蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

夢のあとさき ゴールデンウィーク(前篇)

連作短編集 『夢のあとさき』

もう忘れられているんじゃないかと内心ひやひやしている連作短編集ですw
なぜGWの更新なのか、そのあたりの設定も引き継いでいますので、初回から通して読まれることをおすすめします。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 四月最後の土曜日は快晴となった。前の日までぐずぐずと続いていた花散らしの雨が止んだこともあり、空の高さがいつになく際立っている。一足早いけれど「五月晴れ」と呼んでも過言ではないだろう。
 私は朝から上機嫌で、鼻歌を切らすことがなかった。天気のせいはもちろんあるけれど、それよりも何よりも、今日は待ちに待ったロイヤル・バレエ団の公演日なのだった。
 今日のために用意したと言っても過言ではない花柄のワンピースに袖を通し、いつもつけているカチューシャの代わりにイーグル先輩から贈られたバレッタを止める。何はなくともチケットだけは忘れないように、数え切れないほど何度も確認して、私は10時半に家を出た。ずいぶんと早い出発だった。公演は午後1時からで、私の家から公演が行われるコンサートホールまでは電車で10分とかからないため、12時を過ぎてから家を出ても優に間に合う。にもかかわらず早い時間に家を出たのは、公演前にイーグル先輩とお昼を食べる約束をしていたからだ。

 誘ってくれたのは先輩の方だった。コンサートホールのすぐ近くにオムレツで有名なカフェがあるから行ってみませんかと言うのだ。もちろん二つ返事でオーケーした。そのカフェは実は私も気になっていたところで、先輩から誘われなくても私の方から誘おうと思っていたのだ。考えることが似ているのかも、なんて思って、内心かなり浮かれていた。
 そのカフェの前で、11時に待ち合わせることになっている。私が着いたとき、先輩はまだ来ていなかった。時計を見るとまだ10時50分だった。けれどその時間すでにカフェの外には行列ができていた。ざっと数えて10人以上は並んでいる。思った以上の人気に、私は心の中で舌を巻いた。11時オープンだから、その時間に到着すればすんなり入れるだろうと目論んでいたけれど、早めに着いてよかったかもしれない。私は慌てて列の最後尾に並んだ。11時になるまでに、私の後ろにはさらに数人の列ができた。

 程なくしてオープンの時間となった。一人、また一人と店内へ案内されていき、私の番もすぐにやってきた。けれどそのときもまだ先輩は来ていなかった。どうしようか迷ったけれど、もしも入れなくなってしまうと困るので、先に入って中で待っていることにした。
 案内されたのは窓際の二人掛けだった。外が見える方の席に座って、私は徐に携帯を取り出した。教えてもらったばかりの先輩の番号を呼び出し、一呼吸置いてから通話ボタンを押した。コール音は三回で止んだ。けれどその後に聞こえてきたのは先輩の声ではなく、
『おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため、かかりません』
 という無機質なアナウンスだった。
 特に気にも留めなかった。地下鉄に乗っているのだろうと思ったからだ。先輩が約束の時間に遅れるということについて意外に思わないわけではなかったけれど、このあたりに馴染みがないのであれば、時間配分を間違うことだってあるだろう。気を取り直して、私は通話からメール画面へと切り替えた。
『結構混んでいたので、先に入っています。窓際の二人掛けの席にいますね』
 それだけを打つのに、三分は考えたと思う。挙句、最後の最後にも送信しかけてはたと思い留まった。ハートの絵文字はまだ早い。ここはせめて星マークにしておこう。急いで絵文字を入れ替え、今度こそ送信する。なんだか一仕事終えたような気持ちで、私はふっと息をついた。

「お客様、ご注文はいかがなさいますか?」
 不意に声をかけられて顔を上げると、優しい笑顔の女性店員が伝票を持ってすぐそばに立っていた。
「あ、もうすぐ連れが来るはずなので、それまで待ってもらえますか?」
「かしこまりました」
 店員は軽く会釈をして隣のテーブルへと移っていった。見回すと、いつの間にか店内はほぼ満席になっていた。まだ11時を少し廻ったばかりでランチタイムには早いというのに、よほどの人気店らしい。本当に、早めに来ていてよかった。
 聞こえてくる会話の内容から、ほとんどの人が名物のオムレツを頼んでいることがわかった。そのうちにオープンキッチンの方からフライパンにバターを溶かす音が聞こえてくると、私のお腹も小さく音を立てた。
「早く来てくださいね、先輩」
 青空を見上げ、私はひとりごちた。きっと今すぐにでも携帯が鳴るか、走ってくる先輩の姿が見えるに違いないと、このときは疑っていなかった。けれど隣のテーブルにオムレツがサーブされ、また別のテーブルはデザートまで注文し、ついには会計をする人たちが出始めるころになっても、先輩は現れなかった。

***

「ありがとうございました」
 不安げな声の店員に見送られて、私はカフェを出た。途中でさすがに申し訳なくなって紅茶を頼んだけれど、結局カフェにいたあいだで私が注文したのはそれだけだった。一時間以上もいたのに何も食べないで出て行く私を、けれど店員が鬱陶しげには見なかったことがせめてもの救いだった。店員は私が待ち合わせをしていることも、待ち合わせに相手が来なかったことも、そのせいで私が動揺していることもわかっていたのだろう。
「どうしたのかしら、先輩」
 外へ出てあたりを見回しても、先輩らしき人影はどこにもない。携帯は何度かけてもつながらないし、メールも二通送ったけれど、いずれにも返事は来ていない。よもや途中で事故にでも遭っているのではと、不吉な予感が頭を過る。そのたびに私はふるふるとかぶりを振ってそんな考えを打ち消した。なんてこと考えてるのよ、海。きっと何か理由があるんだわ。何もわからないうちに決めつけちゃだめ。

 さんざん迷って、取りあえずコンサートホールの入り口へ向かった。もう公演開始まで30分を切っている。開始時刻までに入場しなければ中に入れてもらえない。先輩だって、まさか今からカフェの方へ向かったりはしないだろう。会えるとしたらホールの入り口の方が現実的だと判断した。
 ホールの前には、ここがロイヤルバレエ団の公演会場であることを表記した大きな看板があった。足早にホールの中へと進んでいく人の流れをよそに、私はその看板の前でぽつんと一人立ち尽くした。
 もしも先輩が、本当は一緒に来たくなくて最初からドタキャンするつもりだったのだとしたらどうしよう。あまりの不安から、私はそんなことを考えるようになってしまっていた。もしも教えられた携帯の番号もメールアドレスもでたらめだったとしたら? そんなことはあり得ないのに、状況が状況だけについ考えてしまう。「楽しみにしていますね」と言ってくれた昨日の先輩の笑顔に偽りはなかったと自信を持って言えるのに、その自信でさえ、なくしてしまいそうになる。

 刻一刻と時間は過ぎていく。公演まで残り15分を切ると、「お急ぎください」と人々を急かすスタッフの声が聞こえ始めた。いよいよひとところに留まっていられなくなってきた、そのときだった。握りしめすぎて汗ばんでいた携帯が震えた。
「もしもし!」
 画面に出ていた「イ」の字を見ただけで、私は通話ボタンを押していた。
『もしもし、龍咲さん』
 イーグル先輩の声だった。私は安堵のあまり泣きそうになりながら、何とか「はい」と声を押し出した。
『よかった、やっとつながった。ごめんなさい、龍咲さん。僕、行けなくなってしまいました』
「……え?」
『いや、正確に言えば、行けそうにない、ということになるでしょうか。実は、乗り込んだ電車が最寄り駅を出たところでシステムトラブルを起こして、運悪く一時間ほど足止めを食らってしまっていたんです。今ようやく乗り換えの駅に着いたところで、次の電車を待っているんですが、どう頑張っても開演には間に合いそうにありません。本当に、申し訳ありません』
 不安と安堵と落胆と、さまざまな感情が混ざり合って、私は軽い眩暈を覚えた。けれどここはとにかく何か言わなければと、一度深呼吸をした。
「私のことはいいんです。先輩に何かあったんじゃないかって、心配してました」
 自分でもわかるほど声が震えていたけれど、電話越しのせいか、先輩は気づかなかったようだった。
『僕の心配なんかしないでください。殺しても死なないタイプですから』
 そう言って先輩は受話器の向こうで笑った。けれどすぐに、先輩の声色は真剣なものに変わった。
『そういうわけなので、龍咲さん、今日の公演は一人で観てきてくれますか』
「そんな」と私はふるふるとかぶりを振った。「いいんです。先輩が来るまで、待ってます」
『でも、それじゃあ公演が見られなくなってしまうでしょう』
「それは、そうですけど……」
『これは、僕からのお願いです。どうか観てきてください。僕のせいであなたがせっかくの公演を観られないなんていうことになったら、僕は自分を赦せませんから』
 先輩はずるい、と私は思った。そんな風に言われたら、うなずかないわけにはいかなくなる。
「……わかりました」
 苦渋の選択だった。受話器の向こうからほっとしたような気配が伝わってきたことが、せめてもの救いだった。
『外で待っています。公演が終わったら、食事にでも行きませんか。どんな風だったか聞かせてください』
「はい」
 努めて明るい声で返事をした。そこで先輩は、乗り換えの電車が来たからと言って通話を終わらせた。ツー、ツー、と無機質な音が三度繰り返されたのを聞いて、私は携帯を耳から離した。
「先輩……」
 黒い画面を呆然と見つめながら、私は弱弱しく呟いた。

 先輩にあんな風に言われてしまった手前、「わかりました」と返事をしたけれど、本当に一人で観に行ってしまっていいのか私はまだ決めかねていた。一人で観に行って、そのあいだ先輩を待たせてしまっていていいのだろうか。先輩だって、今日の公演を楽しみにしていたに違いないのに。でもそんなに迷っている余裕はない。もう開演までは10分しかないのだ。
「おい」
 ぐるぐると廻る思考回路に捉われていた私は、突然肩を叩かれて大層驚いた。はっと振り返ると見知った顔があって、そのことに、自分でも戸惑うほどほっとした。
「クレフ……」
「こんなところで何をしている。もう始まるぞ。中へ入らないのか」
「それが……先輩が、来られなくなっちゃって」
「え?」
「システムトラブルで電車が遅れたんですって。今ようやく電話がつながって、乗り換えの駅に着いたって連絡があったの。先輩には、どう転んでも間に合わないから一人で観てきてって言われたんだけど……」
 思わず言葉に詰まった。ずっと抑え込んでいた不安な気持ちが一気に膨れ上がり、目頭がツンとなる。こんなところで泣くなんて絶対にいやだった。でもこれ以上言葉を続けたら間違いなく涙がこぼれてしまいそうだったので、私はぎゅっと唇を噛み、俯いた。

「行こう」
 それは突然のことだった。クレフがやにわに私の手をつかみ、迷いない足取りで、ホールの入り口へ向かって真っすぐに歩き出したのだ。
「え……ちょっ、ちょっと、クレフ?」
「観てこいと言われて、まさか『待っている』と答えたわけでもあるまい」
 私ははっと息を呑んだ。
「チケットはあるか」
「え? え、ええ……」
 いつの間にか私たちは受付の前に来ていた。すっかりクレフのペースに乗せられていた私は、考えるより先にバッグに手を入れ、もっとも取り出しやすいところに入れていたチケットを二枚取り出した。差し出されたクレフの手にほとんど反射的にそれを預けると、一瞬にして半券がチラシとともに手元に戻ってきた。
「あと5分で開演となります」
 チケットを切ってくれたスタッフが言った。暗に急かされていることくらい、私にもわかった。クレフはおざなりにうなずくと、私の手を取って歩き出した。クレフの歩く速度は、私が小走りにならなければならないほど速かった。そうして私は、開演直前のホールに間一髪で滑り込んだ。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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