蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 76. それでも生きていく

長編 『蒼穹の果てに』

今すぐにでも叫び出したかった。でもどうしようもなくて、「誰も、ひとりでは生きていけませんわ」と、呟くように言葉を絞り出した。

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「できることをすればいい」。イーグルの言葉が、風の背中を押した。気がつくと風は駆け出していた。クレフに会わなくてはならない。心が急いていた。まるで自分のものではないかのようで、戸惑うほどだった。

 海が倒れ、いつオートザムが攻め入ってくるともわからない今、果たして自分に何ができるだろう。風は答えのない自問を繰り返していた。二年前には確かに『魔法騎士』として大きな修羅場を潜り抜けた経験もある。けれどあれは、ともに闘う仲間がいたからできたことだ。もしも風一人だったとしたら、とても乗り越えられる試練ではなかった。三人そろって初めて、あれだけのことができたのだ。かつては『魔神』を駆り壮大な戦いを繰り広げた『魔法騎士』も、一人では、オートザムの大軍にはとても太刀打ちできない。たった一人になったとき、自分はとても無力なのだと思い知った。

 一人でもできることは「考えること」だった。風はひたすらに考えた。そもそもクレフの話には疑問点が多すぎた。エリーゼはなぜ死んだのか、クレフはなぜ生き残ったのか。そして考えた結果、風はひとつの結論にたどり着いた。けれどそれは、俄かには信じがたい結論だった。だから確かめたくて、イーグルのところへ行った。ところが彼は、風が導き出したのとまったく同じ結論を口にした。そして、「あなたも同じように考えているのなら、この推測は正しいと思います」と言った。
 ほんとうは「間違っている」と言ってほしかったのだと、そのときようやく気がついた。なぜなら、二人がたどり着いた結論は、真実なのだとしたらあまりにも哀しいことだったからだ。矢も楯もいられなかった。とにかくクレフに会おう、と思った。自分たちの導き出した結論が本当に正しいのか、本人に確かめる。727年前、この世界に、そしてクレフに何があったのか。確かめたところで何ができるのかまでは、まだわかっていなかったけれど。

 クレフがどこにいるのか、風にはまったくわからなかった。彼の気配を感じることもできなければ、彼を見かけたという人もない。まさに闇雲に探すしかなく、出口のない迷路に迷い込んだかのようだった。汗が滲んだ額に前髪が貼りつく。焦燥感が苛立ちに化けようとする。ようやく彼を見つけたのは、セフィーロ城内はしらみつぶしに探し終えてしまい、次は『精霊の森』に足を踏み入れようかとしていたその矢先のことだった。


「話がある」と言った風を、クレフは小さな庭へと案内してくれた。
地上門からすぐのところにあるその庭からは、セフィーロとチゼータの子どもたちが近くで遊んでいる様子を見ることができた。クレフが創った城を覆う『結界』が、子どもたちが体当たりをするとまるでトランポリンのようにぐにゃりと歪む。それが面白いのか、子どもたちは代わる代わる『結界』に体をぶつける。
ああ、と風は思う。クレフの創るものは、なんてあたたかいのだろう。
「どちらへ行っていらしたのですか」
わけもなく涙が出そうになるのを振り切って、風はクレフの横顔に問いかけた。
「『精霊の森』へ行っていた」とクレフは答えた。「精獣たちの様子を見にな」
 やはり子どもたちの様子を見ているのだろう、クレフの横顔には、想像した以上の笑みが浮かんでいた。子どもたちの動きに合わせて、時折くすりと声を漏らしている。

 胸が締めつけられるように痛んだ。こうしていると、争いなんてどこにもなくて、オートザムの話も『破壊神』の話も、すべてが夢だったように思える。けれどすべてはまごうことない現実だった。もしも何かが夢だとしたら、それはむしろ、今こうして風の目の前に流れている穏やかな時間の方だ。無意識のうちに、風は手首の『アミュレット』をつかんでいた。
「クレフさん」
 するりと声が出た。クレフが風を見返す。けれど視線を合わせていられたのは一瞬のことで、風はすぐに目を逸らしてしまった。そうして何気なく見止めたクレフの手首の細さにどきりとした。いつもは重厚なローブを羽織っているので気づかないけれど、もしもクレフが身一つになったらもしかして信じられないほどにやせ細っているのではないかと思った。
「お話を伺ってから、私なりに考えてみたんです。すると、どうしてもおかしいと思うことがありました。『魔女』となったエリーゼさんが、セフィーロ――いえ、ゼファーを滅ぼそうとしたとき、なぜクレフさんだけは生き残ることができたのかということです」
 クレフから醸し出される気配は微動だにしない。まるで、風がこの話をすることをあらかじめわかっていたかのように。
「でも、先日エリーゼさんがお城に現れたときに、私はとある可能性に行き着きました。クレフさん、あなたは」
 一度言葉を区切り、風は深呼吸した。そしてもう一度、真っすぐにクレフを見た。
「あなたは、『殺されなかった』のではありませんか。『生き残った』のではなく」
 否定されたいのか肯定されたいのか、自分のことなのによくわからなかった。仮に否定されたら、すべては最初から仕切りなおしということになる。けれど仮に肯定されてしまったら、今はギリギリのところで靄をかけることができている惨酷な現実が目の前に忽然と姿を現すことになる。その現実を、私は果たして受け入れることができるのだろうか。

 表情を変えずに風のことをじっと見つめていたクレフは、ある瞬間ふっと息をつき、背もたれに深く身を沈めた。そしてまた子どもたちの方へ視線を向けると、穏やかな風に、その前髪を遊ばせた。
「おまえなら、気づくだろうと思っていた」とクレフは言った。「エリーゼが現れたとき、あの場に結界を張っておかなかったのは私の失態だな」
 頭の中でシンバルが鳴った。そのシンバルの音はすべての方向性を決定づけるものだった。その瞬間、それまでとは風の吹く向きも温度も変わってしまったように感じた。
 違うでしょう、と風は心の中で言った。失態なんかじゃない。あなたは意図的に結界を張らなかったのでしょう。私が気づくと思っていて、それを期待して。けれど、いったいどうしてそんなことを。
「エリーゼが『魔女』と化してしまったのは、『自らの命の限界を超えても生きたいと願ってしまったから』だ」
 思ったことを言えずにいる風をおいて、クレフは問わず語りに話し出した。
「すべての原因は私にあるのだ。私は、彼女に『約束』をしてしまった。『病は私が治す』と。エリーゼは、その私の一言のせいで死ぬことを畏怖してしまうようになった。私が彼女をその気にさせなければ、彼女に日々の楽しみを与えたりしなければ――もっと言えば、私が彼女と出逢いさえしなければ、ゼファーが滅びるようなことはなかっただろう」
「クレフさん」
 思わず身を乗り出した。クレフが紡いだ言葉、そのどれもが、クレフの口からは聞きたくないようなものばかりだった。まるでクレフが遠く手の届かないところへ行ってしまったように感じて、風は焦った。けれどクレフはあくまでも冷静だった。いつもと変わらぬ表情で風を見返すと、ひっそりと笑ってうなずいた。
「わかっている。言ってもせんないことだ。過去はやり直せない。すべてはたとえばの話だ」
 それは正論なのに、正論すぎてうなずくことができなかった。

 クレフにできないことなどないと思っていたのに、彼ほどの力を持ってしても過去をやり直すことはやはりできないのだ。当たり前なのに、その当たり前のことが、今はどうしようもなく哀しかった。
 クレフは徐に風から視線を外した。
「それに、仮にやり直すことができたとしても、違う結末を得ることができたかどうかはわからない。エリーゼのことだけではない。どの場面を切り取っても、そのときどきでもっともふさわしいと思われる道を選んできた。ただ」
 中途半端なところで言葉を区切り、クレフは短く息をついた。何かを諦めたというよりも、まるで何かを願っているかのようなため息だった。
「すまなかった」とクレフは言った。
 それはどう考えても「ただ」から繋がるような言葉ではなかった。風は驚いて目を見開いた。どうしてクレフが自分に対して謝らなければならないのか、皆目見当がつかなかった。
 クレフが風を見る。眉尻が極限にまで下がっていた。
「今でもまだ、悔やむことがあるのだろう。ザガートとエメロード姫を手に掛けてしまったことを、二人にほかの道を提供してやれなかったことを」
 思わずはっと息を呑んだ。咄嗟に「そんなことはない」と首を振ろうとしたけれど、できなかった。
 彼の言うとおりだった。あの戦いから二年以上が過ぎた今でもまだ、二人の命を奪ったときの感触が手に残っている。エメロード姫の胸を貫いたあの瞬間を夢に見て、自分の叫び声で目を覚ますこともあった。
 あの戦いの後、セフィーロは『柱』制度のない国になった。そうなることに、少しでも貢献できたとは思う。「『柱』制度をなくす」という大胆な決断は、異世界の人間である自分たちだからこそ下すことのできたものだ。その後の二年間も、風であればオートザムの環境汚染問題の解決への尽力など、三人はさまざまな形で三人なりに世界の発展に貢献しようとしてきた。でもどんなことをやっても、二年前の戦いで感じた後悔が消えることはなかった。それこそ言っても仕方のないことだから言わないだけで、おそらく光も海も、風と同じ気持ちでいるだろう。

 クレフの言うとおり、確かに今でも後悔している。けれどそのことに対してクレフが謝罪の言葉を述べる理由はない。彼には非のないことだ。もしもクレフが、それこそ『魔法騎士』の伝説に隠された真実を風たちに告げなかったことを悔いているのだとしたら、それは間違っている。クレフは彼にできる最大限のことをしてくれた。彼に感謝こそすれ、恨むなんていうことはあり得ない。
「どうして、そんなことを」
 風はじっとクレフを見返した。真っ青な双眸が一瞬揺らめいたように見えたあと、彼の瞼がそっと下りた。
「すべては私が招いたことだ」とクレフは言った。「かつてのような『柱』制度ができてしまったことも、『魔法騎士』などという存在が必要になってしまったことも、すべては私が招いたこと。本来罪を背負うべきは、おまえたちではなく私であるべきなのだ」
 そのときようやく、風はクレフが何を言わんとしているのか理解した。
 『柱』は自ら死ぬことができない。『柱』がセフィーロの平和のために祈ることができなくなってしまったときは、『魔法騎士』が召喚され、『柱』を殺す。それが、皆が知っている『柱』制度だ。でもそれは、この地が『セフィーロ』と呼ばれるようになってからできた理だとクレフは言った。この地が『ゼファー』と呼ばれていたときは、『柱』は自ら死ぬことができたし、『魔法騎士』もいなかった。実際、ゼファーでの最後の『柱』は自ら命を絶ったという。
 もしもゼファーがゼファーのままであったなら、『魔法騎士』などという存在が必要とされることはなかった。ゼファーが滅びたリしなければ、エリーゼが『魔女』になりさえしなければ、自分が彼女と『約束』などしなければ。――クレフが言いたいのは、そういうことなのか。エメロード姫やザガートがあんな最期を迎えてしまったことも、風たちが消えることのない後悔を抱えていることも、すべては自分のせいだ。クレフはそう言っているのか。
「クレフさん――」
「悔いが消えることはない」
 いたたまれなくなって口を開いた風を、クレフが遮った。
「だが、セフィーロは変わった。自らの幸せを犠牲にして世界の平和を祈らねばならん者はもういない。おまえたちなら、後悔を乗り越え、よりよい未来を築いていくことができるだろう」
 そう言って、クレフは立ち上がった。
「この世界が滅びる必要はない。『破壊神』は、封じられたままであるべきだ」
 力強い言葉だった。セフィーロを見つめるクレフの横顔は、まるでこの世界を吹き抜ける風のように雄大だった。
 風は何も言い返せなかった。発しようとしている言葉のすべてが、クレフから放たれる見えないオーラで封じられてしまっているかのようだった。

 クレフの周りを漂っている「孤独」の存在を、風はこのとき初めて認識した。一度気づいてしまうと、なぜ今まで気づかなかったのか不思議でならなかった。「罪」という名の孤独が、クレフを取り囲んでいる。それはあまりにも切なくて冷たかった。けれど何よりも驚くのは、それでもなお彼が『導師』という立場にあり続けているという事実だった。
 「一人」は辛くないけれど、「独り」は辛い。独りの人は、自分がそうであることを知りたくなくて、普通は周囲に人を置かない。「一人」になったとき、自分が「独り」であることに気づかされるからだ。
 ずっと「一人」でいれば、「独り」でいることには気づかずに済む。でも、クレフは違う。クレフは『導師』として、いつも皆の中心にいる。輪を離れて独りになったときの辛さを誰よりもよく知っているはずなのに、まるであえてその辛さの中に身を投じるかのように。

 愛する人を手に掛け、それでも生きていかなければならなかったクレフ。それも、『導師』として、常に皆の輪の中で。
 今すぐにでも叫び出したかった。でもどうしようもなくて、
「誰も、ひとりでは生きていけませんわ」
 と、呟くように言葉を絞り出した。
「例外はありません。あなたもですわ、クレフさん」
 クレフが目を丸くして風を見返す。やがてすっと目を細めると、
「ありがとう、フウ」
 と、あのいつもの穏やかな笑顔で言った。
 もう、それ以上話すことはなかった。クレフはひとりその場を去った。風は遠巻きに聞こえる子どもたちの笑い声の中で、いつまでも動けなかった。クレフが座っていた椅子が、主を失って淋しがっているように見えた。




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2017.08.23    編集

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Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
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