蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 66. 偶然という名の

長編 『蒼穹の果てに』

この世界にはもう、平和なところなどないのかもしれない。そう思うと、ぞくりと背筋が震えた。

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 髪を靡かせる強い風に、声を掻き消すほどの轟音。まるで空港に立っているかのようだった。前日の雨が嘘のような晴天が広がった空から、カレー鍋を模した船がゆっくりと降下してくる。こうしてプラヴァーダが降り立つのを出迎えるのは何も初めての経験というわけではないが、今回の来航は、これまでのそれとはまるで違う意味を持ったものだ。そのせいか、妙に緊張している自覚があった。もっともそれは、海ひとりの話ではなく、ここに集った全員が同じように感じていることなのだろうけれど。

 無事にランディングし、しばらくすると、プラヴァーダの入口が開いた。最初にぞろぞろと降り立った女兵たちの後ろに見知った顔があり、海は光、風とともにそちらへ向かって駆け出した。
「タトラ!」
 プラヴァーダから出てきた彼女は後ろに大勢のチゼータの民を従えていた。その中に、一際豪華な装束に身を包んだ夫婦がいた。それがタトラの両親、つまりチゼータの国王と女王だと、すぐにわかった。
「よくおいでになられた。お疲れであろう、中で休まれよ」
 海たちの後ろからやってきたクレフが、フェリオとともにチゼータ王家の人々の前へ出た。彼の殊勝な言葉に、チゼータ国王が目を細めた。
「出迎えありがとう、導師クレフ、フェリオ王子。ぜひともお言葉に甘えたいところだが、まずは民を休ませてやりたい。皆が暮らすことになる場所へ、連れていっていただけるだろうか」
「もちろんです」とフェリオが応じた。「居住区へご案内しましょう。カルディナ、ラファーガ、方々を中へ」
「承知しました。国王、女王、こちらへどうぞ」
 ラファーガが、親衛隊長らしいきびきびとした動作で皆を先導していく。その一歩後ろからカルディナが、女王と手に手を取り合うようにして付き従う。カルディナの姿を見止めた瞬間、女王の表情は明らかに和らいだ。同じような表情の変化は、ほかのチゼータの民にも起きていた。自分たちの国のことをよく理解しているカルディナがセフィーロにいてくれるということは、チゼータの人々にとってはこの上なく心強いことに違いなかった。

 プラヴァーダを降りたチゼータの人々が続々とセフィーロ城内へ入っていく中で、タトラだけは、その様子を見守る側にいた。隣に立った彼女を何気なく見て、海はおや、と思った。どこが、とは言えないが、何となく、いつものタトラと違う気がした。目の下にはくっきりとくまができていて、ひどく疲れている様子だった。長距離の移動のせいだろうか。
「タトラ、タータはどうしたの? 姿が見えないけど」
 声を掛けたのはアスコットだった。海ははっとし、慌ててあたりを見回した。確かにアスコットの言うとおり、タータの姿がどこにもない。
 皆の視線がタトラへ向かう。その憔悴しきった頬に、タトラはうっすらと笑みを刷いた。
「やっぱり、そうよね。ひょっとしたら、先にひとりでセフィーロへ来ているんじゃないかと思ったのだけれど、そんなはず、ないわよね」
 さっとその場の空気が張り詰める。海は思わず光、風と顔を見合わせた。
「どういうことだ」とランティスが眉間に皺を寄せた。
「出立の前日に、突然いなくなってしまったの。極秘にチゼータ中をしらみつぶしに探させたけれど、どこにもいなくて。まるで神隠しよ」
 ――「まさか」。そう思ったのは海だけではないはずだった。妙にちぐはぐな感じのする沈黙が、それを証明していた。
「お父様たちには、まだ知らせていないの。これ以上の心労を負わせたくなくて。でも、いつまでもごまかせることじゃないわ。……本当に、いったいどこへ行ってしまったのかしら」
 そう言って、タトラはひとつ重いため息をついた。

「何か手がかりは」
 黙り込んでしまった皆をよそに、クレフがいつもと変わらぬ口調でそう訊いた。
「手がかりになるかはわかりませんが」と言って、タトラは懐に手を差し入れた。「直前までタータがいたと思われるところに、こんなものが」
 彼女が差し出したものに真っ先に食いついたのは、それまでは一歩後ろで事の成り行きを見守っていたアスカだった。アスカはタトラの手にしがみつくようにして「それ」を見た。その行動に驚いたのはタトラだけで、ほかは皆、ちらりとタトラの手元を見ただけでアスカの行動を納得した。タトラが差し出したのは小さな紙だった。そこにはあの六芒星が描かれていた。それによって、おそらく全員の中で形成されていた予感が確信へと変わった。
「どうしました? アスカ皇女」
 唯一クルーを持たないタトラが、困惑して言った。アスカはそっとタトラの手を離すと、まるで何らかの覚悟を決めたかのように毅然と顔を上げた。
「タータ姫は、おそらくサンユンと一緒におる」
「え?」
「この模様が、それを証明しておるのじゃ。これは――」
「アスカ様」
 言い募ろうとしたアスカをチャンアンが制し、さっとかぶりを振った。アスカが唇を噛み、ぐっと身を引く。タトラがひとり、狐に抓まれたように忙しなく瞬きながら周囲を見回した。
「いったいどういうことなんですの? 皆さん、タータの居場所を知っているの?」
 どう答えていいかわからなかった。こういうとき、皆が頼る人は決まっている。自然と集まった視線をしかと受け止めたクレフは、こくりとひとつうなずいた。
「皆、大広間へ。そこで話そう」
 ローブを翻し、クレフは足早に歩き出した。その後ろ姿は揺るぎなかった。ひとり、またひとりとその後に続く。海は茫然としているタトラをそっと促し、最後尾から皆を追った。
 ふと、すぐ前を歩く光の横顔が強張っていることに気づいた。けれどそのときは、「どうしたの」とは訊けなかった。

***

 大広間で皆を座らせると、クレフは海たちに聞かせたのと同じ話をタトラにも言って聞かせた。最初のうちこそいつもの冷静さを保っていたタトラだったが、さすがに途中からは顔面を蒼白させた。無理もないことだ。海にとってはこの話を聞くのは二度目だったけれど、『破壊神』の存在にクレフが言及するころになると、どうしても手に汗が滲んだ。
「……まさか、あの月にそのような秘密が隠されていたなんて」
 クレフの話が一通り終わると、タトラがため息交じりに言った。クレフ以外の全員が俯いた。
 最初はひとりの少女の失踪だった。それがザズ、サンユンにつながり、そして今度はタータまで。これで、すべての国の人間がいなくなったことになる。もしも本当に皆を連れ去ったのが『破壊神』で、彼らを月に匿っているのだとしたら、その目的は何なのだろう。そして、どうしてザズたちは選ばれてしまったのだろう。

「月へ行きましょう、導師クレフ」
 唐突に言ったのはアスコットだった。タトラの隣に座っている彼の表情は、憤りに満ちていた。
「動ける僕たちが行かずして、どうするんです。これ以上被害が広がる前に、何としても『破壊神』を止めなければ」
 アスコットが決して自暴自棄になってそんなことを言っているのではないことは、おそらくその場にいた誰もがわかっていた。クレフだって同様のはずだ。それでもクレフは、頑なに首を横に振った。
「だめだ。行ったところで、皆無駄死にするだけだ」
「ですが」
「それに、いつオートザム軍が攻め入ってくるとも知れぬ状態で、うかうかセフィーロを空けるわけにもいかぬ。今この地にはチゼータの民もいるのだ、皆を危険にさらすわけにはいかん」
 そう言われてしまうと、アスコットも返す言葉がないようだった。膝の上で悔しそうに拳を握り、クレフから視線を外した。

 クレフの言うことはもっともだ。ただ、いつオートザムが攻めてくるとも知れないところにチゼータの人々を避難させるのはずいぶんな荒療治だと、いまさら思った。でも、クレフがその危険性を考慮に入れていないわけはない。それでもチゼータの民をセフィーロに連れてくるように告げたということは、クレフはオートザム軍が攻め入ってくるよりも『破壊神』の魔の手がチゼータに伸びることの方が危険だと判断したということだ。
 当たり前といえば当たり前なのに、怖かった。なんとなく、『破壊神』という得体の知れない人の力を想像するよりも、大砲の威力を想像する方が容易い。そして、そちらの方がより強い力を持っているように感じてしまう。けれど『神』の称号を冠する者の力は、大砲など足元にも及ばないほど強いだろう。それならば、チゼータにいるよりもセフィーロにいた方がまだ安全かもしれない。
 でも、と同時に海は思う。もしも『破壊神』が本気なら、チゼータにいようがセフィーロにいようが関係ないのではないか。簡単に世界を創り出せる『創造主』と同等の力を持った『破壊神』にとっては、チゼータとセフィーロ、ふたつの国を滅ぼすことなど、朝飯前ではないのだろうか。
『もはや、セフィーロだけの問題ではなくなってしまったな』
 ふと、前にクレフがぽつりと呟いた言葉が脳裏を過った。今回のタータの失踪で、この世界のすべての国の民が何らかの形で『破壊神』とつながりを持ったことになる。この世界にはもう、平和なところなどないのかもしれない。そう思うと、ぞくりと背筋が震えた。

「クレフ」
 重苦しい雰囲気に包まれていた大広間に、光の声が静かな波紋を広げた。クレフが目だけで続きを促す。光は何かを言う前にまず、自分の左腕の袖をまくった。そうして突き出された彼女の腕に輝いているものを見て、誰もがはっと息を呑んだ。
「光さん、それ……!」
 一番大きな反応を示したのは風だった。思わず、といったように立ち上がった風に向かって、光が神妙にうなずいた。風は青白い顔をして、よろめきながら椅子に座りなおした。
「ゆうべ、『声』が聞こえたんだ」と光が皆を見渡しながら言った。「一瞬のことだったから、何も会話はできなかった。でも、その声が聞こえた次の瞬間、ふと見たら、腕にこのブレスレットがはまっていたんだ」
 彼女の左手首には、本人が言うとおりブレスレットがはまっていた。前の日までははめていなかったものだったけれど、そのブレスレットには確かに見覚えがあった。なぜならそっくりなものをつけた人がもうひとりいるからだ。ふたつのブレスレットの違いは、宝玉の色だけだった。光のそれは赤だった。
「風の腕にあるものとそっくりね」
 海の言葉に、光がうなずく。
「たぶん、風ちゃんが聞いた『声』と私が聞いた『声』は、同じ人のものだったと思う」
「その『声』は、あなたには何て言ったの?」
 光は海の問いには答えず、クレフに視線を戻した。
「クレフが昨日見せてくれた六芒星があったでしょう? あれ、どこかで見たことがあるってずっと思ってたんだ。どこで見たのか、ずっと思い出せなかったけど、ゆうべようやくわかったよ。見て。この宝石の中に、うっすらとだけど、同じ模様が彫ってある」
「えっ?」
 風が声を上げ、慌てて自分のブレスレットにも視線を落とした。それきり風は口を噤んだけれど、その反応を見ただけで、今彼女の目に映っているものが手に取るようにわかった。
 そうだったのか。やっと腑に落ちた。ラファーガに初めてあの六芒星のことを教えてもらったとき、海も光と同じように、どこかで見たことがあると感じた。あれは気のせいでもなんでもなかった。風のブレスレットの中に、同じ模様が彫られていたのだ。
「――え」
 ところがそのことに気づいたとき、海は思わず呟いていた。
「ちょっと待って。どういうことなの? だって、その六芒星は――」
「私が聞いた『声』は、こう言ったんだ。『その「願い」の強さ、わたしの封印を解くにふさわしい』」
 海ははっと息を呑んだ。その続きは聞きたくない、と咄嗟に思ったが、開いた口は何も言葉を紡げなかった。
「もしかしたら」と光が言った。「風ちゃんと私に『封印を解け』って言ったのは、『破壊神』だったんじゃないか」
 大広間を流れる空気が、一瞬にして凍りついた。まるで、パンドラの箱が開けられてしまったかのように。

「そんなばかな」
 叫ぶように言って立ち上がったのはフェリオだった。
「どうしておまえたちのその腕輪が、『破壊神』の封印を解くことにつながるんだ」
「それは、私にもわからない。けど」
「それに、ヒカル。おまえもフウも、どうやって『破壊神』の封印を解いたらいいのか知ってるのか?」
「知らないよ、もちろん」
「そうだろ? それじゃあ封印の解きようがないじゃないか」
 光が押し黙る。フェリオは自分の言葉を噛みしめるように何度もうなずいた。
「偶然さ。おまえたちの腕輪に六芒星が描かれていたのも、それが『破壊神』を示す文様と同じだということも、全部偶然だ。そこには何のつながりもない。何の関係もないことだ」
 体の脇で固く握りしめられたフェリオの拳が震えていることに、きっと誰もが気づいていた。
 フェリオの気持ちは痛いほどわかる。海だって同じだ。風と光がつけているブレスレットと『破壊神』とのあいだに関係があるなんて、考えたくない。けれどその一方で、本当にこれが偶然なのか疑っている自分もいた。果たしてこんな偶然があるだろうか。すべての物事を結びつけているのは六芒星なのに、それが彫られた腕輪だけを「偶然の産物」として片付けてしまうことは、赦されるのだろうか。

「落ち着け、フェリオ。ヒカルを責めてどうする」
 文字どおり人々を落ち着けさせるトーンの声が、ゆっくりと言葉を紡いだ。フェリオがはっと息を呑む。彼は声の主であるクレフの視線を受け、打ちひしがれた顔をした。一度深呼吸をすると、椅子に身を沈め、がっくりと項垂れた。
「申し訳ありません」
 俯いたフェリオは気づかなかっただろうけれど、フェリオを見つめるクレフの表情は、発した言葉の厳しさとは裏腹にとても穏やかだった。まるで息子を見守る父親さながらだった。いつもの『導師』としてのクレフが、そこにいた。
 クレフはフェリオから視線を外すと、そっと瞼を下ろした。そして体の前で腕を組み、静かに言った。
「おまえたちに、まだ話していないことがある」
 海は思わず身を乗り出した。クレフの息遣いさえも逃したくなかった。
「『破壊神』には、『創造主』との力の均衡を保つという存在意義のほかに、もうひとつの役割があった」
 誰かがごくりと唾を呑む音が、広間全体に響き渡った。




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2019.04.14    編集

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