蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 58. 見えない糸

長編 『蒼穹の果てに』

吹っ切るように顔を上げたクレフの表情は、もう真剣なそれに戻っていた。まるで、直前に見せた笑みが幻だったかのように。

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 クレフが目を覚ました当日は、拍子抜けするほどあっさり過ぎ去っていった。クレフが異変を起こしていたことに気づいた者は誰もなく、事情を知っている光やランティスも、それを仄めかしたりすることはなかった。クレフ自身も、目を覚ました後は薬師フーガの部屋で小一時間ばかり休んだだけで、その後はすっかり普段どおりの様子を取り戻していた。夕食の前から睡魔が瞼を重くしていることに気づいていた海は、その日の夜は泥のように眠った。取りあえずひとつの心配事が過ぎ去ったことに安堵していた。ところが翌日、事態は一変した。起きて部屋のカーテンを開けると、卵型の結界が城を包み込んでいたのだった。

 さすがの風も、このときばかりは暢気にベッドメイクをしようとはしなかった。三人は大急ぎで仕度をし、部屋を飛び出した。回廊の窓からも、城を包む結界の一端がうかがえる。その窓の手前で、三人はしばらくのあいだ呆然と立ち尽くしてしまっていた。
「これは、クレフさんの魔法ですわね」
 風が神妙に言った。海は「ええ」とうなずいた。
「どうしてこんなもの、創ったのかしら」
 倒れたばかりなのに、という言葉は辛うじて呑み込んだ。
 無茶ばかりして、と海は内心毒づいた。昨日最後に見たときのクレフは、確かにもう気力、体力ともじゅうぶんに快復しているように見えたが、それでもこれだけ大きな城を包み込む魔法が簡単な魔法であるはずはない。お世辞にも、あまりいいリハビリとは言えなかった。骨折した方の足で縄跳びをするようなものだ。それに、どうしていきなりこんな魔法を使ったのかもわからない。この結界は、二年前の戦いの最中にこの城を包んでいたものと同じだ。当時は結界の存在に疑問を持つことなどなかったが、今は状況が違う。クレフはこの城を何から護ろうとしているのだろう。オートザムだろうか、それとも――。
「とにかく、クレフのところへ行こう」
 光の言葉に、海は風とそろってうなずいた。そしてその場を駆け出し、一直線に大広間を目指した。


「クレフ、クレフ! いるか?」
 光が叩くたびに、扉全体が鈍く振動する。以前も確かにこんなことがあったが、そのときのことはできれば思い出したくなかった。すでにいろいろなことが当時とシンクロしていて、厭でもあの暗かった日々のことが脳裏を過った。
『ヒカルか』
 クレフの声が直接心に響く。その声を受けて光がはっと手を離すと、扉が中央から観音開きにゆっくりと開かれ始めた。わずかな時間さえも惜しいというように、光が隙間からするりと体を滑り込ませる。海がその後に続き、最後に風が中へ入った。広間にはすでに大勢の人が集まっていた。
「アスカさん」
 風がすっと前へ出て、玉座にもっとも近いところにいたアスカに歩み寄った。チャンアンを背後に従えたアスカは、一目見ただけではっきりとわかるくらいに痩せていた。目の下のくまが痛々しい。けれど彼女の瞳そのものは、サンユンが失踪したことを知った直後に比べればずいぶんと色を回復しているように見えた。風の問いかけに対して何も言わずにこくりとうなずいたその表情からも、彼女の心の強さがうかがえる。声は出ていなかったはずなのに、「だいじょうぶなのじゃ」と彼女が言ったように聞こえた。

「クレフ」
 今度は光が、玉座に向かって身を乗り出した。玉座には、いつものようにクレフとフェリオが立っていた。
「あの結界、クレフの魔法だよね?」
「そうだ」
 クレフは臆することなくうなずいた。すると、彼の一歩後ろにつき従っていたプレセアがさっと表情を曇らせた。それを見た海は、きっと今の自分も同じような表情をしているのだろうと思った。
「いったい何のための結界なんだ? オートザムからの攻撃に備えるためなのか? でも、まだオートザムが攻めてくると決まったわけじゃないじゃないか」
「ヒカル」
 今にもクレフにつかみ掛からんとするような勢いの光の肩に、ランティスがそっと手を置いた。光がはっと息を呑んでランティスを振りかぶる。咎めるような口調になっていたのは、おそらく無意識のうちのことだったのだろう。光はそのことを恥じるように視線を落とし、ランティスの手に促されて身を引いた。するとクレフが、「わかっている」とでも言うかのように一度ゆっくりと首を縦に振った。
「そういう目的が、まったくないとは言えない。だが真の目的は、外からの攻撃を防ぐことではなく、内なる人々を護ることだ」
 海は思わず眉間に皺を寄せた。そしてそれは、海だけではなかった。
「それは、結局は同じことなのでは?」と風が言った。
「まるで違うことだ」とクレフは言い切った。「なぜなら、外からの攻撃を防ぐことは、私の力ではできないからだ。しかしせめて人々を城内に留めおくことができれば、護りやすくはなる」
 まるで謎かけ問答だった。クレフのきっぱりとした口調とは裏腹に、彼が言わんとしていることがわからない。妙な焦燥感が海を駆り立てた。無意識のうちに握りしめていた掌に、じっと脂汗が滲んだ。
「どういうことなの、クレフ。外からの攻撃っていうのは、オートザム軍のこと?」
「いや――」
 言いかけて、クレフははっと口を噤んだ。そして、海たちに向けていた視線をもっと奥へと向けた。その視線の先を追いかけるようにして海たちが背後を振り返ったのと同時に、扉が何度も叩かれた。外にいるのが誰なのか、声が聞こえてくるのを待たずにクレフが杖を振るっていた。

「導師クレフ」
 一組の男女が駆け入ってきた。ラファーガとカルディナだった。
「チゼータから連絡がありました。出立の用意が整い、明日の夕刻にはこちらへ到着できる見込みとのことです」
 ラファーガの言葉に、クレフは「そうか」とうなずいた。
 海は振り返り、クレフを見た。彼は今日、この大広間でほぼずっと会話の中心にいる。前回こうして皆で集まったときとは真逆だった。あのときクレフは、最後の最後までほとんど言葉を発しなかった。当時とは明らかに何かが変わっているということだろうけれど、この急激なまでの変化が、海には不気味に思えてならなかった。

「導師クレフ、どういうことです?」
 カルディナがクレフに迫った。
「チゼータが、なんでこんな避難みたいなことせなあかんのですか」
 ラファーガがカルディナの肩をそっと抱いた。反対側からアスコットも心配そうにカルディナの様子を見つめる。皆が答えを求めてクレフに視線を集めた。クレフは全員を見ているようで、その実、誰のことも見ていないようにも見えた。
「……本当は、タトラたちがやってきてから話すつもりだったのだが」
 そう呟くと、クレフはもう一度杖を振るった。するとその場にいた全員の後ろに一脚ずつ椅子が姿を現した。それぞれに丁寧な装飾があしらわれた、美しい椅子だった。
「皆、座れ」
 そう言われても、誰一人として腰を下ろそうとする者はいなかった。皆の表情にためらいが浮かぶ。けれどそのためらいも、クレフが真っ先に腰を下ろしたことでなくなった。ひとり、またひとりと順に腰を落としていく。海が最後だった。そうして全員が座ると、クレフが顔を上げた。
「これを見ろ」
 クレフが杖を軽く傾けると、宝玉から光が放たれた。その光は、不規則な円を描くようにして座っていた皆の中央にぼんやりとした霧のような光を広げた。その光の中で、徐々に何かが浮かび上がってくる。皆知らず知らずのうちに身を乗り出していた。やがて現れたものを見て、海が真っ先に声を上げた。
「これって……」
 海は光を振りかぶった。互いの目を見て、二人とも、自分たちの考えていることが同じだと確信した。浮かび上がった模様に、海も光も見覚えがあった。

「これは、ザズとサンユンが最後に姿を目撃された場所に残されていたという文様だ」
 海の反応には特段感想も示さず、クレフは淡々として言った。皆がはっと息を呑んだ。
 改めて、といったように、皆が浮かび上がったものを凝視する。霧光の中にくっきりとした黒い線で描かれているのは、六芒星だった。
「これが、お二人のところに?」
 風が緊張を孕んだ声で言った。顎に手を当て、彼女は何かを考えているようだった。そのとき海はふと、初めてこの模様を目にしたときに、どこかで見たような気がすると感じたことを思い出した。もしかしたら風もそうなのだろうか。だとしたら、光を含め、自分たちはどこでこれを見たのだろう。

「この模様が、何かの手がかりになるのかや?」
 そう問うたアスカは狐に抓まれたような顔をしていたが、クレフがはっきりと首を縦に振ると、途端に顔色を変えた。アスカは身を乗り出して何か言い募ろうとしたが、それを遮るようにクレフが口を開いた。
「実は、姿を消したのは二人だけではないのだ」
 それは思いがけない言葉だった。え、と海は瞬いた。
「どういうこと?」
「ザズが姿を消すよりも前に、私はラファーガとともにこの文様を見ている。『アリス』という名の少女が忽然と姿を消したという現場で」
「アリス……」
 知らない名前だった。海は目だけで「知ってる?」と光、風に問うてみたが、二人とも小さくかぶりを振った。
 クレフの言葉は、けれどひとつの答えを与えてくれた。あのとき、ジェオが落とした紙切れを見てラファーガが顔色を変えたのは、それを前にも見たことがあったからだったのだ。

「その少女とサンユンらの失踪とは、関係があるのかや」
 アスカが確かめるように問う。
「ああ」とクレフはうなずいた。「姿を消した者たちは、おそらく同じ場所にいる」
「同じ場所?」
 何人かの声がそろった。「どこなんですか」とフェリオが身を乗り出す。クレフは一呼吸置いてから、中央に浮かんでいる六芒星を見据え、
「月だ」
 と言った。
「え?」
 海は思わず天窓を見上げた。ほとんど無意識のうちに取った行動だったが、ふとわれに返るとどうにも滑稽なものに思えてならなかった。クレフが言った「ツキ」という言葉と自分が想像した「月」とが同じだとは、到底信じられなかった。
「月って……あの、空に浮かんでいる月のこと?」
 だから否定されることを前提にしてそう訊いた。けれどクレフは、あっさりと肯った。
「どの国にも彼らの気配を感じない以上、月に捕らえられていると考えるのが自然だ。月は、この世界において唯一私が気配を察知することのできない場所だからな」
 どうしてそう考えることが「自然」なのか、海にはさっぱりわからなかった。むしろ海に言わせれば不自然すぎる。謎の失踪を遂げた三人と月とのあいだには、何のつながりも見いだせない。
「あの……導師。俺にはいまいち話が見えないんですが」
 まるで海の心を代弁するかのように、フェリオが戸惑いを隠さない声色で言った。
「三人は、何者かによって連れ去られ、月へ送られたということですか? ですがなぜ月なんです。この文様と、何か関係があるんですか?」
 クレフはフェリオを見返し、押し黙った。口を開くことをためらっているというよりも、表現する適切な言葉を探っているように見えた。

 重苦しく、永遠に続くかに思われた沈黙は、けれどほんの一瞬のことだった。クレフは徐にフェリオから視線を外すと、まるで懐かしい思い出に浸るように目を細め、うっすらと笑みを刷いた。
「皮肉なものだな。私を含め、『魔法』を扱う者は皆『魔導師』と呼ばれるが、私だけは、いつしか『導師』と呼ばれるようになった。誰よりも『魔』に近いのは私だというのに、その私から、真っ先に『魔』が抜けることになろうとは」
 え、と誰もが毒気を抜かれたような表情をした。海も光、風と顔を見合わせた。誰もがそうして反応に困ったが、クレフはそもそも反応を期待していたわけではないようだった。吹っ切るように顔を上げたクレフの表情は、もう真剣なそれに戻っていた。まるで、直前に見せた笑みが幻だったかのように。そしてやはり真剣な声色で、言った。
「現在セフィーロを包む不和――そのすべては根底でつながっていると、私は見ている」
「……と、おっしゃいますと?」
 ラファーガが続きを促すように問うた。
「三人の謎の失踪とオートザムの企ては、決して無関係ではないということだ」
 クレフを除く全員が瞠目した。クレフはそんな皆の反応を確かめるように視線をぐるりと渡した。そして最後にカルディナのところで止め、
「無論、チゼータの民にセフィーロへ来るようにと告げたことも関係している」
 と言った。
「関係って……いったいどんな関係です?」
 身を乗り出したカルディナに、クレフは目だけでうなずいた。それから再び、皆をぐるりと見回した。その後しばらくクレフは口を開かなかった。

 クレフが口を閉ざすと、まるで時の流れが止まってしまったかのような静寂が輪を包んだ。中央で揺蕩う六芒星だけが、淡々と時を刻んでいた。
 やがてクレフは微かに目を細め、問わず語りに話し出した。
「話は遠い昔へと遡る。この地がまだ『セフィーロ』とは呼ばれていなかったころだ。当時は『ゼファー』という名だった。そのころ、この世界の摂理形態は今とはまるで違っていた。そもそも、ゼファー以外の国は存在していなかった」
「え、そうだったの?」
 海は目を丸くした。
「ああ」とクレフはうなずいた。「それだけではない。『柱』は当時から存在していたが、その制度は、おまえたちが知るものとは異なっていた。なにより、『柱』と双対をなす絶対的な存在があった。私を含め、皆はその存在を『主』と呼んだ」
「『主』?」
 光が鸚鵡返しにした。クレフはうなずいた。
「『主』はゼファーをたいそう気に入っていてな。理想郷だと表現したこともあった」
 そこでふと、クレフは思い出したように瞬いた。
「そういえば、おまえたちも『主』に会ったことがあるな。もっとも、そのとき私は『主』とは呼ばなかったが」
 海は再び光、風と顔を見合わせた。困惑した海たちをよそに、クレフは誰も想像しなかったことを口にした。
「『主』と言うよりもわかりやすかっただろう、『創造主』と言った方が」
 マシュマロのような、白くふわふわとした体。脳裏に浮かんだその姿は、この深刻な場にはあまりにも不釣合いだった。




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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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