蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 59. 失楽園

長編 『蒼穹の果てに』

宙に浮いた六芒星が、煌々と不気味な輝きを放ち続けている。クレフの瞳がそれを捉える。真っ青な双眸の中に、星の形が現れた。

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「『創造主』、だと?」
 絶句した人々の中から、ランティスが一抜けした。けれどその声は戦慄いていた。その場で平静を保っていられる人物などいなかった。ただ一人、クレフを除いて。彼だけはいつもとまったく変わらぬ様子で、ランティスを真っすぐに見返すと、「ああ」とあっさりうなずいた。
「もっとも、ゼファーにおいて『主』は人間の姿をしていたので、モコナが『主』と同一の存在であるということには、私も最後まで気づかなかった。しかし、あの声は間違いようがない。モコナは『主』であり、『主』は、この世界のすべてを創造した者だ」
 モコナが――『創造主』が人間の姿をしていた。そう言われても、「はいそうですか」と簡単に納得できることではなかった。海の中ではモコナはモコナであり、それ以上でも以下でもなかった。ただ、『創造主』というほどの力を持っているのならば、姿を変えることなど目を瞑っていても簡単にできてしまうのかもしれないとは思った。

「『ゼファー』は、絶えず風と水の音がしている国だった」
 混乱しきった人々をよそに、クレフは落ち着いた口調で語り出した。
「国土は今のセフィーロと同じくらいの広さがあったかもしれない。誰もが幸せに暮らしていた。『主』が理想郷と表現するくらいだからな、まだ幼かった私の目にも、ゼファーは本当に美しい国だった」
 海ははっとした。クレフが「美しい」という言葉を口にするのを聞いたのは、海にとってはこれが初めてのことだった。
 『柱』制度がなくなり、一人ひとりの『意志』が未来を紡ぐ摂理形態となった今のセフィーロでさえ「美しい」とは形容しないクレフが、少しのためらいもなく「美しかった」と表現する『ゼファー』。いったいどれほど美しい国だったのだろう。かなうのならこの目で見たかった。
「しかし、平和で穏やかな時は長くは続かなかった。ある日突然、『ゼファー』は戦乱の地と化した。そのとき『ゼファー』を脅かしたのが、この文様だった」
 そう言って、クレフは中央に浮かんだ六芒星を見た。
「これはいったい何なのですか」
 プレセアが、恐る恐るといったようにクレフを覗き込む。クレフはふむ、と含みを持たせた。
「それを説明するには、『インガリツ』という考え方を理解していることを前提としなければならないのだが……」
「インガリツ?」
 海は首を傾げた。どういう字を当てはめるのかもわからなかった。クレフが「やはりわからないか」とでも言いたげに苦笑する。説明しようと口を開きかけた彼を、けれど「知っています」と遮った人がいた。アスコットだった。
「『因果律』――物事は、すべてにおいてプラスとマイナスの側面を持ち、それらは等しく釣り合っていなければならないという、この世界の根幹をなす考え方ですよね。たとえば、防御の力を強くしたいのなら同等の攻撃力も備えなければならないというように。だから魔導師は、防御と攻撃、両方の力の均衡を取れるようになって初めて一人前と認められると聞いています」
「そのとおりだ。よく学んでいるな、アスコット」
 クレフが満足気にほほ笑む。アスコットはいえ、と小さくかぶりを振った。俯いた頬がほんのりと朱に染まった。

「アスコットの言うとおり、『因果律』というのは世界の根幹をなす考え方だ」
 クレフは言った。アスコットに向けた笑みは一瞬で消えていた。
「善と悪、正と負、光と闇。そういった相対するものはすべて、常に釣り合っていなければならない。そこには誰ひとり、何ひとつとして例外はない。私たち人間の力はもちろん、自然界、そして、神々でさえも」
「『神々』?」
 問うた海を見て、クレフがうなずく。
「この世界に存在する神々のうち、『主』――『創造主』は、すべてを生み出す、つまりは完全なる『正』の力を持った神だ。『創造主』の力は膨大だが、正の力のみが強くなることは好ましくない。この世界の釣り合いが取れなくなり、ひいてはそれが大きな歪みを生じさせてしまうかもしれないからだ。それを防ぐためには、『創造主』の持つ『正』の力と釣り合うだけの『負』の力を持つ神の存在が必要不可欠だ。そのためこの世界には、すべてを生み出す『主』の力とは正反対の力、つまり、すべてを闇へと葬り去る力を持った神が存在する。その存在を知っている者は少ないが、知っている者は、その神を『破壊神』と呼んだ」
「『破壊神』……」
 その言葉だけで、まるで自分の中の一部分が破壊されてしまったかのように感じた。海は思わず身震いした。

『わたしは、この世界を創りし者』
 二年前に聞いた『創造主』の言葉が脳裏を過った。あのとき『創造主』は、セフィーロだけではなく、地球を含めた『異世界』も自分が創造したと言っていた。あれだけのものを創り出せる力と同等の、破壊する力を持った神――。『破壊神』と呼ばれる神の凄まじさは想像するまでもなかったが、もしも本当にそんな神が存在するのだとしたら、腑に落ちないことがあった。
「でも」と海は言った。「そんな諸悪の根源みたいな神様の存在なんて、これまでは感じたこともなかったわ。確かに二年前の戦いのときは、セフィーロは崩壊寸前だったけれど、あれは『柱』を失ったからでしょう」
「先ほども言ったように、『破壊神』は、『創造主』との力の均衡を保つための存在だ。『創造主』と同じ世界のどこかに存在してさえいれば構わないので、与えられた役割を果たすとき以外には、『破壊神』は封印されている」
「封印?」
「ああ。『創造主』がモコナの姿を取っていたのと同じことだ。モコナが『創造主』ほどの力を持っていることには、『柱への道』が開かれるまでは誰も気がつかなかっただろう。あれは、必要とされるときまでは『創造主』としての力が封印されていたからだ」
「じゃあ、『破壊神』もモコナのように、まったく別の生き物の姿をしているということ?」
「いや、そうではない。『破壊神』は、文字どおり封じられている。そして私が知る限り、『月』に施されたその封印が解かれたことは、これまでに一度もない」
「月?」
 風が身を乗り出した。
「待ってください、クレフさん。あなたは先ほど――」
「そうだ」とクレフはうなずいた。「失踪した者たちがいると考えられると言った場所だ」
「え? でも、どうして――」
 言いかけて、海ははっと息を呑んだ。
「まさか、この六芒星が……?」
 クレフが海を見返す。一呼吸おき、彼はすっと杖を傾けて中央に浮かんだ六芒星を指した。
「これは、『破壊神』の持つ負の力の印。それが姿を消した者たちのそばに残されていて、彼らの気配はこの世界のどこにもないとなれば、月にいるのではないと言い切る方が無理がある」

 そのとき、ガタンと大きな音を立てて誰かが立ち上がった。海は思わずぴくりと肩を震わせた。振り返ると、アスカがくるりと踵を返し、足早に輪から離れていこうとしているところだった。
「アスカ様?」
「アスカさん」
 チャンアンと風が慌てて立ち上がる。アスカは大広間の扉の前で立ち止まると、こちらを振り返り、血走った眼で鋭く皆を見回した。
「わらわは月へ行く」とアスカは言った。「その『破壊神』とやらに、サンユンは連れ去られたのじゃろう。今すぐ連れ戻してくるのじゃ」
「待ってください、アスカさん!」
「待たれよ」
 風の後に、クレフの鋭い声が続いた。さすがのアスカもこれには心を揺さぶられたようで、何度か忙しなく瞬いた。それでも彼女の強い意志は健在だった。恐れを知らない瞳が、真っすぐにクレフを見返す。クレフはそれをしっかりと受け止めた。
「行ったところでどうする。あなた一人の力ではどうしようもない」
「そんなことは、やってみなければわからぬであろう!」
「やる必要もない。行けば死ぬぞ、皇女」
 はっとアスカが息を呑んだ。それはアスカひとりの反応ではなかった。クレフがあまりにもきっぱりと言うので、誰もが信じられない気持ちで彼を見返した。クレフはアスカが口を噤んだのを確かめると、ふっと肩で小さく息をついた。
「それに、確かに私は、サンユンたちは月にいる可能性が高いと言ったが、連れ去ったのが『破壊神』だとは言っていない」
「え?」
「先ほども言ったように、『破壊神』はその力ごと『月』に封印されているのだ。封印が解かれる条件が整わぬ限り、『破壊神』がそれほどの力を使えるはずがない。今のままではわからないことが多すぎる。手探りで行く場所としては、月はあまりにも危険だ」

 アスカが愕然とした様子で項垂れた。風が歩み寄り、肩を支える。促されながらもといた席についたアスカは、それまでとは別人のように覇気がなかった。
「では、どうすればいいのじゃ。このまま黙って、手をこまねいているしかないのかや?」
 アスカの今にも泣きそうな声が、切なく胸を打った。悲しみやもどかしさ、憤り――あらゆる感情が、胸の奥でせめぎ合う。他人事とは思えなかった。クレフが倒れたとき、海もアスカと同じような気持ちを抱いていた。自分の無力さが悔しくて、できることなら何だってやろうと思った。そのためならば多少の危険は省みないつもりだった。

 重苦しい沈黙が流れる。誰もがその背中に巨大な重石を背負っているように、それぞれ深く項垂れた。
「ですが、クレフさん」
 その沈黙を破ったのは風だった。海ははっと顔を上げた。
「クレフさんは先ほど、『当時の「ゼファー」を脅かしたのがこの文様だった』とおっしゃいましたわね。この六芒星が『破壊神』の持つ負の力の印なのでしたら、ゼファーを戦乱の地へと導いたのは、『破壊神』ではなかったのですか」
 確かにそうだ、と海は思った。クレフは『破壊神』の封印が解かれたことは一度もないと言ったが、それが本当なら、この六芒星がゼファーを脅かしたというのはつじつまが合わない。かといって、封印が解かれなくても破壊神の力が使われることがあるのだとしたら、今度は今クレフがアスカに対して言ったこととの整合性が取れなくなる。
 クレフはじっと、無言のまま数刻をやり過ごした。その真っ青な瞳に彼が何を映しているのか、海にはまったくわからなかった。

「当時の『柱』は、その地位に就いたとき、わずか6歳であった」
 やがてクレフは、昔話を読み聞かせるような口調で話し出した。風の問いに対する直接の答えではなかったが、それを指摘する人は誰もいなかった。
「『柱』には、たった一人の『姉』がいた。彼女は名を『エリーゼ』といった」
「えっ……」
 肘掛けに置いていた肘がずり落ちた。突然動揺した海を、光と風がぎょっとしたように見た。
「海ちゃん?」
「どうなさったのですか」
 答えられず、海はクレフを見返した。けれど彼と目が合うことはなかった。あまりにクレフが無表情なので、もしかしたら今のは聞き間違ったのではないかと不安になった。そのとき、ふと思い出して海はランティスに視線を移した。その結果、どうやら聞き間違いではなかったようだと確信するに至った。ランティスにだけはクレフが「エリーゼ」という名を呟いたことを教えていたが、そのランティスが、眉間に深く皺を刻んでクレフのことをじっと凝視していたのだった。
 海の反応やランティスの視線に、クレフが気づかないわけがない。それでも彼が何も言わないのは、それが今ここで話題にするべきものではないと考えているからだ。
「なんでもないわ」
 海はクレフから視線を外さないまま、光、風の二人に向かってかぶりを振った。「あのとき」のことが、そして「あのひと」が今回のことにどう関わっているのだとしても、それは海の口から語られるべきことではなかった。

「エリーゼは、もともと体が弱く、二十歳までしか生きられないと言われていた」
 クレフは何事もなかったかのように話を続けた。
「当時の『柱』を『柱』たらしめていたものは、『姉の病を治したい』という強い願いだった。『柱』は幼かったが、その心の強さは随一だった。その『柱』が懸命に願っていたこともあり、エリーゼの病は徐々に進行が遅れるようになっていった。寿命宣告を受けていた二十歳の誕生日を、彼女は無事に迎えることができた。だが――それからわずか一年後、誰も想像だにしていなかったことが起きた。『破壊神』に魅入られたエリーゼが、『魔女』と化したのだ」
「『魔女』?」
 セフィーロでは聞きなれない言葉だった。この世界では、魔法使いは皆『魔導師』と呼ばれる。男女を問わずそうだった。クレフが言った「魔女」という言葉は、『魔導師』とは異なる響きを持っているように聞こえた。
「何ですか、その……『魔女』、というのは」
 フェリオが言いにくそうに問うた。
「『破壊神』の意を介する者のことだ」とクレフは言った。「『破壊神』がもともと世界の破滅を望んでいたのかどうか、定かではない。しかしいずれにせよ、月に封じられていた状態では、『破壊神』は身動きを取ることができなかった。そこで『破壊神』は考えた。内から力を解き放つことができぬのならば、外から引き出させればいいのだと。『破壊神』はエリーゼの心に自らを共鳴させ、彼女を通して世界を滅亡へと追い込んだ。破滅の神の後ろ盾を得た彼女の力は膨大だった。恐れをなした皆は、彼女のことをこう呼んだ。『魔物のような女』――『魔女』だと」
「そんな……」
 思わず絶句した。二日前に見た女性の姿が脳裏に浮かぶ。あのひとが、世界を滅亡へと追い込んだ、『魔女』――。

 宙に浮いた六芒星が、煌々と不気味な輝きを放ち続けている。クレフの瞳がそれを捉える。真っ青な双眸の中に、星の形が現れた。




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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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