蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 34. 笑わない瞳

長編 『蒼穹の果てに』

これまで俺は真実の恐怖というものを知らずに育ってきたのだと、このとき初めて気づかされた。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 ホバーを操縦するあいだ、ジェオはプレセアとの会話を思い返していた。
「ついでに俺のも創ってくれると助かるんだがな」
「お安い御用よ。材料さえ取ってきてくれれば、いつでも創ってあげるわ」
 武器の材料を取ってこい。そんなことを言われたのは初めてで、さも当然とばかりに放たれたプレセアのその言葉は、ジェオに新鮮な驚きを齎した。
 ところ変わればすべてが変わる。セフィーロはオートザムではないのだから、オートザムの常識は通用しない。それにしても、まさか武器の材料を自分で取ってこなければならないとは思わなかった。

 オートザムで「武器」といえば、専ら拳銃やレーザービームだ。剣を創ることを生業としているプレセアの手前ああ言ったが、実のところジェオが剣を必要とする場面はほとんどない。剣の類を使うとすれば、作ったケーキを切り分けるときくらいのものだ。しかしまさかそんなことに使うための剣が欲しくてあんなことを言ったわけではない。料理のための包丁はすでに愛用しているものがあるし、第一そんな目的で剣を創ってほしいなどと言ったら、プレセアは十中八九ぶち切れるだろう。そもそもジェオが気になったのは剣の使い道ではなく、その創り方の方だった。

 オートザムでは、あらゆる武器は材料からすべて機械が製造する。人の手が加えられるのはたとえばイーグルのFTOのような特注品に限った話で、ほとんどは量産型だ。誰が使っても同じような効果を発揮できるように考えて作られているのがオートザムの武器だった。だがセフィーロではそうではないらしい。セフィーロでは、すべての武器はたった一人のためだけに創られていると聞いたことがある。だからこそなのかもしれない。その人だけの武器を創るためには、材料を自分で取ってくるというのは欠かせないことなのかもしれない。

 仕事をくれる側、いわば客に向かって「材料を取ってこい」とはいささか高飛車な気もするが、武器の方が人を選ぶセフィーロでは理にかなったやり方なのだ。その人に合った、その人にしか扱えない剣を創るには、その人が剣と一体にならなければならない。他人が選んだ材料で創るより、自らの手で見つけ出した材料で創る方が剣と人の一体感は高まるのだろう。
 そう考えると、『創師』の果たす役割は想像以上に大きい気がしてくる。創師は材料と人間とを結びつける役割を果たしているようなものだ。持ち主に合う剣を、与えられた材料のみから創り出さなければならない。武器のことについては言わずもがな、それを手にする人間のこともよくわかっていなければ、本当の意味でその人に合った武器は創れない。そんな役職に最高位として君臨するプレセアの腕前は、いったいどれほどのものなのだろう。俄然興味が湧いてきた。
「やっぱ、創ってもらいてえな」
 オートザムの鉱物でもいいのだろうか。剣の材料になりそうなものとして、ジェオの脳裏にいくつかの鉱石が浮かんだ。今度セフィーロへ行くときには忘れずに持って行こう。ようやく大統領府が見えてきたのは、そんな決意をしたときのことだった。

 まだ距離を残したところで一旦ホバーを止め、照明を落とす。ゴーグルを夜行用に切り替えてから、改めてエンジンを控えめにふかす。速度が遅くなるのは止むを得ない。音を最小限にとどめるためだ。滞空時間が長くなればなるほど人目に触れるリスクは高まるが、しかしここまで来れば残りの距離はいくらでもなく、おまけに夜も更けているこの時間帯、わざわざ汚れたオートザムの空を見上げる人間もいないだろう。慎重に慎重を期すことが大切だ。今もっとも優先すべきは、誰にも見つからずにテリトリーへ戻ることだ。
 まさかジェオがセフィーロへ行っていたとは、おそらく誰も思っていないだろう。「頭痛がするから部屋にこもる」と同僚にはあらかじめ告げておいたし、大統領府は今、20隻の戦艦の用意で慌しくなっている。ジェオ一人の、それも半日程度の不在を気にかける余裕はないはずだった。

 強くグリップを握り、慎重に進む。あらかじめ開錠しておいたFTO専用の出入口へ向かい、監視モニターに引っかかる開閉センサーは使わず、手動で扉を開ける。混沌とした闇が広がる中に人の気配がないことを確認すると、先にホバーの尻を蹴って中へ入れた。続いて自らも入り、開けたばかりの扉を素早く後ろ手に閉めて電気をつける。ねずみ一匹いないことを確かめてようやく、殺していた息を吐き出した。
「無理させたな」
 ホバーをぽんぽんと叩き、言った。セフィーロからオートザムという長距離の移動には向いていない小型車だけに、最後の方はエンジンがかなり悲鳴を上げていることに気づいていた。後で見てもらわなければ――と考えかけて、われ知らずはっと顔が強張る。見てもらうと言ったって、誰に。ザズはどこにいるのかわからないのだ。
 ザズの不在の大きさに改めて気づかされ、思わずため息をついた。ホバーを離れ、心なしか重くなった足を引きずるようにして歩き出す。ザズがいなくなった後の穴は、物理的な面はもちろんのこと、ジェオにとっては精神的な面の方がより大きかった。


 車庫は大統領府の最下部にあるのに対し、居住区域は上層部にある。両者をつなぐエレベーターは、昼間はほぼ常に満員で稼動しているが、この時間になるとさすがに利用する者はない。ジェオは一度に軽く30人は乗れそうなエレベーターを一人で占領し、居住階のボタンを押した。
 ガラス張りになったエレベーターからは、大統領府の内部やオートザムの様子が一望できる。地表の侵食はさらに進み、曇天はどう見ても晴れそうにない。セフィーロの夜空のように満点の星が見えるなどということは、もちろんない。
 現状が劇的に変わるような魔法はないのだと、二年が経ってようやく現実を受け入れることができるようになってきたと思う。あるいはセフィーロの魔法の力を借りればこの空を一瞬で晴れさせることもできてしまうのだろうが、そんなものは所詮一過性のことだ。自国をここまで深刻な状態にしてしまったわれわれオートザム国民一人ひとりが反省し、生き方を根本から変えなければ、恒久の安定は確約できない。そしてそれは、汚れた空気を魔法で一掃するよりも格段に難しいことだった。

 それでもやるのか――改めて己に問う。もちろん答えは決まっている。そもそもジェオには決定権はない。イーグルがそうと決めたことに、ついていくだけだ。
「覚えていますよね、ジェオ」
 セフィーロを発つ直前のイーグルの言葉が脳裏を過った。
「あなたの命は僕のものだと、以前あなたは言いました。僕が生きているうちに死ぬことは、赦しませんよ」
 そのときはさもない顔をして「当然覚えてるさ」と答えたが、実際は忘れていた。しかしイーグルの言うとおり、ジェオは昔、「俺の命はおまえのもんだ」とイーグルに向けて言ったことがある。今回イーグルに指摘されて久々に思い出したのだが、はっとさせられた。俺は大統領に仕えてるわけじゃない、イーグルに仕えてるのだ。俺が従うべきは大統領の命ではなく、イーグルの命なのだと。そのことに気がつくと、もう迷うことなど何もなかった。オートザムかセフィーロかの二者択一はできないが、大統領がやろうとしていることが間違っているということだけははっきり言える。俺は絶対に、セフィーロへの進軍は止める。

 控えめな電子音と同時にエレベーターが止まる。居住階に着いたようだ。ジェオはわれに返り、背筋を伸ばして静かに一歩を踏み出した。
 無意識のうちに挙動不審になりそうな自分を心の中で叱咤し、平常心を保とうと努めながら回廊を歩く。常に一定のテンションを保つこと。それは軍人としては基本の心構えだ。
 与えられた自らのテリトリーの前に立ち、鍵を挿す。およそ理想郷からは程遠いが、こんなところであっても家に着いたのだと思うとほっとした。長旅の疲労が溜まっていることは否めない。今夜はゆっくり休んで、ザズの捜索はまた明日の朝から再開させよう。ようやくうっすらと安堵の笑みを浮かべ、鍵を抜いた、そのときだった。後頭部にひやりとしたものが当たった。
「動くな」
 銃口を突きつけられていると気づくのに、時間など必要なかった。しかし気を抜きかけた直後だっただけに、その衝撃はかなり大きかった。どくん、と鼓動が深く脈打つ。隙を見て身をよじろうとしたが、それよりもみぞおちに拳を喰らう方が先だった。思わずうめく。どうやら複数の男に囲まれているらしく、両腕を拘束されると、後頭部に当たっていた銃口が今度は胸元にきた。
「動くな、と言ったはずだ」
 銃を手にした男を見て、ジェオは思わず舌打ちをした。大統領直属の護衛隊長だ。彼には最近も会ったばかりだ。またおまえかよ、と男をにらむ。目が合うと、男は厭な目つきをして笑った。
「ずいぶんな長旅だったな。待ちくたびれたぞ」
 オートザムを離れていたことに気づかれていたという事実に、内心ではかなり動揺していたが、ジェオは何も言わなかった。余計なことを言ってぼろを出したりしては、元も子もない。

『おまえのそういうところを、私は買っているよ』――そのときなぜか大統領の言葉を思い出した。その言葉はジェオの全身の毛をそば立たせた。
「まあいい」
 吐き捨てるように言うと、護衛隊長は銃口をジェオから離した。
「大統領がお呼びだ。来い」
 歩き出した彼の後ろを、無理やりについていかされる。両腕が自由にならない状態というのは思った以上に窮屈だった。「離せ」と叫びかけて、しかし咄嗟に口を噤んだ。落ち着け。ここで不自然な態度を取れば、逆に怪しまれてしまう。ここは大人しく彼らの言うことに従い、大統領の前に姿を見せた方がいい。戦艦整備の責任者であるザズが失踪したことで、大統領とても平静ではいないだろう。下手に刺激するのは得策ではない。
 俺は何もしていない。心の中で自分自身に言い聞かせ、ジェオは大人しく男の後をついて歩いた。

***

 通されたのは大統領の執務室だった。ここは朝も夜も関係ないな、と思う。窓がないから外の様子はわからないし、いつ入っても薄暗く、ずらりと並んだモニターの明かりだけが部屋を照らしている。そしてその明かりは、二人の人間のシルエットをくっきりと描き出していた。一人は大統領、もう一人はあの黒ずくめの女だった。
「戻ったか」
 こちらを向き、大統領は言った。ジェオの両脇を拘束していた男たちが同時に離れ、ほとんど突き飛ばすようにしてジェオを執務室に押し込んだ。よろめいた体を立て直そうとするその一瞬のあいだに背後で扉が閉まり、中には三人だけが残された。その情景はデジャヴだった。

 逆光の中、大統領が一歩ジェオに歩み寄る。口元だけが笑っている。ぞくりと背筋が粟立った。
「どこへ行っていた」
 鋼のように冷たい声だった。ジェオは大統領の笑わない瞳を見つめ、瞬きをした。
「セフィーロです」
「ほう」と大統領は目を細めた。「セフィーロへ。いったい何の目的で?」
「もちろん、ザズを探すためです」
「ああ、ザズ」と大統領はうなずいた。「それで、奴は見つかったのか」
 なぜこんなにもあっさりとセフィーロへ行ったことを認めてしまっているのだと、ジェオの中にいるもうひとりのジェオが息巻いている。だがジェオは、大統領と目が合った瞬間にこの男はすべてを見抜いているのだと悟ってしまった。仮にここで「何の話です」とうそぶいたところで、一笑に付されるだけだろう。そのため、もう嘘をつくつもりなど毛頭なかったが、にもかかわらず大統領からの問いにすぐに返事ができなかったのは、その問いに対していい返事ができないということが無念だったからだ。
「……手がかりすらありませんでした」
 ジェオは唇を噛み、声を振り絞った。
「すると、こういうことか。おまえは、一方的にこちらの手の内を明らかにするだけ明らかにし、先方からは何の情報も得られぬまま、それでも平気な顔をしてのこのこと舞い戻ってきたということか」
 ジェオははっと息を呑んだ。しかしそれは最大の失敗だった。大統領はもはや口元さえ笑っていなかった。その瞬間、ジェオは自らの浅はかさを呪った。大統領が知っているのは、ジェオがセフィーロへ行ったという事実だけではないのだ。そこでジェオが何をしてきたのかも、この男は見抜いている。

「大統領」
「私を欺けると思ったか、ジェオ」
 それでもなんとか口を開こうとしたジェオを、大統領は無情にも遮った。大統領の言葉には微塵の動揺も見られない。どこからその自信がわいてくるのか、教えてくれるものならば知りたいと思った。
「『大統領は本気だ。あの人は本気でセフィーロに攻め入るつもりだ』」
 不意に大統領が言った。え、と思うより早く、大統領の目が細められた。
「よくわかっているではないか。そうだ、私は本気だよ。ジェオ」
 本当の恐怖を前にしたとき、人は無言になる。ジェオはこのとき初めて知った。身の毛がよだつのをどうすることもできず、ジェオは瞬きも忘れて大統領を凝視した。「大統領は本気だ」――それはジェオがセフィーロの人々に向かって言った台詞だった。だがなぜ大統領がそのことを知っているのだろう。

「この時代にもっとも重用されるものは何だと思う?」
 大統領はやおらジェオから視線を外し、しかしジェオに向かって問うた。大統領は黒ずくめの女の肩に手を置き、ほほ笑んだ。女の顔は相変わらず見えない。その黒々とした様相が、いつになく不気味だった。
「『情報』だよ」
 ジェオが黙していると、大統領は自ら答えを口にした。
「誰がどこにいて、何を考え、何をしようとしているのか。それを前もって知ることができたら、これほど素晴らしいことはない。そうは思わないか」
「……いったい何を」
「すべてはこの者の言葉どおりに進んでいる」と大統領はわずかに声を大きくした。「おまえがセフィーロへ行くことも、そこで私の計画を口にして帰ってくることも、すべてはあらかじめわかっていたことだ」
 大統領はそこでようやくジェオの方を向き、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。手は女の肩に置かれたままだった。
「この者の言葉はやはり本物だということを、おまえは裏づけてくれた。そのことについてはおまえは大いに役立ってくれた。だが」
 一度言葉を区切り、大統領は女の肩から手を離した。そして冷たい瞳をジェオに向け、何の抑揚もつけずに続けた。
「副司令官の任務は今このとき限りで解く。おまえがテリトリーに戻ることはない」
「何ですって?」
 ジェオが顔を顰めたそのとき、大統領が指を鳴らした。すると間髪容れずにジェオの背後の扉が開き、ジェオが振り返るよりも早く、再び先ほどの二人の男がジェオの体を拘束した。
「獄へぶちこんでおけ」
 大統領は言った。吐き捨てるような言い方だった。信じられない気持ちで、ジェオはまじまじと大統領を見返した。
「大統領、俺は」
「獄中生活をせいぜい楽しむことだな」
「大統領」
 どれほどもがこうが、男たちはびくともしない。冗談じゃない、このまま引き下がってたまるかと思いながら、しかし同時に逃れられるわけがないという絶望感を禁じ得なかった。男たちの力は、ジェオ一人の力とは比べ物にならないほど強かった。

 ずるずると引かれ、大統領が遠くなる。それでもジェオはもがき続けた。無駄なこととわかっていながら、そうせずにはいられなかった。
「大統領!」
 目の前で閉ざされていく扉の向こうへ向かって、力の限り叫ぶ。しかし大統領は冷ややかな視線を注ぐばかりだった。
 ふとジェオは、大統領の背後でまるで彼の影のように立っているあの女を見た。フードの奥にあるだろう女の瞳が自分に向けられているような気がしたのだ。そのときだった。女は顔を上げることなく、両の口角を均等に引き上げた。
 その不気味な笑みは、ジェオの気概を削ぐのにはじゅうぶん過ぎた。すっかり脱力したジェオの目の前で、無情にも扉が閉ざされる。まるで未来への道が閉ざされたかのような絶望感に、ジェオの中から一瞬、言葉という言葉が消えた。




第三章 完




web拍手 by FC2

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
What's new?
ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
カテゴリー
最新記事
月別アーカイブ
全記事表示
Counter
プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

このブログは作品展示専用です。
いただいたコメントへのお返事は別ブログにて行っております。
どうぞお気軽にコメントお寄せくださいませ^^

 

Copyright ©蒼穹楼. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.