蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 65. 闇の衝動

長編 『蒼穹の果てに』

離れたくない――ランティスの匂いを深く吸い込みながら、光は自分の心に息づく新しい想いを無視できなかった。

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 どこまでも続いているかのように長い階段を上りきると、突然、星の海に迷い込んだような景色が視界いっぱいに広がった。雨上がりのせいか、いつも以上に星の輝きが力強い。セフィーロ城の最上位に位置しているこの天門にやってきたことで、空との距離が近くなり、まるで自分自身も数多の星の一部になったような気がした。
 常春の国であっても、夜が更けた後の風は冷たい。おまけにここは、セフィーロ広しと言えども空への近さという点では随一の場所だ。滲んだ汗を撫でる風に、軽く鳥肌が立つ。光は羽織ってきたガウンの前を合わせ、腕をさすった。

 満天の星の中でも一際強くきらめく月は、まだ完全な満月にはなっていないものの、その存在感たるや圧倒的で、目を奪われる。こうして見ると、地球の月とあまり変わりがないのに、クレフの話を聞いた後ではまったくの別物のように感じた。すべてを破壊しつくす神――そんなものがいるなんてとても想像できないけれど、『創造主』は確かにいたのだから、『破壊神』がいたとしても理屈上はおかしくないのだろう。
「……モコナ」
 モコナはセフィーロを含むこの世界を創造した理由を、地球の惨状を嘆いたが故だと言った。争いの歴史を繰り返している地球。確かに現在も、日本は平和だけれど、世界のどこかでは絶えず争いが行われている。たとえ戦火を交えていないとしても、冷戦状態にある国もある。それに何より、今の地球は、人間たちの活動によってその生態系が脅かされ始めている。
 オートザムの環境破壊の原因となっているのが二酸化炭素だと風が究明したときには、少なからずショックを受けた。まさか地球も、将来的には今のオートザムのようになってしまうのではないか。そんな危惧が心をもたげた。たぶん、風も同じだったのではないかと思う。だからこそ、風はオートザムのためにあれほど一生懸命になれるのではないだろうか。オートザムの危機を回避することができれば、それが地球の未来を救うことにもつながるかもしれないと考えているのではないだろうか。

 ――モコナに会いたい。魔神たちとともに異なる次元へと旅立っていってから初めて、そんな願望が湧き上がった。モコナに会って、今のセフィーロをどう思うのか訊きたかった。モコナは争いのない世界を望んでセフィーロを含む世界を創造したはずだった。それなのに今また、この世界は争いの下にさらされようとしている。もしもオートザムが本当にセフィーロに攻め入ってきたとしたら、大きな戦になることは避けられないだろう。平和な時代は二年ばかり続いただけで、早くも終焉を迎えようとしている。こんなはずではなかったのに。どうして人は、争わずにいられないのだろう。せっかくモコナは私たちにこの世界を任せていってくれたのに、このままでは、その信頼を裏切ることになってしまう。

 あのとき、自分がエメロード姫の次の『柱』だと言われて、何よりもまず『柱』制度の終焉を願った。その願いを持つことに、何の疑問も不安もなかった。誰もが望むことだろうと思っていたし、そうすることで誰もが幸せになれると信じていた。けれどもしもあのとき、『柱』制度を終わらせず、エメロード姫と同じように『柱』になることを選んでいたら、ひょっとしたら今回オートザムが攻め入ってくることを防ぐこともできたのではないか。迫り来る戦の影を無視できなくて、つい、そんなことを考えた。
 かつてエメロード姫は、その『意志』の力で外敵からセフィーロを守っていたという。そんなことができるのは『柱』だけだ。でも今のセフィーロに『柱』はいない。『道』を通れば誰でも自由に異なる国同士を移動することができるようになった代わりに、悪意を持った人も簡単に出たり入ったりできるようになってしまった。だからオートザム軍の侵攻も妨げられない。もしもあのとき『柱』制度の崩壊などを祈らなければ、こんなことにはならなかったのではないか。

「違う、違うよ」
 自分に言い聞かせるように、強くかぶりを振った。そうじゃない。『柱』制度を終わらせたことは間違ってなどいなかった。もしも光が『柱』になっていたら、確かにオートザムの侵攻は防ぐことができたかもしれないが、また自分たちと同じように惨酷な使命を科せられる人が生まれてしまっていただろう。遅かれ早かれ、『柱』制度は終わらせなければならなかったのだ。たったひとりの肩にすべてを背負わせる、そんな世界が長く存続していけるはずがない。もう二度と、エメロード姫のような人もザガートのような人も出してはいけない。
 光はぎゅっと胸元で手を握りしめた。二年以上が経った今も、ふたりの胸を貫いたときの感触がこの手にはっきりと残っている。もう一生、消えることはないだろう。この痛みとは、死ぬまで付き合っていかなければならない。わかっているのに、覚悟していることのはずなのに、ふとしたときに思い出すといつも押しつぶされそうになってしまう。

「ヒカル」
 その場にうずくまりそうになったそのとき、ふと背後で足音がした。光ははっと顔を上げた。
 月明かりに照らされて、相手の表情がぼんやりと浮かび上がる。その声のせいもあって、一瞬、たった今脳裏に浮かべていたザガートの面影と重なった。われ知らず背筋が粟立つ。けれどもちろん、そこにいたのはザガートではなかった。澄み切った蒼い瞳に、思わずほっと息をついた。
「ランティス」
「どうした、こんなところで」
 そばまでやってきて、ランティスは立ち止まった。さりげなく、その大きなローブで風を避けようとしてくれる。その優しさが嬉しかった。ランティスはそういう人だ。不器用だけれど、根は誰よりも優しい。そんなランティスの前では、強がる必要などなかった。最初から、ひとりのときには光が泣いていたことを見抜いていた人だった。
「クレフが言ったこと、考えてたんだ。『創造主』のこととか、昔のセフィーロのこととか」
 温かい。たったひとりが加わっただけで、天門は信じられないほどに温かくなった。こんな風に、私もランティスに温もりを分け与えることができているのだろうか。
「そうか」
 呟くように言ったランティスは、あまり驚いているようではなかった。たぶんランティスも、クレフの話が終わってからずっと考えていたのだろう。口にこそ出さないが、ランティスはクレフのことをいつも本当に気にかけている。そのクレフの、驚くような過去の話を聞いて、ランティスはランティスで思うところがいろいろとあっただろう。

 ふたりとも、いつになく言葉少なだった。もしもこの沈黙を破るとしたら、光にとっては言うべきことは決まっていた。今しかないと思う一方で、でもなかなか踏ん切りがつかなかった。ずっと言えずにいたことを打ち明けるタイミングとして、今は果たして正しいのだろうか。二年という月日は、この話題を口にするために、じゅうぶんな時間だといえるのか。
 そう考えたとき、ふと、いつまでも胸に残って消えていかない傷のことが脳裏を過った。そうだ。「じゅうぶんな時間」なんて、きっと何年経ってもわからない。言いたいと思っている、今この瞬間、それがきっと、何よりも大切だ。
「ずっと、後悔してるんだ。私」
 そしてとうとう、口火を切った。
「そのときは、そうすることが正しいことで、たくさんの人が喜んでくれることだと信じてた。でも、そうじゃなかったってわかってからは、何年経っても消えないんだ。ザガートを――あなたの兄様の命を奪ってしまったときの感触が」
 風のせいだけではなしに、目の前の大きなローブが揺れた。一度深呼吸をしてから意を決して顔を上げると、大きく見開かれた真っ青な瞳が、ローブと同じように揺れていた。
「もっとザガートの話を聞いていたら全然違う結果になっていたんじゃないかとか、ザガートは、本当は最初から負けるつもりで私たちと戦っていたんじゃないかとか。考えても答えが出ないことばっかりだし、後悔したって何も始まらないことは、痛いほどよくわかってる。でも、どうしても自信が持てないんだ。本当にこのまま、セフィーロと交流を続けていってもいいのか、そして……あなたと一緒にいてもいいのか」
 交換日記でもなんでもする。そう言ってくれたとき、本当に嬉しかった。けれど、この人と離れたくないという気持ちが大きくなればなるほど、あのときのことが背中に重くのしかかった。私は彼の兄を殺した身だ。本来ならば恨まれ、かたき討ちに遭ってもおかしくない立場なのに、それどころか隣にいる。こんなことが、まかり通っていいのだろうか。

「ヒカル」
 戸惑いを隠し切れない声が、ランティスの口から漏れる。光は弾かれたように一歩ランティスに身を寄せた。すぐ目の前に、純白の服をまとった広い胸板があった。
「もしも無理してるなら、もうやめて、ランティス。本当は私、もっときちんと償わなくちゃいけないんだ。それなのに、みんなの優しさに甘えて、逆に優しくしてもらってる。あなたは一度も私を責めなかったけど、でも、ザガートを殺した私を恨まなかったはずはないでしょう? だから、もう――」
 言葉が途中で悲鳴になった。突然強く腕を引かれたかと思うと、問答無用であの広い胸板に顔が押しつけられた。力強い腕が背を包む。ランティスに抱きしめられているのだと、そのときようやく理解した。
「そうじゃない」とランティスは言った。「そうじゃないんだ」
「え?」
「おまえが悔やむ必要はない。償いというのなら、おまえは『柱への道』からイーグルを救い出してくれた。それだけでじゅうぶんだ。俺がおまえを恨んだことは、本当に、一度もない」
「でも」
「納得してくれなければ困る」
 あまりにぴしゃりと言うので、光は思わず口を噤んだ。
 抱きしめる腕が緩む。ランティスが目の前で膝をついた。目線の高さが等しくなる。大きな手が、光の頬を包んだ。
「『一緒にいていいか』、じゃない。俺がおまえに、隣にいてほしい」
 風が鳴った。ここへ来たばかりのときはあれほど冷たいと感じたのに、もうまったく気にならなかった。頬に触れた手が、冷たい風を一瞬にして温かくしてくれた。

「……ランティス」
 一度瞬きをすると、視界が滲んだ。
「好き」
 叫びだしたいほどの衝動があったのに、それはたった一言にしかならなかった。本当は、もっとたくさんの言葉でこの気持ちを表現したかった。こんな一言じゃ、とても伝えきれない。でもランティスがほほ笑んでくれたことで、心にあった想いのすべてを受け止めてもらえたような気がした。
「俺もだ」
 端正な顔立ちが近づいてくる。そっと目を閉じると、触れるか触れないかの小さな熱が唇に重なった。
 それはほんの一瞬の出来事だった。再び目を開けると、真っ青な双眸がすぐ目の前にあった。吸い込まれそうなその双眸を前に、光は息苦しいほど胸の奥が満たされるのを感じた。それは生まれて初めて味わう感覚だった。
 見つめ合ったふたりに、それ以上の言葉は邪魔だった。抱きしめられたのか、自分から抱きついたのか。少しの隙間ももどかしく、ふたりはひしと抱き合った。

 離れたくない――ランティスの匂いを深く吸い込みながら、光は自分の心に息づく新しい想いを無視できなかった。この温もりを、できることなら二度と離したくない。離さないでいてほしい。もう何もかも忘れて、この腕の中にいたい。
『その「願い」の強さ、わたしの封印を解くにふさわしい』
 それは突然起きた。何の前触れもなく聞こえた「声」に、光はぱっと目を開けた。
「え?」
 何も変わっていなかった。光の腕はランティスの背中に廻っていて、光の体はランティスの腕に抱かれていた。その腕が緩む。「ヒカル?」とランティスが狐に抓まれたような顔で瞬きをした。
 空耳だったのかもしれない。光はうっすらと笑みを刷き、「なんでもないよ」と首を振りかけた。けれどそのとき、ふと左手首に違和感を覚えた。ランティスから腕を離して、絶句した。
「ヒカル、これは」
 ランティスが光の手首をつかむ。そこには金色のブレスレットがあった。つい先ほどまでは身に着けていなかったものだ。
 光の持ち物ではない。けれどそのブレスレットには確かに見覚えがあった。中央の宝玉の色こそ違うけれど、それは風が身に着けていたあのブレスレットと瓜二つだった。

「ランティス……今、何か『声』が聞こえなかったか?」
 ブレスレットをじっと見つめたまま、光は訊いた。
「声?」とランティスが訝しげに繰り返す。「いや、俺は何も聞いていないが」
 たとえランティスが聞いていなくても、もう空耳だったと笑い飛ばすことはできなかった。聞き覚えのある声ではなかったが、あの声が聞こえたというのは間違いなく事実だ。そしてその声が紡いだ言葉の内容は、明らかなデジャヴだった。
「でも……」
 われ知らず呟いた。けれどそこから先へと言葉が続くことはなかった。何気なく見つめた宝玉の奥に、何か文様が透けていることに気づいたからだ。その文様の形を捉えた瞬間、光は思わず大きく肩を震わせた。
「ヒカル?」
 ランティスの声さえも、左から右へと抜けていく。全身が粟立ち、肩を抱くランティスの手をもはや温かいとも感じられなかった。自らの腕に突如出現したそれに、後頭部を殴られたような衝撃を覚えていた。




第六章 完




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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