蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 74. 引き裂かれたふたり

長編 『蒼穹の果てに』

なんという結末だろう。改めて思う。導師クレフという人は、なんという人生を歩んできた人なのだろう。

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 ついに覚醒のときを迎えたイーグルのもとを最初に訪れたのは、一見年端もいかぬ少年だった。
 彼と目が合った瞬間、イーグルは、その少年が「導師クレフ」であると理解した。微塵の疑いもなくそう確信させたのは、彼が携えている厳つい杖でも、華美な装飾がふんだんに施された法衣でもなく、彼の瞳が持つ圧倒的な輝きだった。少年の瞳には、それまでイーグルが出逢ったことのある誰よりも強い意志が秘められていた。あまりの強さに、一瞬、言葉という言葉がイーグルの中から消え去るほどだった。
 そんなイーグルを前に、少年は何度か忙しなく瞬きをすると、ふっとその大きな瞳を細めて破顔した。
「目覚めたのだな」
 その瞬間、はっと体の緊張が解けた。やはりその声は、いつも聞いている「導師クレフ」の声だった。はい、と答えたつもりだったが、掠れてうまく声が出せなかった。
「皆に知らせてこよう。きっと喜ぶ」
 クレフはさっと踵を返し、たった今入ってきたばかりの扉から出て行こうとした。イーグルは咄嗟に彼を呼び止めた。
「みんなには内緒にしておいてください」
「なに?」
「ここへ来たときに、驚かせたいんです」
 立ち止まってこちらを振り返ったクレフは、イーグルの言葉を受けて訝しげに眉根を寄せた。しかしそれ以上深く理由を問いただそうとはしなかった。先ほどよりも控えめにほほ笑み、「わかった」とだけ言うと、再びイーグルに背を向けて歩き出そうとした。
「ですから、ここにいてくださって構わないのですが」
 イーグルは慌ててそう言った。なぜクレフがなおもこの部屋を去ろうとするのか、理解できなかったのだ。
「おまえが目を覚ましたのなら、別の薬草を採りに行かねばなるまい」
 ところがクレフは、イーグルが止めるのも聞かず、それだけ言うとさっさと部屋を後にしてしまった。 拍子抜けした気分で、イーグルはしばらくのあいだ、ひとり取り残されたベッドの上で呆然としていた。せっかく目を覚ましたのだから話し相手が欲しかったし、その相手として、導師クレフは適任だったのに。

 ところが、クレフが去って幾許も経たないうちに、イーグルは自らの体に違和感を覚えた。急に瞼が重くなってきたのだ。
 どうやらまだ、体が長時間起きているのに慣れていないらしい。思えば、まだ日も完全に昇りきらないころに目を覚ましたのだから、かれこれ数時間は起きていることになる。
 クレフはこうなることをわかっていたのかもしれない。まどろみに沈んでいく中で、イーグルはぼんやりと考えていた。クレフがさっさと部屋を去っていったのは、イーグルの体への負担を慮ってのことだったのではないか。
 どうしてそんなに優しいのだろう。手放しに喜べない自分を、イーグルは自覚していた。クレフの優しさを知れば知るほど、ひとり闇の世界に残してきてしまった女の残像が、イーグルの中に強い影を落とすのだった。

***

 二度目のノックで目が覚めた。
 今度はずいぶんと体が軽くなっていることに、自分でも驚いた。日の傾きから察するに、小一時間ほどしか経っていないはずだが、開いた瞼はもう当分落ちてきそうになかった。イーグルは一度深呼吸をしてから、扉に向かって「はい」と答えた。
「おはようございます、イーグルさ――」
 やってきたのはひとりの娘だった。彼女はイーグルを見るなり、飛び出さんばかりに目を丸くして絶句した。
 柔らかい金髪に、知的な碧の瞳。彼女の姿は、声だけしか知らなかったときに作り上げていたイメージと大差なかった。ただ唯一、その体つきだけは、イーグルの想像を裏切って相当華奢だった。彼女が、あの巨大な魔神を操っていた戦士のひとりだとは、俄かには信じがたいことだった。

「イーグルさん」
 その華奢な娘が、弾かれたように駆け寄ってきた。
「お目覚めになったのですね」
 彼女がベッド脇に手をついて身を乗り出すと、ベッドがわずかに傾いた。娘からは春風のように爽やかな香りがした。イーグルは目を細めた。
「あなたは、フウですね」
 すると娘は一瞬虚を突かれたように目を丸くした。けれどすぐに諒解したようで、そっと身を起こすと、イーグルに向かって礼儀正しく頭を下げた。
「はじめまして。鳳凰寺風と申します」
「イーグル・ビジョンです」
 まるで滑稽な挨拶だった。目が合うと、二人はどちらともなくぷっと吹き出し、笑い合った。
「そうでしたわ。私はいつもイーグルさんのお顔を拝見しておりましたけれど、イーグルさんは、どなたの顔もご存知ないのですわね」
「そうなんです。ランティスとヒカル以外で顔を判別できるのは、今のところ、あなたと導師クレフだけですよ」
「え? では、クレフさんとはもうお会いになったのですか?」
「ええ。少し前に、いらしてくださいましたから」
 そうですか、と答えた風の頬に影が差したのを、イーグルは見逃さなかった。

 それほどまでにはっきりとわかる憂いを放っておくことなどできるはずもなく、イーグルは風に椅子を勧めた。素直にうなずいた風がそこに腰を下ろすと、ふたりの目線の高さはほぼ等しくなったが、風とは目は合わなかった。彼女が自分の手元に視線を落としているためだった。
「どうかしましたか」と訊くのは簡単だ。けれどそんな無粋なことはどうしても口にできなかった。わかりきったことだ。どうかしたからこそ、彼女はここにいる。たとえばただの暇つぶしのためだったなら、彼女は何もわざわざこれほど早い時間にイーグルのところへなど来ないだろう。
 風が何を言いたくて、あるいは訊きたくて自分のもとを訪れたのか、イーグルはわかっているつもりだった。そしてそれが、昨日この城で起きたことを聞かされた瞬間にイーグルの中に浮かんだこととまったく同じであろうということも。
 風の聡明さは、この二年の交流の中でわかりすぎるほどわかっている。傑出した理解力と想像力を持つ彼女が、「あのこと」に気づいていないわけがなかった。

「イーグルさん」
 俯いたまま、風が口を開いた。
「せっかく目を覚まされたところですけれど、あまり楽しくないお話をしてもよろしいでしょうか」
「導師クレフとエリーゼのことですね」
 あえて単刀直入に言葉を返すと、風が思わず、といったように顔を上げた。イーグルが無言のままひとつうなずいて見せると、風は決意するように下唇を軽く噛み、ぎゅっと拳を握った。そして一度深呼吸をすると、慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと話し出した。
「ずっと、疑問に思っていたことがありました。『魔女』と化してしまったエリーゼさんが、『ゼファー』を滅ぼそうとしたとき、どうしてクレフさんだけは生き残ることができたのか、ということです」
 他人の口が紡ぐ「エリーゼ」という響きに、心がわずかに粟立った。
「当時のクレフさんは、まだ二十歳でしたのでしょう。もちろん、そのときすでにクレフさんが魔導師として強いお力を持っていたために生き残ることができたということも考えられますが、それでも、クレフさん以外の人はすべて死に絶えたというのに、クレフさんだけは生き残ることができたというのは――もちろん、悪いことではないのですけれど、その、客観的に考えたときに、どうしても、腑に落ちなかったんです。もっとも、だからといって、クレフさんが嘘をおっしゃっているようには見えませんでしたし、私自身、何かべつの理由を思いつくことができるわけでもありませんでした。ですが――昨日、お城に現れたエリーゼさんがおっしゃった一言で、気づいてしまったんです。クレフさんは、『生き残った』のではなく、『生かされた』のではなかったのかと」
 風の声は揺れていた。まるで、自分の言葉に羽交い絞めにされているかのように、その響きは心もとなかった。
「エリーゼさんは、クレフさんのことだけは『殺せなかった』。その結果、エリーゼさんは、クレフさんに殺された。そして、クレフさんがただひとり生き残った。――そう考えれば、すべてのつじつまが合います。ただ――」
「ただ、それは、導師クレフが望んだことではなく、エリーゼの『願い』だった」
 イーグルが後を続けると、風がはっと顔を上げた。そこから先は彼女には言わせたくなかった。いや、言わせるべきではなかった。わずか16歳の少女が口にするには、それはあまりにも惨酷なことだった。イーグルは続けた。
「二十歳までしか生きられないと言われていながら、エリーゼは、定められた時間よりも長く生きることができました。しかし、生きる時間が延びていくにつれ、彼女は願うようになってしまった。『もっと生きたい』と。――本来は自らの死を受け入れ、覚悟していたはずだったのが、一転して、生きることに執着するようになりました。なぜなら、ともに生きていきたいと思う人が現れたからです。
 その人とともに生きる未来を、エリーゼは夢見た。しかし彼女は、その夢がうたかたと潰えるものであることもわかっていました。望めば望むだけ、その夢は、自分を苦しめるだけになってしまう。きっと何度も捨てようとしたのでしょう。しかしそれでも、彼女はその夢を望む自分を止めることができなかった。かなわないと知りながら願わずにはいられない夢、そんなどうしようもない矛盾を前に、エリーゼはとても苦しんだはずです。おそらくそこを、『破壊神』に漬け込まれてしまったのでしょう。そうして、彼女は『魔女』となってしまったのです。
 『魔女』と化したエリーゼは、圧倒的な力でもってゼファーを滅ぼしにかかりました。けれど彼女は、導師クレフのことだけは殺せなかった。導師クレフの前でだけは、エリーゼは100%『魔女』でいることはできなかったんです。そもそもエリーゼは、『魔女』となることを望んでなどいなかったはずだ。『魔女』とは、当時の『柱』――自分の妹が創り出した世界を滅ぼす存在なのですからね。けれど、彼女は自分では自分を止めることができませんでした。だから最後に、彼女は願ったんです。愛する人に自分を止めてほしい、愛する人の手で逝かせてほしいと。そして導師クレフは、彼女のその『願い』をかなえるため、エリーゼを、自ら手にかけた」
 一息に話すと、イーグルは風の顔色を窺った。彼女は瞠目したまま呆然としていた。その表情が答えだった。思わず苦笑いがこぼれた。
「すべては僕の想像です。でも、もしもあなたも僕と同じように考えているのだとしたら、おそらく間違っていない想像だと思います」
 風が一度ゆっくりと瞬きをする。神妙な様子で、彼女はそのまま俯いた。伏せられた睫毛が、白に頬に影を落とした。
 
 辛気臭い話は昔から嫌いだった。けれどこのときばかりは、この沈んだ空気を吹き飛ばそうという気にはなれなかった。なんという結末だろう。改めて思う。導師クレフという人は、なんという人生を歩んできた人なのだろう。
 彼にはエリーゼを殺さないという選択肢もあったはずなのだ。しかし彼は、その道は選ばず、自らにとってもっとも辛い道を選択した。エリーゼの『願い』をかなえる、ただそれだけのためだけに。

「一度、導師クレフに伺ったことがあります。エリーゼと恋人同士だったのかと」
 徐に言うと、再び顔を上げた風が、その双眸を大きく見開いた。イーグルは覚えず苦笑し、軽くかぶりを振った。
「きっぱり否定されてしまいました。『そんな甘ったるい関係ではなかった』と」
「え?」
「おそらく嘘ではないと思います。訊ねたとき、心底意外そうな声をしていましたから」
 あれが演技だったとしたら、さすがのイーグルもお手上げだ。けれどあれは紛れもなくクレフの本心だったはずだ。そもそもクレフは、あまり演技派ではない。彼の場合、嘘をつこうとしても後ろめたさが先に立ってしまうから、必ずぼろが出てしまうのだ。
「あのひとらしいですよね」
 「恋人」という関係を、「甘ったるい」と一刀両断する。それは単純に捉えれば「恋仲ではなかった」という意味になる。けれどクレフがその言葉に込めた本当の想いは、「そんな薄っぺらい言葉を当てはめられるほど浅い関係ではなかった」ということだったはずだ。
 クレフとエリーゼ、ふたりは確実に想い合っていた。「恋人」などという次元を越えて、「愛」という、あいまいな感情さえも越えて。それほどまでに想っていた人を殺さなければならなかったクレフは、その瞬間、いったい何を思っただろう。彼が正気のまま、それも『導師』として今日まで生きながらえてきたことは、ほとんど奇跡と言ってもいいと思った。

「私はどうしたらいいんでしょう」
 呟かれた風の声はとても頼りなかった。いつも毅然としているイメージがあった風がそれほど自信を喪失した様子で話すのを聞くのは、初めてのことかもしれなかった。イーグルは考えるより先に腕を伸ばしていた。膝の上で揃えられた風の手を片方取り、そっと握った。
「あなたは、あなたができることをすればいいんです」
 風の瞳が揺らぐ。イーグルはほほ笑んだ。
「いつもどんなときでも、あなたにしかできないことが必ずあります。だいじょうぶですよ。こんなことで、世界は滅びたりしません。誰もそんなことは望んでいない。望まれないことが起きるはずがありません。ここセフィーロは、『意志の世界』、何よりも強い『願い』が勝る国なんですから」
 碧色の瞳がじわりと潤む。目尻をそっと拭った風に、ようやくほほ笑みが戻った。
「はい」
 思いの外強い力で握り返してくれた風に、逆にイーグルの方が励まされた気持ちだった。

 自分にしかできないことが必ずある。イーグルは自らの言葉を心の中で反芻した。なぜ目を覚ますことを選んだのか、その理由を忘れてはならないと、改めて胸に刻む。救いたい人がいる。そのために、自分は今ここにいるのだ。
 向き合わなくてはいけないことがある。そこへと一歩ずつ、自らが進んでいっていることを自覚していた。もう逃げるつもりはなかった。目を覚ますことを選んだ自分を、イーグルはようやく肯定し始めていた。




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2015.05.19    編集

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2015.07.24    編集

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篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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