蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 68. 痛み

長編 『蒼穹の果てに』

『僕が生きているうちに死ぬことは赦しませんよ』
 ジェオを奮い立たせているのは、最後に会ったときにイーグルに言われた言葉だった。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





『ジェオ、いいこと教えてやるよ。ハッキングってあるだろ? アレって意外と簡単にできるもんなんだぜ。オートザムの中だったら、ネットワーク回線につながったパソコンさえあれば、どこへでも侵入できる。うまくやれば軍部の中枢に入ることだって、不可能じゃないんだ』
 こと機械いじりについて、ザズは全般的に類稀なる才能を発揮する。そんなザズが、以前そんなことを口にしていたことがある。一歩間違えれば危険な会話だが、そのときのザズは、本気でジェオにハッキングのノウハウを伝えるというよりもそういう話をすること自体を楽しんでいる節があった。ジェオもジェオで、話半分――いや、もしかしたら四分の一程度しか聞いていなかったかもしれない。いったい誰が想像できただろう。あれからわずか三年ほどしか経っていない今になって、どうしてあのときもっと真面目にザズの話を聞いておかなかったのだろうと、死ぬほど後悔することになろうとは。

「この線をここに接続して……それで、どうするんだ」
 牢に閉じ込められるというのは確かに最悪の状態だが、入れられた牢に使い古しのパソコンが置いてあったのは不幸中の幸いだった。しかも、ご丁寧にネットワーク回線につなぐ部品もすべてそろっているときている。ひょっとしたら、以前は誰かの執務室として使われていた部屋だったのかもしれない。あり得そうなことだ。この部屋の壁は、一部不自然に凹んでいるところがある。もともとそこには大きな窓があり、牢へと改築する際に嵌め殺しにしたのではないかと想像できた。とにかく、必要なものがすべて手元にある状況でハッキングをしないという選択肢は存在しなかった。役に立とうが立つまいが、丸腰のジェオにとっては、それが現状考え得る唯一の対抗手段だった。
 突如思い立って作業に取り掛かり始めてから、もう丸半日上が経過していた。何しろすべてが初めてのことで、思うようにはいかなかった。取りあえずパソコンは起動したし、錆びた記憶を頼りになんとかそれらしくキーボードを叩いてはみるものの、わけのわからない文字列が画面上に並ぶたびに深い絶望感がジェオを襲った。何度も諦めそうになりながら、しかしそれでも何とか食い下がった。そしてようやく、少しずつではあるが目的のネットワークへ接近していることに、わずかな手ごたえを覚え始めたところだった。

 それにしても、とジェオはため息をついた。いくら慣れない仕事とはいえ、半日もかかってしまっている自分に嫌気が差す。これがザズだったなら、きっとものの数分でやってのけてしまうのだろう。
 誰もジェオのことは責めなかったが、ジェオ自身は、自分の言葉がザズの失踪の一因になってしまったのではないかという後ろめたさを消すことができずにいた。あのときの展望室での会話は、行われるべきものではなかった。もしもあのときジェオがもっと寛大な気持ちでザズに接することができていたら、ザズも失踪などせずに済んだのではないだろうか。なぜあのとき、展望室を飛び出してしまったのだろう。どうせ舞い戻るくらいなら、初めからその場に残っていればよかったのに。
 気がつくと手が止まっていた。ジェオははたとわれに返り、思考を振り切って再び手を動かし始めた。今は感傷に浸っている暇などないのだ。後悔するにはまだ早い。まずは自分にできることをしなければならない。ザズの居場所をつかむためにも、まずはこのハッキングを絶対に成功させることだ。

 ほぼ飲まず食わずの状態だというのに、まったく疲れを感じなかった。ひょっとして俺、ファイターよりもメカニックの方が向いてるんじゃないか。ようやく手馴れてきてそんなことを考える余裕まで出てきたとき、ついにそれは現れた。
『――し、残るは大型船TSTのみです』
 パソコン自体が古いせいだろう、画面は薄暗く、ところどころフューズが飛ぶが、しかし何が起きているのかを見る分には問題ない。何度も足を運んだことのある、大型のモニターがいくつも並んだ、大統領の執務室。その全体像が今、ジェオの目の前のパソコンの画面に映し出されたのだった。ジェオは思わず小さくガッツポーズをした。
 画像は斜め上から執務室を映し出している。執務室に取り付けられた防犯カメラの映像だろう。防犯カメラの内部コンピューターにハッキングすることに成功したのだ。それはまさにジェオが狙っていたことだった。

 姿勢を正し、改めて映し出された映像を見る。相変わらず整然と並んだモニターを背に、大統領が大きな革椅子に腰掛けていた。その隣では、あの黒ずくめの女が金魚の糞のように付き従っている。そしてそのふたりからやや離れたところで、ひとりの男が傅いていた。服装からして、ザズと同じメカニックのようだ。
 その男の直前の発言を思い返し、ジェオは眉間に皺を寄せた。「残るは大型船TSTのみ」、男は確かにそう言った。仮に男がセフィーロへ進軍するために用意している20隻の戦艦のことについて話しているのだとして、その整備状況について「残るは大型船TSTのみ」とコメントしたのだとしたら、すでに残る19隻の整備は完了したということになる。
『そうか』と大統領がうなずいた。『ご苦労。TSTの整備はいっそう慎重にやってくれ』
『かしこまりました』
 男は深々と頭を下げ、画面の隅へと消えていった。

 気がつくと、いつの間にか握りしめていた拳に汗が滲んでいた。鼓動も深く脈打っている。まさかTSTまで用意するつもりだとは思わなかった。改めて大統領の本気度を知り、背筋が寒くなった。
『できることならNSXを出動させたいが、あの機体は、ザズでなければ整備できない。そのザズの行方が知れない以上、諦めるしかないな』
 大統領がため息交じりにひとりごちた。
 どうやら彼は、ザズを本気で捜すつもりはないらしい。「行方が知れない以上諦めるしかない」というのは、行方を知ろうとしていないということと同義だ。ジェオは思わず天を仰いだ。ザズはあれほど大統領、そしてイーグルのために献身的に働き、オートザム屈指の戦艦であるNSX、そしてFTOの製作に大きな役割を果たしたというのに、大統領はその安否を気にも留めないというのか。
 嘆息せずにはいられなかった。大統領は、人としての心をいったいどこに置いてきてしまったのだろう。怒りというより、虚無感が先に立った。生まれて初めて、大統領のことを哀れだと思った。

『出立は、なるべく早くして』
 不意に、大統領の向こう側に立っていた黒ずくめの女が口を開いた。
『遅くなればなるだけ、あなたたちには不利になるわ』
 淡々とした口調だが、心にぐっとのしかかる声だった。その女の声を聞くのはこれが二度目で、また今回は画面越しだが、それでもやはり、なぜか心を揺さぶられるような落ち着かなさがあった。
『わかっている。TSTの整備が終わり次第、発つ。早ければ明日、遅くても三日後には発てるはずだ』
 黒いマントが微かに動く。女がうなずいたようだった。
 女はそれきり沈黙を守った。大統領に対してはあまり多くを進言しない方がいいと、わかっているのだかもしれない。その程度の如才なさはあるということか。
 あの女が持つという「未来を見る力」というものに、ジェオはまだ疑いを持っている。大統領はある程度の信頼を置いているようだが、どうも怪しい。いったいあの女は、何の義理があって大統領のセフィーロ侵攻に協力しているのだろう。あの女がオートザムの人間で、祖国を救いたいという思いがあるというのならばまだわかる。だが、あの女はおそらくオートザムの人間ではない。
 マントの奥に、灰色の髪がちらりと覗いた。ジェオが見ている画面は上から映した映像なので、表情までは窺い知ることができない。そもそもジェオは、女についてはその顔立ちさえ知らないのだ。唯一見たことがあるのは均等に引き上がった口元だが、あれは思い出しただけで今でも背中が粟立つほど不気味な笑い方だった。

『それにしても』
 大統領が椅子をくるりと転回させ、大型モニターを見上げながら口を開いた。
『ジェオの不在は、やはり惜しいな』
 思いがけず自分の名前が飛び出したので、ジェオは咄嗟にパソコンの画面をつかんだ。もちろん大統領がこちらを向くことはないが、それでも、いつも大統領と直截に向かい合ったときに感じるのと同じ威圧感があった。ジェオはごくり、と唾を呑んだ。
『あの男であれば、TSTの操縦桿を握らせられたのだが』と大統領は言った。
 皮肉にも、それは大統領がジェオの実力を純粋に評価していることを裏付ける発言だった。TSTは、NSXに次ぐオートザム第二の戦力を誇る戦艦だ。収容人数は少ないが、その分、武器やミサイルを大量に積むことができる。人員を最小限に抑えれば、ひとつの国を滅ぼし得るほどの火力を積むことも不可能ではない。そんなTSTの操縦桿を握ってきた者は、過去にはいずれも最高司令官レベルの実力者ばかりだ。今そのレベルにいるイーグルが療養中だという事実があるとはいえ、大統領は、そんな大仕事をジェオならば任せてもいいと考えている。政治的エリートでも何でもない、一介の軍人上がりに過ぎないジェオに。
 どこまでも徹底された実力主義だ。しかしもちろん、喜ばしいことだとはこれっぽっちも思えなかった。

 無意識のうちに唇を噛んでいた。TSTまで繰り出して、大統領は本気でセフィーロに攻め入るつもりなのか。脅すつもりなら、TSTだけでもじゅうぶんなはずだ。あれ一隻に対抗するだけでも、セフィーロは手いっぱいになるだろう。相手は軍事国家ではない。その大多数が何の力も持たない一般市民で形成された、平和と祈りの国なのだ。そこへ20隻の戦艦という大軍で押し寄せることに、いったい何の意味があるというのだろう。
「くそ!」
 握りしめた拳を、できることなら大統領に食らわせてやりたかった。まるで目の前にいるように見えるのに、実際の大統領は、この牢からは遠く離れたところにいる。そもそも、仮に目の前にいたとしても、大統領に向かって拳を振り上げたりした日には、おそらくこの牢に閉じ込められるだけでは済まないだろう。
 向ける先がわからず、しかし何もしないわけにもいかず、振り上げた拳で牢の壁を思い切り打った。囚人が脱走など図らぬよう一際頑丈に作られた壁が、ジェオの拳の一撃ごときでどうにかなるわけもない。むしろ打ちつけた拳の方にこそ強い衝撃が走り、苦痛に顔が歪んだ。

 忘れるな。自らに言い聞かせるように、心の中で唱えた。この歯がゆさを、この痛みを忘れるな。悔しいと感じたこの気持ちを覚えておけ。そして自分にできることをしろ。
 ここから飛び出して大統領につかみ掛かるのは容易い。だがそれでは意味がない。ザズの行方も知れぬ今、下手に自分が動けば、セフィーロに残されているイーグルは孤独の身になる。いつかイーグルが目を覚ましたときのためにも、ここは生きて切り抜けなければならない。
 ジェオは改めてパソコンの画面を見た。こうして執務室の様子さえ知ることができれば、少なくとも、大統領が今後どういう行動に出るのかはあらかじめ知ることができる。もっとも、身動きの取れないジェオがそれを知ってどうなるのかという疑問はあるが、かといってほかにできることもない。とにかく今は、このハッキングがいつか何かの役に立つと信じるしかなかった。
『僕が生きているうちに死ぬことは赦しませんよ』
 ジェオを奮い立たせているのは、最後に会ったときにイーグルに言われた言葉だった。あんな啖呵を切った本人が、簡単に死ぬわけがない。最低でもイーグルが生きている限りは、自分も生きなければならない。それがイーグルとの約束であり、また、自分自身との約束でもあった。
 打ち付けた拳の痛みが、生きていることを教えてくれる。不意に外から微かに足音が聞こえてきたので、その痛みをおして、ジェオは慌ててパソコンを毛布の下にしまい込んだ。




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ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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