蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

3月9日

短々編

某歌からインスピレーションを得て。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 紙をめくる音がして、そっと瞼を開くと、隣で本を読んでいるクレフがあくびをするのが見えた。ついじっと眺めていると、視線に気づいたクレフが私をつと見下ろし、きょとんとした。
「どうした」
 伸びてきた手が、私の頬にかかっていた髪を一房すくって耳にかける。ううん、と私はゆっくり瞬いた。
「初めて見た気がして。あなたがあくびしてるとこ」
 するとクレフは照れくさそうに破顔した。
「見られるはずではなかったんだがな」

 足を寄せるとシーツが擦れ合う。私はむくりと上半身を起こすと、腕を目いっぱい上げて伸びをした。閨全体が朝日に包まれている。朝とおひさまの匂いが交じったベッドには、もう一生ここから出たくないと思わせる中毒性がある。
 いつもと同じ、穏やかな朝だ。でもシーツの白さも空気の爽やかさも、いつもとはまるで違うように感じられる。目に映るすべてのものが愛おしい。今ならどんないたずらをされても赦せる気がした。浮かれていると自覚している。でも今日浮かれなかったら、人生いったいいつ浮かれることができるだろう。

 ふと腰にクレフの手が触れた。そのまま軽く引き寄せられる。振り向くと同時に唇が重なる。濃厚なキスもいいけれど、こういう軽いキスもいい。
「何がおかしい?」
 唇が離れると同時にくすりと笑みをこぼした私を、クレフが訝しがる。
「噛みしめてるの」と私は言った。「あなたと恋人同士で迎える、これが最後の朝だから」
 クレフは微かに瞠目した。けれどその目はすぐに細められ、にやり、と意味深な笑みを湛えた。
「もう少し続けるか? 予定の変更は容易だぞ」
「そういう意地悪言わないで。知ってるでしょ? 私の昔からの夢」
 言いながら、クレフの腕をすり抜けてベッドから降りる。
「『オヨメサン』、だったな」
「枕詞に『好きな人の』がつくわ」
 振り返り、私はにっこりとほほ笑んだ。
「夢はかなえるためにあるものなのよ」
 窓を大きく開け放つと、レースのカーテンが風に揺れる。少し湿った風だった。快晴の空に虹が架かっている。雨上がりだなんて、これ以上ない最高の夜明けだ。木々も花もみずみずしさを増し、雨が塵を流してくれた後の空気はいつも以上においしくなる。まるでセフィーロ全体が祝福してくれているように感じるのは、自惚れが過ぎるだろうか。

 24歳の誕生日から一週間。出逢ってから10年も続いた曖昧な関係に終止符を打ち、私は今日、クレフと結婚する。

***

「いろいろあったわね、ここに来るまで」
「ああ、そうだな」
「覚えてる? 私が初めてケーキを焼いてきたときのこと」
「ん?」
「とぼけないでよ。あなた言ったのよ、『なんだこの寸胴のような食べ物は』って。あれは忘れられないわ。ケーキを見て『寸胴』なんて言われたの、あれが最初で最後のことだもの」
「今その話を蒸し返さずともよいではないか」
「おかげで私、ずいぶん迷ったのよ。風の結婚式でケーキを作るべきかどうか」
「あれは素晴らしかった。菓子というよりはもはや芸術作品だったな」
「当然よ。私が全力を傾倒して作ったんだから。ジェオにも助けてもらったしね」
「そのころからだな、おまえが私を避けるようになったのは」
「違うわ。あなたが私を避けていたのよ」
「そのようなことはない。私は常に、『来る者拒まず、去る者追わず』だ」
「その態度がいけないのよ。あなたが全然煮え切らないから、私が相当悩むことになったんじゃない」
「なぜ私ばかりが責められるのだ。煮え切らなかったのはお互い様だろう」
「それはそうだけど、でも、女はやっぱり男の人に一歩踏み込んでほしいのよ」
「だからそうしたではないか」
「遅すぎるのよ。私たちがこういう関係になるまで、いったい何年かかったと思ってるの?」
「わずか数年の話だ」
「700年以上生きてるあなたにとっては『わずか』かもしれないけど、まだ24年しか生きてない私にとっては、途方もなく長い時間だったわ」
「過ぎたことはいいではないか。フウが言っていたぞ、異世界には『終わりよければすべてよし』という格言があると」
「終わりじゃないわ」
「なに?」
「終わりじゃない。ここから始まるのよ」
 大きな扉の前で、私たちは立ち止まる。

 扉の向こうから、微かに人の話し声が聞こえてくる。とてもリラックスした雰囲気だ。思わずくすりと笑みがこぼれる。私たちが入っていったら、みんな果たしてどんな顔をするだろう。あんぐりと口を開けて一斉におしゃべりを止めるに違いない。なぜなら誰一人として、私たちが今タキシードとドレス姿で扉の外に立っていることを知らないのだから。
 皆、いつものお茶会だと思って集まっている。こんなサプライズをやろうと言い出したのはクレフの方だった。結婚式をするなどと言ったらきっと皆が盛大なものをやろうとするだろうが、私にはそういうものは似合わない。結婚式はあくまでも、皆に対する感謝の気持ちを表す舞台にしたい。クレフはそう言った。私はもろ手を挙げて賛成した。そんな結婚式、私とクレフでなければできないと思った。

 そんなわけで、私たちの結婚式は邪道だ。邪道ついでに、新郎新婦が一緒に入場することにした。普通ではあり得ないことだろう。でも私たちは最初からこの方法しか考えていなかった。クレフが祭壇の前で待っていて、そこに私が飛び込んでいく、それも確かにロマンチックだけれど、それは私たちじゃない。私たちは、どちらかが受身になるのではなく、お互いにお互いを支えたいと思っている。だから最初から隣に立ち、手を取り合って歩いていく。お互いを見つめるのではなく、二人で見つめる方向が同じ。そんな夫婦になりたいと思う。

 この扉をくぐったら、私はもうセフィーロの人間だ。決して知らない世界ではないけれど、不安がないと言ったら嘘になる。むしろ不安でいっぱいだ。それでも前を向いていられるのは、この扉をくぐろうと思えるのは、一人じゃないと知っているからだ。隣にはクレフがいる。だからきっと、だいじょうぶ。
「曲がってるわ」
 クレフの蝶ネクタイを少しだけいじる。ほとんど気にならないほどの曲がり方だったけれど、気を紛らわせるのにはちょうどよかった。見慣れないラベンダー色のタキシードに身をまとったクレフは、とても直視できないほど恰好よくて、じっと見ているとのぼせてしまいそうだから。
 私のドレスはクレフが着付けてくれた。というより、二人で四苦八苦しながら頑張って着替えた。サプライズなのだから、誰かに手伝ってもらうわけにもいかない。さすがのクレフも女性のドレスを着付けたことなんかなかったのだろう、なんでも朝飯前にできてしまう彼が眉間に皺を寄せているところはあまり見られることではなくて、それもまた、いい思い出だ。

 14歳で出逢ってから、私たちはずっとつかず離れずの関係を続けてきた。シーソーゲームのようなその玉虫色の関係に終止符が打たれたのは、ほんの数か月前のこと。
『ケッコンしてくれないか』
 それがクレフの告白だった。まさか交際をすっ飛ばしていきなりプロポーズされるとは思ってなくて、嬉しいやら驚くやら安心するやらで、私は泣きながら笑ったものだ。

「『始まり』か」
 クレフが呟いた。
「そうかもしれないな」
 私はうなずく。今目の前にあるこの扉は、ゴールテープではなく、新しい世界への入り口だ。
「ウミ」
 二人で添えた手に力を込めて扉を開こうとしたところで、クレフがふと何かを思い出したように言った。
「なあに?」
「愛してる」
 それは完全なる不意打ちだった。咄嗟に言葉が出なかった。
 クレフが満足げにほほ笑む。われに返った私は、慌てて顔を逸らした。
「なによ、改まって」
「言っていなかったと思ってな」
「こんなところで言わなくてもいいじゃない」
「こんなところだからこそ言うのだ」
 この確信犯め。不覚にも視界が滲んで、私は必死に目を開いた。入場前から泣くなんて、そんな恥ずかしいことはしたくない。
「ほら、行くわよ」
 必要以上に背筋を伸ばし、私は言った。くすりとクレフが笑ったことは聞こえないふりをした。
 扉が開く。眩しい光があふれてくる。笑顔で入場しようと思ったのに、だめだった。絡ませた腕があまりに温かくて、堪え切れずに一筋の涙がこぼれ落ちた。




3月9日 完





この時期になると決まって聴きたくなる歌のひとつです。
ここまで読んでくださってありがとうございました^^

2014.03.09 up




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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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