蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 67. 三つのアミュレット

長編 『蒼穹の果てに』

全身から血の気が引くのを止められなかった。海は人知れず自らの腕を抱いた。汗ばんだ指に、鳥肌がまるで突き刺さるかのようだった。

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「もうひとつの役割?」
 光の言葉に、クレフは閉じていた瞼を開いた。「ああ」と肯った彼が言葉を続けるまでには少しの間があった。そして再び口を開いた彼の口調は、それまでとは少し違っていた。
「この地が『ゼファー』から『セフィーロ』へと名を変えたとき、『主』――つまり『創造主』は、あらゆる理もまた変えた。その多くは『柱』に関することだった。まず、先にも述べたように、『柱』は自ら死ぬことができなくなった。継承者が現れる前に『柱』に何らかの異変が起きてセフィーロの平和を祈ることができなくなってしまった場合、『魔法騎士』が招喚されることとなった」
 突然始まったこの昔話がどこへ向かおうとしているのか、わかる者は誰もいなかった。けれどそのことを指摘する人間もまた皆無だった。もはや、どれほど無関係と思える事柄であっても表面上だけを見てそうと判断することはできないのだと、誰もが無意識のうちに理解していた。

「ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか」
 慎重に口を開いたのは風だった。クレフが続きを促すように顎を引く。風はすっと背筋を伸ばした。
「フェリオから以前、エメロード姫の統治は300年あまり続いたと聞いたことがあります。ということは、この世界が『セフィーロ』と呼ばれるようになってから、少なくともふたり以上の『柱』がいたということになりますわ。では、エメロード姫の前の『柱』の時代が終わるときも、私たちのように『魔法騎士』が招喚されたのですか?」
 そういえばそうだ。セフィーロで最初の『柱』がエメロード姫だったというのなら話は別だが、エメロード姫が『柱』だったのは300年ほどだという話が本当なら、計算が合わない。セフィーロが『セフィーロ』と呼ばれるようになったのは、クレフが二十歳のとき、つまり今から700年以上前だ。そのときからエメロード姫が『柱』になるまでのあいだには、およそ400年もの空白の期間がある。つまり、エメロード姫の前にも別の『柱』がいたということだ。

 風の疑問はもっともだ。『柱』は自ら死ぬことができない、その理が生まれたのが『セフィーロ』誕生と同時期だったというのなら、エメロード姫の前の『柱』にもその理は適用されたはずだ。ということは、300年前にも『魔法騎士』が招喚されていたとしてもおかしくない。
「それは違う。『魔法騎士』として招喚されたのは、おまえたちが最初で最後だ」
 けれどクレフはきっぱりと否定した。ごまかしたり、嘘をついたりしているような口調ではなかった。「最初で最後」と表現したところに思いがけずクレフの優しさを感じ、胸が熱くなった。
「『魔法騎士』が招喚されるのは、『柱』が何らかの事情でセフィーロの平穏を祈ることができなくなった場合に限られる。エメロード姫の先代――つまりセフィーロで最初の『柱』は、最後までそのお心を強く持っておられた方だった。彼女が『魔法騎士』を招喚することは、最後までなかった」
「では、姉上はどのようにして『柱』に?」とフェリオが問うた。
「ヒカルと同じだ。エメロード姫は『柱』たり得る力の持ち主と認められ、彼女の前に『柱への道』が開かれた。そこでの試練を乗り越えたために、エメロード姫は次代の『柱』として認められた。ヒカルのときは、ヒカルとイーグルの前に『道』が開かれたが、エメロード姫のときは、彼女と、そして当時の『柱』の前に開かれたのだ。二人は『柱への道』へと進んだ。そして――」
「前の『柱』は消滅し、エメロード姫が戻ってきたのね」と海は後を続けた。
「そうだ」とクレフは言った。「通常であれば、当代の『柱』に匹敵するほどの『心の強さ』の持ち主が現れたとき、その二人の前に『柱への道』が開かれ、試練が課される。そしてその試練を潜り抜けた者が次の『柱』となるのだが……エメロード姫の祈りの力が弱まったときは、そうではなかった」
「だから、私たちが招喚されたんですわね」と風は言った。「これで積年の疑問が解けましたわ」

 風の言葉を受け、クレフは改めて皆を見回した。
「『魔法騎士』の伝説を敷くとともに、『創造主』は三体の魔神を創造した。『柱』はこの世界でもっとも強い『心』を持つ者に与えられる称号だ、その『柱』を殺さなければならない『魔法騎士』には、『魔神』のように強い力を与える必要があると考えたのだろう」
 そこでクレフは、光、海、風の順に視線を向けた。
「おまえたちは、じゅうぶんな『心の強さ』を備えた騎士だった。そのためエメロード姫の『願い』をかなえ、与えられた役割を果たすことができた。だが『創造主』は、招喚された者が必ずしもじゅうぶんな強さを備えていない可能性についても考慮していた。そしてそれは、多分に起こり得ることでもあった」
「どういうこと?」と海は言った。
 クレフは一度視線を外し、そして再び顔を上げた。
「『魔法騎士』が、『柱』によって逆に滅せられてしまうやもしれぬということだ」
 刹那、二年前の戦いでもっとも辛かったときの記憶――エメロード姫と対峙したときのことが、脳裏を走馬灯のように駆け巡った。ザガートを倒すことが最終目標だと思っていた海たちにとって、救うべき対象だったはずのエメロード姫が突然攻撃を仕向けてきたことは、計り知れないほどに大きな衝撃だった。しかも彼女は、たった一撃で地面を手前からはるか遠くまで引き裂くことができるほどの強大な力の持ち主だったのだ。
 今になって思えば、よくあの戦いに勝利できたものだ。体は満身創痍、心にもまた引き裂くような痛みを感じながら、海たちは剣を抜いた。もしも一緒に戦っていたのが光と風ではなかったら、今こうして生きていることはなかったかもしれない。勝利といっても紙一重のものだったのだ、クレフが言うように、『魔法騎士』が逆に『柱』に殺されてしまうということは、「多分に起こり得ること」と言えるだろう。

「そんなことになれば、セフィーロは完全に滅亡する。最悪の事態を見越した『柱』は、最終手段を用意していた。それが、『破壊神』に与えられたもうひとつの役割だ」
 クレフはあえて遠まわしな言い方をして、皆が察してくれることを期待しているように聞こえた。けれど少なくとも海には、彼が何を言わんとしているのかさっぱりわからなかった。ちらりとほかの人の顔色を窺ってもみたけれど、はっきりとクレフの言葉を理解している様子は、誰の表情にも浮かんでいなかった。
「どういう意味?」
 海はたまりかねて言った。
 クレフはすぐには答えなかった。何気なくその顔を見ると、いつになく彼の双眸の蒼さが印象に残った。その双眸は、やがて光の手元のブレスレットへと注がれた。
「『魔法騎士』がその役割を果たすことなく散ったとき、三つの『アミュレット』の封印が解かれる。『アミュレット』の封印が解かれるということは、そのまま『破壊神』の封印が解かれることを意味する。目覚めた『破壊神』が行うことは、ただひとつ。『柱』を殺し、セフィーロに『無』を齎すことだ」
 まるで呪文のような言葉だった。海は目をしぱたいた。
「……何なの? その、アミュ……なんとかって」
「『アミュレット』。それ自体に特別な力はない。『破壊神』を目覚めさせるための、いわば鍵のようなものだ」
 そのとき、風がはっと息を呑んだ。彼女は肘掛けを揺らすほどの勢いで椅子から身を乗り出した。
「まさか、このブレスレットがその『アミュレット』なのですか?」
 その瞬間、ようやく全員の思考回路が彼女に追いついた。皆一様に表情を強張らせ、そしてクレフを見た。
「そうだ」とクレフは言った。どこまでも落ち着き払った口調だった。

「そんな」と海は思わず立ち上がった。「おかしいじゃない。『アミュレット』の封印は、『魔法騎士』が役割を果たせなかったときに解かれるんでしょう? でも、私たちはそうじゃないわ。それに、あの戦いからはもう二年も経っているのよ。どうして今ごろになって、『アミュレット』なんていうものが出てくるの?」
「それが、私にもわからないのだ」とクレフは言った。「おまえの言うとおり、『魔法騎士』として、おまえたちはすでにその役割を終えた。それに何より、今のセフィーロにはもう『柱』はいない。『アミュレット』が封印を解かれなければならない理由は、何ひとつとしてないはずだ。それなのに、なぜ『アミュレット』の封印は解かれてしまったのだ」
 力なくかぶりを振ったクレフは、ひどく疲れているように見えた。そんなクレフを前に、海もそれ以上は何も言えず、力なく椅子に座り直すしかなかった。
 おや、と思ったのはそのときだった。「三つの『アミュレット』」――クレフは確かにそう言った。そしてそれは、光と風がはめているブレスレットのことを指すのだとも。それが真実であれば、三つのうちすでに二つは封印が解かれたのだから、残るはあとひとつということになる。では、その残された一つはいったい誰が封印を解くことになるのだろう。
 全身から血の気が引くのを止められなかった。海は人知れず自らの腕を抱いた。汗ばんだ指に、鳥肌がまるで突き刺さるかのようだった。そんなはずはないと思いながら、自らの脳裏に浮かんだひとつの答えが間違っているはずがないという確信を消すことができなかった。

「では、私と光さんに『封印を解け』と言ったのは、やはり『破壊神』だったのですか」
 風が重々しく口を開いた。
「それ以外に考えられない」とクレフは言った。「『アミュレット』が三つそろえば、『破壊神』は目覚めることになるだろう」
「そうなれば、どうなるんだ? さっきクレフは、『セフィーロに「無」を齎す』って言ってたけど……」
 光の問いに、クレフは一拍間を置いた。
「727年前と同じように、『破壊神』は、この世界のすべてを滅ぼすだろう。そうして更地になった世界にはまた新たな名が与えられ、次の新しい時代が始まっていくことになる」
 きれいな響きを持ったはずの「新しい時代」という言葉が、このときばかりは惨酷にしか聞こえなかった。誰もが言葉を失い、呆然となった。
 海はこの場にいるすべての人を順番に見た。けれど誰とも視線は交わらなかった。そのことが逆に、海の心を締めつけた。残る最後の『アミュレット』の封印を解くのが誰なのか、皆気づいているのだ。誰とも視線がぶつからないということが、その証だった。

「……『願い』のせいでしょうか」
 不意に風が言った。語尾が震えていた。そのことに気づいたのだろう、彼女の隣に座っていたフェリオが、思わずといったように風の手に自らのそれを重ねた。
「私が、東京へ帰りたくないなどと願ってしまったから。自分勝手な『願い』のために、このブレスレットを受け取ることを承諾してしまったから。『破壊神』の封印を解くと約束してしまったから、だからこんなことに――」
「フウ」
 フェリオが風の手を強く握り、窘めた。顔を上げた風は、われを失ったように青白い顔をしてフェリオを見返した。フェリオは風の手を両手で包み込み、ただかぶりを振った。「おまえの責任ではない」。黄金色の瞳は必死でそう訴えていたが、風の顔色は悪くなるばかりだった。

「フウ」
 フェリオのそれよりももっと落ち着いた声が、風を呼んだ。
「おまえは何も悪くない」
 風がそちら――クレフを振り返る。クレフは穏やかにほほ笑んでいた。
 その表情と、言葉。二年前の戦いで、海もクレフから同じように同じ言葉をかけられた。そのときのことを思い出したせいだろうか、胸がざわめいた。
「おまえはただ、自らの心に正直になっただけだ。おまえが罪の意識を覚える必要はない」
「ですが」
「約束のことも、忘れるんだ」
 クレフは風を遮って言った。
「その約束に、縛られる必要はない」
 風は何も言わなかった。あまりにもきっぱりとしたクレフの言葉に、気圧されているようだった。

 そのときちょうど、城付きの魔導師がチゼータの避難が完了したことを知らせにやってきたので、話はそれで終わりになった。クレフは国王夫妻に会いに行くと言って出ていった。彼がこの場を去った以上、ほかの皆が留まる理由は何もなかった。ひとり、またひとりと大広間を後にし、最後には海だけが残された。
 クレフは、皆が疑問に思っていたことについてすべて話してくれたはずだった。それなのに、海の心には釈然としない気持ちがまだ残されていた。それはクレフの話を聞いても消えず、それどころか、話を聞く前よりもますます大きくなっていた。
 主がいなくなった大広間は、ずいぶんと広くなったように感じた。




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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

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