皆を愛している」と口癖のように言う。しかしクレフの言う「愛」はジェオごときに理解できるような大きさのものではなかった。彼の愛は、まるで神が人間を慈しむそれに似ている。クレフにとっては皆が「特別」で、たったひとりが彼の「特別」になることはないような気がした。もっとも、クレフのことをさほどよく知るわけでもないジェオにとっては、すべては推測でしかないのだが。
 ただ、プレセアもおそらくは同じようなことを考えているのではないかと思う。仮に自らの想いがかなえられることについて希望を持っているのだとすれば、ずっと心に秘めたままになどしておかないはずだからだ。

 そこまで考えて、ジェオは思考を振り切るようにゴーグルに手をかけた。たとえプレセアが何を考えていようとも、その心にずかずかと土足で入り込むべきではない。それに、今はザズの救出が最優先だ。ほかのどの国にもいない以上、やはりオートザムにいる可能性が高いのだから、一刻も早く帰って捜さなければならない。
「『できることは何もない』なんて、あんたらしくない」
 ホバーのエンジンキーを回しながら、ジェオは言った。
「あんたが創る剣はどれもピカイチだ。特に『魔法騎士』たちが持っていたヤツは最高だった。あんな剣を創れるんだ、操る方もできんだろ?」
 そう言って、ジェオは剣を振るしぐさをして見せた。プレセアが目を丸くする。不意に思い立ったことがあった。ジェオはほほ笑み、うなずいた。
「暇なら自分のために一本こしらえたらどうだ」
「え?」
「もしも戦になったら、役に立つだろ」
 もちろん、そうならないように努力するんだが。その言葉は言わなかった。言う必要などなかった。誰もが同じ気持ちを抱いているのだから。
「ついでに俺のも創ってくれると助かるんだがな」
 おどけて言うと、プレセアは呆れたように破顔した。ジェオも自然と笑顔になる。女は笑っていた方がいい。それだけで、周りがぱっと華やぐ。どうせなら、女の笑顔を守るような仕事がしたいと思う。
「お安い御用よ。材料さえ取ってきてくれれば、いつでも創ってあげるわ」
「げっ、そこからかよ」
「そうよ。タダでは武器は創らない。先代から受け継いでいる信条なの」
「かなわねえな」
 いい国は女が強い。セフィーロはまさに理想郷だった。こんな国にわざわざ戦を持ち込もうとする大統領の気が知れない。武力で制圧すれば土地は手に入るかもしれないが、心の美しさまでは手に入れることはできないだろうに。

 二つの国のあいだで揺れ動く気持ちの中にも、一つだけ確かなことがあった。戦などしたくないし、見たくもないということだ。
 考え方や住まう人は異なっても、オートザムもセフィーロも同じ世界に存在する国同士だ。本来は手を取り合って生きていくことができるはずだし、そうしなければならないはずだ。
 機を見てもう一度大統領と話をしよう。ジェオは決意した。大統領の考えをもう一度質し、戦わずしてこの混乱を収束させる道を見出さなければならない。「俺の力なんてたかが知れている」などという泣き言を言っている場合ではないのだ。
 ジェオはゴーグルを装着し、ホバーのハンドルを握った。
「それじゃあな」
「気をつけて」
「おう」
 片足で地面を蹴り上げる。オートザムとセフィーロとをつなぐ『道』を目指し、ジェオは一直線に飛んだ。
 途中ちらりと振り返ると、プレセアがまだこちらを見上げていた。ジェオは正面を向き、テールライトを五回点滅させた。それは言い忘れた「ありがとう」だった。




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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