蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 60. 降り出した雨

長編 『蒼穹の果てに』

こんなに近くにいるのに、クレフが遠くへ行ってしまったように感じた。とても連れ戻せないほど、はるか遠くへ。

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 ぽたり、と天窓に水滴が落ちた。雨が降り始めたようだった。
「どうして……どうして彼女は、『魔女』になんかなってしまったの?」
 海は掠れ声で問うた。
「『破壊神』の『心』に共鳴したっていうことは、彼女の中にも、セフィーロ――いえ、ゼファーが滅びることを望む気持ちがあったということ?」
 するとクレフが今日初めてその表情に驚きを乗せた。けれどそれは一瞬のことで、すぐに元の引き締まった表情に戻った。
「そうではない。エリーゼは『柱』の姉だったのだ、とても強く、気高い心の持ち主だった」
「では、なぜエリーゼさんは『魔女』に?」と風が言った。
 クレフは一度ゆっくりと瞬きをし、そして軽く息を吐いた。気のせいか、なんだか一気に老け込んでしまったように見えた。
「『死』に対する恐怖、『生きたい』という、目を逸らすことのできない『願い』。そこを『破壊神』につけ込まれたのだろう」
 クレフが瞑想するように瞼を伏せる。
「エリーゼが強い『心』の持ち主だったことが禍したと言ってもいいかもしれない。強い者は、自らの『願い』を偽ることができない。彼女は死を恐れ、二十歳を越えても『生き続ける』ことを願うようになってしまった。受け入れていたはずの死を拒み、どんな形でもいいからこの世に留まりたいと願うようになった。しかしそんな想いとは裏腹に、エリーゼの体を蝕む病魔は勢いを増すばかりだった。本人の持つ強い『意志』の力や『柱』の願いによってなんとか持ちこたえてはいたが、たとえ生き続けることができたとしても、せいぜいその後三年がいいところだった。そのことを、誰よりもエリーゼ自身が一番よくわかっていた。わかっていたが、それでも彼女は生き続けることを願わずにはいられなかった。……避けられない『死』を前に、『生』を願う。その矛盾が、『破壊神』の負の力を引き寄せたのだ。そしてエリーゼは、『破壊神』に己を明け渡した。すべてを道連れにするために。『死』を彼女ひとりのものではなくすることで、その恐怖から逃れようとしたのだ。そういう意味では――ウミ、おまえの言ったとおりかもしれないな。エリーゼは、厳密に言えばゼファーの滅亡を『願って』いたわけではかったが、自分が『魔女』となれば結果的にそうなってしまうことをわかっていて、それでも『破壊神』の手を取ることを選んだのだから」
 クレフが言葉を止めると、水を打ったような沈黙が広がった。あまりの静けさに、耳鳴りがした。

 クレフの手が、ゆっくりと杖の持ち手をなぞった。
「『破壊神』の後ろ盾を得たエリーゼの力はすさまじく、皆次々と、挑むまでもなく倒れていった。人だけではない、精獣や精霊、地に根を張った木々の一本一本に至るまで、エリーゼはことごとく破壊しつくした。そして、そのとき彼女が用いた魔法陣が、この六芒星だったのだ」
「ちょっと待ってください」
 口を挟んだのはフェリオだった。
「当時も『柱』はいた、あなたはそうおっしゃいましたよね。『柱』の意志は絶対のはずだ。たとえその……『魔女』、が、世界を滅亡へと追い込むような力を使ったとしても、『柱』が世界の終焉を望んだりしなければ、最悪の事態は防げたはずではありませんか。それに、当時のセフィーロ――『ゼファー』には、『創造主』だっていたんでしょう?」
 確かにそうだ。『柱』はもっとも心が強い人がなるはずだ。『心の強さ』がすべてを決める世界なら、『柱』が世界の存続を願いさえすれば、世界が亡びるようなことにはならないはずなのに。――そう考えて、海は突然はっと息を呑んだ。「存続を願い」さえすればいい、それはそのとおりだ。でも、逆に「崩壊を願って」しまったら?

「『お姉さんの病気が治ること』――それが、『柱』の願いだった。そう言ったわね」
 呟いた海を、クレフが驚いたように見る。そして哀しそうな笑顔で、
「ずいぶんと察しがいいな、ウミ」
 と言った。
「そうだ。当時の『柱』は、自らの姉であるエリーゼが『魔女』になってしまったことで、彼女を救うこと、つまり自分の『願い』をかなえることはもう不可能だと悟った。絶望した『柱』は、自ら命を絶ったのだ」
「え?」と光が身を乗り出した。「どうして? 『柱』は自ら死ぬことはできないはずじゃ……」
「当時はそうではなかったのだ。『「柱」は自ら死ぬことはできない』という理ができたのは、その後のことだ」
 クレフは表情の消えた顔で六芒星を見やった。長い前髪がさらりと揺れた。
「『柱』が死んだことで、ゼファーは必然的に崩壊への一途をたどることになった。さらに悪いことに、そのとき『主』はゼファーにいなかった。おそらく『異世界』へ行っていたのだろう。当時から、『主』はことあるごとに『異世界』の様子を気にかけていたからな」
 人々が争い合い、環境を破壊する『異世界』――つまり地球の現状に絶望して、セフィーロを含む世界を創造した。確かに『創造主』はそう言っていた。
「『主』が戻ってきたとき、ゼファーはほとんどが食い荒らされた後だった。エリーゼも死んでいた。自らの『理想郷』を壊されたことで、『主』は怒り、失望した。すべてが失われた『ゼファー』を、『主』は新しく『セフィーロ』と名づけた。そして私に、新しい『柱』とともに『セフィーロ』を導くことを命じた」

 海はクレフをまじまじと見つめた。『柱』がいなくなってしまった世界で、それでも生き延びた彼はすごいと思った。そのときからすでに今ほど強かったのだろうか。誰も太刀打ちできなかった『魔女』に、クレフはたったひとりで立ち向かったのだろうか。
 そのときのことがトラウマになっていて、先日エリーゼが現れたとき、当時の記憶が蘇ったために倒れてしまった。それはあり得そうだった。でも、それだけなのだろうか。なんとなく、まだピースが足りない気がした。

「『主』は、すべてが失われたセフィーロからすぐに姿を消した。オートザムをはじめとする三国が創られたのは、そのときだ。『柱』制度も変わり、『魔法騎士』の伝説も、『セフィーロ』の歴史とともに始まった。今から727年前のことだ」
「727年?」
 海は素っ頓狂な声を上げた。
「っていうことは、クレフが二十歳のときってこと?」
「そうなるな」とクレフはうなずいた。「今ではもう、当時を知る者は誰一人としてない」
 この世界にそんな歴史があったなんて、考えたこともなかった。ずっとセフィーロは『セフィーロ』のままで、エメロード姫が『柱』だったころのような平和な時代がはるか昔から続いてきていて、クレフはそういう中を生きてきた人なのだと思っていた。でも、そうではなかった。

「ゼファーで何が起きたのかは、よくわかりました。ですが、それでは今回サンユンさんたちを連れ去ったのは、いったい誰なのでしょう」
 風が言った。
「封印されている『破壊神』ではないとすれば、エリーゼさんのように、『破壊神』の意を介する『魔女』が、この世界に再び現れたということですか」
 その瞬間、強い眩暈が海を襲った。咄嗟に肘掛けをつかんで体を支える。隣の光に名前を呼ばれたが、それに応えることはできなかった。くずおれないようにするので精いっぱいだった。こめかみを汗が伝う。心臓が内側から海を叩く。まさか、あのとき自分たちの前に現れたのは――
「『エリーゼのように』、ではない。まさに彼女本人を、私はこの目で見た」
 天窓の向こうの空が光った。遅れて雷鳴が轟くより早く、海は顔を上げた。
「なんですって?」
 素っ頓狂な声を上げたのはプレセアだった。クレフは彼女のことは一瞥したが、海の方はちらりとも見なかった。
「では、まさかエリーゼさんがサンユンさんたちを……? ですが、エリーゼさんはお亡くなりになったと、クレフさんは先ほど」
「そうだ。彼女は間違いなく727年前に死んでいる。そして、死者が生き返ることはあり得ない。たとえ『意志』の国であるセフィーロでも、その理は動かぬ」
「でも、クレフが見たのはその『エリーゼ』って人だったんだろう? いったいどういうことなんだ」
 光が何度も瞬きをしながら言った。そんな光とは対照的に、クレフの瞬きの回数は驚くほど少なかった。
「おそらく、彼女の遺していった『心の影』が具現化したのだろう」
「『心の影』?」
「想像の域は出ないがな」
 そう前置きして、クレフは続けた。
「もともとエリーゼは、『生き続ける』ことを願っていた。だが結局は死んでしまった。その悔しさが、強い影となって遺された。私の前に姿を見せたのは、その『影』だったのではないかと考えている」
「そんなことが、あるのかや」
 愕然としてアスカが言った。クレフはおもねるように笑った。痛々しい笑顔だった。
「おそらくそうだ、としか、今は言えない。手がかりがあまりにも少なすぎる」

「しかし、そういったことができるかどうかは別にして、そのエリーゼという女の遺していった『影』が三人をさらったのだとしたら、つじつまは合いますね。かつて『魔女』として『破壊神』の意を介していたのだとしたら、現場にこの文様を残すこともわかる」
 ラファーガが中央に浮かんだ六芒星を見ながら腕を組んだ。
「クレフさんが先ほどおっしゃった『外からの攻撃』というのは、エリーゼさんのことを指しておいでだったのですね」
 風が静かに言った。
「正確に言えば、『破壊神』だ。私の力は、『破壊神』には遠く及ばぬ。おそらくこの結界も無意味だろう。だが結界を張っておけば、その内側で起きたことであれば、どのような些細な変化であってもいち早く感じ取ることができる。あるいは次の被害を未然に防ぐことができるかもしれない」
 さっと場に緊張が走ったのが、海にもわかった。皆「次の被害」という言葉に反応したのだ。
「お気持ちはわかりますが、あなたの心身の負担はどうなるのです。これだけ大きな城を常に結界で覆い続けるなんて、無茶ですわ」
 プレセアが眉間に皺を寄せて言った。クレフは少し驚いた様子で彼女を見返した。それからふっと相好を崩し、「案ずるな」と穏やかに言った。
「この程度の魔法、痛くもかゆくもない。それに」
 一度言葉を区切り、クレフは手にした杖を握り直した。
「もう、誰かが哀しむさまは見たくないのだ」
 誰も返す言葉を持たなかった。

 天窓に打ちつける雨の音が、広間に満ちる。まだ昼日中だというのに、どことなく部屋が薄暗い。
「三人の失踪が関係していることは、よくわかりました。しかし、導師。あなたは、オートザムの企てもつながっているとおっしゃいましたね。あれはいったいどういうことですか」
 雨音を打ち破って口を開いたのはフェリオだった。そういえばそうだ。今までの話でわかったのは、三つの失踪事件は決して偶然起きたものではないということだけで、そこにオートザムが企てているセフィーロ侵攻とを結びつける要素はない。でもクレフは、この話をする前に、「三人の失踪とオートザムの企ては決して無関係ではない」と確かに言っていた。
「先ほど、この世界が今のような摂理形態になったのは727年前だと言ったのは覚えているな」
 クレフが皆を見回して言った。否定する者はいなかった。
「オートザム国大統領が、そのことに執心しているらしい」
「え?」
 何人かの声がそろった。
「どういうこと?」と海は言った。
「詳しいことはわからない。だが、他国へ攻め入ろうとしているときに、なぜ727年も昔のことを気にする必要がある? 不自然だとは思わないか」
「……確かにそうですね」とフェリオが唸った。
「どのようなつながりがあるのか、私もはっきりと理解しているわけではない。だが、無関係とはとても思えぬ」
 まるでジグソーパズルのようだった。一つひとつはバラバラで、一見何の脈絡もないように思えるのに、実は一枚の絵を描き出すピースでしかないかのような。でも、すべてのピースがそろったときに果たしてどのような絵が出来上がるのかは、想像することもできなかった。

「チゼータは? チゼータの人らを呼び寄せたんも、727年前のことと関係があるんですか?」
 カルディナが緊張の面持ちでクレフを見る。そのカルディナの手を、隣に座ったラファーガが優しく握っていた。
「チゼータの民をセフィーロへ連れてくるよう進言したのは、三国の中ではチゼータが月にもっとも近いからだ。もしも『破壊神』の力が増したら、月からもっとも近いところにあるチゼータが真っ先に標的になる可能性がある。もちろん、本当に『破壊神』が目覚めてしまえばセフィーロとて安全ではなくなるが、今もっとも余裕があるのはセフィーロだ。この国に少しでも多くの者が集まっていた方がいい」
 そう言うと、クレフは杖を肩に預け、体の前で指を組んだ。
「もはや、セフィーロだけの問題ではなくなってしまったな」
 そのクレフの言葉は、妙にずっしりと心にのしかかった。何か大きな渦のようなものが自分たちを巻き込もうとしているように感じる。背筋を走った悪寒に、海は思わず自らの腕を強く抱いた。

 つとクレフが顔を上げ、天窓の向こうに広がる鈍色の空を見た。
「私の前にエリーゼが現れたとき、彼女は何かを伝えようとしているように見えた」
 まるで独り言のように、クレフは言った。
「十中八九、彼女はもう一度現れるだろう。そこに手がかりが隠されていることを祈るしかない。三人を連れ戻すためにも、この国を護るためにも」
「無理はなさらないで」
 思わず、というように言ったプレセアに、クレフは向き直ってほほ笑んだ。クレフが笑った、その事実だけで、広間の雰囲気はがらりと変わった。皆が明らかにほっと胸を撫で下ろした。でも海だけは、どうしても笑えなかった。
 エリーゼに遭遇したとき、彼女がクレフに何かを伝えたがっているとは、少なくとも海の目にはとても見えなかった。彼女がやろうとしていることがあったなら自分たちを傷つけることくらいで、そこにプラスの感情はまったく見出すことができなかった。クレフだって、エリーゼと実際に対峙していたときは、あれほど苦しそうな顔をしていたではないか。『心』を使いすぎて倒れてしまうほどのダメージを受けたというのに、今の彼は、エリーゼとの再会を待ち望んでいるようにさえ見える。
 こんなに近くにいるのに、クレフが遠くへ行ってしまったように感じた。とても連れ戻せないほど、はるか遠くへ。




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篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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