蒼穹楼

クレ海至上主義の管理人がおくる、妄想小説連載ブログ。

蒼穹の果てに 78. ささやかないたずら

長編 『蒼穹の果てに』

もやもやとした思いが、自分の中で渦巻いている。

本文は「続きを読む」からどうぞ。





 太くがっしりとした剣が、部屋の中央に浮かんでいる。その剣を柔らかく包み込むのは、プレセアの『心』そのものであるシルクの布だ。それはプレセアの『意志』をまとい、包み込んだ剣に『力』を分け与えていく。
 『創師』の仕事は武器を創るだけでは終わらない。アフターサービスもまた大切な仕事のひとつだ。その武器がどのような扱いを受け、また持ち主がどのような修羅場を潜り抜けてきたのか、こうして修繕の作業をすればすぐにわかる。
 よく使い込まれた武器であればあるほど、修繕に当たって『心』を消耗する度合いが大きい。持ち主のみならず武器もまた『意志』を持ち、辛い経験が多ければ多いほど、目に見えない内側にも傷を抱えてしまっているものだからだ。そして今、プレセアが全身全霊をかけて修繕に当たっている剣もまた、そのような傷をあまた受けているのであった。

 その剣の持ち主――ラファーガから修繕を頼まれたのは今朝方のことだった。思わず「え、また?」と言ってしまったのは、彼の剣は少し前に診たばかりだったからだ。でも、預かってすぐにはっとした。その剣は、少し前に診たときと同じくらいかそれ以上に傷んでいた。

 ラファーガは剣闘師なのに、自分が振り回す剣の切れ味については驚くほど頓着しない。「剣圧で切ることが多いから剣そのものの鋭さはあまり気にしない」というのがその理由だった。そのラファーガが自ら「剣を診てくれ」と頼んでくるというのはよっぽどのことで、案の定、剣はほとんど悲鳴を上げている状態と言っても過言ではなかった。これでは本来の実力の半分も出せないだろうに、これを振り回して日夜魔物退治に勤しんでいるのかと思うと、皮肉にもラファーガの腕前に感服させられてしまう。

 その剣もプレセアが創ったものだ。ほかの誰が持つものよりも太く、そして重たい剣。それを創ったのは、ラファーガがエメロード姫の親衛隊長に任ぜられることが決まったときのことだった。


 剣の材料としてラファーガが持ってきたのは、『ヴェガ』と呼ばれる、このセフィーロでもエスクードに次いで希少価値の高い鉱物だった。後にも先にも、あれほどの大きさのヴェガは見たことがない。ヴェガを手にプレセアのところへやってきたラファーガは満身創痍であった。その姿と、神々しいほどのヴェガを前にしてプレセアは心が震えたのを憶えている。持てる力のすべてをかけて、彼にふさわしい武器を創りたい。心からそう思った。そして実際、そのとおりの仕事をしたつもりでもある。けれど初めて彼と会ったとき――最高位の『創師』としてプレセアのことをクレフがラファーガに紹介してくれたときの彼の反応は、いまだに忘れられなかった。
『女が剣を創るのか?』
 多くの剣師は、プレセアを見るとまず同じような態度を取る。でもラファーガの場合は、その他大勢の人間がそうであるように訝しがったのではなく、純粋に驚いていたのだった。そもそも、陰でプレセアを揶揄する人間は知っていても、面と向かって彼ほど直截な言い方をする人間にはまず出会ったことがなかったので、プレセアは少々面食らってしまった。
『あら、女は創師になるべきではないとでも?』
 不思議と不快感はなかった。それでもそうして突っかかったのは、なぜか目の前の男を少しからかってみたくなったからだ。
 プレセアの言葉に、ラファーガは明らかにたじろいだ。『そんなことはない』と言った彼の口調はおよそ親衛隊長らしくなく、呆れてため息が出た。
『だいじょうぶよ。武器を創るのに体力は必要ないの。大事なのは「心」だから』
『……そうだな』
 よほどプレセアの挑発が堪えたのか、ラファーガの頬はまだ引き攣っていた。そんなやり取りをそばで見ていたクレフは、喉の奥で楽しそうに笑っていた。


 ふ、とプレセアは手を止めた。
 ゆっくりと瞼を開ける。修繕を終えるタイミングは、いつも剣のほうが教えてくれる。もうじゅうぶんに剣が回復したことがプレセアにもわかっていた。
 すっと右手をかざすと、剣を取り巻いていたシルクの布が解かれていく。すべて解かれると同時にプレセアは両の手を伸ばした。そこへ吸い込まれるようにして剣が下りてくる。ふわりと抱いたそれの仕上がりは満足のいくものだった。安心感から笑みがこぼれると、同時に緊張の糸も途切れ、プレセアは膝から倒れこんだ。
「プレセア!」
 すんでのところでラファーガがプレセアを抱きとめてくれる。心配そうにのぞき込んでくるその瞳に向かって、プレセアは「だいじょうぶ」と小さくかぶりを振った。
「ちょっと、今回は強く『心』を使う必要があったわね。それより」
 プレセアの肩を支えていた大きな手に、代わりに彼の剣を握らせる。ためらいながらもラファーガはそれを受け取った。そばにあった大きなクッションにプレセアの背を寄り掛からせてから、立ち上がり、軽く何度か剣を振る。その姿を見ながら何度か深呼吸をしているうちに、だいぶ楽になってきた。『エスクード』から『魔法騎士』の武器を創ったときに比べれば、今の疲労感など大したことはなかった。

「……ずいぶん使い込んだのね」
 思わず言ったプレセアの言葉に、ラファーガが手を止めて振り向く。
「すまない」
 プレセアはかぶりを振った。
「謝ることじゃないわ」
 そう、謝ることではない。こんなことは、きっとまだ始まりに過ぎない。これからラファーガの剣は、もっと過酷な状況にさらされることになるかもしれないのだ。そして自分も今、そのような状況になったとしても耐えられるようにと考えながら手入れをしていた。だからこそ、『心』を使いすぎてしまったのだ――。
 そんな思考に自然と行き着いてしまったことに、自分自身のことながらプレセアは心密かにうろたえた。思わずラファーガを見上げると、彼は「なんだ」と目で訊いてきた。プレセアはさっとかぶりを振ると、体を起こしてソファに座りなおした。
「カルディナはどうしてる?」
 ラファーガはすぐには答えなかった。一度、プレセアの真意を図るように目を見て、それから視線を外すとまた剣の素振りを始めた。
「あちらこちらへと、忙しない日々だ」
 言葉を選ぶように、ゆっくりと話している。ああ、この人は、私がもう少し話したがっているとわかったのだな、と思う。
「ノアの世話をしながら、同時にチゼータの人々への配意も見せている。一日の大半をチゼータの居住区で過ごすときもあるほどだ」
 そうだろうなと思っていた。以前のカルディナは、日に一回はプレセアのところへやってきては文字どおりのマシンガントークを繰り広げるのが常だったのに、チゼータの人々がやってきてからというもの、その訪問がぴたりと止んでいた。
「母国だものね。いろいろ思うところもあるんでしょう」
「ああ」とラファーガがうなずく。「チゼータの国王夫妻も、少なからずカルディナを頼りにしているようだ。カルディナは、チゼータの人間の中ではもっともセフィーロの事情に通じているからな」
 不思議なものだと、ラファーガの剣が空を切る音を聞きながら改めて思った。二年前のあの戦いがなければ、ラファーガとカルディナは、今のような関係になるどころか出逢うことさえなかっただろう。片や一国の主をそばで支える親衛隊長、片や各地を転々としながら芸を披露する踊り子だ。月並みな言葉で言えば、二人を結びつけたものは運命だったのだろう。

「どうするの、これから」
 気がついたら口が動いていた。ん、とラファーガが目だけで問う。
「もしもセフィーロが、戦場になったら」
 ラファーガの目の中に一瞬緊張が走ったのを、プレセアは見逃さなかった。けれどそれは本当に一瞬のことで、ラファーガは最後に一度上から縦に大きく剣を振りかぶると満足げにふっと息を吐き、剣を鞘に納めた。そして窓の外へ目を向け、その先の空をまっすぐに見据えて言った。
「どうするもこうするもない。私は剣士だ。攻め入ってくるのが誰であれ、最後の一人になってもセフィーロのために戦う」
 力強い言葉に嘘はなかった。でも、それが必ずしもラファーガの本心というわけでもないのだろうとも思った。
 セフィーロのために彼が戦うのは、彼が親衛隊長だからだ。もしもその肩書きがなかったとしたら、それでも彼は今と同じ言葉を口にするだろうか。もしも彼が何の役職にもついておらず、ただの一人の男であったなら、自らの家族を守るためだけに戦おうとするのではないか。たとえそれが、セフィーロのためにならない道であったとしても。

 ――いや。
 プレセアはすぐに自らの考えを心の中で否定した。ラファーガはそこまで無責任な男ではない。彼は、たとえ親衛隊長でなかったとしてもセフィーロのために戦ってくれるような義理堅い男だ。プレセア自身、初対面のときからそう感じていた。だからこそ、彼のために創った剣はほかの誰が持つものよりも太くて重いものになったのだ。
 でも――とまたプレセアは思う。だからといって、それはラファーガが家族から離れてセフィーロのために戦う理由にはならない。もしも彼が、最後の最後で彼の家族を選んだとしても、きっとそれは誰も責められることではないのだ。
「いやね、戦って」
 プレセアはため息交じりに言った。
「争わずに生きていくことは、できないのかしら」
 困ったように笑ったラファーガの顔が今にも泣きだしそうに見えたのは、自分が泣きたいせいかもしれなかった。

***

 足音が聞こえなくなるまで、プレセアはラファーガを見送ったときのまま扉の前に突っ立っていた。
 もやもやとした思いが、自分の中で渦巻いている。
 どれくらいそうして扉の前にいただろうか。ようやく踵を返し、部屋へ戻る。奥に置いてある大きな石を一瞥してから、プレセアはそれとは反対側にある武器庫へと続く扉にすっと手をかざした。
 観音開きになった扉の前から奥まで一本道が通り、その両脇に、武器が文字どおり山積みになっている。
 この城へ移ってきてからというもの、特にセフィーロから『柱』制度がなくなってからは、武器を創る頻度は極端に減っていた。そのためここにある武器のほとんどは、かつて『沈黙の森』に居を構えていたときに創ったものだ。すべてが誰かのために創られ、そして何らかの理由で『主』を失ったものたちである。でも、ひとつだけ例外があった。プレセアはもっとも手前にある一本の細い剣を手に取った。
 レイピアのような剣は、海のために創ったそれに似ている。けれどこの剣は海が持っているものよりも若干短く、持ち手も細い。今のプレセアの手には少し細すぎるし、振り回すにしても長さが足りない。でも、これを創った当時のプレセアは今よりも背が低かったし、手も小さかった。――その剣は、プレセアが初めて創った武器、いわば試作品だった。
 老師とともに暮らしていたときに創ったものの中で今もまだ手元にあるのはこの剣だけだ。すべてはここから始まった。あれからかなりの時が過ぎ去った今でも大切に保管し、たまにこうして手に取ることがある。

 手にした剣を、ちょうどラファーガがそうしていたように体の前ですっと構える。両側に積まれている武器を傷つけないように注意を払いつつ、静かに空を切りながら前進する。剣圧で風が鳴る、この研ぎ澄まされた音が好きだった。その音に耳を澄ませていると、不思議と心が無に帰すのだった。
 いい剣士は、剣圧で音楽を奏でることさえできる。老師に教えられたことは真実で、たとえばラファーガの鳴らす音は、ほかのどんな人が鳴らす音よりも澄んでいた。
 彼の奏でるそれほどではないけれど、プレセア自身、悪くない音を出していると思う。右へ左へ、周囲を敵に囲まれているところを想像しながら剣を振るう。さばきが波に乗ってきた。すかさず背後から別の敵が襲ってくる。けれど敵の方が一拍遅い。振り向きざまに剣を下ろす。剣は敵の急所をとらえ滑らかに下りていく――はずだった。思いも寄らないことが起こった。滑らかに剣を振り下ろすことはかなわず、鋭い金属音とともに、途中で何かに阻まれた。

 プレセアが振り下ろした剣を受けたもの、それはプレセアが創った別の剣だった。今プレセアが手にしているものと同じように、通路の一番手前のところに置かれてあったものだ。けれど剣は手にする人がいなければ動かない。そしてその剣を手にしている人を見て、プレセアは言葉を失った。
 真っ青な双眸が、プレセアを見返す。背丈といい恰好といい、そこに立っていたのはどこからどう見てもクレフだった。ただ、持っているものがいつもの杖から剣に変わっただけで、まるで別人であるかのように見えた。




web拍手 by FC2

コメント

コメントを投稿


管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック

TB*URL

PrevEntry |  to Blog Top  | NextEntry
What's new?
ほそぼそと、また連載再開してます。月一くらい目指せればと。

▶ 連作短編集を始めました。クレ海学生パラレルです。今後年中行事に合わせて不定期更新の予定です。詳しくはこちらからどうぞ。

▶ こちらは作品展示専用です。コメントへのお返事は別ブログにて行っております。
カテゴリー
最新記事
月別アーカイブ
全記事表示
Counter
プロフィール

篁かすみ

Author:篁かすみ
篁かすみ(たかむら・かすみ)と申します。
都内某所にひっそりと生息。
寝ても覚めてもクレ海のことを考えています。

このブログは作品展示専用です。
いただいたコメントへのお返事は別ブログにて行っております。
どうぞお気軽にコメントお寄せくださいませ^^

 

Copyright ©蒼穹楼. Powered by FC2 Blog. Template by eriraha. Photo by sozai-free 2000px.