蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 55. 甘ったるい関係

長編 『蒼穹の果てに』

とつとつと沈黙が落ちる。この会話が終わりに近づいていることを、イーグルもクレフもわかっていた。

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『どうしても、導師クレフに会いたいんです。連れてきてもらえませんか』
 導師クレフが目を覚ましたということを知らせに来てくれたランティスに、イーグルはそう訴えた。もしも自由に動ける身であったなら、彼が来てくれるのを待つまでもなくこちらから赴いているところだが、哀しいかな今のイーグルにそれはできない。「あの日」以来めっきりここへは来なくなってしまったクレフと話をするには、誰かの力を借りて強制的にその機会を作るしかなかった。
「努力する」というのがランティスの答えだった。彼はイーグルの必死さに若干戸惑っていたようだった。明らかに気が進まないといった感じだったが、責められたことではなかった。頼んでおきながら、導師クレフをこの部屋へ「連れてこさせる」ということはほとんど不可能だろうと、イーグル自身感じていた。
 導師クレフの気配は、『創造主』をして「セフィーロでもっとも強い心の持ち主」と言わしめたランティスでさえ追うのが難しいのだという。もしもクレフが、ランティスが彼を探していることに感づいて意図的に気配を消したりしたら、まず見つけることはできないだろう。そもそもあのクレフが、弟子の言うことを「はいそうですか」と簡単に肯ってくれるかどうか。とりわけここ数日は、クレフは周囲との接触を極力絶っていると聞いている。そんなクレフと話をすることができる可能性は、限りなく低いと言ってよかった。

 そういえば――と、久しぶりに二年前の戦いのことが脳裏を過った。『創造主』がランティスのことを「セフィーロでもっとも強い心の持ち主」と言ったあのとき、やはりそうかと納得こそすれ、疑問に思うことなどなかったが、よくよく考えてみればおかしいくはないか。なぜクレフをおいてランティスが、「セフィーロでもっとも強い」のだろう。
 ランティスは常日頃、自らのことを「導師クレフには遠く及ばない」と言い切っている。無駄な謙遜はしないランティスのことだ、その言葉は真実を穿っているはずだ。しかしそれならば、セフィーロでもっとも強い心の持ち主はクレフであるべきではないか。けれど二年前、『創造主』は確かにランティスこそがそうだと言った。あれは、ランティスの願いが『柱への道』を崩壊させたいというものだったからなのか、それとも――

 不意にノックの音が響き、思考が弾け飛んだ。われ知らず指先がぴくりと震えた。
「イーグル、入るぞ」
『え?』
 扉の外から聞こえてきた声に、イーグルは思わず息を呑んだ。彼が来てくれることを望んでいたはずなのに、それが現実のこととなるとひどく驚いている自分がいた。この矛盾は何だろう。しかしそんなイーグルの戸惑いなど構いもせず、扉は簡単に開けられた。その瞬間から部屋を支配する凛とした空気の流れ、そして迷いのない足音。間違いない、訪問者は導師クレフその人だった。
『まさか来てくれるとは思いませんでした』
 すぐそばで止まった足音の方に首を傾け、イーグルは苦笑交じりに言った。
『ランティスの言うことなんて、聞いてくれないんじゃないかと』
 頼んでおきながらひどい言い草だなと、われながら思った。
「ランティス?」
 ところがクレフがととぼけた声でそう言ったので、イーグルはまるで出鼻を挫かれた。「ランティスに言われたから来てくれたんじゃないんですか」と問うと、クレフは「何の話だ」と、まるで眉間に皺を寄せているさまが見えるかのように訝しげな声色で言った。白を切るつもりなのか、それとも本当に話が通じていないのか、どちらなのかは、果たして次のクレフの一言で決定的になった。
「おまえがランティスに何を頼んだのかは知らないが、ここへ来たのは私の意志だ。いい薬草が手に入ったのでな」
 クレフがそう言った直後、実際に薬草の香りが漂ってきた。それはあの、精神の安定に効くという薬草の香りだった。

 そういえば、ここ最近はこの香りを嗅ぐこともなかった。そんなことも忘れてしまうほど、イーグルの周りではさまざまな出来事が起こっていた。その中で解決したことなどひとつもないのに、薬草の香りを嗅いでいると心が鎮まっていくのを感じた。イーグルは深呼吸をした。薬草の香りを乗せたセフィーロの柔らかい風が、イーグルの全身を優しく包み込んだ。
 沈黙は、第六感を研ぎ澄ませる。風に身を寄せ、イーグルは押し黙った。クレフが醸し出す気配が数日前までとはまったく異なっていることに、気づいてしまった。
 あらゆる迷いが吹っ切れたような、心に掛かっていた憂いが消し飛んだような。いずれかであっても両方であっても、喜ぶべきことのはずだ。しかしイーグルは複雑だった。クレフは何かを決めたのだと感じたが、いったい何をどう決めたのか、そしてそれは歓迎すべきことなのか、イーグルには何もわからなかった。

「だいぶ回復してきたな」
 優しい声で、クレフは言った。彼の声をこれほど間近で聞くのはずいぶんと久しぶりのことのような気がした。懐かしさが胸に迫ってくる。ぐっと詰まった言葉を、しかし今日は押し出さなければならなかった。今目の前には、心の内で渦巻いているあらゆる疑問に答えてくれ得るただ一人の人物がいるのだから。
『僕は、あなたに聞きたいことが山のようにあります』
「そうだろうな」
 覚えずぴくりと眉が動いた。あっけらかんと放たれたクレフの言葉はさもないものだったのに、まるで棘のようにイーグルを刺した。決してイーグルを拒絶しているわけではない、むしろ話を聞いてくれようとしているはずなのに、彼の言葉が突き放すように聞こえるのはなぜだろう。
『……昨夜、また夢を見ました』
 心を圧するものを押し退けて口を開くことは、想像以上に難しいことだった。クレフの力に圧倒されているのだと、そのときようやく気がついた。
 言葉数は決して多くないのに、クレフは確かにイーグルを圧している。彼が本気を出して魔法を使ったらどうなるのだろう。考えただけで背筋が凍った。二年前の戦いで、クレフが前面に出てくることがなくて本当によかったと思った。
『あなたは、僕の夢に出てくる人が「エリーゼ」だと、初めから知っていたんですね』
「ああ」
 強烈な眩暈が、眠っているにもかかわらずイーグルを襲った。今ここにいるひとは、本当に「あの」導師クレフなのだろうか。心の奥にいるもうひとりのイーグルが、「信じられない」と言っている。ほんの数日前、イーグルが初めてエリーゼのことを口にしたときのクレフはひどく狼狽していたのに、今の彼は、あのときの反応が嘘か幻であったかのように、臆する気配を微塵も見せることなくすべてを素直に認めている。それは、とても同一人物とは思えないほどの急激な変化だった。

 クレフは椅子に座る気配は見せなかった。長居するつもりはないようだ。けれどイーグルが訊きたいことは、そんなに短い時間で収まりきるほど簡単なことばかりではなかった。急がなければと思った。クレフに長居するつもりがないのなら、ここにいてくれるあいだにできる限りのことを訊くしかない。
『どうして彼女が僕の夢に出てくるのか、あなたはそれもわかっているんですか』
「いや、それは私にもわからない」
 おそらくその言葉は真実だろうと思った。彼が知らないことを問い詰めることは無意味だ。イーグルはうなずいた。
『あなたと彼女はお知り合いですね』
「そうだ」
『いつごろの?』
「はるか遠い昔のことだ」
『彼女は今どうしているんですか』
 打てば響くような返答をくれていたクレフが、そこで初めて間を置いた。流れた沈黙は、まるで全身を凍りつかせるほどに冷たかった。しかしその沈黙を振り払い、イーグルは咳払いをした。クレフの答えを待つ時間さえももどかしく、続けざまに問いかけた。
『先日城に彼女が現れたとき、いったい何があったんですか?』
 クレフが倒れたところであの娘を――エリーゼを見たとランティスが言ったとき、真っ先に浮かんだのは「なぜ」という思いだった。普通に考えたら、クレフが倒れたこととエリーゼの存在とには大きな因果関係がある。けれど夢の中でエリーゼがイーグルに向けるほほ笑みは、とても誰かを傷つけられる人のそれではなかった。だからこそ、エリーゼが直截にクレフが倒れるきっかけを作ったとは、彼女がクレフを傷つけたとは、イーグルにはどうしても思えなかったのだ。

 ふとクレフが急にその気配を緩めたように感じた。この場にはおよそ似つかわしくないほど穏やかな気配になったので、イーグルは逆に身構えた。
「彼女は死んだ。もう700年以上前のことだ」とクレフは言った。「城に現れた者は、確かに彼女によく似ていた。だが、あれが彼女本人であるはずがない。死んだ者が生き返ることは、決してないのだから」
 その瞬間、心の中で積み上がっていた牙城がガラガラと崩れ落ちていくのを感じた。エリーゼ本人が教えてくれないことをよすがにして、心のどこかでイーグルは期待していた。エリーゼは今もまだ生きている人なのではないかと。けれどその期待がたった今、海の藻屑と消えたのだ。
 嘘でしょう、と鼻であしらうことも、相手がクレフでなければできたかもしれない。イーグルは何も言えず、黙した。クレフが嘘をついているのではないことは、火を見るよりも明らかだった。彼にこんな無慈悲な嘘をつく理由があるとは思えないし、第一、本当に嘘をついているのなら、クレフからもう少し心の揺らぎを感じ取れるはずだ。クレフは心を偽ることが意外とうまくない。だがどんなに神経を研ぎ澄ませようとも、クレフから感じ取れるのは凛とした気配だけだった。まるで風の吹かない海のようだった。いつもどおりのクレフだった。惨酷なほどに。

「死者は二度と生き返らない。それは、たとえどんなに強い『心』をもってしても揺らがぬ、この世界の理だ」
 クレフはきっぱりとした口調で言った。イーグルは無意識のうちに拳を握りしめていた。
『では、あなたの前に現れたエリーゼは、いったい何だったのですか』
 クレフは答えなかった。しかし「答えない」ということは、同時に大いなる答えでもあった。わからないなら彼は「わからない」と言うだろう。けれどそうしないということは、少なくともクレフには、彼の前に現れたエリーゼの正体について思うところがあるということだ。
 イーグルはクレフが口を開くのを待った。「エリーゼは死んだ」と聞かされた今となっては、たとえどんな言葉であっても受け止められる自信があった。
「推測ならいくらでもできる」
 しかしクレフは、結局そうお茶を濁した。そしてそれきり黙り込んだ。
 たとえ推測であってもいいからクレフの考えを知りたかったが、それ以上問い詰めることはしなかった。その推測が何であれ、エリーゼが故人であるという事実は揺らぎそうにない。そう思うと、もうどのような結果にも感動できそうになかった。

 とつとつと沈黙が落ちる。この会話が終わりに近づいていることを、イーグルもクレフもわかっていた。
『恋人だったんですか』
 気がつくと、意志とは遠いところで口が勝手に動いていた。突拍子もないなと自嘲する一方で、本当に訊きたかったのはそのことだったのかもしれないとも思った。
「なんだって?」
 クレフの口調は心底驚いているように聞こえた。イーグルはあえて黙った。
「私とエリーゼがか」
 クレフが確かめるように問う。ほかに誰がいるんだと思いながら、イーグルはうなずいた。するとクレフはふっと息をついた。そのしぐさが何を意味するのか、イーグルにはわからなかった。
「今の若い者は、そうしていちいち人との関係に名をつけたがるのか?」
 どくん、と鼓動が大きく脈打った。
『それでは――』
「そんな甘ったるい関係ではなかった」
 しかしクレフはイーグルを遮り、ぴしゃりと言い放った。そんなくだらないことを聞くな、とでも言いたげな口調だった。咄嗟に反論することができず口を噤むと、風が頬を撫でた。クレフが翻したローブが運んできた風のようだった。
「邪魔をしたな」
『待ってください。もうひとつだけ、教えてください』
 響き出した足音が止まる。起き上がって彼の腕をつかみたいと、このときほど強く思ったことはなかった。
『「727年前」、この世界で何があったんですか』
「え?」
『ジェオのことを考えていて、ふと思い出したんです。彼は、「セフィーロ以外の国はすべて727年前から歴史が始まっている」と言っていました。どんな関係があるかはわかりませんが、もしかしたら、大統領がセフィーロに侵攻しようとしている本当の理由が、そこに隠されているかもしれません』
 根拠はない。根拠はないが、もしもそうだとしたら、クレフがいる限りセフィーロの優位性が崩れることはないのではないかという期待があった。当時のことを知っている人間は、たとえ世界中を探したとしてもおそらくクレフだけだ。もちろん、他国においても文献として残されている可能性はあるが、所詮、百聞は一見に如かず。どのような情報も、クレフの記憶には及ばないだろう。

 けれどそこまで考えて、イーグルは心の中で自らをあざ笑った。あたかもセフィーロにとって都合のいいことは何かを考えているようだが、実はまだ自分自身の行動を決めかねている。仮にオートザムが攻め込んできたとして、自分は彼らに向かってFTOを駆ることができるだろうか。見知った者たちに向かってラグナ砲を放つことに耐えられるほど、この心は冷徹だろうか。
「じき、話す」
 クレフは呟くように言った。そしてその一言だけを残し、あっという間に部屋を出ていった。
 止める暇さえなかった。彼が残していった香の香りだけが、いつまでもイーグルの周りを揺蕩っていた。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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