蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 38. かがり火

長編 『蒼穹の果てに』

ただ、誰のことも死なせたくない。それだけは確かだった。

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 ザズがいなくなったという知らせを受けてから丸二日が経っても、行方を示す手がかりは何も出てこなかった。完全に手詰まりで、おまけに導師クレフも相変わらず口を割らないとなっては打つ手立てがない。いつもはすれ違う際にほんの少し肩が触れただけでも食って掛かってくるラファーガも、さすがに意気消沈とした様子だった。彼が気落ちすることはない。彼だけではなく、ほかの誰が気落ちすることもないのだ。そういう意味を込めてラファーガの肩に黙って手を置いたのだが、そうするとラファーガは、まるで奇妙な生き物を見るかのように大きく目を見開いてランティスのことを見た。決まりの悪さをごまかすため、ランティスはすぐに手を離して肩を竦めたのだった。

 ラファーガと馬が合わないのは今に始まったことではない。むしろ最近ではましになった方だ。初めて会ったとき、ラファーガはランティスに対して露骨に嫌悪感を示してきた。ろくに言葉も交わさぬうちからそうだったので、ひょっとしたら過去に何らかの接点があり、ラファーガはそのときのことを芳しく思っていないのではないかと考えたこともあったが、そうではなかった。どうやらラファーガにとっては、ランティスというのは何気ないような行動も逐一気に障る相手であるようだった。決して気持ちのいいことではないが、かといって無理やりその認識を改めようとがむしゃらに努力する気にもならず、ランティスは放任を貫いていた。
 悪い男ではないと思う。剣の腕に関してはランティスも一目置いているほどだ。一度くらいは手合わせをしてみたいと思わないわけでもないが、ずっとうやむやになっていた。そもそもこれまではそんなことをする必要がなかったのだ。セフィーロは平和を取り戻し、剣技の成熟度が問われるような状況に陥ることはなかった。しかし、今では――

 ランティスは振り切るようにかぶりを振った。まだ何も始まっていない。仮に始まりそうになったとしても、火蓋が切って落とされる前に全力で止めるまでだ。
 気がつくと魔法剣に手が触れていた。もしもこの剣を抜くことがあるとしたらそのときは、誰かと戦うためではなく、誰かを護るためでありたい。そんな思いを胸にすっと顔を上げると、魔法剣から離した手を、目の前にある扉へと翳した。
 ゆるりと開かれた部屋に射し込む日の量は、常より少ない。そのためか、ベッドに寝ているイーグルの線がいつも以上にほっそりとして見える。もちろん、光の当たる角度の問題だけでそう見えるわけではないだろう。イーグルの心労は察するに余りあった。ランティスは小さくため息をつくと、扉を閉めてベッドサイドへといつものように足を向けようとした。
『こんにちは、ランティス』
 ところが、イーグルの発したその最初の一言で、図らずもランティスの足は止まった。
『どうしました?』
 きょとんとしたイーグルの声が脳裏に響く。ランティスは何も言わずに再び歩き始めた。さきほどよりも足取りは速い。ベッドサイドのソファに腰を下ろすと、ランティスはイーグルの顔をまじまじと見つめた。
『ランティス――』
「何かあったのか」
 イーグルを遮り、言った。つと落ちる沈黙。それが答えだった。イーグルの顔色がさっと変わる。ぎこちなくも視線を落とすしぐさを見せたイーグルは、面倒くさそうに、ため息にもならないような短い息をついた。
『おかしいですね。極力ばれないようにしていたつもりだったんですが』
 そのどこかいたずらっぽさを孕んだ言い方に、今回ばかりはごまかされるわけにはいかぬと身を乗り出したランティスだったが、
「イーグル――」
『ジェオと連絡が取れないんです』
 今度はイーグルに遮られた。

 あまりにも唐突だったため、最初はイーグルが何を言っているのかよく理解できなかった。不自然な間が空く。ようやくイーグルの言わんとしていることに理解が追いつくと、鼓動がどくんと大きく波打った。
「なんだって?」
『ですから、ジェオと連絡が取れないんです』
 イーグルは珍しく苛立っていた。しかし咎める気にはならなかった。無理もないことだ。ザズに続いてジェオまでも行方をくらますようなことになれば、オートザムとイーグルとをつなげているものが何もなくなるのだから。
『もう丸一日以上経ちます』とイーグルがわずかに声のトーンを落として言った。『いつもは最低でも一日に一回、ここのところは半日に一回のペースで僕のモバイル宛に連絡があったのに、まったく音沙汰がありません。こんなことは初めてです』
「オートザムに戻ってから、何かあったというのか」
『わかりません。ザズがいればザズに確認しているところですが、彼もどこにいるかわからない。こうなってはもう、ただ待つしか』
 残念ながらイーグルの言うことは本当だった。哀しい話だが、ジェオとザズ以外に信頼の置ける人間は、オートザムには皆無だった。

 一度ジェオから、今のオートザムではイーグルのことが話題に上ることはほとんどないと聞かされたことがある。しかしイーグルが今のように寝たきりの状態になる前は皆、イーグルのことを次期大統領であると確信し、彼の顔色を窺うようなことばかりしていたものだった。オートザム滞在中、なんだかんだでイーグルと一緒にいる時間が多かったランティスは、必然的に周囲の視線の流れを受けることが多かった。元来注目を浴びることは得意ではないため、あまりいい気持ちはしなかった。そんな経験があったから、イーグルが耳目を集めていたということはよく覚えている。それなのに、イーグルがセフィーロ侵攻を評議会にかけた真の理由が明らかになり、そして彼がこのような状態になってしまって以降は誰もが掌を返したようにイーグルを避けるようになった。避けると言っても、イーグルはそもそもセフィーロにいるのだから話をするのは難しいが、それにしても、仮に皆がイーグルのことを今も慕っているのだとしたら、何かしらの方法で連絡をよこしてもいいものだろう。だがこの二年間、ジェオとザズ以外にイーグルと連絡を取ることを試みてきたオートザムの人間は一人もいなかった。そしてそれは、イーグルの実の父である大統領も例外ではなかった。

「オートザムの人々は、大気だけでなく人としての心も失いつつあるんです」。以前イーグルがそんなことを漏らしていたことがある。オートザムでは国土が死滅していくに連れて人の心もすさんでいっているのだという。そのようなことがあるはずはないと当時は歯牙にもかけなかったのだが、あながち的外れな話でもないのかもしれない。もしもオートザム国民の心がまっとうだとしたら、かつては司令官と崇拝したイーグルが今も療養を続けている国に大砲を向けることなど考えないはずだ。

 それにしても、大統領がなぜ今になってセフィーロ侵攻を言い出したのか解せない。ここに来てようやく大気汚染問題も解決のめどが立ち始めたというのに、ここで戦などしては元も子もないではないか。
 真意を確かめたい、とランティスは思った。実はずっと考えていたことだったが、その願望は、ザズに続いてジェオの行方も不明となったことでいよいよもって高まっていた。
「俺が行く」とランティスは言った。
『え?』
「俺がオートザムへ行って、ジェオやザズの身に起きていること、そして大統領の考えを確かめてくる」
 口に出すと、その気持ちはもはや揺るぎないものであるかのように思われた。現状において、オートザムの内情にも通じていてかつセフィーロの立場も理解している人間といえば、イーグルとランティスの二人だけだ。動けるならイーグルが行くのが一番いいのだろうが、それはできない相談だった。となればランティスが行くしかない。多少の危険はあるだろうが、それを差し引いても行く価値はあると感じた。何よりもランティス自身が、このままただ黙って手をこまねいているということができなかった。

『やめてください。今あなたがオートザムへ行くのは危険です』
 ところがイーグルは、そんなランティスの決意をにべもなく否定した。簡単に賛成してくれると思っていたわけではないが、かといってそこまできっぱり却下されるとも思っておらず、ランティスは虚を突かれた。第一、仮にも自らの祖国であるオートザムのことを「危険」呼ばわりすることもないだろうに。だがイーグルは、ランティスに反論する隙さえも与えてはくれなかった。
『大統領の真意はわかりません。ただ、もしもジェオの言うとおり大統領がセフィーロ侵攻を企てているとしたら、あなたはなおさらセフィーロに留まるべきです。この国が戦の渦中に放り出されたら、皆はきっとあなたを必要とするでしょう。そのときのためにも、今はオートザムへ行ってはだめです』
 いつも、特にセフィーロで療養を始めてからはやんわりとした話し方しかしていなかったイーグルなのに、その言葉は真っすぐだった。真っすぐに放たれ、そしてその直撃をランティスはまともに受けた。一言一言が、ことごとくランティスを打ちのめす。「この国が戦の渦中に放り出されたら、ただでは済まない」。わかっていた。わかっていたが、改めて考えるとやるせなくなる。

 たとえば二年前、セフィーロはまさしく混乱の中にあったが、正確には戦をしていたわけではなかった。次なる『柱』の座を狙ってセフィーロへ向けて『道』を創る者はいたが、すべては空中での出来事であったし、応戦したのはほとんど魔法騎士たちで、地上に被害らしい被害はなかった。あれは本当の意味での戦ではない。戦とは、その国に住む民をも巻き込む争いのことだ。そういう観点からすれば、少なくともランティスが生まれてからは、セフィーロは一度も戦らしい戦を経験していないということになる。
 この国には確かに多くの「心強き者」たちがいる。だが真の戦を経験したことがある者や戦うことに慣れている者などは、おそらく一人もいないのではないか。そんな地に、オートザムの巨大な戦艦が20隻も攻め入ってきたら――結果は想像するも憚られた。

『あの人は――大統領は、危険です』
 静かに、それでいてはっきりと、イーグルは言った。
『今回のことだって、本心では果たして何を考えているのか。純粋にセフィーロに侵攻することだけが目的なら、わざわざジェオに言う必要もなかったでしょう』
 確かにそうだ。ジェオはイーグル直属の部下で、セフィーロとも深いつながりを持っている。そのジェオの耳にセフィーロ侵攻の企てを入れれば、仮に大統領が止めたとしてもジェオが何らかの手段を用いてセフィーロへ伝えようとすることは容易に想像できたはずだ。それでも大統領はジェオに自らの計画について聞かせ、そして彼がセフィーロへやってくることを赦した。もっとも、ジェオがセフィーロへやってきたのは秘密裏のことだったが、大統領が本気を出せば、ジェオ一人の足を止めることなど造作もないことだっただろう。そうしなかったのは、大統領はむしろジェオがセフィーロへやってくることを狙っていたのか――それとも。

『用心してください、ランティス。これはオートザムとセフィーロだけの問題ではないかもしれません』
 われ知らず背筋が伸びた。「ああ」と答えた自らの声が強張っていることに、厭でも気づく。風に吹かれてイーグルの鳶色の髪が舞う。今はこうして平和な風が吹いているのに、恒久の平和など、やはり理想にすぎないのだろうか。
 ランティスはイーグルの顔をまじまじと見つめた。横顔や鼻筋などは、父である大統領によく似ている。それはずっと思っていたことだったが、口に出して言ったことは一度もなかった。イーグルは、大統領のことを決して「父」とは呼ばない。正真正銘血のつながった親子であるにもかかわらずだ。そして今は、その父のことを「危険だ」とまできっぱり言う。
 冷たい風が心を吹きぬけていくのを禁じえなかった。このままでは、実の親子が争うことになってしまう。
 イーグルがこうして気丈に振舞っていられるのは、二年を過ごしたセフィーロに対する恩義と、人々への敬意があるからだろう。しかし祖国が攻め入ってくると聞いて、心を痛めていないはずはなかった。どんなに確執があったとはいえ、血を分けた父が自分を殺すかもしれないという事実は、そう簡単に受け入れられるものではないはずだ。

 ランティスは徐に腕を持ち上げ、ベッドの上に投げ出されたイーグルの手を、握手をするようにしっかりと握った。
「必ず守る」
 何を、とも、どのようにして、とも口にできなかった。何を守りたいのか、どうやってそれを守るのか、ランティス自身、わかるようでわかっていなかった。ただ、誰のことも死なせたくない。それだけは確かだった。
『お願いします』
 握り返されたその強さが想像していたよりも大きくて、驚いた。ここのところ、イーグルの回復の速度が上がっている気がする。彼自身がより強く「目覚めたい」と思い始めているのかもしれない。
 一度は死を覚悟したこともあるイーグルが次に目覚めたとき、できることなら美しい世界を見せてやりたい。ぽつりと浮かんだ願いは、ほんのりとした灯火をランティスの心に燈した。この炎は、絶対に消してはならない。己への誓いを込めて、ランティスはもう一度、イーグルの手をしっかりと握り返した。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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